11
カグラを引き連れてギルドまでの道を歩いていると、周囲の視線が集まっていることにアイリスは気づいた。
すれ違う冒険者たちは、巷で噂になっている欠陥聖女が仲間を見つけたことに驚いているのだ。
彼らの視線は、アイリスの横で朝っぱらから酒瓶片手に顔を赤くしたカグラに集中している。
「・・・あんた、いつもこんな時間からお酒飲んでるの?」
「んああ、これは俺にとっては薬みたいなもんだぁ・・・アイリスも飲む??」
「聖女は飲酒なんかしちゃだめなのっ!」
差し出された瓶を受け取ることなく、アイリスはギルドへの道を速足で歩いた。
「でも昨日飲んだじゃん」
「だあぁもうっ!それは内緒!っていうか、なかったことにしといて!」
「いやぁ、さすがにバレると思うけど・・・」
起きてから入浴もしたし、回復魔法のお陰で酔いも完全に冷めている。
酒を暴飲していた形跡はもうほとんど残っていないはずだ。
カグラが何を言っているのか理解できないまま、アイリスはギルドの扉を開いた。
毎日朝の時間帯は、依頼を受けようとする冒険者たちでギルド内が活気づいている。
当然扉を出入りする冒険者の数も増えるので、たかだか一人や二人が入ったところで注目を浴びることはない。
だがギルド内に入った途端、がやがやしていた空気が一瞬で落ち着き、アイリスとカグラは珍しい魔物を見るかのような視線に晒された。
その妙な雰囲気を怪しんだが、「アイリスちゃんッ!!」という叫び声と共に受付嬢のニーナが飛び掛かって来て、アイリスは自分よりも大きな女性の体を必死に受け止めた。
「ど、どうしたんですか、ニーナさん・・・そんなに慌てて」
「どうしたもこうしたもないよっ!昨日、洞窟の中で置き去りになったって言われたから、ずっと捜索したけど見つからなかったのに・・・今までどこで何してたのっ!?」
ぎゅうううぅぅと締め付けられて、ニーナは身動きが取れなくなる。特に胸のあたりが大きな二つの塊で押し付けられていて苦しい。
「す、すみません、ご心配をおかけして。昨日は色々あって・・・・・」
「色々って・・・まあ、後でゆっくり説明してもらうわ。何より・・・無事でよかった」
涙目になりながらニーナがアイリスを今度は優しく抱きしめる。
本気で心配されていたことが伝わって、アイリスの目にも涙が浮かんだ。
横にいる新しい仲間に助けを求める視線を送ると、ニヤニヤしながら美女と美少女を観察している。その視線は特にニーナの胸の部分に集中していて、アイリスはギロリとカグラを睨みつけた。
「あ、あの・・・!私、仲間を見つけてきました!」
ニーナがアイリスを離して、嬉々とした声を出す。
「ってことは、アイリスちゃん!冒険者パーティ見つけたの!?」
「え、はい。まあ・・・」
「よかったぁぁっ!!」
冒険者パーティに参加したのではなく自分で作ったと言ったらどんな反応をするだろうか。アイリスはニーナの反応が楽しみだった。聖女自ら冒険者パーティを作るなど、前代未聞のはずだ。
「・・・なら、今日連れ戻されることはなさそうねっ!」
聖教会がアイリスに出した条件は、決められた期間内に冒険者パーティに加入すること。それができなければ聖教会に連れ戻され、アイリスの冒険者への道は閉ざされる。
それは、彼女が借金返済を果たすことができず、自由の身に死ぬまでなれないことを意味していた。
ただ二人だけの冒険者パーティを作っただけで、本当に聖教会が条件のクリアだと認めるのか不安になってくるが、もうこれで押し切るしかない。アイリスの覚悟は決まっていた。
「ねぇねぇ、君、名前なんていうの?」
「私、受付嬢のニーナです!よろしくお願いしますね、えぇっと・・・」
「ん、ああ、俺はカグラ。これからアイリスとパーティ組むことになったんだ。・・・にしても、ニーナちゃん、美人だねぇ」
「うぉぉいっ!」
いきなりニーナを口説きだしたカグラの腕をアイリスは引っ張った。
「私には可愛いなんて言わないくせに・・・」
「いやいやぁ、聖女様にそんなこと言えるわけないでしょーが」
「そ、それは・・・」
「それに、聖女様に好かれても困るしね・・・」
「え・・・?」
