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無くした者。

 やはりか、ようやくか、とも言わず。

 ノーカは変わらずそれを黙って聞いた。それこそ過去、彼女が酒を煽って、それでも酔い切れずに愚痴をこぼしたときと同じように。

 医者の薦め(ドクターストップ)だとマリーは言った。それまでは、隊を出てからの晴れての教導隊勤務で、そこで務める上で技能的にも最高の状態を保つ必要があったのだが、その激務で体に負担が掛り続け、ついにナノマシンによる脳機能の増幅と補助、補強を禁止された。

 宇宙空間における超光速、光速、亜光速という戦闘速度に人間の能力を対応させる為のナノマシン投与は一般的な兵士でも当たり前だが、それが使えないということは実質兵士として現役の引退勧告がなされたも同然だ。

 その後、戦場に生きる兵士ではなくとも、軍学校の教官ならこれまで培った技術と経験を生かすことが出来るだろうと、指導者としての道を宛がわれたということだった。

 が、そこで出来たのはやはり座学がほとんどで、

「……流石に、教科書テキスト読んで教鞭取るだけってのは性に合わなくってね……。どうしようかなあ……って。……航空会社ってのは、まあそこなら体に負担のかからない実機が動かせるし、もしできるならって話よ」

 ノーカは、かつての同僚を取り巻く様々なものも、自身と同様変わってきているのだと理解した。彼女の離職後の就職先も決まっている、という話ではないことも分かった。

 しかし、

「……で?」

「……で? ね。……そう言うと思った」

 だからなんなのかというノーカの視線に、マリーは可笑し気に苦笑する。

 そんなことをわざわざ言いあぐねたのか、嘘を吐くほどの隠し事なのかと目で問うそれを、

「……要するに、アンタと違って臆病風に吹かれた、って訳よ……。完全に軍人を辞める、それまでの時間に。……その後の生活にもさ? 怖気づいてるの。だらだらだらだらと、……まったく、情けないったらありゃあしない」

 元同僚は、自嘲気味に呟いた。歳をとっても人間の機微にまだまだ疎いそれを、咎めるでもなく、どこか、安堵するように。

 ノーカはもしかしたら、励まされることも、悲しまれることも嫌っていたのではないかとは思う。

 それを彼女らしくないと思うが。なるほど、とも。自身が辞めるときは、誇りもクソもなく、どこでだって生きて行こうとしていた、その時の自分は確かに怯えはなかった。

 そんな様子も見せなかったとそれと比べての思い切りの悪さを恥じているのかと。その理屈は分かった、理解した。しかし、

「……そういうものか?」

「ええそうよ? そういうものなの……」

 ノーカは、やはり励ますでも慰めるでもなく黙って彼女を見つめる。

 イマイチ、共感には及ばない。

 彼女が仕事に掲げていた理想は強い兵士(実力)最高の兵士(栄誉)正しい兵士(誇り)、シンプルにそれだった。が、それを維持できなくなったからか。兵士でなくなった途端その誇りが消えるのか。それまでの経歴やこれまでの生き様が――それはこれからの彼女の心根からも消えてしまうものなのか。

 変わるかもしれない、それを恐れているのか。分からない、だがしかし、自分が、変わるということがあることだけは身に染みてノーカにも分った。

 そして、ノーカは何の同情も無く隣に佇んだ。鑑みる。聞く限り、彼女の軍人としての経歴、これまでのそれもそしてこれからのそれも、理想的な航路だと思った。教導隊なんて軍人の中でも一握りしかいない特別な技能集団で、その後の軍学校の教官も、軍人の軍人たる精神まで考慮されなければ採用などされなかっただろう。

 これから彼女が選ぶであろう兵士を辞めたその後も、そのスキルと経験を活かした仕事ができるのだ。彼女ほどの腕と経験を持つパイロットの判断なら、一般のその乗客に危険はないだろう、それはとてもいいことだ。

 だが、自身に勉強を教えてくれたときも彼女の指導は分かり易かった。

 今、座学を務めているという教官職は彼女の天職だとすら思う。

 しかしそれは彼女が望まない事で、生き甲斐が、生き方が消えるというなら、それを辞めることに異論はないと思う。それを伝えるべきか――それは、押しつけではないか。

 彼女は、これからどこへ進むのか。それとも、彼女が言う通り、だらだらだらだらと、怯えながらに、怖気づきながら時間切れに背中を押されるのを待つのか。

 それは、これまでの生き方に拘ればいい、というわけでも、ただ新しい生き方を探せばいい、という問題でもないのだろうとも、思う。

 しかし、

「……それなら、これから――」

 その上で、その中で、何をしたいと思っているのか。否、どうありたいと思っているのか。

 そこまで考え、そう問おうとして、自身の結果を鑑みる。

 そこで、何が来て、何が変わったのかといえば、と、


「……安心しろ。大して変わらない」

「は? いや、アンタ今何か別のこと言おうとしたでしょ」

「ああ。だがそれはそれほど重要じゃないことに気付いた。ウダウダ考えるな。兵士であることもそれ以外をやることも大差などない。……だから俺もこうしてやってこれたんだろう、でなければお前たちの言う通り宇宙海賊だったんだ」

