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要求の多い王女と呼ばれているけれど……

作者: 悠木 源基

 19,000文字の長めの短編です。読んで頂けると嬉しいです。


 美人美男ばかりの華麗な一族と評判のツブラーダ王家。

 その中でも末っ子の第三王女殿下は抜きん出て美しく、素晴らしい才能に満ち溢れる才色兼備の姫君だと評判で、世界中から結婚の申込みが殺到しているらしい。

 

 彼女は光り輝く銀色の髪に、強い魔力を持つ証明である黒い瞳を持っているらしい。

 そして彼女を一目見るだけで誰もが恋心を持ってしまうため、この王女の身の安全を図るために、王家は彼女をほとんど人前には出さないらしい。そのため、実際に第三王女に会った者はほとんどいないらしい。

 

 そして両親の国王夫妻のみならず兄や姉達も、皆この末の妹王女を溺愛しているらしい。

 そのため王家ではこの末っ子王女を国外に嫁に出す気はないらしく、他国からの申込みを全てお断りしているらしい。

 そのために国内の有力な貴族の若者達が、こぞってこの末の王女との結婚を望んで結婚の申込みをしているらしい。

 

 ところが国王は末娘の結婚相手は、本人に決めさせると明言しているらしく、一向に結婚話が進んでいないらしい。

 一体どこの誰がこの幸運の女神である末姫を娶ることができるのか。これが国内外で一番の関心事であるらしい……

 

 これはツブラーダ王国だけではなく、諸外国でも知られている話だが、これらの話には必ず『らしい……』が付いている。

 

 つまりこれらは実際には、あくまでも世間の無責任で適当な『う・わ・さ』であった。

 

 確かに第三王女で、七人兄妹の末の姫は、容姿端麗、才色兼備、純情可憐……それに間違いはない。両親や兄姉達から愛されているのも事実である。

 他国の王国からも申込みが殺到していたが、国王が王女を国外に出すのを断固拒否したのも周知の事実。

 そして王女が自分の伴侶を好きに選べと国王から言われていることも……

 

 それ故に年頃の息子を持つ親達は、我が家にも末の姫殿下が降嫁してして頂ける可能性があるかも知れないと、四侯爵家以外の下位の貴族達も躍起になっていたということも。

 しかしそれは全て過去のことだった。

 

 民衆は知らなかった。

 この末の王女の降嫁先に選ばれるためには、彼女の提示する数多くの難題、要求に応えなくてはならないことを。

 

 そしてそもそも国王は、この末の王女を溺愛しているから他国へ嫁がせたくない……というわけではなかったことを。

 いや、もちろん国王が末の娘を愛しているということは事実だったのだが、そんな単純な話ではなかったのだ。何せこの姫は黄金を産み出す娘だったのだから。

 

「誰が好き好んで他国を潤わせたいと思うものか!

 しかもあの子の能力を発揮させるためには、七面倒臭い数多の要求に応えなくてはならないのだぞ。他国の王族にそんな度量の大きな者が居るはずがない。

 嫁がせた挙げ句、宝の持ち腐れにされたら天に申し訳が立たないし、悔やんでも悔やみきれんわ!」

 

 国王がこう言い放つと、王妃だけでなく、王太子や他の兄弟達も頷いたのだった。

 

 しかしその実、兄達にとっては妹の相手が誰でもそれは関係がなかった。彼らはただ妹を猫可愛がりできれば満足なのだ。

 だから可愛い妹を遠くへはやりたくないという理由で父親に同意したのだった。たとえ妹が転移魔術を使って、あっという間に里帰りができるとしてもだ……

 そして妹の要求を満たしてくれて、その上彼女を自由にさせてくれる、そんな懐が深い相手が見つかればいいなぁ~と願っていた。

 

 

 ✽✽✽✽✽

 

 

「俺は第三王女殿下と結婚することに決めた。今日王宮に王女との顔合わせの申し込みをしてきた」

 

 ある日、王城から帰ってきたバルクハルト侯爵のカルヴァオスがこう言った。

 それを聞いた弟二人は絶句した。

 兄は二十代半ばにして未だ独身。婚約者どころか恋人もいない。だから女性に結婚を申し込むのは問題ないし、むしろ喜ばしいことだ。

 しかし兄は女嫌いで、かつて女性に興味を持ったことはなかったのだ。ただそれは彼が同性愛者というわけではなく、単に人間嫌いなのだ。

 だからこそ驚いたのだ。何故突然結婚する気になったのかと。しかもよりによって第三王女と!

 

 もしかして……と弟達はある考えが頭に浮かんで、ゾッとした。口に出すのも憚れる発想だとは思ったが、確認せずにはいられなかった。

 

「もしかして白い結婚が目的ですか?」

 

 上の弟のヘイリスが違ってくれと願いながらこう尋ねると、カルヴァオスは無情にも頷いた。

 

「第三王女殿下は人間嫌いだと聞いている。俺も同じだ。

 結婚などはしたくないが、王族として未婚を貫くことはできないだろう。侯爵の俺も同じだ。

 つまり俺達が結婚すれば、たとえそれが白い結婚であろうと、王侯貴族の義務は果たせて周りから煩く縁談話を持ち込まれることもなくなる。

 後継者はお前達に子供ができたら養子に貰えばいい」

 

 兄が人間嫌い、特に女性嫌いなことはよくわかっている。しかし、第三王女殿下が人間嫌いだというのは、あくまで噂に過ぎない。

 もしその噂が本当は違っていたとしたら、王女殿下にそんな白い結婚を提案してどうなるか、火を見るよりも明らかだ。不敬罪どころの話ではない。

 それに自分達の子供って、それは無理……と弟達は思った。

 

 

 ✽✽✽✽✽

 

 

 バルクハルト侯爵のカルヴァオスは人間嫌いだった。特に女性が。

 既に亡くなってはいるが、彼らの母親が阿婆擦れ、『赤い魔女』(男を虜にする妖艶な女性の例え)だと社交界では有名だったからだ。

 そのせいで息子達は幼い頃から謂れなき誹謗中傷を浴びせられてきた。

 母親もさることながら、陰口、いや正面切って虐めてくる女性達によって、三兄弟はかなり辛い思いをさせられてきた。

 特に長男は悪意から弟達を守りたいという思いが強過ぎて、余計人間嫌いになったのだ。

 