カグラの言葉の意味が分からなかったアイリスは、唇を尖らせて上目遣いで睨んだ。
だがカグラが答える前に「あ、あなた・・・」とニーナが声を出した。
驚愕とも恐怖ともとれる表情をして呆けている受付嬢に、アイリスは首を傾げた。
「・・・ニーナさん?」
ニーナはカグラを凝視して、後ずさるように距離を取っている。
「もしかして、カグラ・メンフィス・・・?」
彼女が口にした名前は、もちろんアイリスも知っていた。
酒を飲んで顔を赤くしているカグラが、ニヤリと笑って答える。
「そうそう、俺の名前はカグラだけど・・・ああ、やっぱ俺のこと知ってんだ?」
「と、当然ですっ!」
カグラ・メンフィス。
それはかつてS級冒険者パーティ『アルナトゥス』のメンバーとして世界に名を馳せた最強の冒険者の名前だ。
だがそれだけではない。
カグラ・メンフィスは冒険者でも聖女でも、誰でも知っている大罪人の名前でもある。
その男は自分のパーティに参加していた聖女を殺そうとした極悪人。
S級パーティ内にどのような諍いがあったかは明らかにされていないが、カグラ・メンフィスは聖女を半殺しにして、他の自分の仲間をも殺そうとした。
聖教会の大司教たちと他のS級冒険者パーティ2組が連合部隊を作り、カグラ・メンフィスはその場で処刑され、この世から姿を消した。
これが史上最悪の聖女殺しの犯人の結末・・・・・・のはずだった。
「あ、あんた・・・ほんとにあのカグラ・メンフィスなの・・・??」
恐る恐る尋ねるアイリスを、カグラが笑い飛ばす。
「ぷっ・・・あっはっは!やっぱり何も知らなかったのか!警戒してたのが馬鹿みたいじゃねぇか!!」
けらけら笑い出すカグラを見て、アイリスは自分がとんでもない男を連れてきてしまったことに遅まきながら気づくアイリス。
カグラという名前はそこかしこに存在するありふれた名前。
そしてカグラ・メンフィスは聖教会と残るS級冒険者パーティの連合部隊により殲滅されたと聞いている。
まさかそんな大罪人が生きていて、自分の目の前に現れることなど想像もしなかったのだ。
ニーナが大声でカグラの名前を口にしたことで、周囲の冒険者たちもざわめき始めていた。
「まさか、本物・・・?」
「いやいや、名前を騙る偽物だろ。本物はとんでもなくごつい魔物みたいな奴だったって聞いたぞ」
ニーナとは別の受付嬢が慌ただしく降りてきて、何かをニーナに耳打ちした。
そして真剣な表情を浮かべたギルド職員は、アイリスとカグラに告げた。
「アイリスちゃんと・・・カグラ・メンフィス。ギルド長と聖教会司教ネリー様がお呼びです。上まで来てください」
*****
ギルド長の部屋に入ると、窓際の大きな机の前に初老の男が威厳ある風格で座っていた。
アイリスが会うのはこれで二度目。ギルド長のオルヴァだ。
だがオルヴァの傍ではるかに圧倒的な存在感を放つ長身の美女を見て、アイリスは顔をわずかにしかめた。
「ご無沙汰しています、聖女アイリス。人を見てそんな顔をするのは、聖女らしからぬ振舞いですよ」
「・・・はい、申し訳ございません、司教ネリー様」
アイリスは無感情のまま謝罪の弁を述べた。
「さて、ニーナよ。そなたも、不用意過ぎるな。衆目の場で、カグラ・メンフィスの名前を口にするとは・・・」
「申し訳ございません」
頭を下げる受付嬢のニーナ。
どの冒険者もカグラ・メンフィスは、聖教会によって粛清されたと考えている。
数多くの冒険者がいるギルド内で、大声で言うべきではなかったとニーナは反省していた。
「・・・っていうかさ、何で君、俺のこと気付いたわけ?」
カグラがニーナに問いかける。
「一度、見かけたことがありましたので。当時とは風貌が違いますが、聖紋がなさそうでしたので、間違いなく本人だと思いました」
聖紋を身に宿していない冒険者は一人もいない。
魔法を代償なく使えなければ、魔物と渡り合うことなど不可能だからだ。
一度授けられた聖紋は、大司教の持つ固有魔法でなければ没収することはできない。
その魔法がかけられる対象は、自ら聖紋を捨てることを希望した者か、罪を犯した者のみ。
カグラは7年前、聖女を殺そうとし、自らの冒険者パーティを壊滅させた罪で聖紋を剥奪されていたのだ。
