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1-(1) 悪徳には悪徳を

 首都惑星しゅとわくせいミアンの議会では、内閣は窮地きゅうちに立たされていた。理由は明白だ。開戦の不始末と戦況の劣勢。六ヶ月前に突発的に始まった戦争は、誰の目から見ても明らかに不利だった。

 

 戦争となれば軍人である。だが、戦いの専門家として世間で一目置かれ始めたヌナニア国統合参謀本部こくとうごうさんぼうほうんぶも不利な戦局をくつがえすだけの策は持ってはいなかった。

 

 いまの不利は、切り札を切った上での不利。彼らは、物知り顔で専門家としてワイドショーに出演したりしても知識をひけらかすだけで、有意義な打開策を口にするわけではない。ただ、一部の統合参謀本部の軍人は、この戦争をチャンスととらえ、政財界への影響力の拡大という密かな野望を燃やしているのだが、まあ、それはおいおい話そう。

 

 事態は、戦争である。それも大宇宙戦争。

 

 論外の事態といっていい。世は宇宙時代。銀河系を出て、天の川銀河を征服し、ラニアケア超銀河団という広大な宇宙へ飛びだした人類は、などと長々書くのも煩わしい。アポロ計画からいまでも、宇宙で人類が生存するというのは、きわめてセンシティビティな課題の山積みだったといえばいいだろうか。

 

 宇宙で生きていくには、感情の制御と、冷静な判断力、そして協調性は必須事項。スペースノイドは怒らない。とまでいわれるほどに、宇宙に進出した人類は対話能力を向上させていた。

 

 調子の悪い機械を、ついカッとなってぶっ叩けば、そのまま宇宙船やコロニーは機能を停止。カッとなった本人も周囲の人間もあの世いき。当たり前だが、宇宙を克服しても生死の克服は難しい。死への旅路は、宇宙時代でも片道切符だ。

 

 こんな馬鹿げた事態を避けるために、高い感情のコントロール能力を身に着け、対話能力を向上させた人類から戦争は消えた。国家の軍事力は、統治上のシンボルにすぎない。そのはずだったのだが……。


「外交上の選択肢として、開戦はないというのが、わたくしの判断であり内閣の総意でありましたので――。」

 と議場で答える首相の額には油汗だ。なぜならこの言い訳は苦しすぎるのだ。

 

「なるほど。開戦はない。つまり戦争は、ないと思っていたと? よくも言えましたなそんなことが。」

 

 そして質疑していた野党議員は、背後の議員たちへ向かっていいはなった。

 

「我々の首相は、ヌナニア連合の成り立ちを、ご存じないようだ!」

 

 議場がドッと笑いに満ちた。与党議員まで笑っている。それほどに首相のげんは、みっともない。

 

「首相。わたくし思うのですが、自国の歴史、しかもほんの数年前のことも、ご記憶にないとなると、お勉強不足なんてレベルじゃすまないと思うのですがね!」


 そう。ヌナニア連合は、セレニス星間連合とグランダ帝国という二つの超領域国家が、戦争の結果合一して成立した大宇宙国家だった。それも五年ほど前に……。


 野党議員の言葉に、首相は怒りと恥ずかしさで顔を赤黒くし、つたない答弁がつづけ散々に打ちのめされて席へ戻ることとなった。


 答弁を終えて席に戻った首相といえば、ドカリと怒りもあらわに座ったつもりだったが、周囲からすれば足取り弱々しく戻ってきて、椅子にへたり込んだようにしか見えない。閣僚たちもかける言葉がなく暗い表情だ。


 激しい野党からの追求。頭を抱えるしかない閣僚たち。状況は、まったく悪い。悪すぎるのだ。このままだと大聖銀河帝国の大艦隊が、ヌナニアの首都惑星ミアンまで押し寄せてくるのも時間の問題といっていい。


 自陣に戻ったというのに誰もがよそよそしく、首相の心は、憤慨から一転し孤独にさいなまれた。


 ――そんなに、わしの答弁はまずかったのか。

 

 苦々しく思いながら首相は、いま一度閣僚たちの顔を見渡したが、誰も目を合わせようとしないうえに、やはりその表情は暗い。


 はっきりいって最悪の状況だが、こんな状況でも気の利くものはいる。ヌナニア連合は12星系にまたがり19惑星を有する超領域国家。当然、人口も莫大。数の多さは、人材を生む最良の要素で、つまり優秀な人間はいるのだ。その人材が上手く活用されるかはまた別問題だが……。

 

 ともかく。一人の男がそっと首相に言葉をかけた。男は閣僚の一人で、長い黒髪にととのった顔立ち、そしてみやびな所作。まさに美麗な男といっていい。言葉は長いものではない。たんなるねぎらいの一言だったろうが、その男が話しかけたことに意味があった。

 

 声をかけられた首相は、

「決めたぞ外務卿、わしは宝物庫の扉を開けることにした。」

 という決意の言葉を吐いたが、この言葉は比喩的で、少し謎めきすぎていた。けれど外務卿は、首相の謎めいた言葉に一考しはしたがすぐに応じた。


「それは監獄塔の扉では?」

「ふむ。じゃが、なんにせよなかにあるものが重要じゃ。聖剣をつかう。」

「ですが危険です。聖剣あれは魔剣かもしれませんよ。手にしたものを破滅させるかもしれません。」

「迷信だな。道具は、つかうものしだいといえる。あれは一度、いや、すでに二度も手にしたものを勝利させた。」

「二度あることは三度ある、ということですね。」


 外務卿は、やはりたしなめたのだ。この言葉は元来悪いことが連続することにつかう。だが、外務卿の言葉は、いまの首相には聞こえないようだ。

 

