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「あのー、私をパーティに入れてもらえないでしょうか・・・?」
朝早い時間帯から酒場で大騒ぎしている冒険者たちに向かって、美しい少女が可憐な声を掛けた。
だが弱々しい少女の声は男たちの品のない笑い声でかき消される。
「・・・・・あのッ!」
「えぇ!?何だって!?」
「私を、あなたのパーティに入れてほしいんですッ!」
耳元で叫んでみるが、顔を真っ赤にしているスキンヘッドの男はイヤらしく笑ってアイリスを見返すだけだった。
「荷物持ちか・・・俺の玩具になるっていうなら、考えてやってもいいぞ?」
リーダーの提案を聞いて、ゲスな笑い声を上げてアイリスを舐めるように見てくる男たち。
筋骨隆々としている彼らとは対照的に、アイリスはただの小柄な美少女だ。
目鼻立ちは整っていて、トレードマークの長い銀髪がより一層彼女の魅力を引き立てている。
そんな彼女がギルドで聞いた冒険者パーティのリーダーに直訴しに来ているのには、切羽詰まった理由があった。
「・・・荷物持ちでもいいですけど、報酬は山分けでもらいます」
「・・・ハッ! 親に捨てられでもしたのか」
冒険者は時に世界各地に棲息する危険な魔物を狩り、時にギルドから要請される任務をクリアすることで金を稼ぐ荒くれ者たちの職業。
1年の間に3割ほどの冒険者が命を落とすと言われている。
そんな危険な仕事に就こうとするのは、よほどの実力者か大バカ者。
もしくはアイリスのように、それ以外に生きていく道がない者だけだ。
「まあ、もしかしたら強いかもしれんしな。聖紋、見せてみろ」
「・・・どうぞ」
この世に存在するほとんどの人間には、聖紋と呼ばれる紋章が左手の甲に刻まれている。それは、魔法を使うために必要不可欠となる紋章。
紋様はすべて同じだが人によって色が異なっていて、それによって扱うことができる魔法が変わるのだ。
「・・・・は?」
C級冒険者パーティ『火炎の龍獄』のリーダー、マルクスが気の抜けたような声を漏らす。
アイリスの左手の甲には、白銀に輝く紋章が浮かび上がっていた。
「・・・お前、聖女か?」
アイリスが小さく頷く。
「私をパーティに入れるデメリットは、何もないと思います」
聖女とは、回復魔法を唯一使うことのできる稀有な存在。
世界にわずか50人足らずしか存在しないとも言われている。
その魔法使いたちは、通常は聖教会と呼ばれる組織の内部で働いていて、冒険者になろうとする者など滅多にいない。だからこそ聖女が仲間になるというのは、冒険者たちにとってはこれ以上ないくらいに有難い話なのだ。
冒険者パーティには5つの級がある。
S級パーティが最高位で、その下にA、B、C、Dと続く。
マルクスが率いる冒険者パーティはC級。
聖女が仲間になれば、一つ上のランクでなければ受けることのできない依頼を特例で受けることができて、稼ぎが格段に増えるだろう。
それ故、数少ない聖女を冒険者パーティ同士が奪い合うことも珍しい話ではない。
そのリスクと聖女を仲間にする実益とを比較しているのか、マルクスという名の男冒険者は酒を飲むのを止めて顎髭を弄っていた。
「いや、でも妙だな。なんだって聖女がわざわざ自分からパーティに入りたがるんだ?」
「それは・・・・・」
アイリスが思っていたよりも、マルクスは用心深いようだった。
彼の言う通り、聖女は引く手あまたの魔法使い。
自分から冒険者を探すまでもなく、Bランク以上のパーティが仲間になってくれと頭を下げてくるのが通常だ。
もちろん、彼女だって、好き好んで男くさいパーティに入りたいとは思っていない。だが、今のアイリスにはこうしてパーティを一つ一つ回って仲間にしてくれる冒険者を探すしか方法がないのだ。
「・・・まあ、いいか。聖女ってことは、どんな怪我も完全に治せるってことでいいのか?」
「え、ええ。死なない限り、私の回復魔法が発動しないことはありません」
「・・・ハッ、そりゃあヤベェな。じゃあ・・・」
マルクスが袖を捲って鍛え上げた右腕をアイリスに差し出した。
「この怪我、試しに治してみてくれ。それができりゃあ、仲間にでも何でもしてやるよ」
ぐるぐると巻かれていた包帯を外すと、乱雑に縫合された傷跡が露出する。魔物との戦闘で負傷したのか、まだ傷ができてから日が浅そうだった。