 三兄弟の母はヴァイス伯爵家の令嬢だったスカーレットで、あだ名通り真っ赤な髪に鮮やかなエメラルドグリーンの瞳を持つ妖艶な美女だと評判で、絶えず周りに令息達を侍らせていたという。

 そんな彼女が、当時王子達よりも人気のあった金髪碧眼で才色兼備のバルクハルト侯爵に目を付けた。そしてその若き侯爵を手に入れようと、なんと薬を使って既成事実をでっち上げてしまった。

 

 バルクハルト侯爵ヴォルティスは華やかな容姿とその地位で、女性に大変もてていたが、とても真面目で誠実な人柄だった。

 本来なら自分を陥れた女など捨て置いても構わなかったのに、彼女が処女だったことに責任を感じて結婚をした。

 そして子供が生まれると大層喜んで、家庭を大切にした。

 

 ところが侯爵は見目麗しいだけでなく有能な人物だったので、次第に国の重要な仕事を任されるようになり、家を留守がちになった。すると、妻は次第に好き勝手に振る舞うようになった。

 お金を散財し、子供達を放りっぱなしにして男と遊び回るようになったのだ。

 そんな彼女の悪評は瞬くまに社交界に広がった。

 

 スカーレットの弟であるヴィクターは姉とは正反対の真面目で実直な人間だったので、何度となく姉に注意をして窘めた。しかし、彼女は一向に態度を改めなかった。

 侯爵は子供のためだとずっと耐えていたが、そのうちに三人目の息子が侯爵の子ではないという噂が流れ出したために、ようやく決断を下した。

 このままでは息子達に悪影響を及ぼすと、離縁を決意したのだ。

 そして妻は実家に帰されたのだが、悔い改めることなく好き放題をしていたので、弟家族はかなりの迷惑を被った。彼の娘まで悪女の悪い影響を受けてしまったのだ。

 それ故、スカーレットを甘やかしていた実の父親の死後、彼女は弟ヴィクターによって修道院へ送られてそこで病死した。

 

 

 バルクハルト元侯爵と、別れた妻は評判の美男美女だったので、三人の息子達も飛び抜けて優れた容姿をしていた。

 上の兄は両親をミックスさせたようなバランスのよい顔立ちで、次兄は母親似の華やかな容姿をしていた。

 

 しかもこの二人は容姿だけでなく頭も父親に似て優れていた。

 ところが悪い家庭環境と周囲からの虐めのせいで性格が歪んで、個性的でかなり面倒な性格になっていたので、どちらかといえば女性に避けられていた。

 それを女性嫌いだった二人は、むしろ都合がいいことだと思っていた。

 そして次男は学園を卒業してすぐに幼なじみの婚約者と結婚したので、女性とは以前にもまして関わらなくてすむようになり、心底ホッとした。

 ただし、名門貴族である嫡男には、政略結婚としての申し込みが絶えることがなかったので、彼はそれをずっと鬱陶しく思っていた。

 

 そして末の弟はどうかというと、社交界デビューもしていないというのに、ご婦人方からとても人気があった。

 

 アウレリオスは幼い頃、悪女と称されたバルクハルト元侯爵夫人スカーレットが産んだ不義の子だと揶揄されていた。

 しかし、父親ができるだけ人前にこの末っ子を連れ歩いたことで、その噂は払拭された。

 金色に輝くストレートの長髪と明るく透き通るような碧い色の瞳……

 アウレリオスのその飛び抜けて優れた容姿が、かつてこの国一番の美丈夫と評判だった父親ヴォルティスに瓜二つだったからだ。

 

 父親が生存中、父子二人並んで立っている姿はまるで絵画のようだったと、ご婦人方からは未だに語り継がれているほどだった。

 バルクハルト侯爵の男性達は、美形一族だと評判の王族さえも凌ぐ存在だった。

 

 ところが父親が不慮の事故で突然亡くなって長兄カルヴァオスが若くして侯爵位を継いでからは、アウレリオスは一切人前に姿を現さなくなっていた。

 それでも今でも催し物がある度に、アウレリオスの名前は必ず誰かの口の端には上がるぐらいの存在感があった。

 しかしそのアウレリオスは学園を卒業した後も、結局社交界にデビューすることはなかった。

 

 

 ✽✽✽✽✽

 

 

 母親が修道院で病死して間もなく、まるでその後を追うかのように父親までもが事故で亡くなった時、末のアウレリオスはまだ学園に在学中の十六歳だった。

 そして父の葬儀が済み、長兄カルヴァオスが侯爵位を継いで暫くして、アウレリオスは母方の叔父であるヴァイス伯爵ヴィクターの元を訪ねた。

 自分は三男で継ぐ爵位がない。領地があるのならばその手伝いもできるが、バルクハルク侯爵家は代々王家を補佐する家柄で、それに専念するために領地を持っていない。その分手当ては膨大なのだが、兄に面倒を見てもらうつもりはサラサラなかった。

 だから、王立学園を卒業したら、叔父の運営してるヴァイス商会で雇って欲しいと思ったのだ。

 

 末っ子の甥は学園ではトップの成績を修めていると聞いていたし、名門侯爵家の出なのだから、官職にでも就けば出世できるだろう。そして婿養子に望まれれば、そのまま貴族でいられる。叔父のヴィクターはそう彼に助言した。

 しかしアウレリオスは、役人になるつもりはないと言った。

 

 それに彼は役人になって、上司から娘の婿養子にと求められることだけは絶対に避けたかった。

 学園に在学中の今でさえ、ご令嬢から積極的にアプローチをされて鬱陶しいのだ。

 そんな煩わしい思いまでして貴族でいたいとは思わなかったのだ。

 アウレリオスは兄達ほど人間嫌いでも女性嫌いでもなかった。しかし、女性には全く関心がなかったし、女性に纏わりつかれるのはごめんだった。

 

 どうせ結婚する気もないのだから、平民になって一生一人で気楽に暮らした方がマシだとアウレリオスは言った。

 

