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欠陥聖女の借金生活  作者: 神栖レオン
7/15

ラムル王国から遥か北方にあるファルナ村で育ったアイリス・ミドルシアは、中流階級の農夫婦の一人娘として生まれた。


生活は決して豊かではなかったが、優しい父と美しい母はアイリスの自慢で、派手な娯楽などない穏やかな自然に囲まれた生活がアイリスは好きだった。


中でも、隣家に住む幼馴染の少年と毎日のように野山を駆けまわるのが、アイリスのお気に入りの遊びだった。


「こっちこっち!」


「待ってぇ・・・!」


「早くしないといなくなっちゃうかもしんないだろ!」


「うへぇ・・・」


その日、アイリスの10回目の誕生日は、見せたいものがあると言って幼馴染のロイスがアイリスを村から少し離れたところにある裏山に連れてきていた。


「ほらあそこっ!・・・・あれ?」


ロイスが指差す方を見てみても、特に目を見張るものはなにもない。

そこは、円型のクレーターが特徴的なただの空き地だった。


「おかしいな・・・昨日はでっかくて綺麗な鳥がいたのに!」


「あ、ちょっと、ロイスッ!」


アイリスが呼ぶのを無視して、ロイスが山腹を駆け下りていく。必死な顔で走っていく幼馴染を追って、アイリスもクレーターの方まで近づいていった。


「あれー?」


「別に何もないじゃん・・・って、何それ?」


周囲を歩き回って状況を確認していると、パリンと何かが割れる音がしてアイリスはロイスの足元を見た。


両手が全て覆われるくらいの大きさで、丸みを帯びた白い物体。

表面は割れていて、中から液体が漏れ出している。


「うげ、汚ね・・・」


「卵・・・かな?」


そのフォルムは生物の卵で間違いなかった。

二人の子供は、見たこともない大きさの卵に夢中で気付くことができなかった。


その卵がレベル2の魔物の卵だということにも、巣を荒らされた魔物が外敵を力づくで排除する性質を持っていることにも。


しゃがんで卵を観察し始めた二人だったが、最初に異変に気付いたのはアイリスの方だった。


上空から差し込む大きな影。首を持ち上げて見上げると、目に飛び込んできた何かを見たアイリスは無意識のうちに幼馴染の腕を掴んでいた。


「ロイス・・・」


「んー?ちょっと待って・・・」


「早く逃げないとっ!!!」


ロイスの腕を引っ張って、アイリスがその場から全力で避難する。


直後、巨大な虹色の3羽の鳥が、二人が立っていた場所に突進した。


「キャアアアァァァッ!!!」


地面が大きく揺れるほどの衝撃。二人はその場に膝をついて、得体の知れない生物の姿に目を凝らした。


だが、1羽の全長は大人3人分くらいの体長でかなり大きい。

見たこともない獰猛な牙と鋭利な翼が、アイリスの知っている種類の鳥とは違う何かだと物語っていた。


怒り狂う飛行生物達が凄まじい咆哮を上げると、アイリスは短く悲鳴を上げて尻もちをついてしまう。本能的な恐怖が少女の足を竦ませていた。


「あれって、魔物・・・?」


「おい、走るぞっ!!!」


自分達の住処が荒らされ、大事に育てていた卵が破壊されたことに激怒している魔物達の危険を察知したロイスが、持ち帰ろうとしていた卵を放り投げてどうにか走り出す。


山の麓の方まで手を繋いで走っていき、二人は木々に隠れるようにして周囲を警戒する。うまく撒くことに成功したのか、二人を迫ってくる魔物の姿は見当たらず、甲高い鳴き声が、森の中で木霊しているだけだった。


