10
「・・・おかしいな、これ」
ラムル王国の城壁の外に出て、練魔の森まで駆け付けたニーナは、魔物の数があまりに少なすぎることに違和感を抱いていた。
森の内部に進入すれば、レベル1とレベル2の魔物の姿を見かけないはずはない。
だがどういうわけか、どれだけ歩き回っても、ニーナの目の前に魔物は一匹たりとも出現しなかった。
魔物と一切戦闘することなく、レベル4の魔物クリスタル・リーパーが根城にしているという洞窟に辿り着いたニーナは、依頼を出した冒険者たちに声を掛けた。
「あ、お疲れ様です」
ギルドから依頼を受けて、洞窟の入り口付近を見張っていた冒険者も異変に気付いていたのか剣を抜いて周囲を警戒していた。
「ギルドの・・・」
「なあ、これどうなってるんだ?」
「いえ、私も今来たばかりで何が何だか・・・。この洞窟の中から、冒険者パーティが出てきたのは見ていましたか?」
男たちが首を縦に振る。そして馬鹿にしたように笑った。
「どう見ても実力不足だな、ありゃ」
「ズタボロになって出てきてたぞ。女二人は動けなくなって担がれてたしな」
ニーナが見た姿と同じ状況で『永遠の絆』のメンバーたちは洞窟から這い出してきたらしい。
「あの、もう一人聖女様がいたと思うんですけど」
「・・・ん、ああ、欠陥聖女か」
「確かに、入ってく時には最後について行ってたな」
ニーナの工作によって、聖女アイリスの噂は、この1か月でほとんどの冒険者パーティに広がっている。彼らもうわさを聞き付けたようで、アイリスのことは知っていたようだ。
「にしても、回復できない聖女を仲間にするアホがいるとはなぁ・・・」
フェルナンドたちをアホと呼ぶことには賛成だが、ここで彼らをけなしている暇はない。
ニーナはとにかく急いでアイリスの居場所を探さなければならないのだ。
「ごほんっ・・・それで、聖女様は一緒に戻ってこなかったのですか?」
「いや、見てない」
「俺もだ。この中でくたばったんじゃねぇのか?」
冒険者であれば、討伐のさなかに命を落とすことなど日常茶飯事だ。
ニーナもかつてはA級冒険者パーティの一員として、何度も仲間の命が失われていく経験をしたことがある。
それ故、冒険者としてダンジョンに潜ったアイリスが死んでいたとしても、何ら不思議なことはないのだ。
だが自分にしか発動できない強力な回復魔法のおかげで、聖女アイリスが魔物に殺される可能性は限りなく低い。
とはいえ、魔力切れを起こせば回復魔法も当然使えなくなる。
アイリスが動けなくなる前に早く探して回収してあげないと、いずれにせよ危険なままだ。
急いで洞窟の中に入って行こうとした瞬間、強烈な悪寒が全身を駆け巡ってニーナはピタリと足をとめた。
その気配は、錬魔の森の奥の方から放出されている。
途轍もなく強力な魔物の殺気。それは錬魔の森にはいるはずのない、高レベルな魔物の気配に違いなかった。
「この気配は・・・!」
「おいおい、ヤバいだろ、これ・・・」
「レベル5クラスだぞ・・・!!」
男たちが狼狽する声を聞いて、洞窟までの道中で低レベルの魔物と遭遇しなかった理由をニーナは悟った。
レベル1やレベル2の魔物達にとって、レベル4やレベル5といった高レベルの魔物は天敵そのもの。魔物同士で殺し合いをしたところで、勝敗は見えている。
そのため、高レベルの魔物の気配を察知した魔物達は、全力で身を隠すのだ。
ニーナが錬魔の森に入った時、既にレベル5相当の魔物が、森のどこかに出現していたのだろう。
魔物の気配は人間よりも魔物の方が察知できる。それ故、ニーナが森に入ってから今に至るまで、魔物の姿が全く見えないのだ。
「お、おいっ!あんたが来たんだからもう依頼は終わりだろ?早く行こうぜ、不気味すぎる・・・!!」
「あ、ちょっとっ!!!」
