違和感を感じた時のこと。
それからノーカは、マリーに格納庫に鎮座した各メカの説明をした。
大昔の戦闘用機体(?)を農作業に使っていると聞いてまず爆笑し、その装備品は真っ当な物が存在しておらず全て廃品の魔改造か手製のDIYという所業に、正規の純正品にこだわりを持つ彼女は企業目線で難癖を付けて来た。
彼女の技能は艦船の操縦、特に戦闘艇の扱いに特化したものだが、機械の信頼性についての比重が非常にデリケートな傾向にあったことを思い出した。キースは機能、構造の独自性と最高数値重視で、ノーカは頑丈さと使い回しで他はどうでも、と見事にバラバラの三竦みだったこともだ。
そんな昔話をした後、
「……今日はこれからどうするんだ?」
「それなんだけど、とりあえず近場で宿を取ろうとは思ってたけど。ここに来るまでの間にそんなものないって言われちゃって、悪いんだけど泊めてくれる?」
「……二、三個先の恒星系まで行けば気の利いたホテルくらいあるはずだが? この辺りで遊んでいくなら、その辺りから観光地程度に人の数も文明も整っているし、不便もないと思うが……」
もうお互い顔も見たし、目ぼしい話もしたし結婚の事実確認もしたのだから、あ
とはもうここではない近場の恒星系で観光だろうかと思っていたのだが。ふと、
「……いやまて、お前どうやってここまで来たんだ?」
「え? それはもちろん定期便に乗せて貰ってよ」
「――自家用車両は?」
「あるわけないでしょ? こんなど田舎までの超々超長距離――逆に面倒臭いわよ」
まさかと思ったノーカだが、自身が初めてこの土地に来た時同じ事態に陥ったことを思い出す。外の見える範囲にそれらしき車両が無いからどこぞの誰かに送って貰ったのだろうとは思っていたが、つまり現状、元同僚は惑星外へ出ることは疎か惑星内の移動すらままならないということだった。
同時に、最初から寝床を集るつもりだったなと確信し溜息を吐いた。
野宿しろと言いたいところだが、危険な野生動物だらけのそこを対人のおもちゃ装備で放り出すつもりはない。ただ送ると言えば済むことだったが、素直にそれを受け入れるとは思えなかった。
「……仕方がない、アンジェに説明して来る」
「ありがと」
悪い笑みで感謝の辞を送ったマリーを背に、ノーカはアンジェの元へと向かおうとした。そこで、
「マリー」
「なによ」
「さっきの襲撃……本当にただの挨拶代わりか?」
まさか、自分を差し置いて結婚したというそれだけで野蛮な挨拶をしたとはノーカも思わないが、軍の演習と遜色ないそれであったと思う。それに余人が居て……本当にただ手紙の内容を忘れていただけかという疑問もあったのだが。
「――ええ。もちろん? それがどうかしたの?」
「……本当にそれだけか?」
「なにがよ」
「……いや、それなら別に良いが。……何か怒っていなかったか?」
「そう?」
「……ならいい。……だが、十年前……ちゃんとした相談も無しに、軍を辞めたこと、今は、済まなかったと思っている」
「ちょっとヤメてよそういうの……何も話さなかったわけじゃないし、あのときあたしだってそれが良いって言ったでしょう? アレ本気よ?」
「ああ、分っている。……だが皆ともっとよく話していれば、たとえ辞めるにしてももっと別の……ちゃんとした別れ方もあったのかもしれないと思ってな……。それだけは、俺は、間違っていたと思う……」
それを告げると、マリーは一瞬呆けていたが、やがて笑顔を浮かべ――それ以外何も表情を浮かべずスッと距離を詰めた。
そして、ズドン! とノーカの土手っ腹に腰の入った渾身の拳を打ち込んだ。おもちゃのような銃の衝撃より遥かに重く、分厚いその衝撃にノーカの体は『く』の字に折れ曲がった。それから、
「――気付くのが遅い!」
言って、それから柔らかくノーカを抱擁しその背中を叩いた、まるで母親が息子にするように。
苦悶の表情はない。バリアは効いている。しかし、確かにそれはノーカの腹に突き刺さった。
「……この十年、ちゃんと生きてたんだね。よかったよ」
「……ああ、そっちこそな」
ノーカも、男と女としてではなく、人間として抱擁を返して、そして元戦友から離れるのを待った。
この時初めて、かつて彼女に感じていた熱を、ノーカは地肌で感じた。
やがてマリーが手を解き、その目に少しだけ涙を溜めていたその顔を誤魔化し、手でぞんざいに追い払おうとするそれを確認し、ノーカは改めて踵を返した。
その背中を見送り、マリーはしばらく格納庫のメカとジャンク品をまたふと眺めた。どことなく、自分達が居た基地、それに似た空気のここは、彼なりにかつてのことを胸に留めていたからではないかと思った。