「ふぅん・・・冒険者だったんだ。見たことないな、多分・・・うん。君みたいな可愛い子、一回見てたら覚えてるはずだし」
「えっ、あっ・・・その・・・『サント・フォン・グレイブ』に所属していたことがあります」
「ああっ!エルザのパーティか!」
恥ずかしそうに顔を赤らめるニーナが所属していたパーティ名を明かす。
かつて存在したA級冒険者パーティはアイリスも聞いたことがあった。
冒険者の昔話に花が咲きそうになったタイミングで、司教ネリーがゴホンと咳ばらいをして、アイリスを睨みつけるように見つめて言った。
「さて、私が今日ここに来た理由はお分かりですね?」
「・・・承知しています」
アイリスが答えると、ネリーは満足そうに首を縦に振った。
「今日が貴女がラムル王国に留まることのできる最終日です。お世話になった方とご迷惑をおかけした方に挨拶は済んでいますか?」
聖教会としては、アイリスを連れ戻すことはもう確定事項のようだった。
アイリスが反論する前に、カグラが庇うように一歩前に出てネリーに喧嘩口調で言い放つ。
「俺、この聖女ちゃんとパーティ組んでるんだけど?」
「・・・・・正気ですか?」
さらに視線を鋭くしたネリーが、カグラを馬鹿にしたように笑った。
「自らの冒険者パーティを壊滅させた大罪人として名を馳せていて、さらには聖紋を剥奪されている罪人が、今更聖女と冒険者パーティを組むことなど・・・」
「うん、正気も正気」
カグラ・メンフィスは大司教たちの魔法によって、聖紋を剥奪されている。
そしてS級冒険者たちの連合軍によりその場で命を奪われたはずだ。
つまり正式には、カグラ・メンフィスはもうこの世にいない人間になっている。
「あ、あの・・・!」
適当にふざけたような返答をするカグラに苛立っている様子のネリーが、怒気の籠った視線をアイリスに移した。
「この人がカグラ・メンフィスだという証拠はあるんですか?7年前に処刑された・・・んですよね?」
アイリスが尋ねると、ネリーの顔が曇った。
そしてカグラの左手を指差し、冷たく言い放つ。
「その男からは聖紋の気配を感じません。貴女も理解しているでしょう?」
「・・・で、でも!聖紋のない人なんて、世の中にはいくらでもいます」
カグラを庇うような発言をするアイリスを、ギルド長と司教が眉を顰めて見つめた。
当のカグラは「そうだそうだ、言ったれ言ったれ!」とアイリスを小声で煽ってくる。
この期に及んでまだふざけた態度のカグラの足をアイリスが踏みつける。
「クオオォォォ・・・」と蹲るカグラを無視して、司教ネリーがアイリスに問いかけた。
「先ほどの反応からして、その男がカグラ・メンフィスであると気づかずに出会ったようでしたが、昨日何があったのか説明できますか?」
じっとその場を静観しているギルド長と蛇のように睨みつけてくる司教に対して、アイリスは一日前の出来事を説明した。
アイリスの話を聞いて最初に声を出したのは、目を潤ませていたニーナだった。
「ごめんなさいね、私が紹介したパーティでそんな非道いことになるなんて。あの子達、そこまで悪い冒険者だとは思えなくて・・・」
「いえ、弱者が切り捨てられていくのは仕方ありません。私に力がなかっただけです。それで・・・」
アイリスはちらりとカグラの顔を見た。
視線に気づいたカグラは肩を竦めて両腕を上げている。
「この人がその酔っぱらいなんですが、まさかカグラ・メンフィスだとは思わず・・・・・」
「まあ、無理もなかろう。カグラ・メンフィスは、既に死んでいることになっている。その男の死体を確認しなかったのは、聖教会の問題と言わざるを得ないが」
「・・・・・・・・」
何も言い返せないでいるネリーが悔しそうに唇を噛んだ。
「さて、カグラ・メンフィス。聖紋を剥奪され、7年前に死んでいたものと思っていたが。まさかこうして目の前に現れるとはな」
「・・・どーも、初めまして」
所かまわず酒を飲み続けるカグラをオルヴァは鼻で笑った。
「聖女アイリスよ。この男は聖女を殺しかけ、自らの仲間にも手をかけるような悪魔の輩のような男だ。冒険者パーティを作るというのは、いささか・・・」
