彼の不穏と、彼女の不穏と、
「……そんなものは存在しない」
懐かしい経歴をそのかつての仲間から聞かされ、少し昔を思い出すが、ノーカはそれを否定する。
そしてその最中、キースから視線だけでその手首――袖で隠した腕輪の端末から手を放せと示唆され、仕方なしに罠の起動をやめた。
ただ気を使う必要が無い相手との会話だけで、まして上官の指揮を離れ発砲する様な兵士は要らんだろうと、彼が部下を止めたその瞬間、両者が自身から意識を外すであろうそのときを狙ったのだが、元同僚の、現役のそれはやはり鈍っていなかった。
ノーカは彼の上官としての顔を立て、彼の部下を一度だけ見逃すことにした。
大艦隊に囲まれた状況で、だが手首の端末から指先を放さないノーカに、その狂人染みた常識外の論理にキースはまだ彼の中身が全く兵士を引退していない事実に冷や汗を掻きながら、
「テメエまだその言い分通してんのかよ」
「承認された指令書も無しに作戦行動を取らせる部署は事実ないだろう」
ただの人殺しの集まりだとノーカは自覚している。
軍内部の噂、都市伝説のような話になっていたが、あれは正式な部隊ではなその作戦行動として保証する書類もない――軍という組織の後ろ盾、支援もない、いわゆる非合法員ですらなかった。
その殺害対象は、真っ当な処分が下されない軍関係者、重犯罪を犯した軍人や非道な兵器開発企業などで、仲間の目的はそれを始末し軍組織とそれに纏わる諸所を正常化することであった。その手口が死んだ人間の身分証を使っての潜入工作による抹殺で、その結果、ある日突然軍人が死に、その周りには既に抹消された軍籍――死体のそれがちらほら確認されていた為、『動く屍』や『幽霊』などと呼ばれる軍内部の怪談になったのだ。
本来、名前すら存在しない。
「しかしまあもう十年、いや、二十年近く前だったかぁ? あの頃は腐敗が特にひどくてよぉ、それを俺らが処分して……その中でもテメエが一番のキレてやがって、人を殺すってのに悪意も殺意も善意も無く……人間辞めてやがったんだよなぁ?」
「知らんな」
キースは何に、誰にひけらかすつもりか、否、無意味な自供か、無駄にへらへらとした口調でしかし、声がかすれるほど振り絞ったようにしているが、ノーカにとっては鼻に付くからと処分していただけだ。
その単に人を殺しても気に病まない精神性と技能を買われてのことだ、それ目当てに先任の殺処分の現場に巻き込まれ、その場でその人員として組み込まれただけである。善意や義憤に駆られたのではなく、だが同じ軍にそんな不穏分子が居ると迷惑だという点には共感していた。そんな奴らが身内に居たらストレスでおちおち寝ていられなかった為、暗殺に異論は無かったのだ。
おかげでそういう輩を処分した日はぐっすり眠れた……ある意味、その為にやっていたのかもしれないと今更思う。
タガを外した軍人を、野放しに抱えていればいずれ自軍は破滅する。そんなものを自分の周りに蔓延らせるつもりはなかった。
キースも巻き込まれた口で、彼は電子戦での支援を担当し、ケリーが作戦立案と現場指揮、マリーとノーカがそれぞれ戦場でそれを実行していた。司令は部隊で死体を運ぶ際、その処分場を手配する役割を担っていた。
生きる為に、邪魔なものは排除する。やるかやられるかなら、やる方を選ぶ。
それが何処ででも、誰であろうと。
そう選択し、そう行動した。
違和感なく、その殺伐とした思いが渦巻くノーカの――以前と変わらないその表情を見てキースは鬱陶しげに頬を歪める。
「――、……まあその経験を買われて、俺様もこの新しい特殊制圧部隊に召集されたわけなんだがよぉ……、――今遂行中の任務がそいつの確保――もしくは処分ってわけなんだがよぉ……それが元チームの嫁さんとはなあ……」
気を遣っているのか、既に慙愧の念でも持っているのか。声だけは笑いながら表情を変えないよう努力した、冷徹にも煮え切らない視線にノーカは隣のアンジェに振り向く。
もはや自分の一部となりつつあると認識しているそれを、いつものよう、何でもない平然とした様子で、
「理由は?」
「……ああ。最近宇宙のあちこちに、『神』を自称するカルトな宗教団体の教主様が『天使』を名乗る生物兵器を送り込んでその銀河を消滅して回ってるんだよ」
「世界の救済としてこの宇宙に存在する知的生命体とそれが創り出した文化や文明を滅ぼすとか言いやがってな。……もう既に幾つもの星域、銀河との連絡が途絶し、その瞬間が記録されてやがる……」
軽く肩を竦めながら、キースはあたかも頭が煮え切った様子で生え際が後退し薄くなった頭髪をごりごりと掻いた。