 まだ十六だというのに達観しているというか、冷めているというか、甥からその話を聞いた叔父はため息をつきたくなった。

 しかし、彼の生い立ちを十分理解していたので、無下に彼の考えを否定することはしなかった。

 そして彼に商売の適性があるかどうかを見定めるために、まずは学園の長期休みの時に見習いとして働くようにと言った。

 

 ただし名門侯爵家の令息で、しかもまだ学生であるアウレリオスを働かせることになると、彼の兄達の面目を潰す恐れもある。

 そのことを考慮し、ヴィクターはアウレリオスにリオ=ヴァイスという偽名を名乗らせることにした。

 姓を商会名と同じにしたのは、年が若いからと相手に見くびられないようにするためだった。

 商会長の身内だと思わせておけば、馬鹿にされたり、理不尽な扱いをされないだろうと。

 

 もしアウレリオスに何事かあったら、確実にバルクハルク侯爵に消されるとヴィクターは思った。

 それは決して大袈裟な誇大表現ではない。

 あの甥はもし大切な弟を傷つけられたら、どんな手を使ってでも相手に復讐するだろう。それがたとえ実の叔父であろうと。

 

 

 こうしてリオことアウレリオスは、学園の長期休みになる度にヴァイス商会で働くようになった。

 もちろんバルクハルク侯爵家の人間だとばれないように、目立たなそうな茶色のカツラを被り銀縁眼鏡をかけて。

 すると彼はまだ学生だというのに、あっという間に遣り手の営業マンになった。

 アウレリオスは仕事ができるだけでなく、見目麗しくて仕草がスマートで上品だと、多くの顧客達から気に入られ、高位貴族や富豪から指名され、多くの高級な商品が飛ぶように売れたのだ。

 変装をしても彼の美しさや上品な身のこなしは隠せなかったのだ。

 

 しかも周りからちやほやされるようになっても、彼には浮ついた所が一切なかった。そんなところも彼の評価をさらに高めた理由だったのだろう。

 こうして学生の身で既にヴァイス商会のトップセールスマンになっていたアウレリオスは、当然学園を卒業をすると正式な職員になった。

 そしてその後彼は今度はただ商品を売るだけではなく、画期的な商品を企画販売までするようになり、さらに商会の利益を増やしていった。

 商会関係者は皆ホクホクで、アウレリオスの才能を褒め称えるようになった。

 

 そんな中、商会長である叔父ヴィクターは最近になってようやく知った。甥が何故そこまで仕事熱心なのかを。

 アウレリオスはこのヴァイス商会のために莫大な利益を生んでくれていたのだが、彼は商会のためだけに働いていたわけではなかったのだ。

 彼の仕事はいつだって公共の利益に繋がっていたからだ。

 しかし、それは決して彼が公明正大な心の持ち主だったからではなく、ある一人の女性のためだったのだ。

 

 アウレリオスはまだ学生で見習いだった頃、出張先で一人の女性を酷く傷付け、侮辱してしまったことがあったらしい。

 風変わりなその女性の出で立ちだけでその女性の価値を判断し、見下したのだという。

 そのために周りにいた女性達からも総スカンされたそうだ。

 

 アウレリオスはその女性に謝罪したいとずっと思っていたらしいが、その三か月後に偶然仕事の関係先でその女性と再会したらしい。

 そしてその後もまるで運命かのように、度々仕事場で遭遇するようになったのだという。

 アウレリオスはその女性に赦されたい、よしんば彼女と親しくなりたい。そのために熱心に仕事に励んでいたのだという。

 

「彼女の赦しを得るのに三年もの月日がかかってしまいました。

 もっとも彼女の方からすれば、とっくに僕を赦してくれていたそうなんですが。

『赦せなかったら貴方と一緒に仕事をするわけないでしょ』

 彼女はそう言って笑ってました」

 

 アウレリオスからそんな話を聞いた。

 いくら厚化粧に白いフードコートという変わった風貌をしていたとしても、若き女性に対して『白壁魔女』呼ばわりは最低だとヴィクターも思った。

 

 

 アウレリオスは仕事先で度々彼女と遭遇するうちに、彼女の真摯に仕事に取り組む姿勢にいつしか惹かれていったのだ。

 しかし彼女は貴族令嬢であり、いずれ平民になる自分とでは釣り合わない。自分がそのご令嬢と結ばれる可能性はほとんど無い、とアウレリオスは思っていた。

 それ故に初恋のその女性に自分の想いを伝えるつもりはなかった。

 それでも一途な性格の彼は、己の気持ちを隠したまま、ずっと友人として彼女を支えて行きたいと決心していた。一生独身を貫いて。

 

 だから兄に養子を提供するなんてことは、アウレリオスには到底無理な話だったのだ。いくら大好きで大切な兄のためだとはいえ。

 

 そしてそれは次男のヘイリスも同じだった。

 

 

 ✽✽✽✽✽

 

 

 確かに次男のヘイリスは既に結婚して娘を一人もうけていた。

 しかし再従姉妹で幼なじみでもある彼の妻エメリルは、元々息子達の男色家であるという噂を払拭するために、父親ヴォルティスが頼み込んだ、仮初めの婚約者だった。

 三人のうち誰かとと頼まれ、彼女は同じ年のヘイリスを選んだのだ。

 

 ところが学園の卒業パーティーで初めて酒を飲み、酔ったはずみで体の関係を持ち、そのたった一回の行為で彼女を妊娠させてしまい、ヘイリスは本当に結婚することになってしまった。

 しかし、それ以外夫婦の交わりはない。そのため、これ以上子供は望めないのだから、その一粒種の娘を養子に出せるはずがなかった。

 次男は結婚と同時に父が所有していた子爵位を継いでいたのだから。

 

 もっともつい最近、ヘイリスは『白壁魔女』様に相談に乗ってもらった結果、自分が妻エメリルを愛しているということにようやく気付いたのだが。

 そのため彼は未だ頭の中はパニック状態で、本来なら兄の心配などしているどころではなかった。しかし、バルクハルト侯爵家の存続がかかっているし、愛する兄を見捨てるわけにもいかなかった。

 

『ん? 愛してる? そうか、俺は兄貴を愛しているのか?』

 

 どこまでも自分の感情に鈍い次男だった。

 

 

 ✽✽✽✽✽

 

 

「兄上、兄上は色々と勘違いをされています。直ちに第三王女殿下との顔合わせの件は取り消して下さい」

 

 頭を抱えた次兄ヘイリスに代わってアウレリオスが言った。

 

「第三王女殿下は人間嫌いなどではありません。この数年地方が活気づいているのは、全て殿下の発案した政策のおかげです。

 殿下が貧しい人々をお助けしようとした結果です。人嫌いな方がそんなことをするわけないですよね?」

 

「だが、男嫌いだというのは本当だろう? 絶対に受け入れられない要求ばかりしているのは、本気で結婚する気がないからだろう?