ニーナが止める間もなく、ギルドの依頼を受けていた冒険者たちは一方的に言い放って、全速力で逃げ出していた。
唖然として男たちの背中を見つめることしかできないニーナは「報酬・・・減額してやる」と呟いて、洞窟を覗いた。
アイリスはきっとまだ洞窟の中にいる。
それは分かっていたが、ギルド受付嬢として、錬魔の森で起きている異変を放置するわけにはいかない。
ニーナは後ろ髪を引かれながら、レベル5クラスの魔物の気配がする方へと走った。
強力な殺気を感じることができたのはほんの数秒だけで、魔物の気配が放たれた方角へ進んでも、何も発見することはできなかった。
既に錬魔の森の奥深くにまで入り込んでしまっているが、低レベルの魔物たちはまだどこかに隠れてしまっている状況だ。
ということは、まだあの凶悪な気配を放った何者かが近くにいるのは間違いない。
「・・・この辺だったはずなんだけど・・・おわっ!!」
森の中を縫うように走っていると、いきなり木の陰から出てきた何者かと衝突した。
ニーナはぶつかった後もどうにか踏ん張っていたが、相手は尻もちをついて倒れてしまった。
「す、すみません・・・!」
「・・・いたい」
フードを目深にかぶっているので、どんな顔をしているのかすぐには分からない。
差し出した手を取って起き上がった少女の顔を見て、ニーナは目を見張った。
「あなたはっ!」
「・・・ん?」
ニーナが出会い頭にぶつかったのは、世界的に有名な少女。
美しい青色の短髪と碧眼が特徴的な美少女の名前をニーナは知っている。ニーナだけでなく、ほとんど全ての冒険者たちが知っているはずの有名人だった。
「セシル・アインガノス・・・」
少女は、アイリスとは違った意味で世界に名を馳せる魔法使いだ。
世界に現存する4つのS級冒険者パーティの1つ、『狂気の残骸』。
その現役メンバーであるその少女は、転移魔法を得意としている。
転移魔法はこの世で使える人間は片手で数える程度だといわれる、聖女よりも希少価値の高い存在だ。
「うん、そうだけど・・・だれ?」
「私はラムル王国ギルドの受付をしているニーナといいます」
「ニーナ・・・『サント・フォン・グレイブ』の?」
5年も前に解散した冒険者パーティの名前が出てきて、ニーナは一瞬たじろいだ。
ギルドの受付嬢として働く今は、かつて冒険者だったことは隠している。
だが、こんな森の奥深くで、S級冒険者パーティの現役メンバーに嘘をつく理由はない。
「え・・・・はい。前にそのパーティに所属していましたが、今は冒険者を引退しています」
「ふぅん、そうなんだ」
興味がなさそうに答えると、セシルはスカートに付いた土汚れを叩いて落とした。
「セシルさんは、どうしてここに・・・?」
「・・・気配がしたから」
彼女が言っているのは、ニーナも感じた魔物の気配のことだろう。
彼女ほどの冒険者が錬魔の森に目的があるはずはない。近くでレベル5クラスの魔物がいることに気づいて駆けつけたのだろう。
「やはり、気付いたのですね」
「うん」
会うのも話すのも初めてだが、セシルはジッとニーナを見てくるだけで口数は少なかった。
だが冒険者に慣れているニーナにとっては、戸惑うことはない。
彼女はまだ常識のある方だ。中にはもっと変な冒険者もうじゃうじゃ存在する。
「では、もう魔物の姿も確認しましたか?」
「ううん、まだだけど・・・もう倒されたみたい。気配ない」
セシルの言う通り、いつの間にか強烈な気配を放っていた何者かの気配は消え失せてしまっていた。
だが、直ぐにアイリスの捜索に戻るわけにもいかなかった。
「一応、確認は必要です。倒したというなら、まだ近くに冒険者がいるはずですので」
「それは、そうかも」
「ついてきていただけますか?」
