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1-(10) 陰陽の葉 (1/2)

 通常の軍人が光り輝く太陽なら、特殊工作員は裏方だ。華々しさからは程遠く、その功績は夜空の月、太陽に近づけばむしろ陰る。

 

 参月義成みかづきよしなりは、特命係へ補された。裏方から裏方へスライドで、特殊工作員という身分に変化がないが、いまは総司令官専属の特殊工作員。秘密情報部は、軍の暗部だ。トップの体質が反映された凶悪な組織。そんな組織を内から変えていくという気概を義成はもっていたが、倒すべき敵は手強かった。それに、いくら志は立派でも長くとどまれば染まるだろうという危惧を義成は抱いていた。


 たしかに、本来予定されていた秘密情報部エリートとしての本道からは外れたが、さして気にはならなかった。二度目だ。もとから一度出世コースからは落伍らくごした身なので気にならない。

 

 ――ただ一人。

 

 そう。ただ一人軍アカデミーに行けなかった二期生。これはまともな感覚で見れば、明確な落伍だった。ただ一人の恥ずべき存在。だが、誰が太陽で、誰が月なのか、宇宙での自分の位置づけなど、ここでは誰もしらない。ここは戦場だ。

 

 ブリッジで、

「今日の士気色係数です。ご覧になってください。」

 と軍官房長の六川が、総司令官天儀へタブレットを手渡した。

 

 チラリと見えたタブレットの画面には、円グラフや棒グラフ、ヒストグラム、散布図などがずらり。わかりやすくするグラフも20個、30個となるとうんざりだが、天儀は心得たもので、いくつかのグラフを確認すると、タブレットと六川へ返した。

 

 どのグラフもヌナニア軍の状況を数値化したものだが、重要なのは一日一度のメンタルチェックで得られるデータから算出される士気、つまりはやる気度が最も重要だ。

 

「良好だな。」

 といって天儀は、ブリッジ内を見渡した。いま、天儀たちが立つ場所は、ブリッジ内で一番高い場所だ。


 ブリッジ。それは宇宙船にとって機関部と並ぶ最重要区画。運航の中枢部だ。


 国軍旗艦瑞鶴こくぐんきかんずいかくは、艦中枢部を一箇所に集めるタイプで、その広さは軽くビルのワンフロワーほど。これは指揮の効率化を最優先した結果だ。軍用宇宙船のブリッジの構造は、いくつもパターンがあり、たとえば瑞鶴とは正反対の中枢機能を分散させる方式などもあるが、どれも良い点、悪い点を併せ持っている。ヌナニア星系では、瑞鶴のような一箇所集中型が多い。

 

 そして瑞鶴のブリッジの構造は、正面の大モニターに対して、座席が後方になるほどゆるい階段式に高くなってくタイプ。最上段中央に総司令官士の座席、その右横に艦長座。そして二人の左右に高官の座席が並んでいる。ここまでのスペースが10分の3程度で、総司令官や高官の座席のうしろのスペースが広く取られている。

 

 では一番広い総司令官や高官たちの座席後方には、なにがあるのか。各部署のワークスペースだ。ここには戦闘に関係する重要各部署が集められ、各々にパーティションで仕切られたワークスペースが与えられている。

 

 そして、このワークスペースのなかで最も重要なのが、

 ――総司令部区画。

 総司令官座のすぐ後方。ビリヤード台ほどの大きさの戦場の立体映像を展開できるタクティクス・テーブルが中央に鎮座したこの場所こそが、戦闘時に高官たちが集まり指揮をおこなう場所だ。ここは、軍官房部の普段からの職場でもある。

 

 総司令官天儀の眺めるブリッジでは、クルーたちが忙しそうに働いている。

 ――白面の書生ってところだな

 とは、心中でつぶやいた。天儀の目に映るクルーは、兵士と呼ぶには少し物足りないし、なにより若い。

 

 現在、国軍旗艦瑞鶴は、後方の巨大基地である泊地パラス・アテネの10キロのところで停泊中だ。いま、パラス・アテネ宙域には、基地を中心に400隻ほどの軍用宇宙船が滞留している。

 

 この400という数字は、軍艦の指定をうけた『軍用宇宙船』だけの数だ。各種補助艦艇や輸送船、大小の宇宙船を数えれば、外宇宙航行能力を有するものだけで、ゆうに3000隻は超える。

 

 星系間を跨ぐ国家は巨大で、そんな国家間の戦争ともなれば、後方基地に留まる宇宙船だけで、このような途方もない数になるのだ。いや、12星系19惑星の有する国家の軍隊と考えればこれでもコンパクトにまとめられている。そして現在ヌナニア星系軍は、フライヤベルクという戦場に軍事的リソースの7割を集結させている。