 他国からの申し込みも全て拒否していると言う話だし」

 

「断っていらっしゃるのは国王陛下のようですよ。他国を潤わせたくないって。

 それに、結婚相手に求めているあの条件は、断るためではなく、本当に第三王女殿下が夫になる人物に必要だと判断されている事柄なのだと思いますよ。第三王女殿下自身のみならず、王家の皆様も」

 

「まさかそんなはずはないだろう。

 

 確かに王女を妻に迎えるなら他国との付き合いもできなくてはならないだろうから、母国語以外に三か国語以上話せることは必須だろう。

 しかし第三王女殿下から呼び出しがかかったら、いついかなる場合でも一時間以内に駆けつけるだなんて普通無理だろう。領地経営はどうするんだ。人任せか? うちみたい宮廷貴族ならまだしも。


 それに招待されても一人で社交場へ行くこと。

 妻とは食事を共にしない。

 妻とは共に外出しない。

 酒煙草は一切しない。

 そんな条件を飲む王侯貴族などいるまい。貴族としてもっとも必要な社交ができなくなるのだからな。それでは家が潰れてしまう。

 ふざけるなと誰しも思うだろう。たとえ王女殿下だろうとそんな妻なんて必要ない。婿入りでもないのに。

 

 しかも、北の地方は寒いから嫌!

 南の地方はお日様が眩しいから嫌! 

 東の農業地区は小麦畑ばかりだから嫌!

 西の国は杉林ばかりだから嫌!」


 勢いよくカルヴァオスはこう言った後、鼻を鳴らした。

 

「こんなわがままに応じる者がいるとは到底考えられない。それは王家だってわかることだ。ということはつまり、本気で誰かと結婚を考えているわけではないということだろう?

 しかし、俺は殿下の要求に全て応えられる。俺は酒煙草はやらないし、語学力には問題ない。妻と一緒に食事をしたり、外出しなくて済むのなら却って好都合だ。

 それに俺の仕事は王城内で済むから、王都を離れることはない。それ故に呼び出しを受けても一時間以内で戻れる。

 白い結婚であるなら、俺だけでなく殿下にとっても都合がいいだろう?」

 

「兄上、申込みをされてしまって今更なのですが、巷に流れている第三王女殿下の噂はデタラメだと思いますよ」

 

「えっ?」

 

 アウレリオスの言葉にカルヴァオスが目を見開いた。 


「第三王女シェリーナ殿下は幼い頃より大変優秀でしたが、お体がとても弱く、その上アレルギー体質だったそうです。

 他の方と一緒に食事をなされないのは、アレルギーを含む素材が使われている料理に触れるだけで、アナフィラキシーショックを起こしてしまうからだそうですよ。

 外へ出られないのも太陽の光を浴びると蕁麻疹や水疱ができるから。

 煙草を嫌うのも煙を吸うと呼吸困難になるから。

 酒の匂いもしかり。もし間違って口に含んだら即倒れてしまうそうですよ。

 北の地方は寒いから嫌だというのは極度の冷え性だから。

 南の地方はお日様が眩しいからというのは、先程言ったお日様アレルギーだから。

 東の農業地区は小麦畑ばかりだから嫌だというのは、小麦の花粉アレルギーだから。

 西の国は杉林ばかりだから嫌だという理由ももうわかるでしょう?

 

 シェリーナ殿下の要求は我儘ではなくて、生きるための必須条件なんですよ」

 

「・・・・・」

 

 カルヴァオスは絶句した。そして暫く沈黙した後、徐ろにこう尋ねた。

 

「今の話は王宮の極秘情報だよな。第三王女殿下のお命に関わる内容だからな。

 それを何故一介の商会の職員に過ぎないお前が知っているんだ?王城勤めの俺だって知らないのに」

 

「兄上が何もご存知ないのは、貴方が書類の数字にばかりを気にかけているからですよ。いくら今は財務局勤務とはいえ。

 法務局勤務で王宮にほとんど縁のない俺だって少しは耳に入っていますよ。

 第三王女殿下は本当に素晴らしい国民思いの優しい方で、皆に愛されていると」

 

 ヘイリスがこう言った。

 しかし、本当のことを言えば、先月『白壁魔女』様に妻のことで相談したいと、弟に頼みに行った時に、初めて第三王女殿下のことを聞いたのだが。

 

 アウレリオスの想い人『白壁魔女』ことリーア嬢は、国中の至る所に突然現れては人助けや悩みを解決してくれると評判の女性だ。

 いつどこに現れかわからないので、彼女に逢えただけでも幸運に恵まれると言われている。

 そのために、人々は彼女を見かけてもむやみに近寄らず、両手を合わせて祈る事にしているという。

 

 ヘイリスは数週間前、知人から弟のアウレリオスが『白壁魔女』と教会で親しげに話をしていたと聞いた。

 彼は以前から妻のエメリルから『白壁魔女』に会わせて欲しいと懇願されていたのだが、どうやって彼女にコンタクトをとっていいかわからず困っていたのだ。

 だから弟が知り合いだと知って歓喜した。そして妻が『白壁魔女』と会えるように手助けして欲しいと頼んだのだ。妻の相談事がおそらく自分とのことだろうとわかっていながらも。

 すると、アウレリオスがこう言ったのだ。

 

「義姉上の相談に乗ってもらえるかどうかは、兄上が直接会って聞いてくれよ。リーア嬢の都合は僕が聞いておくから」

 