「ハァッ、ハァッ・・・・ヤバかったな」


「ゲホッ、ゲホッ・・・何いまの?」


「いや、分かんない。昨日見た時は後ろ姿だけだったから、あんな危険な奴らだとは・・・」


冷静になった二人は、手を繋いで身を寄せ合っていることに気づいて、パッと離れた。


「・・・ほら、アイリス、これやるよ」


「なに、これ?」


手渡されたのは虹色に輝く小さな1枚の羽。


二人を襲った魔物の色によく似ていた。


「さっき、あいつらの巣で拾ったんだけど・・・綺麗だから、お前にやる」


それだけ言うと、ロイスはアイリスから顔を背けてしまった。恥ずかしそうに照れて言う横顔が赤くなっていて、見ているアイリスの方も頬を赤く染めてしまう。


手元で輝く魔物の羽は、片手で摘まめる小さなサイズだった。


「綺麗だから私にって・・・どういう意味?」


「・・・・・・・・・・・」


アイリスは何かを期待した表情で振り返ったが、そこに幼馴染の少年の姿はなかった。


「・・・ロイス?」


どこかに隠れてしまったのか、まわりの木々を行ったり来たりしながら探したが人影は見当たらない。


「・・・ったく、何考えてんのよ」


寂しそうに文句を言うアイリスの声に応じてきたのは


「・・・・・・・・・・・・・・・ァァァァ・・・・・・・・・・・・・」


と遠くから聞こえてくる少年の叫び声だった。


嫌な予感がして上空を見上げてみて、アイリスは目を見開いて驚いた。


「何で・・・!」


空中に浮遊した幼馴染がじたばたと両手両足を動かして藻掻いている。

その襟元は、空飛ぶ魔物の鉤爪に掴まれていて、そのまま上空に連れ去られてしまったようだった。


「ロイスーー!!!」


生まれてから10年で出したこともないほどの大声で叫んでみるが、幼馴染の少年には届かない。声が届いていたとしても、無力なアイリスには彼を助ける術など何もなかった。


3体の魔物が空中で何度かパス回しすると、少年の体はそのまま地上に向かって落下し始めた。


「ワアアアァァァァァッァァァッァァァァッッッッッッッ!!!!!!」


遥か上空から垂直落下し始めたロイスの絶叫が聞こえたが、アイリスは全力で彼が落ちてくる方向に走っていくことしかできない。


息を切らしながら全力疾走すると、全身傷だらけで血塗れの幼馴染を遠くで発見した。


「・・・ロイス!!」


アイリスが泣きそうになって声を掛けると「げほっ・・・」と弱弱しく咳をしていた。どうやらまだ生きているらしい。


幸か不幸か、地面に直接叩きつけられることなく、ロイスの体は木の枝や幹にぶつかりながら地面にバウンドしていたのだ。


だが間近で幼馴染の凄惨な姿を見ると、アイリスは口を手で覆って息を呑んだ。


両脚はそれぞれ反対方向にひん曲がっていて、口からは血の塊が吹き出ている。どうしていいのか分からず、まだ息をしているかどうかだけを確認する。


「・・・・ァ・・・・・・ゥ・・・・・・」


(良かった・・・でも、どうしよ・・・・まず、村に戻らないと)


まだ息はあったが、早く村に戻って大人の助けを呼んでこないとまずい。


アイリスは涙を拭って、ロイスの頬を撫でてから立ち上がった。


「・・・待ってて、すぐ戻るから!」


「・・・ゥァ・・・・・」


全力で村に戻る道を駆け抜けるアイリス。


重傷のロイスが脳裏から離れず、もしかしたら自分も同じことになるかもしれない・・・。

そう思うと、体の震えが止まらない。


何が起きてロイスがあんなことになったのか想像してみたが、思い当たる節は全くない。虹色の鳥型魔物からは逃げきれていたし、ロイスがどこであの魔物達に捕獲されたのか、アイリスには分からなかったのだ。


