真意。
思い出話と近況報告をあらかた終えると、マリーは前のめりに、
「――ねえ、隣にやたらデカい格納庫があったけど、アンタひょっとして自分の船持ってんの?」
ノーカに訊ねるそれは爛々とし、何かを期待している様子だった。
多分に、第二の生業にパイロットを選ぶほどの彼女の趣味の問題だろうと、その理由を聞かずとも理解しつつ、
「ああ。概ね仕事用だがな、古い機体だ。それで宇宙塵の掃除をしながら、その中からジャンク品を集めて売ってる」
どんな機種かとキラキラしたそれが返ってくることを予想したノーカだが、それに反し何故だかマリーは胡乱な顔をし、
「……あんた、農業だけじゃなくそんなこともやってるの?」
「ああ。それがどうした?」
「いや、つくづくアンタも男なのねエと思って」
半ば呆れたような顔をして言う。
詳しく訊けば、機械いじりが好きな中年が勢い余って始めるとか、趣味の分野に収集癖を持つ男が、それを嗜み継続するための時間と資金を求めて同輩相手の商売を行うとか。古物回収や再生業を好んで始めるらしい。そこには自慢の収集物を見せ合い同士と喜びを分かち合う、というそれも含まれているらしいが。
要するに趣味を共有できない家族ではなく外の世界にそれを求めてのことだとか。
お金を持った趣味人は、肩身の狭さの割りに随分と行動力が活発なようである。マリーは誤解しているようだが純粋に金が欲しくて仕事として始めた自分とは大違いだとノーカは思った。そして古物回収にもジャンルは多々あるが、男はその中でも特に趣味的な車両、クラシックな宇宙船や人型巨大重機が多く、市場も動く金もデカいということだが。
当然、ノーカはそれに心当たりがあり、
「……ウチにもあるな」
「――やっぱり! 見せくれるんでしょ?」
何故断定なのかとノーカは思うが、休日の日中、他の農業を薦めるわけにもいかず、何もないこの土地では仕方がないかと。
もう話すことも無いだろうし、と、やはりアンジェに目で許可を求め、頷きが返ったのを確認する。
そして、ノーカは決して家族に迷惑を掛けた趣味ではない、と自負しながら、マリーを伴い格納庫へ向かった。
アンジェは、お客様の分も含めて昼食の用意をするからと、少し早めに台所へ向かった。その際ノーカが引き留め、その耳朶に「続きは夜」とアンジェが無表情ながら身を震わせるほど秘めやかな声を注ぎこみながら、慣れた様子で彼女を抱擁し、しばしの別れだからと無表情にその唇へ――互いにキスし合った。
耳にまだ渦巻くこそばゆさを振り払うよう彼女が横髪を整え、台所へとその身を隠すよう入るその姿を見送り、振り返るとかつての同僚がかつてない表情で――
それは、笑っているのか、引いているのか、恥じらっているのか、驚いているのか面白がっているのか分からないそれ全部な苦笑いをしていた。
昔の自分ではありえないということぐらいは分かるが、それにしても大げさなので、ノーカはこれはもしかして夫婦として異常なのか?と疑念が湧き訊ねた。
『――これくらいは普通じゃないのか?』
『――あ、ああうん、そうね……普通、より相当に仲が良い部類だとは思うわよ? ……こう、恥ずかしくないのってくらい? ……少なくともパパとママはしてなかったし……』
小声で何やら育ちの良い事を言った挙句、更には、アンタ結構ねっとりとするのね……と、若干目を逸らされ内股気味の恥かし気に言われ、夫婦の狭い常識を今更知った。
だが幾つもの死線を潜り抜けた女軍人ですら恥じらう程なのか、挨拶とはいえ気持ちを込めれば必ずあれくらいの秒数は掛るのだがと。しかし今後どうするかと今夜早速夫婦で新たな常識について話し合おうとノーカが決めたそんな中、歩き巨大格納庫に到着した。
側面の壁、貨物の運び出しに使う両開きの扉、その隣にある人だけの出入り用のドア――その鍵を開け中へとマリーを案内する。
入ってすぐの横隅には作業用のパワーローダー、未仕分けのジャンク品、仕分け済みの完全廃棄品が置かれていた。
格納庫中央には巨大な金属の魚が床から生えた懸架台に緩衝材付きのロボットアームで保持されている。そしてその向こう側、斜向かいの壁際に人型の重農機具が機械のベッドに仰向けで寝ていた。その装備品は隣の巨大なロッカーとラックに整備され並べられている。脇には運搬用の円盤型飛行機械が鎮座している。
ノーカにとっては見慣れた光景だが、マリーにはやはり違うのだろう、パイロットの血が騒ぐのか、何度空気を入れ替えても焦げた金属と油の酸化した匂いがするそこを居心地よさげに歩き、眺めながら、ふと、
「……そういえば、あんた前から機体の整備中に顔出して色々とつるんでたわね……」
「ああ。自分の身を預ける道具だからな、知らないでは済まされないからな」
