1-(11) 陰陽の葉 (2/2)
「で、六川軍官房長。各戦線の状況はどうなんだ。特に報告しておくことがあるなら聞いておきたい。」
単刀直入な問に、六川は、一瞬、沈黙してから口を開いた。
「以前もお話しましたが、第六戦線トートゥゾネから敵の動静についての警告がきています。」
「第六戦線といえば戦線総監は、李飛龍か。」
戦線総監とは、つまり戦線司令官のことだ。ヌナニア軍では、戦線の最高責任者のことを、こうよぶ。略して、六戦総監とも。
「はい。内容は、以前と同じです。敵の大規攻勢の予兆の通告及び、それに対応するための戦力増強の要求がきました。」
「ほう、またか。で、対応は?」
「きたる反撃作戦の準備で、対応できていません。」
「呆れたものだ。」
報告が率直なら、応じも口さがないというわけだ。だが、この物言いに星守は不満だった。
「天儀総司令。お言葉ですが、状況が苦しいのは、どこも一緒。李飛龍総監だけが、厳しい立場に立たされているわけではありません。他の戦線は、文句の一つも言わずに頑張っているのに、六戦総監は、アレがないコレがない。アレをくれ、もっとよこせと、事あるごとに軍官房部へ要求を突きつけてきます。」
星守からいわせれば、李飛龍という戦線総監は、空気が読めなさすぎる。他の戦線は、きたる反撃作戦のために少しでも総司令部に余剰をキープさせようと協力的なのに、李飛龍は、まったく違う。一度など、攻勢に転じたいので戦力をよこせ、と上から目線で要求してきたのだ。まったく星守からすれば、あの戦線総監の傲慢ぶりは我慢ならない。
「だが、星守副官房。飛龍もそれを承知で、危険を通告しているのではないのか。ここ一ヶ月ほどだったか? とにかく第六戦線からの敵の大規模攻勢の予兆の報告が続いているのだろ。」
「いーえ。ワ・ガ・マ・マなんですよ。誰かに似てね。六戦総監は、思いつきの要求ばかりなんです。」
と星守は、天儀を睨みつつ冷たく一蹴した。
これに天儀は、少し困った顔をしてだけで、
「ふん。まあ、ヤツならやるだろう。いずれにしても義務をはたす。」
そういって、第六戦線の話題を終わらせにかかったが星守は食いさがった。
「ちゃんとしつけてください。あの六戦総監は、貴方の愛弟子。いえ、信者ですよね?」
「あれが信者だと。ならば信仰はしても戒律を守らん信じがたい信者だなそれは。やつの信仰心は、何者にも羈束されない。」
「いーえ。ちゃんと手綱を取ってください。あの六戦総監は、聞いてもいないのに、開戦直後から軍官房部に対して貴方を軍へ呼び戻すように要求してきました。それも強く、再三ね。あ、そうだ。天儀総司令の総司令官としての最初の仕事は、李飛龍へわからせること、ここはグランダ軍じゃないってことをね。冗談抜きで、お願いします。」
「しつけか……。そうはいうが、まったくいうことを聞かんと思うぞ。それに飛龍は、生まれも育ちもよい。ここにいる誰よりもだ。それを、しつけるといってもなぁ。」
――李飛龍か……。
と、二人のやりとりを見ていた義成は心のうちでつぶやいた。態度を見るに天儀は、話題の李飛龍へ、相当な信頼をおいているらしい。
ここで六川が、
「そろそろ本題に入ってよろしいでしょか。彼の処遇を正式なものにしないと。」
と、話題を転じてから義成を見た。
天儀は首肯。話は、そのまま義成と特命係の扱いについてとなった。
総司令官付き特命係室長という、ぽっと出の謎の組織をどう位置づけるか。法務部の人間もよばれ、特命係の位置づけが手早く決まっていったが……。
「部屋は、総司令官室の横が空いてるだろ。警護上の都合がいいし、呼び出しやすい。」
この天儀の提案に、まず星守が反対した。
「一等地じゃないですか。あそこ首相や大臣用ですが?」
六川も同意見のようで追随。
「そうですね。ゆくゆく太聖側との交渉となったときにも困ります。太聖側がグレードの高い人物を交渉人として派遣してきた場合は、あそこに入ってもらいますから。」
と、反対したが、天儀は……。
「どっちもこないから大丈夫だ。」
敵は、根絶やしにするし、ヌナニアの首相にはそんな気概はないとばっさり切ったのだ。これには誰もが驚き顔となった。ただ、若い義成には、この天儀の傲慢さは魅力的だった。不思議と、
――圧倒的に強い
という印象を覚えた。
究極のSP用の部屋。すぐに使用することもない部屋。すなわち、いわば空き部屋ともいっていいのも事実。これらの理由から、天儀の強引な提案はうけいれられた。
黙って事態を見守っていた義成は、天儀が一生懸命になってくれていることと、一等地を与えられたことが、こそばゆかった。いや、嬉しかった。かなりの特別待遇だ。だが、部屋が決まった途端に、星守からは、
「はぁ……。あの部屋は最低よ。義成特命。あなたこれで七日間二十四時間いつでも呼び出されるわよ。この私だって同情するわ。」
という言葉とともに、哀れみの視線がむけられた。義成が驚いて、
――本当ですか?