冒険者として生きていくような者たちに、多少の怪我で文句を言うような軟弱者はいない。マルクスがアイリスに回復を頼んでいるのは、どの程度の回復力がある魔法を使えるのか確認するためなのだろう。
ただの切り傷程度であれば、聖女の魔法を使えば数秒の間に完治する。
だが、アイリスは新しい包帯を懐から取り出して巻き直しただけで、魔法を発動させることはなかった。
「・・・すみません、できないです」
「・・・・・は?」
切り傷の回復と肌の再生。
駆け出しの聖女であっても、発動できない者はいない初歩の回復魔法を発動できないと言ったアイリスに対し、冒険者たちは侮蔑の視線を容赦なく送ってきた。
「いや、その・・・私は私以外に回復魔法をかけることができなくて」
「全く使えなぇな・・・ん、なんだ、その話どこかで・・・」
「ああぁぁっ!リーダー!」
下っ端らしき獣人が金切り声を上げる。
「なんだ、いきなり大声出しやがって・・・」
「こいつあの聖女ですよ!噂になってる欠陥聖女!」
陽気になって酒を飲んでいたマルクスも、視線を鋭くさせてアイリスを警戒する。
「確か、10以上の冒険者パーティを速攻クビになったっていう、回復できない聖女って奴だったか・・・」
「間違いねぇですよ!片っ端から冒険者パーティに声かけて断られまくってるって噂っす!!」
アイリスがこのラムル王国に来てから早1か月。ほとんどの冒険者たちに悪い噂が広まってしまっていた。長期間他の地域で依頼を受けていた彼らなら、まだ聞いていないかもしれないというギルドの受付嬢のアドバイス通りに、声を掛けてみたアイリスだったが、男たちの反応を見て小さく息をついた。
「・・・本当か?」
「・・・ええ。私の名前はアイリス。よろしくね」
もはや敬語すら使わなくなったアイリスを冷たく見下ろして、冒険者たちのリーダーは木のカップに入ったエールをぐびぐびと飲み干した。
「・・・ンで、噂の聖女様がこんなところに何しに来てんだよ」
「さっきも言ったでしょ。パーティを探してるの。私を玩具にするじゃないの?」
挑発的なアイリスの言葉にポリポリと頭を搔いて、マルクスは両手を上げた。
「冗談よしてくれ。そんなことしたら、聖教会のヒットマンが飛んでくるじゃねぇか」
そう言うと、彼らはアイリスの存在を完全に忘れたかのように再び酒を飲みだした。
アイリスはもう一度頼み込もうとしたが、全く相手にされなくなったので諦めて酒場を後にした。
欠陥聖女。
それがアイリスの不名誉な二つ名だ。
聖女はこの世で唯一、回復魔法を使うことのできる貴重な存在。
攻撃魔法や防御魔法を扱う冒険者よりも重宝され、パーティ探しに困ることなんてないはずなのだが、アイリスの回復魔法は自分自身にしか効果が発生しないという欠陥があった。
誰もアイリスを知らない頃は、聖女が仲間になるというだけで喜んでパーティに入れてくれていたが、自分の回復しかできず、ろくに魔物と戦闘も行えない。さらには体力もなく荷物持ちとしてもろくに使えたものではない。
参加したパーティのほとんどが7日と持たずにアイリスを解雇してしまった。
アイリスが初めて冒険者パーティに参加してから1、2か月の短期間で、彼女の悪評は広まってしまっていたのだ。
「はぁ、やっぱり無理かぁ……」
一つの国に居づらくなったアイリスは転々流浪として仲間にしてくれる冒険者パーティを探しているのだが、欠陥聖女の噂は途轍もない速度で冒険者に知られてしまっていた。
聖女は回復魔法を扱える唯一の存在。
だがその代償に、回復以外の魔法を使うことはできない。
つまり、アイリスは自分自身の怪我は完璧に治すが、それ以外の能がない完全なお荷物なのである。
ラムル王国のギルドに属しているという冒険者パーティの中で、アイリスが声を掛けていなかったのは残り2つ。そのうちの1つがマルクスのパーティだったが、彼女が覚悟していた通りの結果に終わってしまった。
肩を落として冒険者ギルドにとぼとぼと向かう途中、すれ違う楽しそうな冒険者パーティを見て、アイリスは大きくため息をついた。
「アイリスちゃん、おかえりっ!」
ギルドの扉を開けると、眼鏡をかけた美人受付嬢のニーナがやけに高いテンションで手招きしてきた。
「どうだった、例の冒険者パーティは??」
「いやぁ・・・あはは」
虚しく笑うアイリスに、ニーナがふふんと笑う。
「いい話があるんだけどね、聖女を探してるっていうパーティがさっきギルドを尋ねてきたの・・・!」