この時の何も知らないアイリスには、巨大な鳥型の魔物が不可視状態になる魔法を使えて、二人の後をつけていたことなど、思いもよるはずがなかった。



***


「おぉーい!無事かぁぁぁっ!?!?」


「・・・ワンドさん、おじさんっ!」


ファルナ村に向かって走っていくと、村の衛兵隊を率いる大男ワンドがアイリスに向かって手を振っているのが見えた。

副隊長を務めているロイスの父親も一緒だ。


巨大な鳥型の魔物に襲われている子どもの姿を見て駆けつけてきたのだろう。

村まで戻る時間を節約することができたアイリスは、屈強な隊長にしがみつくと、気が一気に抜けて両目から涙が零れ落ちていく。


「嬢ちゃんどうした、怪我でもしたのか!?」


「わ、私は大丈夫です。けど、ロイスがっ・・・!!!」


「やっぱりさっきのはロイ坊だったのか・・・」


ワンドが険しそうな顔をしてアイリスの頭を撫でていると、ロイスの父親、ロックスがアイリスに優しい口調で声を掛けた。


「アイリスちゃん、案内してくれるかな?」


だがその表情は、これまで一度も見たことがないほどに真剣で、切羽詰まっているようにも見えた。


ここで泣いている暇なんてない。剣を抜いて警戒を強める衛兵隊の姿を見てそう思い直したアイリスは、涙を拭って鼻をすすり、大人たちを先導した。


「・・・はい、あっちですっ!」


「俺が抱えて走るから、嬢ちゃんは案内を!あと何があったか簡単に教えてくれ!!」


ワンドがアイリスを抱えて走り出す。


ロイスに誘われて山の中に入ったこと、山腹にクレーターのような陥没が複数できたエリアがあったこと、そして観察している最中に、虹色をした魔物3体に襲われたこと。


「虹色の魔物・・・?それは大きい鳥型の魔物だったかい?」


ロックスの問いかけにアイリスが首を縦に振ると、衛兵たちが気を引き締め直したような顔になった。


そしてワンドが神妙な声で呟く。


「サンクトス・・・か」


「魔物の名前、ですか?」


「ああ。だけど、このあたりを巣にするなんて聞いたことがねぇな」


ロイスを置いてきた場所に近づいていくと、そこには二人を襲った虹色の魔物が全身ズタボロになっている少年の周りをうろついていた。まるで餌を狙う獣のような姿だが、そこには1体しかいない。


「お前ら、嬢ちゃんを守ってろ」


「了解しました!」


ワンドが他の衛兵二人にアイリスを預け、残りの兵士たちがゆっくりと魔物に近づいていった。


(・・・1体だけ? それになんか小さいような・・・)


アイリスとロイスに襲い掛かってきた3体ほど大きくないように見えたが、それを伝える前にロイスが小さく呻き声を上げているのが聞こえた。


「・・・・ァァ」


「ロイスッ!!!」


アイリスと接するときは落ち着いた様子で話していたが、魔物に蹂躙されている息子を目の前にした父親は感情の制御ができなくなっていた。


「落ちつけ、ロックス!」


「ワンドさんッ!!」


魔物に飛び込んでいこうとするロックスを隊長のワンドが止めた。


「今俺たちが突っ込めば、ロイ坊が攫われるかもしれない」


「でも、今すぐ助けないとあの子が・・・!!!」


「分かってる!だから遠距離から潰す」


ワンドが合図をすると、アイリスの近くに控えていた衛兵が魔力を籠めた矢を放ち、魔物の眉間を貫いた。


魔物が音もなくその場に倒れ込む。


直後、ロックスとワンドが瀕死のロイスの元へと駆け付けた。


「回復薬だ、急げっ!」


「はい!」


ロイスの応急処置が始まったが、回復薬で治癒できるほどの怪我ではない。


貧しい村の衛兵隊で使える回復薬といえば、所詮は切り傷を再生できる程度の安価な薬が限界だ。骨折や内臓の損傷までをも一瞬で回復させる高級回復薬は、王族や貴族が独占していて、村長クラスでも入手するのが困難な代物なのだ。