多分、それなりに居心地が良かったのではないだろうかと。
そして今、昔とは明らかに変わったノーカの事を思い、
「……流石に誘えないわよね……」
非常に困った顔をして、呟くのだった。
ノーカは母屋、裏の勝手口からアンジェが料理をしている台所に戻った。
新婚用、フリルだらけのひらひらハートマークの強烈なエプロンを身に着けたその姿を確認し、また酷く似合っていないと思いつつ、
「アンジェ、ちょっといいか?」
いつもより多めの昼食を調理していたアンジェは、そこで手を止め、隣にマリーの姿が無いことを確認し、
「どうされたのですか?」
「ああ。実はマリーが自分の車が無いから手頃なホテルまで行けないようなんだ。……それですまないが、彼女をここに泊めてやってもいいだろうか?」
「そうなのですか? ……では、夕食も三人分ご用意することになりますね」
微妙なニュアンスだ。あくまで仮定というそれなのか、既に決定事項というそれなのか。
「……いいのか?」
「はい。夫の旧知のご友人を、蔑ろにするわけにはいかないと思われます」
偽装のそれを努める、という意図を強く感じる。
それが何故だか、罪悪感ではなく心苦しく思い、
「……そうか。そうだな。俺は何をすれば、一番助かる?」
一瞬、直視をためらったようなノーカの顔を怪訝に見つつ、
「……では、マリー様のお相手を」
「分った」
ノーカの顔をよく観察しようとするアンジェに、ノーカは極力無表情に頷いた。アンジェに、無理ではないが苦労を掛けるという意識はあった、それで話は着いたとばかりに。
アンジェはまだ怪訝な視線をしながら、しかし料理に戻った。
その姿を、またノーカは見つめていた。アンジェもこの家の機器や家電を使いこなせるようになり、今はもう家仕事の割合はノーカが七、アンジェが三であった頃から逆転して、三と七で落ち着いている。
今は、物静かに料理に勤しむその姿だが――彼女もやはり目の前からいつかは消えて行くのかと、ノーカはまた漠然と感じた。
それを思うと、得も言われぬ疼きのような、違和感を覚えた。
彼女の背中を見ながらに、その虚しさに似た感覚に突き動かされ、
「――アンジェ」
「――はい。……まだなにか?」
「……いや……。なんでもない……」
しかし言った後、吸い寄せられるようアンジェに歩み寄る。なんなのかと、調理から手を放しアンジェが目で問い掛けてくる。
ノーカは、その頬に手を添え、顔の形を、睫毛の長さを、瞳の色を。
自然に、引き寄せようとした。アンジェは、腰に手を回され、爪先立ちにならざるを得ない程強く引き寄せられて。まるで自身の形全てを確かめようとするような抱擁に、その理由を確かめようと身動ぎした。
別の女の匂いが微かにした。そのことに、アンジェは刹那眉を顰める。
顔を上げ、しかし、そこで、そこにあるノーカの、いつになく動物的な、そして迷子のそれのような顔を――抱き締められたままに確認して、
「……何かがあったのですか?」
誠実に問われて、ノーカはゆっくりと腕を緩めた。
腕の中、真摯に耳を傾けるアンジェのまっすぐな瞳に、
「……もし……これから……」
「はい」
「……、……いや……もう少し、そばに居て貰ってもいいか?」
「……マリー様にですか?」
「……いいや。アンジェにだ……」
「……マリー様は今、お待ちではないのですか?」
「……そうかもしれないが……」
似たようなやり取りを今朝した気がしたが、それとは違う気がした。
その、ほんの微かな、今にも消えそうなもどかしさに、ノーカは喉が締め付けられた。そのほんの少しの衝動を、今どうにかしたく、もう一度と、彼女の許可を求めるほどに、ゆっくりアンジェを自身に傾けさせる。
理由などどうでもいい。ただこうしたい――
アンジェは、それにほんの少しだけ無表情に瞬きをした後、一度考え込むよう目を閉じ、その目に見えないノーカの感情に答えを出した。
「……分かりました。……もう少し、そばに居ればよろしいのですね?」
「……ああ。……迷惑じゃないか?」
「いいえ。かまいません」
アンジェが頷いたそれに、心底ほっとしながらノーカは、更にもう一度と、今度は存分に深く彼女をまた腕の中に抱いた。
しかし、臆病なのか誠実なのか、どこかおずおずとしたそれに、アンジェはエスコートするよう自らも腕を伸ばし、ノーカを引き寄せる。
次第に、まるで怯えながらに眠るよう目を閉じたノーカは、今度は、アンジェが顎を上げる仕草に気付き、目を閉じたまま互いの意思を確認し合っててからゆっくりとキスを重ねた。それが終わってから、アンジェは何もかも包み込むような慈愛染みた手つきで、ノーカの髪を優しく撫でる。