「いや、海賊って、せめて傭兵でしょ」

「じゃあ傭兵崩れだ。……それもだんだん年を取って使えない老兵、老害になって不様に死んで終わりだった筈だ。今ただでさえ白髪が増えたとか体力が落ちたとかあるからな……現役として最前線に立つことを考えるのなら、どう見積もってもあと三年が限度だろう。後は足手纏いだ。だから最近、あのとき軍を辞めておいて本当に良かったとも思っているくらいだ。……あのまま軍人を続けていたら、本当にどうにもならなかったのは今ならよく分かる。……逆に、続けていても、ただの軍人として、死なずに歳で退役して、年金暮らしをしていたかもしれないがな」

「――あんた、何が言いたいのよ」

「しらん。俺が言うことじゃない」

 溜息を吐く。

「……だが……、おまえは、自分の仕事とか、主義とか、生き方とか……誇りだけでなく……そこに居る、自分の周りに居る人間と、どう付き合うかを考えた方がいいんじゃないのか?」

 どこまでも戦っていける、と思っていたわけではないが、どこまでも戦ってやろうとは思っていた。根拠のない意気込みだけの見通し、これを若気の至りというのだろう。しかしそのどれを選んでも、そこで止めようと続けようと上手く行く保証はなかった。

 それを他人が勇気づけようとか励まそうなんて、ある意味で無責任だとノーカは思う。仮に、そうして死んでも後悔はしなかったと思うが。ただ、今から生きる場所がうつろうというのなら、その時――それを思い、ふと、アンジェや、レナ、他の面々の顔が思い浮かんだのだ。

 もし今から棲む場所を変えるとしたら、未練を残すとしたらそれだろうと。

 今、生きる場所を変えるとき失うとしたら、その中で、替えの利かないものは、“人”ではないかとノーカは感じたのだ。

 先日、アンジェとあんなことを話したからか、ふと頭の中を、彼女が、通り過ぎて行ったのだ。


 もしかしたら、あのとき、後悔していたのかもしれないと思う。

 確信とまでは言えないそれに、マリーは目を白黒、そして丸くし何度も瞬きをして、笑っていいのか爆笑していいのかと堪えるよう表情を歪めたかと思えば、顔を洗うよう両手で揉み、そのまま短い髪をグシャグシャ洗髪するよう掻き乱した。

 そうして、心の何か洗い流したのかやるせない苦笑を浮かべて、

「……はぁ、あたしもいよいよヤバイわ……あんたなんかに人生の何たるかを教わるなんて……」

「今すぐ帰るか?」

「ごめんごめん。褒めてんのよ。……確かにあんたの言う通りだわ。あたし、自分のことしか考えてなかったわ……」

「……それで?」

「……もうすこし今の同僚とか、受け持った生徒とかと顔合わせて話してみるわ……あたしの好き嫌いじゃなくね?」

「……そうか。きっとそれがいい」

 それから奥歯に物が挟まったよう頬を歪め、訓練中、誰かに一本取られた時のよう、彼女が執念を燃やす表情を、ノーカは黙って見届けながら感じる。仕事はそれを通して誰かの何かに付き合うものだが、その中に、誰かや何かの役に立った自身が存在し、同時にその人との繋がりが存在するが。元同僚にとって仕事を失うことで失われる誇りは、実は自身が軍人としてどうこうというそれより遥かにその部分が大きかったのではないかと。

 でなければ、他人の為に、なんて理由でそんな簡単に決断しないだろうと。過去、自身の勉学を指導していたときも、途中から彼女自身の方が熱心に、そして、単位を取得する度に自分の事のように喜んでいたそれを思い出していると、

「まあ、流石結婚した男ってところかしら? 守るべき人が出来たってのは、やっぱり違うのねえ……」

「……そうか?」

「そりゃもう――言葉の熱? 重み? 温かみってのが前と比べて全然違うわよ。そもそもこんなこと自体話さなかったし、本当に変わったわ」

 粗野な男くさい仕草に、ニヤニヤと、そういう意味が含まれたイヤらしい笑みを浮かべながらいう。

 本当に、微々たるものしか変わっていないと思うのだが。他人の目から見て、そうなのかと甚だ疑問に思う。

「……そんなことはない筈なんだが……」

 だが、守るべきもの、優先事項というそれではない、今、守りたいというそれが確かに存在していることには自覚があった。

 それが――他人から見て、変わったように見えたのか。

 だとしたら、それはいいことなのか、一人の人間としては間違いなくいいことなのだろうが。兵士としてはよくないと思い、しかし、もう兵士ではないのだとも自覚して。

 結局、自分は自分なのだろうとノーカは結論した。

 それなら、納得できた。

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