 

「旧軍出身者は少ないな。」

 と天儀が、つぶやいた。これに応じるには影のように控えていた参月義成みかづきよしなりだ。特命係となった義成は、自身の役割を心得ていた。すでに義成の立ち振舞は総司令官天儀の忠実な部下で、周囲からもそう認識され始めている。


「はい。実戦での任務経験のある旧軍出身者は、優先的に最前線へ回されました。」

 

 劣勢に立つ各戦線のヌナニア軍の司令官たちが望んだのは即戦力。優秀な新兵より二流でも三流でも戦場経験者というわけだ。

 

 もちろん軍では、配置したら即戦力となるように普通科教育をへてから配置先が決まると、さらにまた半年以上かけ配置先の専門教育がなされるが、戦場となればそれだけではやはり足りない。

 

 考えてみれば、民間でも同じだ。新入社員教育を経ても、配置先の部署でまた責任者なり先輩が新人を育てるのだ。そうやって仕事を覚える。軍でも同じだ。

 

 ただ、フライヤベルクの最前線で覚えるは、仕事のやりかたじゃあない。

 ――死になれることだ。

 戦場になれるということは、そういうことだ。

 

「国軍旗艦からも引き抜きをおこなってこのざまか。」

「はい。ですが明日には、予備役の第二回招集がありますので、いまの予備役は、ほぼ旧軍経験者と考えて問題ありません。」

「そいつがパラス・アテネに到着するのが早くて二週間か。」

「一ヶ月はかかるでしょう。」

「……それまで、いまの手持ちで戦うってわけだな。」

「肯定です。そうなります。」

「……鬼になってやるしかないなこりゃ。人を辞めるとはいったものだ。ま、もとから俺に、そんなものはないか。」

 

 天儀のこの言葉を、義成は死ぬほど奮起するしかないぐらいの覚悟の言葉ととらえた。天儀は、あまりに当たり前にいったからだ。だが、言葉に一々重みがあるとすれば、義成の理解は浅いだろう。いま、天儀の目に映るヌナニア新兵は、無垢そのもの。戦場をしらない。そんな彼らに殺しを覚えさせるのは天儀だ。


 天儀が、総司令部区画のほうへ振り返ると、六川が待っていたかのようにさらに報告を続け、

「義成特命の辞令発表で、総司令部への支持率が5ポイントあがりました。」

 といって報告を締めくくると、いつの間にか六川の横に立っていた副官房の星守が、

「それでも低いですけどね。0が5になったと認識してくださいね。」

 と、釘を刺した。


 なお、報告中から天儀も仕事モード。呼び捨てもやめた。ラフに敬称や肩書を省略するというのも親近感を生むが、軍務は規律なくして成り立たない。天儀の総司令官としての、こういった切り替えの上手は、六川だけでなく星守も好感を持っている。


 天儀は、星守の言葉はさらりとうけながし、

「ほう。意外だな。」

 と少し驚いたようにいった。天儀自身は、とくにそういった効果を狙って義成の人事をしたわけではないのだ。


「天儀総司令は、ヌナニア軍では戦場の筋金入りの能力主義者リアリストって思われていたからですよ。」

「意味がわからんぞ星守副官房。リアリスト。それがなぜ悪い?」

「察しが悪いですね。戦場で役立つものは殺人鬼でもつかうダーティーカラーの総司令官。刑務所から終身刑ハンドレット(無期懲役、死刑囚など重罪人を一括にした俗語)を開放して兵士にしたてるだろうって、新兵だけじゃなく旧軍出身者の間ですら噂されていましたよ。それも極悪人から順に選んでね。これがヌナニア軍の天儀総司令へのイメージだったとご認識ください。」


 能力主義の悪魔が、〝義〟などといって起用を形容するのは、ヌナニア軍内では意外性と好感をもって迎えられた。これも一種のギャップ効果だろう。それに義成が、一見なんの得にもならなそうなこの人事を受け入れたのも大きい。

 

「黄金の二期生の義成特命が、雑務係を買ってでたのも効果的でしたね。」

 と星守が付け加えた。


 そう。義成の人事も士気好転に寄与していた。軍官房二部の課長職を蹴っての側近(雑用係)起用は、出世意欲に富む国軍旗艦瑞鶴のクルーたちだけでなく、誰にとってもあまりに謎すぎる。きっとこれは勝つために必要な人事で、優秀な黄金の二期生は、それを理解してあえて出世が遅れる人事を呑んだ。と、イメージされ美談となっていた。

 

「義成特命のおかげで、総司令部は勝つために本気だという印象を与えたようです。」

 と六川が分析述べると、天儀はフンっと鼻を鳴らしただけで、この話題をきりあげ、別の話題を投げた。

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