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1-(13) ファースト・オーダー (致良知)

 義成よしなりとしては、軍警に通報して警務部へ丸投げしてしまえば解決とも考えたが、真偽を見極められないまま通報したくないと思った。

 

 軍警が取り調べをおこなえば、すぐに真相はわかるだろう。犯人不明の密室殺人じゃない。容疑者、被害者の双方は抑えられているのだ。だが、天儀総司令を疑ったまま軍警へ通報し、天儀総司令が無実だったとなると、俺は彼を最大限侮辱したことになる。

 

 そして王仕軍曹が嘘をいっていたとなれば、見抜けなかった自分の無能さに耐え難い。

 

 義成は、時計を手にとって二人へかざした。時計がどうした? と見つめてくる二人に対して義成は、

「こんな事もあろうかと、ここに正義の天秤てんびんを仕掛けておきました。この天秤に感情は介在しない。天秤に聞けばすべてがわかります。」

 と答えた。けれど、突然、天秤などといわれても天儀も王仕軍曹も意味がわからない。

 

 義成は、疑問顔をする二人へ平然と、

「つまり、この時計の中に監視カメラが仕掛けてありますので、一部始終が全部記録されているはずです。」

 そう宣言した。


「え!? ズルッ! 私知らない聞いてない!」

「おい! 俺も知らんぞ。どういうことだ義成!」

「ええ、少し前に勝手にセットしましたからね。」

 

 そっちが、しらないのは当たり前だろとばかりにいう義成。特殊工作員としては、こんなことはなんのこともない。大体、街中に監視カメラがセットされているいまの時代、それが部屋に一台、二台あろうと気にすることじゃない。デジタル経済を重視した人類にとって監視資本主義は付き合いの長い常識だ。もちろんこれは、義成の感覚が変だ。プライベート空間に、しらぬうちに監視カメラをセットされて嫌がらない人類は少数派。原始人だろうが、未来人だろうがこれは変わらないだろう。

 

 そして、あっさり無断で監視カメラのセットというグレードの高い、そして純然たるストーカ行為を認めた義成に、天儀も王仕軍曹も呆れて言葉を失ってしまった。


「見ればかります。」

 

 そういって義成が、タブレットに時計を繋いで映像再生のための作業を開始すると、王仕軍曹の目が泳いだ。対して天儀は自信満々だ。


 映像が再生された。5分前ぐらいだ。と天儀が、いった。動画は一時間おきに分離され格納される。最後のファイルは約50分。45分たったところから再生開始。画面にドタドタともみ合う天儀と王仕が映しだされた。だが、これではわからない。


「もう少し前からですね。」

 と義成は、今度は40分のところから再生開始。タブレットの画面に映し出されたのは天儀だけとなった。


 映像の天儀がトランクを開けて私物を収納に収めている。が、急に驚き出入り口のほうを見てなにか叫んだ。映像は鮮明だ。叫ぶ天儀へ、なにかが飛びかかった。いや、映像は鮮明なのでよくわかる。王仕軍曹だ。しかも手には、あの床に転がる短刀を手にしている……。映像はそのまま続く。一刀目をかわした天儀へ王仕軍曹がまた飛びかかった。が、またかわされた。その瞬間、

「あぁん、おしい! なんで避けられちゃったのこれ!?」

 と王仕軍曹が悔しそうに声をあげた。すぐに王仕軍曹はしまったという顔になったが、最早そういうレベルじゃない。


 ――これは酷い

 と義成は思った。なにが酷いって、この映像に収められたすべて酷い。これで潔白を主張できた王仕軍曹の精神の作りも、やり方もだ。王仕軍曹は、短刀こそ手にしているものの動きは素人そのもので、惜しいところは一つもない。そして、もっと酷いのは、二刀目で、すでに天儀が、ふざけながらよけているのがよくわかったからだ。まがりなりにも暗殺なのだ。義成としては、もう少し緊張感を持って欲しい。

 

 これはピッチャーが玉も投げてないのにバットを振って三振したような暗殺といえた。ナカノで教育をうけた義成からすれば、採点不能の暗殺計画といえる。

 