「まずいな、このままじゃ・・・」


「私がこの子を連れて、王都の聖教会に向かいます!そうすれば聖女様に回復してもらえる!!」


「・・・・・分かった」


悲壮感を漂わせてロックスが息子を抱き抱えた直後、アイリスを守っていた衛兵がワンドに大声で警告した。


「隊長!上から来ますっ!!」


「んああ、上・・・?」


ワンドが見上げると、巨大な鳥型の魔物10体ほどが空中を徘徊していた。


ロイスの回復に集中していて気付けなかったわけではない。レベル3の魔物サンクトスの不可視化の魔法で、気配を察知することができなかったのだ。


経験豊富な冒険者や獣人がいれば、魔物の匂いで感知できただろうが、田舎村の衛兵隊に魔法を使う魔物との戦闘経験は乏しい。


「・・・ッ!全員戦闘準備ッッ!!!!」


サンクトスの群れの突進攻撃が、衛兵隊とアイリスを襲う。


盾と長剣で魔物に対応していく衛兵たちは善戦しているが、冒険者でもない彼らでは、レベル3の魔物の退治にはかなりの時間がかかってしまう。


戦況を見て歯噛みしたワンドが、息子を庇いながら戦うロックスの腕を引いて退路へと向かわせた。


「ロックス!嬢ちゃんを連れて先に行け!!」


「ワンドさん、でも・・・!」


「衛兵隊の前に、お前は父親だ!ここに居続けたら、ロイ坊の命が危ないぞ!!!」


回復薬の応急処置でどうにか延命できているとはいえ、ロイスが危険な状態であることに変わりはない。


「・・・ありがとうございます。アイリスちゃん、こっちに!」


「急げっ!!」


近くに止めてあった荷車に子供二人を乗り込ませ、ロックスは馬に乗って王都への道へ進み始めた。


だが衛兵たちを相手にしていたはずの魔物3体が、逃げ出そうとしていたアイリスたちに標的を変更し、翼を広げて突っ込んでくる。


荷車と馬を繋ぐ綱が翼の一撃で切断され、アイリスたちはそのまま地面に倒れ込んだ。


「キャアアァァァ!」


「・・・・・・・ゥ」


「ロイス、アイリスちゃん!!」


衛兵隊の馬は、3体のサンクトスによって空中に連れ出され、頭から地面に叩きつけられるとそのまま微動だにしなくなった。


「そんな・・・」


これで王都まで最速で向かう足がなくなってしまった。


息子を抱き抱えて今度は自分の足で逃げ出そうとするロックスだったが、周囲をサンクトスに囲まれていて、退路は完全に塞がれてしまった。


再び剣を抜いたが、ロックス一人では完全に力不足。


今こうして戦闘している間にも、ロイスの表情は刻一刻と青ざめてしまっていた。


「ヤメてっ・・・!!!」


気付いた時には、アイリスは二人を背中に庇ってサンクトスと対峙していた。小さな少女に大きな魔物が襲い掛かろうとした瞬間、アイリスの全身が白銀色に輝き始めた。


「これは・・・」


ワンドと村の衛兵たちが目を見張ってアイリスを見つめる。


アイリスの体から迸る白銀の魔力が、この世で聖女しか持つことのできない貴重な力だと気付いているのはその場では彼だけだった。


衛兵隊長だけでなく、膨大な魔力を全身から放出するアイリスに、魔物たちもが怖気づいていた。


「・・・・立ち去りなさい」


黙ったままアイリスが双眸をギロリと動かすと、魔物たちは反射的に飛び立っていった。


「・・・ふぅ」


「嬢ちゃん、今のは・・・」


ワンドがアイリスに近寄って行ったが、


「・・・ロイス!!」


息子の名前を呼ぶロックスの叫び声を聞いて、二人の元へ駆けつけた。


回復薬で一時しのぎをしたはずだったロイスの全身はビクンビクンと痙攣し始めていて、再び吐血も始まってしまっていた。


「ワンドさん、もう一度回復薬を!!」


「・・・すまない。今の戦闘で全て・・・」


絶望と怒りが入り混じったような視線を衛兵隊長に向けるロックスだが、回復薬は衛兵隊全員のためのもの。公私混同しないだけの判断力はまだロックスには残っていた。


「・・・じゃあ、早く病院に連れて行かないと!」


「待て、ロックス。一番近い病院で隣町だ。ここで処置していかないと時間が・・・」


「じゃあ誰が処置できるんだ!!!」


息子が瀕死の重体となっている状況で、父親のロックスは冷静さを失っていた。


衛兵隊長への暴言は懲罰ものだったが、ワンドはそれを咎めようとはしなかった。


「・・・・・ロイ坊を助ける方法は、残り一つしかない」


ワンドの視線がアイリスに注がれる。


それを追うようにして、その場の衛兵たちが一斉に何も知らない少女を見据えた。


「嬢ちゃんの回復魔法が、最後の希望だ」


「え・・・あの・・・」


戸惑うアイリスの頭を優しく撫でて、ワンドが言う。


「さっき嬢ちゃんがやったのは、ただの魔力の放出だ。自分でも変な感覚がしただろ?」


「・・・・はい」


ワンドの言う通り、サンクトスと対峙したときのアイリスには、全身の血液が沸き立つような妙な感覚が確かにあった。


「しかも、嬢ちゃんの魔力は白銀。この色は、世界で唯一、回復魔法を使える聖女にしか持てない力だ。まだ10歳なら聖教会から紋章は受けてねぇが、この緊急事態にそんなこと気にしてる暇もねぇ」