「えっ・・・あ、でも。私、回復魔法は・・・」
「私もそう説明したんだけどね、それでもいいから会ってみたいって言ってたよ!何でも、これからB級パーティを目指してるから、聖女がいてくれた方がパーティとしての格があがるからって!!」
それを聞いたアイリスの表情が明るくなった。
「みんな優秀な冒険者みたいだから、回復は基本的にいらないんだって!」
「・・・ま、まあ、パーティに参加できるならもう何でもいいです、はい」
自分の存在価値が全くないことに複雑な感情を抱きつつ、アイリスは話に乗ってみることにした。
アイリスに残されている時間はあと十数時間。
この日のうちに冒険者パーティに参加しなければ、彼女は聖教会に連れ戻されてしまう。
冒険者として稼ぎを得るという目標は夢のまた夢に終わってしまうのだ。
ニーナと話し込んでいると扉が開いてカランと鈴の音が鳴り、振り返ったアイリスは4人組の冒険者パーティが近づいてくるのを見た。
彼らもまたアイリスに視線を送ってきていたが、それは温かい歓迎の雰囲気ではない。
「ニーナちゃん。その子がさっき言ってた聖女かな?」
「そう!今入れてくれるパーティ探し中のアイリスちゃん。仲良くしてね!」
「聖女アイリスです。よろしくお願いします・・・!」
アイリスは彼の名前を知っている。フェルナンドという名前で、ラムル王国ではかなりの有名人だ。
どこかの貴族のボンボンで、高価な鎧やら剣やらをかき集めて、C級パーティに上り詰めていると噂で聞いたことがある。
あまり良い評判は聞かないが、もう選り好みしている場合でもない。
アイリスは真剣にパーティに入りたがっている振りをした。
「僕の名前はフェルナンド・キュレス。ラムル王家に古くから仕えている名門一族の跡取りだ」
「は、はあ・・・」
「美しい聖女よ、ぜひ僕らと一緒に来てほしい」
フェルナンドの表情と言葉と仕草に、ゾクリと鳥肌が立ったが、アイリスは
「ありがとうございますっ!頑張りますっ!」
と笑顔を引き攣らせながら喜んだ。
フェルナンドはアイリスの左手に輝く聖紋を確認して満足そうに笑った。
だが、他のパーティメンバーはやはり乗り気ではなさそうで
「ねえ、フェル。さすがに欠陥聖女はお荷物・・・っていうか疫病神じゃない?」
「そうだぜ。足手まといにしかならないだろうよ。こいつのせいでダンジョンの中で壊滅したパーティもあるって噂だぞ?」
「ちょっと、あなたたちっ!」
ずけずけとアイリスの心を抉ってくる冒険者たちを、ニーナが叱った。
アイリスはこれまで参加した10組の冒険者パーティから全て解雇通告を受けている。
聖女がいればパーティとしての格が上がるという理由で仲間にしてもらっていたが、自己回復以外の能力を何も持たないアイリスを連れていても何もメリットはないと判断されたのだ。
アイリスがダンジョンの内部で足を引っ張ってしまい壊滅の危機に陥ったB級パーティもあった。
彼女にとっては思い出したくもない3ヶ月前に行った最後の冒険の記憶である。
「いえ、私は戦えないし、皆さんを治すこともできないですが、傷つくこともありません。ご迷惑をおかけすることはないかと・・・」
「疫病神でしょっ、って言ってんの!」
最初にフェルナンドに意見した女冒険者がキッとアイリスを睨んで言った。
チラリとフェルナンドを見てみると、ニヤニヤ笑いながらアイリスを凝視していた。そしてそのまま近づくと、アイリスの肩を掴んで他のメンバーに相対した。
「ほら、ミルもそんなギスギスしないで。アイリスちゃんだってこう言ってるし、大丈夫だよ」
ミルという女冒険者の名前は、アイリスには心当たりは無かった。彼女はどうしてもアイリスを認めたくないようで抗議を続けていた。
「で、でも!」
「ミル。このパーティのリーダーはフェルナンド様です」
今まで黙っていたもう一人の冒険者らしき女が声を出した。
呼び方からして、フェルナンドの従者・・・といったところだろう。
アイリスの見立てでは、彼女が一番の実力者。
前に参加したB級パーティのメンバーと同じような雰囲気を彼女からは感じた。
「・・・了解」
「よし、それじゃあニーナちゃん。僕らの最後の昇格試験、今から受けるよ」
「えっ、今からですか!?」
冒険者パーティの昇格試験。
指定された難度の魔物の討伐が内容だ。フェルナンドが率いるパーティのランクはC級。