 そしてヘイリスは『白壁魔女』に会い、彼女に妻の話をしているうちに、ようやく本当の自分の気持ちに気付いたのだった。


 

 ✽✽✽✽✽

 

 

(カルヴァオス=バルクハルト侯爵の第三王女への結婚申し込みの話から、一旦ずれる)

 

 

 このツブラーダ王国、特に王都などの大都市では二年ほど前から南国ブームが起こっている。 

 

 若者達がやたらと明るい南国風の物を好むようになったのだ。しかもその明るい色をワンポイントで使うのがおしゃれとされた。

 

 鮮やかな赤やオレンジ、レモン、グリーン色の髪飾りやアクセサリー、スカーフ、ハンカチ、扇子、ポーチなどの小物を身に着けたり、南国フルーツのデザインのバッグを持ったりと。

 

 

 それは数年前に国中の街道整備が完了したことによって他国との流通がスムーズになり、南の国からの珍しい果物などの食料品が大量かつ安価に手に入るようになったおかげである。

 

 そのため、今まで貴族や裕福な商人くらいしか目にしたことのなかった果物が、庶民でもどうにか手が届く値段になったのだ。

  

 しかしただ価格と目新しさだけで、いきなり人々が皆が南国フルーツに飛びついたというわけではない。

 当然そこには流行の仕掛け人がいた。それが末っ子王女のシェリーナ第三王女殿下であった。

 

 南国フルーツの大量輸入が始まった頃、時を同じくして、北の国から防水性のある紙が入ってきたのだ。

 王女はそれに目をつけて、その二つを使った商品を開発するようにと命を下したのだ。

 つまりオレンジなどの南国フルーツでジュースを搾り、それを防水性のある紙で作った容器に密閉できるようにしろと指示したのだ。

 

 その結果開発された容器のおかげで、ジュースは長期保存ができるようになった。

 傷みやすい果物でもジュースにして密閉保存しておけば、無駄に廃棄せずとも良くなる。しかもいつでも旬の味が楽しめるのだ。

 これは勿体無いがモットーで、廃棄が大嫌いな王女ならではの発想だった。

 

 しかもこの密閉容器のパッケージデザインを市井の新進気鋭の若いデザイナーに依頼し、女性が好む明るくて可愛らしいフルーツ柄にしてもらった。

 コロコロ丸いオーレンジや、キュートなレーモン、ユニークなパイナープ、ひょうきんなバーナン……

 

 その見た目でまず人気が出た。そして、ジュースの美味しさに感動した者達が今度は果物自体も手に取るようになり、南国フルーツの消費はどんどん伸びていった。

 

 その上柑橘系のフルーツは美容食で、爽やかな香りはリフレッシュ効果がある。やがてそのフルーツは芳香剤や入浴剤など色々なものに加工されていった。

 それらの美容関連商品が王家でも愛用されているという情報が流れると、さらに多くの人々が列をなしてそれらを買い求めるようになった。

 ツブラーダ王家は美形揃いだということで、女性達はその効果にあやかりたいと思ったのだ。

 

 

 この南国ブームは今ではツブラーダ王国から世界各国に広がり、加工品となった各種製品を、原材料の輸入元の国々へ逆に輸出するようになっていた。

 

 しかし光あるところには影がある。南国ブームのせいで困ったことも起きてしまった。それはゴミ問題である。

 本来ジュースなどを飲む場所は、自宅や店の中だった。ところが密閉容器に入っている南国ジュースは、気軽に持ち運べるということで、外で飲んでその場で容器を捨ててしまう者達が増えてしまったのだ。

 そして一年ほど前から、王都は至る所ゴミだらけになっていたのだ。

 

 いくらポイ捨て禁止令が出されても、なかなかそれが周知されなかった。王都がゴミだらけというのは、この国の威信に関わることだった。

 そこでその対策を命じられた人物というのが……

 

 

 ✽

 

 

「ねぇ、ずいぶんと不機嫌ね。

 嫌なら別に手伝ってくれなくてもいいのよ。

 これは飛ぶ鳥を落とす勢いの大商会のやり手さんにやらせるようなことじゃないんだから。

 貴方にお願いしたいのは、あくまでも出来上がった商品を売って下さることなのだから」

  

 腕まくりをして腰を下ろし、せっせと桶で洗濯……ではなくてカラフルなジュースの容器を洗いながら、白塗りババァことリーアが目の前に立っている青年に言った。

 彼もまた上着を脱いでシャツを捲って、洗い終わった切り開かれた容器を、洗濯物干しにテキパキと干していた。

 

『相変わらず繊細で、まるで作り物のように完璧な美貌の持ち主よね。もう成人を迎えているはずなのに、未だに性別不明、いや、性別を超えた美しさだわ。

 その美の化身に、たとえ綺麗に洗った後だとはいえ、拾ってきたゴミを干させるとは、我ながら何をさせているんだか。

 人様に見られたら石をぶつけられそうだ。しかし、とにかく今は人手が足りなかったから、ついつい彼にお願いしてしまったけれど』

 

 リーアは心の中でこう呟いた。すると、普段はほとんど表情を変えないクールビューティーのリオ(アウレリオス)が、憤懣やる方ないという表情をしてこう言った。

 

「僕はこの作業を嫌がっているわけではありません。(むしろ貴女と二人きりで居られることは僥倖です)

 ただ腹立たしいんです。第三王女殿下の名声や人気はこのジュースのおかげでうなぎのぼりですよ。

 確かにジュースのおかげで雇用や税収が倍増して国も国民も万々歳でしょうよ。

 しかし光あるところには必ず影がある。その負の部分をいつも貴女にばかりに負わせているようで納得がいかないしスッキリしないんです。

 なんかいいとこ取りされて、そのあげく利用されているみたいで」

 

『へぇ? 自分のためにそんなに腹を立ててくれているの』

 リーアは意外だと思いながらもそれを嬉しいと思ってしまった。

 

 王宮に咲く白薔薇のように美しく輝いていて、妖精姫とか真珠姫とか呼ばれている王女を皆のように褒め称えるのではなく、その足にされて働いている立場の自分を思いやってくれるとは。