「私の仲間を、侮辱しないでいただけますか」
アイリスが毅然と言い放ち、ギルド長オルヴァと司教ネリーを黙らせる。
「ちょ、ちょっとニーナちゃん・・・」
ギルド長に不遜な態度を取るというのは、今後の冒険者稼業にも影響が出かねない。
それを気にして止めようとしたのだろう。
だがこれ以上カグラを追及されるのは、アイリスにとっては不都合だった。
アイリスにとってカグラは3億円の借金返済のために必要な戦力。
たとえ彼が何者であったとしても、こんなところで失うわけにはいかないのだ。
はぁ・・・と息を吐いたアイリスはネリーを睨みつけて言い放った。
「私は聖教会に指示された通り、昨日までに冒険者パーティに加入しました。これで、私が18歳になるまであと3年。借金返済までの時間ができるはずです」
「・・・っ!そんなこと認められると」
「何が問題なわけ?」
詰め寄ろうとしたネリーにカグラが尋ねる。
「カグラ・メンフィスはお宅らが処刑したんだ。つまりこの世にもう存在しない。それでいいだろ?」
「・・・言葉の意味が分かりかねますね」
「ふぅん・・・司教って馬鹿でもなれるんだな」
カグラの挑発にネリーが顔を赤くした。
「つまり、俺はただのカグラだ。聖紋を持ってない理由は・・・体に合わないからとか適当な事言っとけばいいだろ」
「なっ・・・・・」
「その方が、処刑したってことにしてる聖教会的にも冒険者的にも都合がいいだろうし。聖教会は得意だろ、そういう裏工作」
アイリスは全く敬意を払うことなく司教に敵対するカグラを心強く見上げた。
聖教会に睨まれれば、どう考えてもメリットはなくデメリットしかない。
それを理解してる冒険者たちは、聖教会に楯突こうとはしないのだ。
最悪の場合、回復薬の支給がされず、聖紋を剥奪される可能性だってある。
だが、カグラはそんなこと全く気にかけていない。既に聖紋を剥奪されている以上、彼が聖教会におもねる理由は何もないのだ。
ネリーとオルヴァが何も言い返せなくなったところで、カグラがアイリスに耳打ちした。
「ほら、アイリス、魔核石渡さないと」
「あ、そうだった・・・!」
「ニーナさん、これを」
「・・・えっ、この魔核石、もしかして・・・」
アイリスがニーナに渡した魔核石は、両手で持つのがやっとの重さ。
紫色の美しい輝きを放つ魔核石が、オルヴァの目の前に置かれた。
「ふむ・・・レベル5相当の魔核石か」
「こんなの、見たことありません・・・」
元A級パーティの冒険者だったニーナでさえ見たことないのだから、きっと高い値が付くはず・・・。
アイリスは心躍らせながら、換金を待った。
だがオルヴァもニーナも動こうとはしない。
不気味な静寂がギルド長の部屋を包む。
その沈黙を破ったのは、カグラだった。
「そんでさ、俺らのパーティのランクはどうなるのかね?レベル5相当の魔物を倒したわけだし、Ⅾ級ってことは・・・ねぇ?」
冒険者パーティの等級は、まずⅮ級からスタートする。
レベル3の魔物の討伐数次第で、ⅮからC。レベル4の魔物の討伐数次第でCからBにランクアップし、それ以上の等級は、特定の困難な依頼達成の実績が必要になる。
当然アイリスたちはⅮ級からスタートになるのだが、レベル5の魔物を単体で討伐できるパーティは、B級以上のパーティしか存在しない。
Ⅾ級冒険者パーティでは、受けることのできる依頼や潜入できるダンジョンにも限りが出てしまう。
冒険者としての稼ぎにも直結しかねないので、カグラはギルド長に対し、最初から等級を上げるよう暗にプレッシャーを与えているのだ。
「・・・ふむ。実力があるのは認めよう。ギルド的にも、聖紋がないからといって即座に追放することはできぬ」
オルヴァが言うと、司教ネリーが表情を歪ませる。だが何も言い返してはこなかった。
「・・・どのようにして、討伐したのだ?」
ギルド長オルヴァの問いは、アイリスも気になっていたことだ。
カグラは聖紋を持っていない。
それはつまり、魔法を扱うことが基本的にできないということだ。
魔法を使えばその代償に、全身を苛む激痛が走り魔物との戦闘などしていられなくなる。
