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欠陥聖女の借金生活  作者: 神栖レオン
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カグラとフェルナンドの決闘から1週間が経過した。


B級冒険者パーティ『永遠の絆(エターナル・ボンド)』に勝利したことで、アイリスとカグラのパーティ『ミドルシア』は、D級への昇格を果たしていた。


カグラは℃級以上にならなかったことにぶつぶつ文句を言っていたが、アイリスにとっては十分すぎるといっていい成果である。


ラムル王国の郊外にある【練魔の森】に再び潜り込んだ二人は、アイリス一人でも倒せる魔物を探してはひたすら狩りまくっていた。


回復魔法しか使えないアイリスでは、魔力で身体能力を向上させて魔物を効率よく狩ることができない。カグラが鍛えてくれた運動神経と剣技だけが、アイリスの討伐手段なのだ。


「ヤアアアアアァァァァッ!!!」


気合と共にアイリスは魔物の背後に回り込んで片手剣を振り下ろした。


アイリスが対峙している魔物は紅いイノシシのような魔獣。

人間の体長の五倍ほどは大きな巨体で、ギルドが付けた名称は【クルドボア】、レベル2と指定されている。


【クルドボア】は、とにかく正面に見える敵に突撃をかける習性がある。

普通のイノシシと大差ない習性だが、【クルドボア】には大の大人を体当たりで十数メートルは吹き飛ばすだけのパワーと、突き刺さったらそのまま死んでしまうかもしれないほど巨大な鋭い角がある。


さらに硬化の固有魔法で、正面から攻撃しようとしても、特殊な魔法攻撃でなければ【クルドボア】にこちらから攻撃を当てることはできない。


どうにか一体を討伐して、アイリスは次の【クルドボア】に標的を移す。


「おぉーい、上からくるぞぉ」


フェルナンドとの決闘で手に入れた黄金の剣を地面に突き刺して座り、酒を飲んでアイリスの剣技を分析していたカグラが、楽しそうな声でアイリスに警告した。


首を上に持ち上げて確認すると、木を垂直に駆けのぼった二体の【クルドボア】が、空中から降下攻撃をしてきていた。


「ちょっ、タンマッ!!」


当然魔獣にそんな「待て」は通用しない。


後方に飛び退いて回避したアイリスだったが、一体の角が右腕を掠めてポタポタと鮮血が地面に流れ落ちる。


だがそれでも回復魔法を使わないというのが、カグラとの約束。アイリスが唯一使うことのできる魔法は、カグラの指示がなければ発動することはできなかった。


「掛け声はいいけど、肩に力入りすぎだ。剣を振るときに右に重心が傾くから、次の攻撃に対しての構えが遅れてる」


「ちょっと・・・なんかめっちゃ増えてきたんですけどっ!!!」


アイリスの血の匂いに引き寄せられたのか、二人の周囲には十数体の【クルドボア】の群れが沸いてしまっていた。


「ほれ、頑張れ頑張れ~」


「ちょ・・・ちょい、へるぷぅーー!!!」


回復魔法を使って負傷と治癒を繰り返していけば、いずれ倒すことはできるはず。だがその戦法が許可されていない以上、アイリスにはレベル2の魔物の群れに対抗する手段がない。


「・・・ておい、俺の後ろに隠れるなって」


「で、でも・・・!」


涙目になりながら背後に逃げてきたアイリスをカグラがもう一度戦場に戻そうとしたが、彼女はもう戦意を喪失してしまっていた。


「これじゃあ鍛錬にならんだろー」


やれやれと首を振りながらカグラが立ち上がる。


地面に突き刺さっていた【龍剣エリザベート】を軽々と振り回し、イノシシの群れに向けて制止した。そして肩越しにアイリスを振り返って久々の指示を出した。


「・・・回復魔法で治癒しとき」


「え、いいの?」


「聖女の血が魔物を引き寄せてるみたいだからな」


得意げな顔に変わったアイリスが「ヒールッ!!!」と叫ぶと右腕の裂傷が一瞬で回復した。


アイリスの回復魔法は、回復力と回復速度のどちらも他の聖女の比ではない。自分の力をここぞとばかりに見せつけようとするアイリスだったが、カグラは彼女に見向きもせず、意識を魔獣たちに集中させている。


【クルドボア】の標的がアイリスからカグラに切り替わる。

黄金の大剣を持った元S級パーティの冒険者を、凶悪なイノシシたちが取り囲んだ。


「・・・ハッ!」


飛び掛かってきた数体の【クルドボア】を一撃で真っ二つにしたカグラは、即座に群れの中で最も大きな個体の背後に回った。


(・・・やっぱり速すぎる)