と六川を見ると、
「ああ、天儀総司令はおかまいなしだ。総司令官室の真横というのはいけない。呼び出しを無視すると確実に乗り込まれるから覚悟しておいたほうがいい。あと寝ていて気づかなかった場合耳を引っ張られるからね。」
と応じられてしまい。義成は、経験者談かと諦めるはめとなった。
多少の議論あれど、ここまで順調に進んだ特命係の扱い。だが、義成の部下の選任となって揉めた。天儀は総司令官として当たり前のように、官房部から二三人みつくろえと口にしたが、途端に星守の手痛い反撃を食らうこととなった。
「はあ? 軍官房から人をだせですって!? ダメダメ。いまどれだけ忙しいと思ってるんですか。休日どころかお昼も返上で働いてる子ばかりなんですよ!」
総司令官の天儀から、視線をむけられた法務部の人員も、
「えっと……。そんなことを決める権限が、そう権限ないです。自分では承諾だせません。部長にきかないと……。」
とかわした。
そして六川の口は早い。天儀が、強引なことをいいだす前に、
「では、特命係の人員については、天儀総司令と義成特命で解決するということで。」
と話を終わらせてしまった。六川からすれば、このまま話し合いをしても揉めるだけで、運良く決められても時間がかかると判断したのだ。特命係は、総司令官である天儀の抜擢といえば聞こえはいいが、たんなる天儀の思いつきの組織に、そこまで時間を割く義理はないのだ。
これで解散。不本意そのものといった総司令官の天儀は、ブリッジをあとにし、義成もそれに従った。
「くそ、手持ちの戦力配置すらままならない。船一隻どころか、一人だって好きに動かせないとは、どういうことだ。俺は、ヌナニア軍総司令官じゃないのか。」
「心中お察しします。」
「うるせえ、幻滅したろ。くそ、あいつら義成の前で、俺に恥かかせやがって。」
この悪態で、義成はハっとし、そのまま思ったことが口から音となってでた。
「……あの、もしかして先手を取って提案し強引に進めれば、六川軍官房長も星守副官房も、天儀総司令の顔を立てて決められるという計画だったでしょうか?」
「そうだよ。六川も星守も、いきなり新人の義成の前で揉めるなんて、みっともないところを見せたがらないと俺は踏んでた。だから態々あそこに、お前を連れてったんだ。だが、世の中甘くないな。あいつら意地悪すぎるぞ。」
なるほど、と義成は驚くしかない。それに結構いい加減だ……、とも感じた。
「総司令官といっても俺がやるのは、現実はガキのおもりに近い仕事ばかりだが、とにかく義成お前の部下は、どうにかせにゃならん。くそ、六川に拒否されると、あてがないぞ。」
総司令官天儀は、義成に自分で探せとはいわなかった。そこは責任を持つということなのだろう。この天儀の態度に、義成は少しだが好感を覚えた。
「ところで義成。今日は、つけてないんだな。」
「はい?」
「腰のやつだ。」
やっと義成は、合点がいった。天儀は、いま、義成が腰に刀をさげていないことを何故かと聞いてきているのだ。そう。義成は、いまは帯刀していなかった。本当に正式な許可を得ているとはいえ、義成からいわせれば、刀は総司令官室へ忍び込んだあの日だけなのだ。なぜなら。
「あんなもの腰にさげていたら目立ってしょうがないですよ。」
そう。義成は、秘密工作員。刀はあまりに目立つ。日常的に帯びるはずがない。