たとえどれだけ戦闘の腕があっても、魔法を使えなければレベル2までの魔物を討伐するのが限界で、レベル3以上の魔物との戦闘などできるはずがないのだ。
カグラの答えをその場の全員が待っていたが、
「あははっ、そんな自分の手の内晒すようなこと、言うわけないっしょ!」
髭を蓄えた威厳ある老人に対して、カグラは1ミリも敬意を払おうとしない。
だがギルド長も司教もカグラがそういう性格だともう理解したのか、注意することはなかった。
「・・・アイリス、貴女はどのように見ましたか?」
ネリーがアイリスに問いかける。
「えぇっと・・・私の杖を剣みたいにして、お酒の瓶を放り投げたら・・・魔物の胴体が真っ二つになったって感じ・・・です」
「・・・解せませんね。聖女の杖には、攻撃力は付与されていませんが」
「あっはっは!アイリスの言う通りだよ。俺はただ杖を振り回して瓶を投げて魔物を攻撃しただけ。何とか上手くいったんだ」
「・・・それでレベル5を倒せるとは、幸運だな」
ギルド長オルヴァは魔核石を見て、アイリスたちの冒険者パーティのランクを宣言した。
「そなたらのパーティはⅮ級と指定する」
「そんな・・・!」
アイリスが絶望に満ちた顔でオルヴァを見つめた。
だが前言を撤回する気はないようで、ギルド長は溜息をつきながら、1枚の書類に筆を走らせてニーナに渡すだけだった。
「えっ・・・」と驚いた声を上げたニーナだったが、オルヴァとネリーの無言の圧力に屈して何も言うことなく、オルヴァの机の上に金貨の入った大袋を持ってきた。
「クリスタル・リーパーの魔核石・・・30万レニスになります」
「・・・はぁ?」
アイリスの口から疑念と怒りに満ちた声が漏れだしてしまった。
ニーナが申し訳なさそうな目でアイリスを見つめてくる。
魔核石の大きさと輝きの強さからして、100万レニスは下らない。
カグラはそう言っていた。
ややオーバーに言っていたのかもしれないが、30万レニスはどう考えても安すぎる。
かつて見たことがある50万レニスの魔核石よりも、クリスタル・リーパーの魔核石の方がはるかに良質なのは間違いなかった。
「ふぅん、なるほど。これが適正価格ってことなのかな・・・ニーナちゃん?」
「えっ・・・えっと・・・・・」
ニーナの視線が上下左右に動いている。明らかに動揺している証拠だった。
「まあ、魔核石を買い取ってもらえる場所なんてギルドくらいしかないからこっちに選択肢なんかないか・・・どうする、アイリス?」
「えっ・・・えっと・・・・・」
今度はアイリスが動揺する番だった。
その場の全員がアイリスに注目する。
30万レニスという金額はそうそう簡単に手に入る額ではない。おそらくレベル2の魔物の魔核石を集めて、半年でギリギリ稼げるかどうか。
なら、かなり安く見積もられているが、このまま受け取った方がいいのでは・・・?
そう思って換金をお願いしようとして、アイリスは隣のカグラが軽く殺気を放っているのを感じて思い出した。
ギルドに向かう前、家でカグラが言っていたのだ。
「・・・もし、ギルドの連中が魔核石を安く買い取ろうとしたら、絶対話に乗るなよ~」
「そりゃあ、ちゃんと適正価格で売らないとね」
借金返済が懸かっているアイリスとしても、一レニスたりともまけるつもりはない。
だがカグラは笑って首を横に振る。
「この魔核石には、売る以外にも使い道がある。100万レニスを超えれば売ってもいいけど、それを下回るならバーカって言ってやれ・・・!」
ギルド長と司教がいる前でさすがにアイリスは言われた通りの言葉を使わなかったが、オルヴァの机の上から魔核石を回収して、頭を下げた。
「持ち帰ります。気が向いたらまた換金しに来ますので」
「次に来た時は、値段が同じという保証はないが・・・よいのか?」
(あ、こいつらグルになってやがるな・・・)
アイリスはそう直感した。
3億レニスをアイリスが稼ぐことを確実に妨害しようとしている。
そうとしか思えないが、カグラが言っていたこの魔核石のもう一つの使い道をひとまず信じてみることにして、余裕の笑みを浮かべた。
「ええ。構いません」
こうしてアイリスがリーダーを務めるⅮ級冒険者パーティが結成された。