戦闘の様子をアイリスは注意深く見ていたが、やはりカグラの動きは異様といしかいいようがなかった。


過去の【聖女殺し】事件のせいで、彼の聖紋は聖教会に剥奪されている。

それはつまり、魔力を扱うことが一切できないことを意味しているはずなのだが、アイリスの目の前で繰り広げられている討伐は、通常の人間にできるような芸当ではない。


この一週間、カグラの秘密を暴いてやろうと欠陥聖女は策をめぐらしていたものの、何一つ分からないまま時間だけが経過していた。


アイリスの視線の先で、魔法を使えない人間とは到底思えないレベルの高速剣技が披露され、あっという間にレベル2の魔物は残り一体になってしまっていた。


「ほれ、お疲れさん・・・!!!」


獰猛に唸る魔獣の喉元にカグラが剣先を突き刺し、最後の【クルドボア】が光の粒子となって消滅した。


【龍剣エリザベート】に備わる魔法の力を発現させることなく、カグラは十体以上の【クルドボア】を数秒の内に倒してしまっていた。


「・・・お、お疲れ様。その剣の固有魔法使ったらもっと楽だったんじゃないの?あのドラゴンなんとかってやつ」


龍剣の元の所有者が発動している範囲攻撃の魔法をアイリスは何度も見ていた。

一振りで爆発を引き起こすあの攻撃であれば、レベル2の魔獣の群れ程度は瞬殺だったはずだ。


「こいつの能力なんか解放したら、ここら辺の森が消滅しちゃうって。ほら、魔核石拾って」


カグラは魔獣の血で汚れた龍剣を拭きながら笑って言った。


「・・・あ、了解」


魔物を一掃することばかり考えていたが、確かに龍剣の範囲攻撃は危険な一撃だ。

とはいえ洞窟の中で足場が崩落する恐れがあるのなら話は別だが、森が消滅するくらい特に問題はないはずなのに・・・。


何となく納得できないまま、アイリスはカグラの指示通りに、周辺に散らばっている【クルドボア】の魔核石を拾った。


レベル2の魔核石の相場は1万レニス前後。

良質なもので高くても5万レニス程度にしかならない。


黒光りする結晶を睨みつけながら、アイリスは手っ取り早く元稼げる手段がないか考えてみたが、何のアイディアも思い浮かばない。


カグラとパーティを組んでから既に1000万レニス前後は稼げているが、それでもまだ彼女の借金は2億8000万ほど残っている。


全ての魔核石を丁寧に拾って鞄に入れてから、アイリスは意を決してカグラに言った。


「ねぇ、こんな討伐続けてたんじゃ絶対残りの借金返せないし、そもそも3年もこんな生活持たないと思うんだけど・・・」


魔物と戦って討伐する方法を教えてもらっている立場である以上、言わないようにしようとしていたが、アイリスは不安を堪えることができなくなってしまった。


一週間の内ほとんどを魔物の巣窟の中で過ごし、街に戻るのは僅か数時間のみ。体力と精神力が続く限り、ひたすら魔物の討伐を繰り返す・・・。


確かに有名なパーティでない以上、報酬の高い依頼がそう簡単に舞い込んでくることはない。そもそも報酬のいい依頼は難易度が高すぎて、アイリスたちの手には負えないはずだ。


とはいえ、こんな地獄の討伐生活を続けていれば、借金を返す前に魔物に殺されるか精神を病んでしまう。


森の奥に進もうとしていた足を止めて、大きくため息をつくカグラは、見るからに不機嫌そうな顔をしていた。


(あ、ヤバ・・・やっぱ言うんじゃなかった)


おろおろしながら何を言えばいいか考えるアイリスだったが、カグラは彼女の方を見はしない。


そして近くの大木を見上げたまま

「なぁ、いい加減出て来いよ」と冷たい声で呟いた。


想定していなかったカグラの様子をおかしいと思いつつ、アイリスは彼の横に駆け寄った。


「・・・どうしたの?」


いきなり誰もいない森に向かって語り始めたカグラの腕をアイリスは引っ張る。

だが彼の視線は大樹の太い枝の上に注がれていて、強く警戒しているのが分かった。


「敵・・・?」


アイリスも片手剣を構えて奇襲に備える。

すると、姿かたちは見えないが、どこからか女の声が二人の耳に届いた。


「・・・さすがに、隠れ続けるわけにはいきませんか」


カグラが呆れたように笑って謎の女の声に答える。


「いや、最初からバレバレだっての。敵意を感じなかったから放っておいただけ」


隠れている人の気配なんて何も感じなかったが、カグラは木の上で隠れている何者かの気配に気づいていたらしい。


「ねぇ、何が・・・」


信じられない現象を見てアイリスがカグラに聞くと、ようやく姿を現した眼鏡をかけた女がゆっくりと大木の幹から降りてきた。


足元に発生している小さな風の渦を使って、自在に空中を浮いているようである。


「ふぅん。風魔法か。結構器用なことするじゃん」


カグラが魔法を誉めると、二人を覗き見していた謎の女は丁重に頭を下げた。


「あ、あんた・・・どうやって気づいたのよ?私、全然分かんなかったんだけど」


「そうですね、私も教えていただきたいものです。尾行を見破られたことは今まで一度もなかったのですが」


二人の前に降り立った女が、苦笑いを浮かべてカグラを見た。


欠陥聖女も謎の乱入者も、かつて最強と言われた冒険者の答えを興味深そうに待っていたが、カグラは特殊な能力で見破ったわけではなかった。


「別に見破ったわけじゃない。最初は何となく気配を感じてた程度で確証はなかった。ただ、俺が龍剣を抜いたタイミングで一瞬だけ警戒したろ? それでどこに隠れてるのかが分かった・・・ってわけ」