「王仕軍曹。実行前にどうして自身の実力をはからなかったんだ。」

「はあ? 相手は丸腰でこっちは刃物ですよ。実力とかそんな話関係ないと思うんですけどぉ。」


「おい。問いただすのは、暗殺の理由とかじゃなくてそこなのか義成。」

 と天儀が突っ込むなか、王仕軍曹が万策尽きたというように、ヘナヘナと床にへたりこんだ。


「シミュレーションでは完璧だったのに。戦力の計算も私が1000で、相手は50。成功率ほぼ100%だったのにどうして、どうして。相手は丸腰で、こっちは刃物ですよ。えい! って突き刺せば殺せたはずなにぃい!」

 

 義成は頭を抱えた。

 

 ――どうして電子戦科こうなのだ。

 

 机上の空論。電子戦科は数値化が得意で、仮想空間が戦場なだけに、作戦にリアルが絡むと見積もりのミスマッチを時折起こす。たしかに数値を入力して計算すれば、王仕軍曹が有利になるだろう。おそらく武装の刃物のポイントが大きく、非武装の天儀かなり低いポイントだったはずだ。だが、そのシミュレーションには、おそらく個人の白兵戦能力が算入されていないと簡単に想像できた。筋金入りの電子戦科の兵員からすれば、体力的数値とは無意味なあたいだ。銃は撃つのではなく、装備していれば勝ち。それが彼らに、ありがちな過ちだ。

 

 そして義成は目の前の光景に頭痛を覚えた。映像を見た天儀の行動が原因だ。

 

「王仕お前これじゃあ丸でダメだ。短刀ってのは、殿中でも戦場でも振り回すもんじゃない。刺すんだよ。刺す。人を刺すときは、こうやって中腰になってだぞ。短刀の柄尻を自分の腰骨にしっかり当てて、勢いつけて、こう体当たりすんだよ。こうだぞ。そうだ。おい、一度やってみろ。義成うけてやれ。」


 短刀を拾い上げ身振り手振りで、暗殺者へりかたを説明する暗殺対象。

 ――バカなのかこの人は……。

 義成は、あのときやはり処すべきだったのかもしれないとすら思ったが、この感情をそのまま口にするのは失礼だ。

 

「天儀総司令、ご自分を殺しにきた相手へ、殺し方をレクチャーするのはおやめください。」

「いやいや、義成。酷すぎだろこれ。これが俺の兵士だなんて信じられん。ナイフは、いまでも兵士の標準装備だ。基本的な武器の扱いも知らないだなんて、白兵戦になったらどうする気だ。」


「宇宙戦争で、白兵戦なんてありませんよ!」

 と王仕軍曹が叫んで、義成へむけて同意を要求する視線を回してきたが……。


「……すまないが王仕軍曹。これは本当に酷い。白兵戦があるかどうか以前の問題だ。丘に打ち上げられたイルカにやらせたほうが、まだマシな動きをすると俺は思う。」

「ひどーい!」

「そして王仕軍曹残念だが、これは……。」

「ち、違いますよ。私がこの人に襲われたのは事実です。暴力を振るわれました!」

「軍警に、そう主張するのはかまわないが、その主張が通る見込みはないだろう。」

 

 ついに王仕軍曹は、状況を認識したようだった。わんわんと泣きだした。短刀を叩き落され、絶体絶命。そこに現れて助けてくれた男は、たしかに正義の味方だった。勇敢で頼もしく、かっこよかった。だが、正義の味方だった。


「なんでぇええ。忍び込むまでは完璧だったのに!」

 

 泣いて叫ぶ王仕軍曹に、天儀が声をかけた。もちろん、ろくなものじゃない。


「たしかに義成が強化したセキュリティを解除したのはすごいな。電子戦科でもこんなことできるやつは少ないだろう。離れ業だ。間違いなく優秀だが、そのあとが酷かったな。百万年ぐらい体を鍛えてからやり直せ。毎日、腹筋千回から始めろ。あのみっともない動きからすると、ちょっとやそっと訓練したぐらいじゃ俺は殺せん。」