なるほど面倒な手合いだと、おかしな宗教団体とは何度か軍時代に当たったがためノーカにも分からないでもなかった。
実行力を持つカルト宗教は警察機構レベルでは手に負えず、それでも一応一般人なので対応に困る。少し変わった生活観を推奨する程度ならともかく、狂気のそれは特に厄介だ――そこで扱う思想から武器まで、その多くが常軌を逸しているのだ。
人間をその場で核爆弾に変える電波や、人を人のしがらみから解放するため液体素子に変換し数億人の巨大な生体端末にしその中で仮想現実世界を営む計画、別の人間をナノマシンで上書きして肉体と記憶、遺伝子ごと全て奪う手段など。どれも正気とは思えないものばかりだったが。
「……その天使とやらの特徴は?」
その、狂気のカルト集団――アンジェがその兵員、いや生物兵器であるというが、証拠はあるのかと。
それに、キースは頬を歪めてそれを話す。
「物理法則ガン無視した肉体強度で、一個体単独でのワープ能力と重力、空間、時間兵器、軍最新のそれを上回る能力を所持してやがるとんでもねえ生物兵器だよ。嘘でも誇張でもなくそいつ一個で銀河一つ一瞬で滅ぼせる。――見た目は背中にそういう綺麗な翼を生やして、頭の上に光る輪っかを乗っけてる」
そこまで聞いて、ノーカはゆっくりアンジェに振り返る。
確か、女医が言うには正体不明の生物であるらしい……なにより作り主、その素性共に不明。
宇宙害獣を素手でミンチより細かく吹き飛ばし、重力を無視して飛ぶし、大気圏外から落下してほぼほぼ無傷だった。
微妙に、心当たりがある。しかしその殴る蹴るで銀河を消滅可能とは思えない。もしかしたらその能力を田舎暮らしで使う場面が無かっただけかもしれないが。
そして背中の翼は、確かにとても綺麗だが……、
「……光る輪っかが無いんだが?」
「私にそのようなものは存在しておりませんが」
お前、そんなのどっかに隠し持っているのか? というそれに、ノーカは一安心、その胸を大きく張って、
「――だそうだが?」
「おいそれ! 容疑者の証言だぞ!?」
まあ確かにと。そこで念入りにノーカはその手で手品の種を確認するよう自らアンジェの頭頂部で右左縦横斜め手の平で何かを退かすよう横切るように動かした。 光学迷彩で隠れている様子はない。なら下かと、更にはその白金の長髪、その頭皮と毛根を爪先でより分け根元までじっくり観察する。そこに何かが埋没しているような感じも、エネルギー的な何かを形作りそうな器官も無い。
だが、その程度の事でばれる様な隠し方はしないだろうと、一先ず光輪については置いておくことにした。
そこまでして、調査がやや不快であったのかアンジェは不機嫌気な無表情でノーカの手を翼で横に除ける。悪かったと言うようノーカは乱れた髪を手の平で撫で梳き整え――やはりいつも綺麗だと、どことなく満足げに頷き、その優しい目にアンジェは翼でそっと彼の肩を自分に手繰り寄せた。
なら、他に決定的な証明手段は無いかと、
「……その生物兵器の遺伝子データはないのか?」
「イチャついただけじゃねえか!? ねえよ! 反応弾どころか陽子、反陽子砲に反物質兵器、挙句に空間兵器も超重力兵器もでも傷一つつかない幻想生物だぞ?!」
「……空想上の生物か」
……自分の妻、というところが特に? とノーカは脳内で思った。
目の前の男にはこれも刺さりそうなので、思うだけにした。
「――居もしないアンタの想像上の女かしら?」
言わなかったのに何故とノーカはマリーを目で抗議するが時すでに遅し、
「テメエだって未だ独身の彼氏無しじゃねえか!? しかももう四十路秒読み0.1秒ぐらいのくせに!」
「――んふふ?」
「え……オイその反応まさか」
「出来たわよ? 年上の渋くてロマンチストで高学歴で情熱的で素敵なおじさま♪がね? しかもあっちからのプロポーズ」
「嘘だろう?! なあ嘘だろう?!」
「その瞬間をこいつも目撃したわよ」
飛び火したノーカだが、せめて彼が真実から目を逸らさないよう、誠実に告げようと、
「……ああ。本当だ。そう……映画のような? 立派な告白を受けていたぞ? 正装で大きな花束を差し出されてて……すごく詩的に口説かれていて。……そのままデートに出掛けて、そしてその日、朝まで帰って来なかったな」
ひゅ、と冷たい風が彼の喉に吹き込む音がした。マリーはここぞとばかりにニヘラ、とキースを小馬鹿に見おろす笑みを浮かべた。そして、
「――これで誰も居ないのはアンタだけね?」
「……う、うわあああああぁぁぁぁぁ――ァァっ!?」
マリーの壮絶に悪い笑みに、物凄い形相で腰の銃を遂に引き抜いたキースがその部下たちに後ろから飛びつかれ必死に取り押さえられた。