また思い出話をする同僚に、ではなく、話題自体にどことなく懐かしい空気を感じる。
装甲強化服、人型巨大機動歩兵服、最新技術で作られた艦艇、それらの性能、機能的構造や運用論などは戦場でそれを扱う上でも必須だ。中破、小破しながらの騙し騙しの使い方や、故障個所の応急処置は今の収入にも活きているのだから、やはりやっておいて損は無かったのだとノーカは思う。
そして、しかし、と、
「……で? 何の話だ」
骨董品や中古品の機械の見物を要求した割に、居心地良さそうにはしても、さほど興味の無いようそこら辺を眺める同僚に、訊ねる。
本当は何か、別の、余人がいると話せない何かがあるのではないかと。元軍人の、過去の経験と現在の様子から勘ぐったそれにマリーは何でもないよう笑い、
「――ううん、別に? にしても結婚かあ……。まさかアンタに先越されるなんて思わなかったわ」
「……ああ、まだだったのか?」
「仕事が一番忙しくて、楽しい時期だったからね。おかげでいざ相手を探そうとしたらもうこんな歳よ。――顔の皺もそうだけどオッパイだってもう垂れが誤魔化しようがないのよ? ほら」
彼女は自慢げに自分の手で下から上にぼよんぼよんとする――同僚の女性はこんな下品だったろうかと思い返し、こんなだったかと思うが、懐かしさよりあの頃感じなかった残念さに険しく目を細める。
「……まずその下品さを誤魔化せ」
言いながら、もし彼女が結婚していたら、先程、軍を辞めたくだりで話していたのだろうと。そして今更、その隣に誰か男か家族《子供》を伴いここにやって来たのかと思い至った。
そして、先を越された――そうか、自分は戦友を置き去りにしたのか、とも、思わなくもないが……やはり、今のアンジェとの関係が偽りであるというそれを思い出し、何故だか陰鬱になった。
「――なに? あたしを置き去りにした事、気にしてんの?」
「……なんだそれは」
「――ハッ、昔の恋人気取りって奴よ。……どう?」
頭の後ろで手を組み、自慢の乳房を前に突き出すよう背を反らせ、口を小さく半開きにした、下品なヌードグラビアのようなポーズを止めた元同僚に、ノーカは本当にもう二度とやらないでくれと思った。素っ裸で何もポーズを取らずに気取らず練り歩いた方が気高い彼女はよほど綺麗に見えるだろうと。
「心底似合わんな」
「あっはっはっは! 言うと思ったわ。……それにしても本当に変わったんだねえアンタ」
「何がだ……」
「いやね? 正直基地のみんな、アンタが辞めた後、普通の生活なんて出来るわけがない、すぐに宇宙海賊か犯罪者か、また傭兵でもやってるだろうって賭けてたのよ。……そこでバカな死に方選んでたら残ってる奴ら、勝った奴らで死体に酒ぶっ掛けてやろうって。……そうじゃなくまともで幸せな人生送ってたら負けた奴全員で酒を送ってやろうって。……それがどう? 大穴も大穴よ。仕事に趣味に、家に嫁まで持っちゃってさ? おまけに農場付きよ? ああもうやってらんないわ……」
昔話の続きか、祝福しているのか貶しているのか、何故だか寂しげなそれに、彼女は本格的にどうかしてしまったのかと思うが、おそらくその口ぶりから、どうも彼女も大きくスッたらしいとノーカは想像した。
しかし、嫁に関しては偽装なのである意味イカサマになるのかと思うと同時、ならば自分は何も変わっていない、そう思うがしかし、やはりアンジェの顔が思い浮かびそれを言えなくなった。
何も無い、とは言えない。
……確かに、少しずつではあるが、変わってきている。
彼女が来てから。一人では本質的に何も変わらなかった十年が。少しずつ。
彼らが、そしてマリーが賭けに負けた原因を思い――賢明なそちらへ賭けたことに同情し、だが、そもそも博打を愉しむ気は無かったのではないかと思う。
「――何笑ってんのよ」
「いや。……賭けを愉しむ気が無かったのか、と思っただけだ」
自分の表情に酷く驚く元同僚に、はたして今自分は笑っていたのかと思うが。
要するに、願掛けとか、激、のようなものだったのだろうと。ただ単に、騒いでいなければやっていられない、そういう生き物だと思っていたその正体が、誰かが消えるたび、何かにつけ騒いでいたその理由に今更至る。
だから、勝ちでも負けでも、賭けであろうとどんな別れであろうと、酒を飲んで大騒ぎしていたのかと。
そして、その掛け金の行き先として、
「……あと……酒は要らん。不味い。そちらでどうにかしてくれ」
「そこは変わってないか。……まあどうしようもないわよね、あたしも嫌いな銘柄とかあるし」
また懐かしがるように、そして、小石も無い格納庫の床、それを蹴るように素振りした。
それから、
「――実はさ、まだ、軍を辞めてないんだよね。航空会社じゃなくて今は士官学校で教官やってんの。……で、そこを辞めようかと思ってたのよね……」