 

 ――酷い慰めだ。

 と義成はげんなりした。


「私は、おじいちゃまを殺した極悪人を倒そうとしただけなのに、悪いやつをやっつけようとしただけなのにー。なんで、なんで、正義は勝つはずなのに。うっうぅうううッ……!」

 

 叫んで泣きだしてしまった王仕軍曹。

 

 そんな王仕軍曹を見て義成は、少しやるせない気持ちとなったが、天儀はまったくといっていいほど平気の平左だ。祖父の敵といわれても天儀には身に覚えがありすぎて逆にわからないからだ。

 

 無慈悲な突撃を命じて玉砕したどこぞの部隊のおじいちゃまなのか。救援要求をガン無視して壊滅した部隊のおじいちゃまなのか。軍内の政争の過程で粛清したおじいちゃまなのか。はたまた敵軍だったおじいちゃまなのか。軍規違反で銃殺したおじいちゃまなのか。天儀には、その他数多で思い当たるフシがありすぎる。本当に、まったくわからない天儀。まさに極悪人!

 

 けれど義成は、王仕軍曹と同じ思いで同じことをやろうとしただけに、やはり王仕軍曹が悲嘆に暮れる姿はやるせなかった。

 

 悲嘆に暮れる王仕軍曹を目のなかに収めながら、

 ――どこかで見た気がする。

 と義成は思った。遠い記憶の片隅にある光景。小さな女の子がなく姿に、王仕軍曹が重なったのだ。そうだ。子供のころだ。近所の女の子で、その子もよくこうやって泣いていた。似た光景だった。決まって自分は、その子を慰めた。なかなか泣き止んでくれないときもあるが、言葉を尽くすとまた笑ってくれるのだ。悲しい顔がぱっと明るくなる。嬉しかった。白い歯と大きな瞳が綺麗だったが……。

 

 義成の脳裏に浮かぶのは、遠いい日の幼いころの記憶。目に近所のちょっと気になる女の子が頬に涙のあとを残して笑ってくれて、それがたまらなく愛おしくて……。義成は、その瞬間ハッとして同時に、

火水風ひみか!」

 と叫んでいた。

 

「そうです私は火水風。王仕火水風おうじひみかですけど、だからなんでしゅかぁあ!」

 

 王仕火水風おうじひみかは、叫んで応じてからまた泣きだした。

 ――昔どおりだな。

 と義成は思った。火水風のほうは、義成を思いだしてはいないようだが、間違いなく火水風なのだ。

 

「火水風覚えてないのか? 俺だ。義成。潔義きよし兄さんの弟の義成。昔よく遊んだろ。」

 

 火水風が、泣くのをやめて穴が空くほど義成の顔を凝視した。


「あッ、泣き虫義成だ!」

「おい! 泣き虫は君じゃないか!」

「えー、勝てもしないのにいじめっ子の上級生に挑んでは泣かされて。いいこいいこしてあげる役は、決まって私でしたよー。悪いのは向こうでしたけど、でも勝てっこないのにね。」


 火水風が笑っていった。泣き顔が綺麗に一転し心底ほっとした。昔のように。だが、安心感は、義成を急激に現実に引き戻した。


「……そうだったな。」

 と歯切れ悪く認めた。事実を認めがたい。泣き虫だったことではない。火水風が暗殺者となった事実だ。それに比べれば、泣き虫だったというみっともない過去など簡単に受け入れられる。火水風も義成の様子の変化を敏感に感じ取って黙り込んだ。


「火水風、君は収監され……。有事の総司令官の暗殺未遂だ。動機が何であろうが、よくて……。」

「よくて?」

「よくて銃殺刑だ。」


 途端に、火水風が、

徳会とくじいちゃま、ごめんなさいぃい。」

 と叫びながら伏せて、またわんわん泣きだした。義成は、子供のころのように、いや、人生で一番狼狽した。慰めの言葉を探したが、今回ばかりは見つからない。まさか、なかったことにはできない。天儀総司令は、許さないだろう。ことは暗殺未遂だ。無理がある。