「・・・なるほど。私もまだまだということですね。龍剣の固有魔法が発動するかと思って身構えてしまいましたから」


二人の会話を聞いていたアイリスにも理屈は理解できたが、とんでもない洞察力と周囲への観察力が無ければ不可能だ。それを平然とやってのける自分の仲間を見て、アイリスは改めてカグラ・メンフィスの優秀さを感じた。


「おたくがどっかに隠れてるんだから、あんな爆発起こすわけないでしょ。そんで、俺らをこそこそつけ回してるのは趣味なのか?」


カグラが笑いながら聞くと、女はバツの悪そうな顔をして頭を下げた。


「・・・失礼しました。お二人の戦闘を間近で見学したかったもので。盗み見をしていたことを謝罪します」


「あの、それで・・・どちら様ですか?」


アイリスが剣を鞘に戻して尋ねる。

すると、女は左胸に手を当てる正式な敬礼をして二人に名を名乗った。


「私の名前は、ローム・アイゼンケルト。ラムル王国第三王女、ミレール殿下の従者でございま

す」


防具や武器を身に着けていないことからして、女は冒険者ではない。


聖教会の人間かとアイリスは警戒してみたが、聖職者たちから漂う嫌な気配も特に感じることはなかった。ただ、王族の関係者がいきなり声を掛けてくるのはさすがに想定外だった。


丁重に頭を下げた女の自己紹介を聞いて、カグラとアイリスは顔を見合わせた。


「お、王女様のお付きの人が、何のご用で・・・?」


ラムル・ド・ミレールという名前は、ラムル王国に住んでいる人間であれば誰もが知っている。

まだ1ヶ月と少ししか滞在していないアイリスでもとんでもなく美しい第三王女がいるという噂は聞いたことがあった。


無意識のうちに聞き返すアイリスの口調が敬語になってしまっていた。


王国関係者がわざわざ魔物の巣窟である森の中に会いに来るなど、よほどの事情がなければあり得ない。


ラムル王家に仕える貴族の跡取りであるフェルナンドを倒してしまったことで何か文句を言われるのか、それともカグラとパーティを組むのはやはり許されないとでも言われるのか・・・。


何を言われたとしてもパーティリーダーとして毅然と振舞おうと一歩前に出たアイリスに対し、ロームと名乗った女が予想外の一言を放った。


「お二人に一つ、依頼を出したいのです」


「「依頼?」」


二人が同時に聞き返す。


冒険者はギルドから依頼を受けることがほとんどだが、実力のある冒険者パーティであれば依頼主から直接声を掛けられることもある。


だがアイリスとカグラのパーティ『ミドルシア』はまだD級。


王家の依頼など受けるような等級ではないし、そもそも欠陥聖女と聖女殺しの異名を持つ二人のパーティだ。積極的に声を掛けようとする依頼者は、よほどの物好きか冷やかしかのはず。


アイリスもカグラも、目の前の自称「従者」を疑い深く見つめた。


「はい。実は・・・ミレール様の護衛をお二人にお願いしたいのです。・・・詳しいことは王宮でお話させて頂けますか?」


そう誘ってくるロームに背を向けて、二人はコソコソと会議を始めた。


「・・・どうする?」


「こういう話には大体裏があるからなぁ。特に王家絡みの依頼なんてどうせ面倒だろうし、とりあえず断った方がいい」


「で、でも・・・!報酬めちゃくちゃ良いかも」


ラムル王国は世界の中でも五本の指に入るほどの大国だ。


その王家ともなれば、莫大な財力があることは間違いない。3年以内に借金を返済しなければならないアイリスにとって、多少の裏があろうと逃げ腰になっている余裕などない。


だがカグラは呆れたような顔でアイリスのおでこを弾いた。


「あたっ!」


「焦らずに今できることを着実に、だ。一人で魔物とまともに戦うこともできない奴がどうやって王女の護衛なんかするんだよ」


「で、でも・・・!」


ゴホンッ、と大きめの咳ばらいをして、ロームが二人の気を引いた。


女従者は二人に近寄り、三本指を立てて言う。


「ちなみに、報酬はこのくらいをお出しします」


「受けますっ!!!」


即答するアイリスにカグラは頭を抱えた。


聖女と王女の従者は固く握手を交わしてしまっている。


「待て待て。甘い話には大体罠が潜んでるもんだって。大体まだどんな依頼かも分かってないのに・・・」


「いいのっ!」


三本指のジェスチャーが正確にどの程度の報酬を意味しているのかカグラは怪しんだが、もうパーティリーダーの欠陥聖女はそんなこと気にはしていないようだった。


二人がその罠に苦しめられるのはそう遠くない数日後のことである。

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