「そうか? 正気じゃないのが、一発でわかっていいと思うがなぁ。」
「皮肉ですか。」
「まあ、そうなるかな。」
義成は、苦い顔をするしかない。
「あれ、小太刀だろ。」
天儀の問に、はい、と応じた義成は少し驚いた。一見して小太刀と脇差しは見分けがつかない。そして、大体の人間があれを見て、カタナと思うだろうが、その分類までは頓着しないだろう。それが見分けがつくとは、天儀とはよほどの手練だ。いや、名骨董商か美術館の学者ばりの鑑識眼を持つ。
だが、天儀はそんな義成のようすを見て。
「違う。違う。許可書を見たんだ。そこに『太刀』って書いてあった。あの短さで太刀なら小太刀だろ。めずらしくて驚いたぜ。」
「なるほど……。」
「使い手なのか?」
「いいえ。たしなみていどです。」
相当使えるな。と、天儀は看破した。おそらく義成の技術は、特殊工作員のそれだけではなく、幼いころから仕込まれた古流武術が真髄だ。
事実、義成は今古流と分類される古流武術の使い手だった。昔、流派を担う叔父から仕込まれたのだ。
総司令官の天儀は忙しい。天儀は、そのまま義成と昼食は取ったが、昼食後は官房部の部下と各部署の訪問となった。一人となった義成は、特命係室となった部屋へ直行。
部屋を与えられたといっても、当たり前だがそのままではつかえない。なにせ与えられたのは、首相がお泊りできるような貴賓室だ。
義成が、与えられたパスを入力し扉が開くと、そこには総司令官室以上に豪華な光景が広がっていた。
天井、壁は一級の職人による漆喰塗り。床には不燃性のペルシャ絨毯。照明器具は、宇宙船でもつかえるものを地球時代からの伝統を持ちアール・ヌーヴォーの技術をうけ継ぐ会社へ特注したもの。
ベッドの横に置かれたスタンドは、ガレの精巧な写し。壁には名前も知らないがきっと有名な画家の絵画。
義成とて、大鑑、とくに国軍旗艦にはこういった部屋がいくつかあるとは教えられてはいたが、文化財級備品が並び空間そのものが美術館といった部屋を実際に目の前にすると……。
「無駄だな。」
と一言。驚きはしたが、それだけだ。残念、参月義成。質実剛健といえば聞こえがいいが、芸術には疎い。いや、そういったものを嫌悪してしまうお年頃だった。
数時間後……。
「部屋の片付けをした。備品を取りにきて欲しい。」
と報告をうけた備品係が、部屋に訪れたときに悲鳴をあげた。扉を開けた瞬間に目に飛び込んできたのは、乱雑に積み上げられ美術品雑の数々。端によせられたベッドの上には、乱暴に照明器具などが積みあがっている。
乱雑に積みられたのは、お高い美術品を目にした備品係は、驚きあきれ、そしてカッとなって叫んだ。
「ちょっと、いくらすると思ってるんですか!」
「知らんが。」
「お金じゃ買えないものだってあるんですよ!」
備品係からの目一杯の非難。彼からすれば、士官学校のしかも黄金の二期生ならもうちょっと配慮すべきだ。これらの備品は、国家の威厳と品位を示すものだし、もとは血税だ。だが、特命係義成は、美術品鑑定人ではなく、ナカノ育ちの特殊工作員。人を二秒で殺す腕を持っていても、美術品の価値の鑑定眼は持ち合わせない。
「で?」
と非難してくる備品係を、その片目隠れの髪の間から覗かせた目でギロリと睨み倒して黙らせた。
備品係は、恐ろしいやら腹立たしい。泣きそうなほど悔しいが、いっても無駄と判断して、備品の救出に取り掛かったのだった。