B級になるためには、レベル4と分類される魔物を3体狩る必要があったはずだ。
「うん。あと1体レベル4を倒せば、僕らも晴れてB級だしね。錬魔の森にレベル4が棲みついてるんだろう?」
錬魔の森は、ラムル王国から北西に10kmほどの場所に位置する広大な森。
数多くの魔物が棲息していることで有名だが、レベル4クラスが存在するとニーナは聞いたことがなかった。
「どうしてそれを・・・!」
ニーナが受付のテーブルに手を叩いて立ち上がった。
この世にはレベル1からレベル7までの魔物が存在する。
レベル4と位置付けられた魔物は、一体の力で冒険者パーティを壊滅させられるほど強力な魔物。
それ故、ギルドはB級冒険者パーティ以上でなければ依頼を出さないようにしている。
だが、昇格試験を受けているC級冒険者パーティであれば例外的に許可される。
フェルナンドたちは、討伐の条件を満たしているということだ。
「僕の父はラムル王家の重臣だよ?」
国の中でも一部の人間しか知りえない情報を、貴族特権で持っているということか。
ニーナが眼鏡を持ち上げて、脅す様に言う。
「確かに、レベル4の魔物、クリスタル・リーパーが錬魔の森の洞窟に出現したというのは事実です。犠牲者も何人か出ています」
「・・・ふふ、丁度いい相手じゃないか」
「ですが、クリスタルリーパーは洞窟の最奥部に棲息していると報告を受けています。そして、最奥部までが複雑な迷宮のようになっていて、C級の皆様では攻略は極めて困難かと思われます。この洞窟の調査はB級以上の冒険者パーティに依頼する予定です」
「ちょっと!私たちだってほとんどB級みたいなものでしょっ!!」
ミルが目を吊り上げてニーナに怒鳴りつけるように言う。
だがニーナも彼らに譲歩する気はないらしく、毅然とした態度で彼らに討伐の許可を出さなかった。
「残念ですが、ギルドの決定です。皆様には、別のレベル4の魔物が出現したら、討伐依頼を出しますので・・・・・」
「ちょ、ストォーップ!!」
ニーナが話を終わらせようとしたとき、上の階から小さな獣人の受付嬢がドタドタ降りてきた。
少女は1枚の紙きれをひらひらさせながら、へらへらした口調で言う。
「ギルド長からの伝言だぞぉ。C級冒険者パーティ『永遠の絆』のクリスタル・リーパー討伐を許可する・・・ってさ!」
「んな・・・!」
ニーナが獣人の少女が持っていた紙を確認する。
それは間違いなくギルド長の許可証だった。
特別な魔法がかけられているギルドの許可証は、洞窟を封じている魔法を一時的に解除するために必要となる。
「ニーナちゃん」
「・・・ご武運を」
許可証を従者の女に手渡し、フェルナンドは仲間たちに声をかけた。
「よし、それじゃあ出発しよう」
C級冒険者パーティ『永遠の絆』はそのままギルドを後にしてしまった。
アイリスは一人取り残され、その場に留まるべきか、フェルナンドたちを追っていくべきか悩んでいた。
「ハァ・・・」という大きなニーナの溜息が聞こえた。
「あ、あの・・・行っても大丈夫なんですか?」
ニーナの様子は明らかにおかしかった。
フェルナンドたちを送り出して応援するというより、どうにかしてクリスタル・リーパーの討伐を断念させようとしていたようにアイリスの目には映ったのだ。
「え・・・ううん、大丈夫だよ。あのパーティが、過去にレベル4の魔物を2体倒しているのは・・・事実だから」
どうにも歯切れの悪い言い方にアイリスの不安が募る。
だが、アイリスにはもう時間的猶予は残されていない。
この日のうちに冒険者パーティに加入しなければ、聖教会に連れ戻されることが決まっているのだ。
パーティに加入して最初の討伐に同行しなければ、また即座に解雇されてしまうかもしれない。
アイリスは覚悟を決めてフェルナンドたちについて行くことにした。
「・・・でも気を付けてね、アイリスちゃん。無理そうなら逃げていいからね」
「・・・そんなことしたら、私もう冒険者としては生きていけないですよ」
あはは、と笑いながら答えると、ニーナがなぜか泣きそうな顔をしてアイリスを見つめていた。
ニーナに頭を下げてギルドの出入り口に向かおうとしたところで、扉が乱暴に開かれ
「早く来なさい!」
戻ってきた女冒険者のミルが扉の外から大きな声を出してアイリスを呼んだ。
「・・・頑張って!」
ニーナに苦笑いを返して、アイリスは小走りで冒険者ギルドを後にした。