その温かさにノーカは動物的に、今度は安らいだ寝顔のよう目を細めた。……しかし、ふと焦げ臭い匂いに気付き、正気に返ったよう体を離した。
見ると鍋からジュ~~~~! っと、水気を失いソースが黒ずむ煙のような酷い音がしていた。
アンジェもそれに気付き、しかし慌てずノーカの腕から離れ、火を入れっぱなしの動力内臓型フライパンを切った。
ノーカは、ひどくバツが悪かった。
「……すまん」
「いえ。作り直せば済みます。ですが、マリー様はまだお待たせするのですか?」
暗に、続きをするのか――窘められている気がした。流石にもう拙いと思うノーカは、
「いや、すぐ戻る」
「――はい。昼食ももうすぐ出来ますので」
「ああ。分かった……」
言うもの、しかし、アンジェの立ち姿に、ひどく目を奪われる。
そのことに気付く。昨日から重ね重ね調子がおかしく――彼女に甘えてしまっていること。そして、甘えたいという衝動があるということから逃げるように、ノーカはぎこちなく裏の勝手口に向かった。
外に出て、ドアを閉める瞬間彼女の姿が目に収まり、それをまた酷く名残惜しく感じる脳を、強制的に閉じた。
ゆらり、ゆらりと、歩きながら、ふと立ち止まる。
先程、アンジェとの触れ合いを、務めや、努めてではなく、求めて自分の意思でした。衝動――言葉にならないそれではなく、明確にしたいと思いした。
どうしてか、どういうことか。分からない。なぜ、あんなことをしてしまったのか。考えながら歩みを進め格納庫に戻ると、人型重農機具の前で、マリーは今丁度腕輪の端末を閉じたようにノーカへ振り向いた。
ノーカはマリーに訊く。
「……どこかに連絡していたのか?」
ゆったりと走るような歩調で、マリーはノーカに歩み寄り、
「知り合いにね? 大分いじった跡があるけどそれを差し引いても見たことのない機体だったから。情報書庫で照合できないかなって。――で、どうだった?」
ノーカは、先程の自信の情痴的な行動を思い出し、人知れずまた打ちのめされつつ、
「……ああ。許可は貰った。後でお前からも礼を言ってやってくれ」
「助かるぅ~」
「最初からそのつもりだったろう」
「分かる? ……あっ、そうだ、ねえあなたたち二人の写真取ってもいい?」
「……何に使うつもりだ?」
「――賭けよ。賭けの証拠。本当に結婚してました、ってアイツらに送ってやるの」
なるほどとノーカは思う。曰く、大穴の大穴、誰も予想だにしなかったそれだ、要するにまだ誰も信用していないのかだろうと。もしくはここに来るまでに賭けの結果それ自体を知らせていないのかだと。
どちらにせよ確たる証拠を送ってからの賭け金の配当とゆくのだろうと。
しかし、と。
「……写真で信じると思うか?」
自分のことながら、たとえ画像の中、自分の隣に嫁が居て、それで信じられるかといえば、
「まあ八割がた『嘘だろ!?』『クソッタレ!』『死ね』『こん畜生!』『ヤラセだヤラセ!』だと思うわ。ここの住所知ったら強襲し掛けるんじゃない?」
だろうなとノーカも思う。ついでに、バカ騒ぎの為だけに妙に手の込んだ計画を立ててきそうだと。
同隊だけでなく、基地の面々を思い出せば、それが善意からの祝福だけでなく、言葉通りの野次と罵声に、賑やかしと、嫌がらせも明らかに含まれるだろうと。誰かが一言でも八百長疑惑を呟いたら、真実などどうでも良く、それだけで強襲に及ぶ輩が来るだ筈だと。
それも踏まえて、写真は、
「…………居場所をリークしないと約束するなら構わないが」
見せなくとも、目の前の女に手紙を送った時点でそれが吹聴される事は確定済みだッたということに気付いた。それならばどのみち諜報部隊が証拠固めに動くのは時間の問題である。ならばと、
「いいわよ? その代わり賭けの配当金(酒)、アタシが貰っても良いんなら」
「――全く構わない。一筆認めておこう」
その一筆に、配当はみんなで豪勢に飲み乾してほしい、と書き加えておけば、襲撃の可能性は減る。仮にあっても相当穏便なものになるはずだ、と。
同僚に対し不穏な事を考える傍ら、それでも軍の諜報能力を駆使しマリーが辿った航路から自身の居場所を洗い出しかもしれない可能性が存在することは否めないと思う。そこで、ノーカは早急に対人、対軍用の罠を多数設置する事を決めた。
その後、自宅周辺と畑に、何か怪しげな箱を埋めているノーカをアンジェは目撃するが、歓迎の花火だというそれを訝し気に翼をはためかせるも、夫のすることだからと彼女は聞き分けの良い妻の立場を務めた。
今回はここまでです。また一月ほど書き溜めてからの再開となります。