 こんな白塗りババァ、白壁魔女と揶揄されている女だというのに。

 彼女は自分の心がホッコリするのを感じた。そしてその後からなんだか少しずつ胸がドキドキしてきた。

 

 最初に会った時はなんてクソ野郎なんだ!と思ったものだが、今は彼を心底信頼している。

 あの時の暴言は実母や性悪なご婦人方の影響だったと聞かされれば、それは仕方なかったと納得できたし。

 

 リオからのしつこい謝罪が始まってから半年くらい経った頃、リーアは彼の素性を知らされたのだ。

 そして仕事以外で二人でいる時は、リオは素顔を晒していた。

 リーアも本当はそうしたかったのだが、諸事情でその時はまだ難しかった。しかし……

 

 リーアはジュースの容器を洗いながら、この時初めてリオに自分の身分を告げたのだ。実は自分は第三王女付きの王宮付きの役人で、彼女の実行部隊なのだと。

 

「リオさんが私のために怒ってくれるのは嬉しいです。でもこれが私の仕事なんですから気にしないで下さいね。

 王女の虎の威がなければ、今まで私が提案したものなんて絶対に採用されなかったでしょうからね。いくらそれがいいアイデアであったとしてもね。

 私は名より実を取る方がいいのです。それに名声はいりません。私が誰かの少しでも役に立てればそれでもう十分幸せなんですから」

 

 普段とは違う穏やかな微笑みにリオは胸がキュンとした。その笑顔が綺麗だと思った。そしてそれをすぐ側でずっと見ていたいと思ってしまった。

 リーアのことは好きだったが、友達として側にいられたらそれで十分だと思っていたのに、彼女の笑顔を独占したいと思ってしまった。

 誰かに対してこんな感情を抱くのは初めてだったので、リオは慌てて視線を外すと、洗濯紐に吊るされた切り開かれた紙容器を眺めた。

 

「それにしても、捨てられたジュースの容器を繋ぎ合わせて手提げ鞄を作ろうだなんて、よく思いつきましたね」

 

 リオが照れを隠すようにこう言うと、リーアも満足気にこう応えた。

 

「容器の絵柄がかわいいって評判だったでしょ? だから何かに再利用できたらって、最初から思っていたのよ。それに容器自体丈夫で耐水性があるし、これを捨てしまうなんて勿体無いわって。

 だから、女性が身に着けたくなる物、使いたい物を考えていたらパッとミニバッグが閃いたの。たまたまなのよ」

 

「だけど、その容器を拾い集めて教会に届けたら、僅かだとはいえ駄賃を与えるだなんて発想は普通ないです。

 おかげであっという間に街中が綺麗になりましたよ。それに子供達も小遣い稼ぎになると喜んでいたし」

 

「貧しい子供達を利用しているようで心苦しいんだけど、急を迫られていたから仕方なく……」

 

「気にすることはないですよ。小銭が稼げる上に、街中が綺麗になったと大人達に褒められるって、みんな嬉しそうですよ。

 それにその容器を縫い繋げる作業をしているご夫人達も、内職になると喜んでいますしね」

 

「本当?」

 

「ええ。しかもそのバッグの売り上げは福祉に回されるおつもりなんでしょ? 

 こんな素晴らしいアイデアが浮かぶだなんて、貴女は本当に素晴らしい方です。

 僕もせいぜい販売の方で頑張らせてもらいますよ」

 

 リオが笑いながらこう言った。

 

 

 そんなレオを見つめながらリーアは改めてこう思った。

 ああ、この人はいつだってずっと自分の味方になってくれていたなあと。

 自分でも嫌なくらい欠点ばかりで、人目を避けていたリーア。そんな彼女に真っ向から向き合って、全て難なく受け入れて、いつも励まし支えて協力してくれた。

 

 家族以外でリーアが食事を共にしたのもリオだけだった。彼は遠慮や気を遣うわけではなく、リーアが美味しそうに食べているメニューなら、間違いなく美味しいからと言って、同じものを注文してくれた。

 そして演技ではない幸せそうな、美味しそうな顔で食べるのだ。

 

 そしてこんな自分でも人の役に立てる……、そんな自信を彼女に持たせてくれたのもリオだった。

 この人の側にずっといたい。そんな思いをリーアは生まれて初めて持った。そのためには自分の本当の姿を知ってもらいたいと、先程自分は第三王女の関係者だと言ってみたのだ。

 

『早く私の正体に気がついて!

 頭が良くて、勘が鋭くて、観察力に優れた貴方ならすぐにわかるでしょ』と。

 

 しかし、頭脳明晰で国一番のやり手の商売人だというのに、自分に関することには鈍いらしい。

 友達から先の関係に進むためには、まだまだ時間と労力がいりそうだとリーアは心の中でため息をついた。そして、

 

「これからもよろしくお願いしますね」

 

 そうリオに向かって頭を下げたのだった。

 

 

  ✽✽✽✽✽

 

  

(カルヴァオス=バルクハルト侯爵の第三王女への結婚申し込みの話に戻る……)

 

 

「お前達は、第三王女殿下付きだという『白壁魔女』から第三王女の話を聞いたというんだな?」

 

 カルヴァオスがこう尋ねると、アウレリオスは眉間に眉を寄せた。

 

「兄上、リーア嬢です。『白壁魔女』なんかではありません」

 

「それは失礼。しかし何故そのリーア嬢は『白壁魔女』などと呼ばれているんだ?」

  

「少しばかり化粧が濃いです」

 

「少し? 確かお前は厚化粧の女を嫌っていたのではないか?」

 

「僕は彼女の内面が好きなのです。いいえ、彼女の全てが好きなので、厚化粧でもなんでも構いません」

 

 顔を真っ赤にして真剣な目で兄の顔を見つめながらこう言い切った末の弟に、カルヴァオスが目を見開いた。

 

「アバタもエクボ。恋は盲目ってやつですよ。兄上。

 その気持ちはわかりますよ。どんなに嫌味や皮肉を言われても、エメリルをかわいいと思ってしまうからな。近頃ようやくそのことに気づきました」

 

 ヘイリスもこう言ったが、さすがにこの発言にカルヴァオスは、残念な者を見る目になった。

 しかし、一つため息をついてからこう呟いた。

 

「お前達は人を愛せるようになったのだな。俺と違って。羨ましいよ」

 

 すると弟達はこう言った。

 

「僕達は兄上に愛してもらえたからこそ、人を愛することができるんですよ。兄上に守ってもらえたから、僕達も愛する人を守ろうと思えるのです」

 

「アウレリオスの言う通りだ。どんな辛い状況でも兄上は僕達を守り抜いてくれた。そんな情の深い兄上なら、僕ら以外の人のことだって愛せるはずだよ。

 自分は人間嫌い、女性嫌いだなんていう思い込みは止めてくれ」

 

 カルヴァオスは弟達の言葉に驚嘆した。女性を愛せる? この俺が?