 ――これが一番大好きだった幼なじみとの再開なのか――……。義成は運命の残酷さを呪った。



 が、義成よしなり火水風ひみかばかりに気を取られ気づかなかったが、王仕火水風おうじひみかの正体をしって、この部屋には、義成以上に狼狽した人間がいた。天儀だ。天儀の顔からはすっかり血の気が失せ、唇は真っ青で震えていた。

 

 天儀は、青い唇を震わせながら、

「と、徳会とくじいちゃまだと……。王仕とは、まさか本当にあの王仕か。そ、そうか、つまり、きみは徳会老人とくかいろうじんの孫娘か……。」

 そういった。

 

 呆然自失といった風だが、天儀はなんとか震える身で机に置いていた短刀を手に取り、落ちていたさやを拾って収めると、火水風のもとへ近寄り膝づいて、

「徳会老人は、忠臣だった。私は悪い事した。謝罪する。それしかない。私は、君の行為に抗弁する言葉を持たない。本当にすまなかった。」

 といって、そっと短刀を差しだした。


 暗殺者にそのまま短刀を返す。義成は、目の前の光景にギョッとしたが、火水風は受け取ると短刀を愛おしそうに抱えてまた泣いた。


 天儀の頬を一筋の涙が流れた。それがとてつもない慙愧の念からでたものだとは、義成はとても気づかなかった。

 

 ――唐大公爆殺事件とうたいこうばくさつじけん

 グランダ皇帝の親戚である唐大公の専横に憤慨した若手士官による暗殺事件である。この事件で、唐大公は私有する軍艦とともに宇宙の塵となった。事件当日、火水風の祖父である王仕徳会おうじとくかいは、皇帝の使者として唐大公の軍艦に乗り合わせていた。

 

 事件の首謀者は天儀。戦隊司令の天儀は、麾下の戦力で唐大公の三隻を取り囲み撃殺したのだ。天儀は、この暗殺事件で皇帝に見初められた。

 

 この事件は、唐大公が悪人だったかはともかく、多くの人間を巻き込んだことが問題で、ヌナニア連合成立後に大問題へと発展した。乗り合わせた遺族感情からすれば当然の糾弾ともいえる。

 

 検察の聴取に応じ、被害者のリストを見せられた天儀は、すわった目で平然とこういった。

 

「あのときに唐公の乗る船になにが乗っていようと、私の感知するところではない。もう一度同じ状況になれば同じことをやる。絶対にだ。」


 言葉は即日ニュースにのり、遺族の心を粉砕し、糾弾する意思さえくじいた。この頃もまだ天儀は化け物だ。


 捜査は、皇帝の近臣まで逮捕されるという前代未聞の事態に発展したが、事件の責任を認めたのは天儀一人だった。だが、この事件について天儀へ何らかの処罰が与えられた形跡はない。


 義成は、短刀を抱いて泣く火水風の背中を優しくさすっていたが、しばらくすると天儀を見た。問の目だ。言葉は必要ない。いや、問いたいことが多すぎるのだ。火水風やその祖父とどういう関係なのか、過去になにがあったのか、大きく分ければこの二つに分類されそうだが、とにかく義成は自分の頭が問の言葉で一杯で、たまらず天儀を鋭く見てしまっていた。


 けれど、もう天儀は、泰然としていた。動揺は消え去り、静でも動でもない存在として、ただそこにいて、義成の視線をまっすぐ受け止めてくれた。そして、

徳会老人とくかいろうじんは比類のない忠臣だ。春秋しゅんじゅう壮士そうしも彼ほどでない。危難を知って、あえてそれを避けないとは……。おそらくもう並ぶ者はいない。」

 こう静かにいうと目を伏せた。


 天儀の言葉で、少し勢いの落ちていた火水風の泣き声が、わっと大きくなった。火水風は、いまの言葉で祖父徳会の死の意味を一つしった。それが嬉しく、またたまらなく悲しかった。

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