「ともかく切り札を切る。それだけじゃ。」

「たしかに思いきりがよいと思いますが……。やはりポーカーではトランプのカードを切るべきです。」


 すでに述べたとおり打てる手を打ち、切り札をつかったうえでの戦局不利だ。ここで切るカードとなると切り札というよりチートの類になる。別のゲームの強カードを場にだすような奇跡的ミラクルが必要だが、そんなカードを場にだせば、勝負の行方はわからない。

 

 外務卿は、暗に〝およしなさい〟とたしなめたのだが……。いまの首相にとって、負け確定より、勝負の行方がわからなくなるほうがはるかにマシだ。

 

「だが、反則ではない。」

 

 首相が決意をかためた顔でいった。先程までしどろもどろに答弁していた人物と同じ人間とは思えない。まさに国政の長、内閣の主席たる威厳がある。

 

 不利な戦局が政治に転じて、政局は最早抜き差しならない。カードさえ切ればいいのだ。トランプのカードでなかろうが、最強のカードを切る。状況が政治を押しつぶそうとしている段にいたっては、明日のことなど考えず、今日のことに徹すべきだ。


「外務卿よ。わしは、我が信条に従うことにする。」

「信条ですか?」

「そうだ。わしはこの段になって、忍耐は美徳ではないと心得たのだ。いまは、いまのことだけ考えるべきなのだ。」

「なるほど……。首相のご心中は、お察ししますが、ここは一つ冷静に、かつ慎重になさるべきです。天井から降らす剣が、誰を貫くかはわかりません。」


 やりかたがまずければ切り札をだした瞬間に、不信任案になりかねない。議場では誰もがダモクレスの剣の下にいる。天井から降るその剣で、相手を傷つけようと思っても制御できない。自身の脳天に突き刺さるリスクはある。

 

「違うぞ外務卿。ようは勝てばいいのだろ勝てばッ。木っ端(こっぱ)議員に好き勝手いわれることもない。どいつもこいつも誰が後援して、議席に付けたと思っとる。わしだッ。」

「恩知らずと宗旨変えは、議場の常ですので。」

「それにもほどがある。与党議員の若造どもが、野党と一緒になってわしと内閣をボロクソではないか。」

「……ま、よろしい政局ではありませんね。不信任案がでれば一巻の終わりです。若手と対立派閥が寝返って可決する可能性が高い。」


 遠からず総選挙がある。いま、不信任決議からの解散となっても多少遅いか早いかで、大衆からすれば些細な問題だ。だが、与党政治家にとってはまずかった。この状況で解散となれば与党は大幅に議席を減らすなどというのは生易しい。野党に転落する可能性が極めて高い。


 だからこその寝返りだ。それも早い段階での。いまから無能な首相と内閣へ決別の意を表明しておけば、総選挙で生き残れる。いまの内閣が、現状を打開できる見通しは皆無だ。与党内からの痛烈な批判は、こういった打算からきていた。


「どいつもこいつも、わしが打つ手なしと考え見くびっておる。だが、恩知らずどもを後悔させてやるのだ。」

「けれど、彼を戦場に投入すればステージが変わります。たった一振りの剣で、状況は一変するでしょう。」

 

 聖剣などといえば聞こえはいいが、あの切り札をつかえば、戦闘はいままでのような小競り合いではなく、大部隊をぶつけあう本格的な殺しあいになるだろう。駆け引きと牽制が終幕すれば、多くの艦艇が沈み、大量の人が死ぬ。外務卿の危惧はこれだ。


「結構ではないか。変化は望むところだ。」

「……本当に宜しいですか?」

「悪徳には、悪徳をだッ。それも究極のなッ。」


 憤慨ふんがいしていう首相に、外務卿が、やれやれといったふうに首を振った。

 

「くそったれがッ!」


 首相という地位におよそ似つかわしくない悪態を吐いた男の心中はこうだった。

 ――全部アイツのせい。アイツが悪い!

 戦争で国家合一を推し進めてしまった男。いまは、公の場で名前を口にできない男。全部この男のせい。大聖銀河帝国が開戦に踏み切ったのもの、そのことで自分が糾弾されるのもッ。

 

 繰り返しになるが、ヌナニア連合は、セレニス星間連合とグランダ帝国という二つの超領域国家が、戦争の結果合一して成立した大宇宙国家だ。五年前ほど前に、一人の男が皇帝のちょうをたのみ、旧グランダ帝国軍を率いて旧セレニス星間連合の大連合艦隊を撃破した。戦争の勝敗は、一撃の大会戦で決まった。

 

 つまり戦争により産み落とされた国家がヌナニア連合だと捉えれば、グランダ帝国軍を率いた男はいわばヌナニアの生みの親ともいってよいが、それを認めるものはヌナニア内には誰一人いないだろうし、やってしまった本人もその自覚はない。

 

 話を戻そう。


『戦争は、物事を解決しうる。』

 

 この間違った思想を証明してしまった男に、今回の戦争の責任を取らせる。この難癖に近い首相の決定は、その日の内に、一人の元軍人を世界に呼び戻すことになった。男の名をだすことは、まだはばかられるが、人呼んで、

 ――人食い鬼!

 ヌナニア連合広しといえども、この名でよばれる人間は一人しかいなかった。

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