もし気配と姿を消す能力を持った魔物であるなら、元A級パーティの冒険者とはいえ、ニーナ一人では敵対するのは厄介だ。
「・・・・・依頼?」
「ええ、特別報酬をお出ししますよ」
「分かった、行く」
レベル5相当に進化したクリスタル・リーパーは既にカグラ・メンフィスによって倒されている。
だがニーナには、そんなことを知る由もなかった。
*****
ふわふわ、ふわふわ、体が揺れている。
目を覚ましたアイリスが瞼をうっすら開けてみると、見慣れた天井が見えた。ラムル王国内でアイリスが間借りしているアパートの一室だった。
「あれ、私どうやって・・・・うぷっ・・・」
部屋に戻ってくるまでの記憶が全くない。
だがすぐに、それどころではなくなるほどのズキンズキンと軋む頭痛がやってきて、アイリスは頭を抱えた。
視界もぐるんぐるん回っていて、数秒おきに吐き気がやってくる。
「・・・んあああぁ」
生まれて初めて経験する二日酔い。
だが、アイリスは自分の身体であれば、一瞬で完全回復できる聖女である。
「・・・ヒール!」
回復魔法の詠唱は単純明快。
左手の聖紋に魔力を籠めてただ一言を口に出すだけで、不快な感覚が即座に消えていく。
「ふぅ・・・」
ベッドから降りて自分の体を見下ろすと、半裸の状態になっていた。クリスタル・リーパーにボロボロにされた聖服を着たまま寝てしまっていたらしい。
汗と血が混ざり合った匂いが自分の体から放たれているのが気持ち悪かったアイリスは、寝ぼけた頭のままシャワーに向かった。
そしてガラス戸を開けると、
「お、やっと起きたか。おはよ~」
と手を振ってくる男が湯船に浸かっていた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・浴室に流れる沈黙。
数秒のラグを置いて、アイリスの喉の奥から小さな悲鳴が漏れた。
「・・・ヒッ」
「ひっ?」
見つめ合う裸の男女。
ニコニコしながら風呂に入っているのは、瀕死になっていたアイリスに魔力を分けてくれた恩人、カグラだった。
だが、いきなり風呂場で再会して、すぐに感謝の言葉など出てくるわけもない。
「いやああああああぁぁぁっぁぁぁぁっっ!!!!!!」
しゃがみこんで両腕を体に回したアイリスの絶叫が、小さなアパート一帯に轟いた。
「いってー・・・」
「うるさいっ!」
風呂場にあったボトル容器やらスポンジやらを全て投げつけてカグラを追い出し、アイリスは手早く汗を流した。
リビングに戻ると、一日前に命を救ってくれた男がアイリスのひっかき傷を摩りながら薬を塗っていた。
「何だよ、裸見られたくらいで泣き叫ぶなって。昨日はもう死んでも囮になります・・・とか言ってたくせに」
「それはそれでしょーが!お、お風呂で油断してるところを待ち構えるなんて、最低よ!」
「いや、おたくの体じゃ別に何も興奮しな・・・」
「何か?」
「いんや、何でもない」
強くアイリスが睨むとカグラはそれ以上言うのを止めた。
アイリスは、こんなやり取りをもう長年この男と繰り返してきたような気がした。だが、カグラと出会ったのは間違いなく一日前の錬魔の森の中。不思議な感覚を抱きつつ、あーだこーだと文句を言い合ってから落ち着いた頃、アイリスは本題に入った。
「それで、変態クソ野郎。どうやって入ったのよ?この部屋、私以外は入れないんだけど・・・」
アイリスが住んでいるのはただの木造アパートだ。だが、彼女以外の進入を排除する魔法が扉にかけられているので、アイリスの許可なく立ち入ることは絶対にできない。鉄壁のセキュリティをかけていたはずだったのだ。
「あははっ、聖女のくせに口悪いなぁ」
「うるさいっ!」
聖女たるもの、清廉潔白。常に全ての者に腰を低く救いの手を差し伸べよ。
これが聖教会の方針だ。