 

「それでは俺は第三王女殿下を愛せるかな?」

 

 カルヴァオスが思わずこう漏らすと、さすがに弟二人は首を横に振った。そしてこう言ったのだ。

 さすがにそれはハードルが高過ぎて無理。だから、さっさと顔合わせの件を取り下げてくれと。

 

 するとそれを聞いたカルヴァオスは珍しく声を出して笑った。

 

「わかったよ。俺からの婚約の申し込みは取り下げるよ」

 

 その言葉を聞いて、弟達は不敬を働かずに済んだとホッと胸を撫で下ろした。しかし……

 

 

 翌日カルヴァオスは王宮に向かい、第三王女殿下との面会を申し出た。

 

「顔合わせはまた日を改めて期日を告げるといいましたよね?」

 

 と王宮担当の職員に言われると、彼はこう言った。

 

「私との顔合わせの申し込みは取り下げさせてもらう。それとは別用です。こちらの職員であるリーア嬢との縁談のことでお願いがあってやって来た。そう、お伝え願いたい」

 

「リーア嬢?」

 

 その女性職員は戸惑っている素振りを見せた。おそらくそんな名の職員はいないのだろう。やはりな。そうカルヴァオスはほくそ笑んだ。

 

「ええ。第三王女殿下にそう告げて頂ければ通じると思いますので、よろしく頼む。もちろん、今すぐお会いできるとは思っていないよ」

 

 

 カルヴァオスはそう言ったが、すぐに会ってもらえるという確信があった。案の定彼はすぐに王宮内の応接間の一つに案内された。

 そして間もなくしてそこに、光り輝く銀色の波打つ髪に、強い魔力を持つ証明である黒い瞳を持つ、絶世の美女が現れた。

 確かに噂に聞くような、好き勝手な要求をする傲慢な王女にはとても見えなかった。

 透き通るような白い肌をした王女は、どこか儚げな雰囲気を醸し出していて、弟アウレリオスと同じ二十歳のはずだが、まるで少女のような清純さが感じられた。

 

「リーアのこととは、どんなお話でしょうか?」

 

 挨拶が一通り終わると、すぐさま第三王女がこう尋ねた。

 

「いきなりの面会申し込みでありながら、目通りを許されたことを感謝申し上げます。

 リーア嬢のお話をこちらでしても?」

 

 カルヴァオスは第三王女の側に仕える侍女や護衛に目を向けてそう言うと、王女は目を見開いた。そして、カルヴァオスの意図を察して護衛と侍女を下げさせた。

 

「よろしいのですか?」

 

 男と二人で? という意味を込めてカルヴァオスは尋ねると、王女は笑った。

 

「私は見かけによらず強いのです。王城を一人で勝手に抜け出して自由に動き回れるほど。ご存知なのでしょう? バルクハルト侯爵?

 それで、リーアについてのお話とは何かしら?」

 

「実はヴァイス商会で働いている私の末の弟が、仕事を通してトランティア辺境伯のご息女のリーア嬢と知り合いになったようなのです。

 そして、もうずいぶんと長い間リーア嬢への想いを募らせているのです。

 しかし、弟は彼女に自分の想いを告げるつもりはないようなんです。平民では貴族令嬢である女性とは結婚ができませんから。

 上の弟には子爵位を与えられたのですが、下の弟には与える爵位がないのです。彼が貴族でいるためにはどこかに養子に入るか、婿入りするしか方法はありません。 

 

 実際に我が家には貴族の家からの婿入りの話は山のように来るのですが、弟はそれらを全て断っています。

 リーア嬢が婿取りの立場ならまだ結婚できる可能性があったのでしょうが、彼女は三女だということですから所詮無理な話です。

 

 それでも弟はリーア嬢への想いを秘めつつも、彼女の側にいたいようです。結ばれなくても、一生彼女の側で友人、仕事仲間として支えたいと言っていましたから」

 

「・・・・・」

 

「シェリーナ殿下、私は弟達を愛しています。特に末の弟は早くに両親と別れて寂しい思いをし、その挙げ句世間からの中傷に傷付けられて苦労をしてきました。

 そんな弟には、想い人と結ばれて幸せになって欲しいのです。

 ですから、リーア嬢が弟をどう思っているのかを私は知りたいのです。ですがリーア嬢は神出鬼没で、どうやったら彼女に会えるのかがわかりません。

 弟はよく逢っているようですが、弟には秘密裏に接触したいので、弟に頼む訳にもいきません。

 そこで図々しくも殿下に彼女とのコンタクトを取って頂きたいと、こうして参上した次第です」

 

「もし、リーアが侯爵の弟君を想っていたとしたらどうするのです?

 貴族と平民では周りから反対されるのは確実でしょう? いくら名門バルクハルト侯爵家出のご令息だといえど」

 

「私が弟を養子にして後継者とします。そうすれば問題はないのはないですか? 