聖紋を持たない人間は、魔力を扱うことができない。

誰もが知っている世界の常識だ。


聖紋を持たない人間が魔力を使うと、全身に耐え難い激痛が走り、至る所から出血が起こる。

痛みを感じた段階で魔力を鎮めれば問題ないが、そのまま魔法を発動させようとすると最悪の場合、命を落とす者もいるという。


「とにかく、やってみてくれ!」


聖紋を持たない人間は、魔力を操作することも魔術を詠唱することも絶対にしてはならない。そう育ってきたアイリスだったが、幼馴染の命が懸かっている状況ではワンドに言われた通りにするしかなかった。


「いや、でも、どうすれば・・・」


「さっきの感覚を思い出して、怪我人を回復する医者か看護師のイメージを思い浮かべるんだ。そんで魔力を掌に集中させて、ロイ坊にぶつけてみてくれ!」


「でも、聖紋がないと代償が・・・」


「聖女の魔力は特別だ。他の魔法みたいに副反応は起きない」


横たわるロイスはまだ辛うじて生きてはいるが、いつ呼吸が止まってもおかしくない状態だった。


アイリスは幼馴染の傍に膝立ちになり、泣きそうになりながら


「・・・行きます!」と声を上げた。


ワンドの指示通りに、意識を集中させて両手を皿の形にして魔力を溜める。

両手いっぱいに溢れそうな白銀の魔力の塊をロイスの全身に注いでみるが、魔力は空中で霧散し、瀕死の幼馴染の体には届かなかった。


「・・・何でっ!」


その場の全員が注目する中、アイリスは何度も何度もロイスを回復させようと魔力を注ぎ続けた。


魔力を体の外に出す感覚には徐々に慣れてきたが、いつまでも繰り返せるわけではない。いくら聖女の素質のある少女とはいえ、体内に蓄積できる魔力には限りがあるのだ。


10度目のチャレンジを終えたところで、アイリスの体がフラリと傾いた。


「・・・限界か」


近くで様子を見守っていたワンドが地面に倒れ込まないように少女の身体を支える。


無念そうな表情の衛兵隊長から離れてアイリスは「まだ、やれます・・・」と額の汗を拭って再び魔力を集中させ始めた。


「それ以上は嬢ちゃんが危ないぞ・・・!」


「ロイス、しっかりしろっ!」


完全に脱力してしまった息子に呼びかけるロックスの声を聞いて、アイリスも駆け寄った。


父親の腕の中に収まるロイスは、指先をピクリと動かすこともなく瞼を閉じてしまっていた。


「ワンドさん、こいつ・・・呼吸してないです!」


「・・・ロイスッ!」


アイリスが幼馴染に近づいていく。


胸に耳を当てて音を確認してみるが、心臓の鼓動ももはや聞こえてこなかった。


(どうにかしないと、どうにか・・・・・)


何か手段がないかと思考を高速で巡らせ、アイリスは小さい頃よく読んでいた昔話を思い出した。


魔物との戦争で深手を負った婚約者の騎士を救ったとある国のお姫様の物語。


死にゆく騎士の最後の希望で姫が泣きながら口づけを交わすと、騎士の体が白銀に包まれ、切断されていた左腕と全身の損傷が一瞬で回復したという、聖女の祖と言われる姫君の伝説だ。


成功する確証も自信もない。既に手遅れの可能性もある。

普段のアイリスなら恥ずかしくてそんなことしなかっただろうが、もう他に思いつく手段がなかった。


長い髪を耳にかけて、小さな聖女が想いを寄せている少年にキスをした。


密着する唇を通って、全身から魔力がロイスに流れていく感覚をアイリスは感じた。

白銀に輝く幼馴染の体を見て、どうにか回復が成功したのだと確信する。


そしてアイリスはそのまま意識を失った。



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