だがけらけら笑うカグラを見ていて、アイリスはそのお堅い教えを完全に無視していた。
「そもそも、何で私の家知ってんのよ・・・」
「ん? ホラこれ」
カグラはアイリスの疑問に応えることなく、綺麗な髪の毛の束を掲げた。
どう見ても男の髪質ではなく、女の髪。
美しい茶色の髪の毛。
そしてその髪には見覚えがあった。生まれてからずっと付き合ってきているのだから、アイリスが自分の髪の毛だと分からないはずもない。
「・・・何それ?」
「おたくの髪の毛」
焦って後頭部に触れたが、一部だけハげているということはなさそうだった。
強くカグラを睨んでみるが、アイリスの疑問が解消されたわけではない。
「私の家に不法侵入するのと、私の髪の毛に何の関係があんの?」
「転移魔法を使ったんだよ」
アイリスの髪の毛の束をクンクン嗅いでカグラが説明を加える。
「並みの術師なら、聖女の血を代償にしないと発動しないんだけどね。技量のある術師の転移魔法は、髪の毛だけでも発動可能ってわけだ」
「・・・あんたが、転移魔法を発動させたってこと?」
カグラが笑いながら首を横に振った。
「いんやぁ、俺、聖紋持ってないから魔法は基本使えない。知り合いに転移魔法が得意な子がいてね。近くにいたから無理言って飛ばしてもらったんだ」
高度な転移魔法を扱える人物は、世界中を見渡しても片手の指で数える程度しかいないはず。
アイリスにはそんな知り合いは一人もいない。
目の前の男は、そんな魔法使いを顎で使えるほどの存在だというのだろうか。
カグラをじっくりと観察するように見つめていると、クリスタル・リーパーを討伐した時の動きが思い出されて、アイリスは彼の魔法について聞こうとした。
「聖紋持ってないっていうけど、昨日の戦闘は・・・」
「ああ、そうだそうだ!これ、渡さねぇとだね」
アイリスの言葉を遮ってカグラが懐から取り出したのは、紫色に輝く魔核石だった。
「これって・・・」
「ん、昨日のレベル5のコアだね」
「レベル5!?」
甲高い声で叫ぶと、カグラが落ち着いた口調で言う。
「元の魔物はレベル4だったみたいだけど、ありゃあ確実にレベル5クラスだよ。かなり強かったし」
「・・・でも、あんた、簡単に倒してたじゃない」
アイリスの脳裏で、カグラの戦闘が再生される。
「いんやぁ、結構強かったから本気じゃないとやべぇと思ってね」
「本気って・・・聖紋も持ってないのに・・・」
「まあ、倒せたんだからいいじゃん、別に。俺には必要ないから渡すよ」
「必要ないって、これめちゃくちゃ高いはず・・・!!」
レベル4の魔物の魔核石にもなれば、質が悪くても30万レニスはくだらない。
レベル5にもなれば恐らく50万は超えるだろう。
アイリスの見立てでは、クリスタル・リーパーの魔核石はかなり良質に見えた。
「んまあ、ギルドに提出すれば、100万前後にはなるんじゃない?」
「・・・100万!?」
100万レニスともなれば、レベル5の魔物の魔核石の平均相場並みの値段だ。
瞳を輝かせて見つめているとカグラがぽいっと投げてきた。
「いや、そんな目で見なくてもあげるってば、ほら」
「うわああぁぁっ!100万がぁぁぁっ!!!」
アイリスは必死でクリスタル・リーパーの魔核石をキャッチした。
「・・・ちょっと!」
「なはははっ!魔核石はそう簡単に壊れないって!」
魔核石は機械の動力源や武器精製などに使われる頑丈な素材だ。確かに床に落としたくらいではビクともしないだろうが、細かい傷がついて査定額が下がるのはたまったものではない。
全体くまなく傷が入っていないか確認したが、紫色の魔核石には擦り傷一つついていなかった。
「さて、じゃあ俺はそろそろ行こうかな」
「・・・え?」