 リーア嬢はトランティア辺境伯のご令嬢ですよね? いくら王妃殿下のご実家とはいえ、バルクハルト侯爵家では釣り合わないなどとは、さすがに仰らないと思うのですが。

 不遜な言い方になるかもしれませんが、我が家はたとえ王家とでも縁を結んで頂ける家柄だと自負しております」

 

 

 カルヴァオスの高飛車とも思える言い方にも、シェリーナ王女は鷹揚に頷いた。しかし、穏やかな顔から突如挑発的な目をしてカルヴァオスを見た。そして口の端を上げてこう言った。

 

「バルクハルト侯爵、たとえもしリーアの方も貴男の弟君を想っていたとしても、彼は絶対にその養子の話を受けないと思いますよ」

 

「えっ?」

 

 カルヴァオスは瞠目した。

 

「私は貴方の弟君がどういう方なのかは存じません。ですが、リオ=ヴァイスという方のことならリーアからよく聞いていますよ。

 リオさんはお兄様達をとても敬愛しているそうです。特に上のお兄様には幼い頃からずっと守ってもらってきたので、誰よりも幸せになって欲しいと願っているそうです」

 

「・・・・・」

 

「そのお兄様ご自身は人間嫌い、女性嫌いだと言っているそうですが、リオさんとすぐ上のお兄様はこう言っていたそうですよ。

 

『こんなに自分達を愛せる情の深い兄上が、僕達以外の人間は愛せないなんてことがあるはずはない。

 僕達はいつか兄が心から愛せる女性と巡り逢って、幸せな家庭を築けることを信じているし、それを気長に待ちます。

 どうやら我が家の血筋は、自分の感情に鈍いらしいので』

 

 と。

 ですから、リオさんがお兄様の養子になることはないと思いますよ」

 

 カルヴァオスは王女から話を聞いて茫然とした。弟達がそんなに自分のことを思ってくれているとは思ってもみなかったからだ。

 自分は長男なのだから弟達を守るのは当然だと思っていた。たとえどんなに煩く疎ましく思われたとしても。

 しかし、弟達も自分を愛し、大切に思ってくれていたのだ。

 カルヴァオスの瞳から熱い涙が溢れ出し、頬を伝って流れ落ちた。

 母親が家を出て行った時以来の涙だった。凍り付いていた彼の心が溶け始めた証だった。

 

 シェリーナ王女は慈愛の籠もった瞳でカルヴァオスを見つめた。そして、

 

「バルクハルト侯爵、リーアはリオさんが貴族だろうと平民だろうと気にしないと思いますよ。

 まあ、実際に告白されたり結婚を申し込まれているわけでもないのに、こんなことを言うのもかなり恥ずかしいのですが」

 

 と、顔を真っ赤にしながらこう言った。それを聞いたカルヴァオスが顔を上げた。そして眉間にシワを寄せた。

 

「今更ですが、リーア嬢とは王女殿下のことですよね? 

 いくらなんでも王女殿下が平民と結婚するだなんて無理でしょう。

 殿下を溺愛しておられる陛下や妃殿下、そして王太子殿下がお許しになるわけがありません」

 

 しかし、シェリーナ王女は事も無げにこう言った。

 

「あら? 私の結婚の条件を侯爵もご存知ですよね? 私との顔合わせを一度は希望なさったのだから。

 私は結婚するお相手に対してたくさんの要望を出していましたが、その中に身分の規定などはないはずですわ」

 

「えっ?」

 

 確かにそんなことは記されてはいなかったが、常識で考えれば、王女の嫁ぎ先なのだから、他国の王族、国内なら最低でも伯爵以上だろう。

 つまり下位貴族だって普通あり得ないのに、平民もその許容範囲だなんて誰が思う?

 

「両親も兄達も、私が幸せに暮らせて、思い切り持てる力を発揮できる環境を提供してくれる相手ならば、身分に拘ってはいないのです。この国の利益が一番という考えですから。

 私は、これまで皆さんに喜んで頂けるよう、色々な政策に関わってきました。

 しかしそれらが上手くいったのはほとんどがリオさん、いいえ、アウレリオス卿のおかげなんです。

 私がアウレリオス卿と結婚すると告げたとしても家族も彼の業績を知っていますから、結婚を反対したりはしないと思いますわ。

 それだけではなく、彼のこれまでの功績に対する褒美として爵位を授与してくれるでしょう」

 

「しかし、アウレリオスは一つだけ殿下の要求に応えられないものがありますよ。それでもよろしいのですか?」

 

「それは何ですか?」

 

 シェリーナ王女は小首を傾げた。そこでカルヴァオスはこう言った。

 

「アウレリオスがこのままヴァイス商会で働くとしたら、国中、いや他国にまで出張に出かけることになるでしょう。

 そうなれば、殿下からの呼び出しに一時間以内に応じるなんてことは絶対に無理です」

 

 すると王女はにっこりと微笑んで事も無げに言ったのだった。

 

「そんなこと何の問題もありませんわ。アウレリオス卿が私の元に駆けつけられないのなら、私の方が彼の元に飛んで行きますもの。

 だって、転移魔術を使えば一時間どころか、あっという間に移動できますもの」

 

 と。


 この後カルヴァオスの尽力で、アウレリオスはどうにかリーア嬢に想いを告げることができた。

 そしてその時初めて彼女がシェリーナ王女と知って仰天した。

 

 アウレリオスは何故兄がリーアの正体がシェリーナ王女だと気付いたのか、それを不思議がった。

 するとカルヴァオスは呆れた顔でこう言った。

 

「リーア嬢は白粉を厚塗りしていると言ったじゃないか。それはお日様アレルギーのせいじゃないかと思ったんだ。つまり第三王女と同じアレルギー体質だってことだろう?

 その時、王宮の経理担当者が言っていた言葉を思い出したんだよ。ここ数年白粉代の出費がやたら多いのが不可解だって。

 第一、第二王女が嫁がれたのだから減ってもいいはずなのにってね。それでピンときたんだよ」

 

 三兄弟の中で一番世間に疎いと言われてきた長男が、実は一番勘が良かったのだった。

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[良い点] 面白い。 対女性社交性幼児レベルからリスタートの兄貴の今後に期待。 [一言] 「第三王女殿下から呼び出しがかかったら、いついかなる場合でも一時間以内に駆けつける」 が蛇足かなと思います。 …
[一言] このお話とても好きです!主要人物たちがお互いのことを思いやってるところが素敵です。 是非、それぞれ三兄弟の恋模様の行方を知りたいです!よろしければ続編をお待ちしております!
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