「えって・・・起きるまでいてやったんだから感謝しろよなぁ。つっても、俺もさっきまで寝てたけどね」
アイリスは気付いた時には、「じゃあねぇ」と手をひらひらさせながら玄関まで歩き出すカグラの腕を必死で引き留めていた。
「ん・・・なになに、誘ってるつもり?」
「え、あ・・・」
アイリスがカグラの足を止めたのは寂しかったからでも人恋しいからでもない。ニヤついているカグラの顔を見ていると、思い切りぶん殴りたい気分にもなるが、アイリスは
「そうね、誘ってるわ」
と覚悟を決めたように答えた。
ふざけて笑っていたカグラの顔が呆気にとられて一瞬だけ固まったが、「・・・フッ」と笑うと、カグラはアイリスの頬に右手を添えた。
ゆっくりとカグラの顔がアイリスの顔に近づいていく。
「・・・私のパーティに入りなさい」
アイリスの命令口調を聞いたカグラの動きがピタリと止まった。優しく微笑んでいた男の目元が鋭く尖る。
「・・・どういう意味?」
「今日までに冒険者パーティに所属しないと、私は聖教会に連れ戻されちゃうの」
「ん・・・ああ、なんか昨日そんなこと言ってたな」
もう既にタイムリミットは超えていたが、クリスタル・リーパーを討伐した証拠もある。カグラとパーティを組んだと聖教会からやってくる司教に報告すれば、まだ冒険者を続けることができるはずだ。
「俺は聖紋持ってないって言っただろ?」
「でも、昨日は魔法を使ってたわ」
アイリスには、この男がとんでもない力の持ち主だという確信があった。
聖紋を持っていないのは確実で、おそらく代償を払わなければ魔法は使えない。魔物を討伐するレベルでの魔法であれば、全身から血が吹き出るくらいの代償が待ち受けているはずだが、カグラにはそれがなかった。きっと何か魔法を使う未知の方法を知っているのだとアイリスは推測していた。
だがカグラは自慢げに自分の能力を語ろうとはせず、表情を曇らせてどう断るかを考えているようだった。
アイリスにとっては冒険者パーティに入る絶好のチャンス。入るというより自分で作ることになってしまっているが、パーティに属するという意味では大差ない。
ラムル王国ギルドのほとんどの冒険者たちからは加入を断られているアイリスにとっては、もう悠長なことは言っていられない。レベル5の魔物を瞬殺できる力があるなら、仲間としてはとんでもなく心強いはずなのだ。
「お願い、だからっ・・・私に力を貸して・・・!!」
「・・・はぁ」
カグラの溜息がアイリスに重くのしかかる。
「3億レニスだっけ・・・?君の借金を返済するために、俺に手伝えって言ってんだよね?」
「ええ」
「昨日会ったばっかの俺に」
「そうよ」
「俺が引き受けないといけない理由が何もないって、分かってるよな?」
「・・・ええ、分かってるわ」
アイリスが申し訳なさそうに目を逸らして答えると、カグラが笑いながら聖女の頭を撫でて答えた。
「・・・組んでやるから、そんな顔すんなって」
「えっ・・・」
不敵に笑うカグラの顔を見て、アイリスは胸が高鳴るのを感じた。
酒好きで女好きの男に惹かれているわけではない。アイリスはそう自分に言い聞かせた。
これはただ200回も断られ続けて、初めて自分が受け入れられたことに安堵しているだけ。ただ聖教会に連れ戻されなくてよくなったから、それが嬉しいだけ。
アイリスはそう自分を納得させたが、両目から溢れてくる涙を抑えることはできなかった。
「可愛い女の子に懇願されて見捨てるほど、まだ腐ってねぇよ」
聖女の涙をカグラが優しく指で拭う。カグラを見上げる自分の頬が紅く染まっているのをアイリスは感じた。
「じゃ、じゃあ!早速ギルドに報告しないと!」
「了解だ、リーダー」
初めてされた呼び方にくすぐったさを感じた。
カグラから顔を背けたアイリスは出かける準備を急いだ。