ネコたちと未来
「―――おはようアイラ!すごくいい天気よ!」
朝からとても可愛らしい笑顔だ。
弾んだネコの声は、夜のことなど忘れてしまったかのようにいつも通りだった。
いや、いつも通りというにはあまりにも幸せそうで可愛すぎる気もするが……まぁ、悪いことではないと思う。
それよりも、その後ろの方からこちらを見ているミオさんの方が気になる。
いつも通り素敵な笑顔が怖い。
ちょ、やめて!ほんとやめて!そんなに見ないで!そんなにじっと見られたら俺、穴が開いちゃう!!
「――えっと……あ、ああ、おはよう……。」
そんな状況の中、可愛らしく声を掛けてくれたネコへとなんとか挨拶を返す。
我ながらよく頑張ったと思う。
「……アイラさん。おはようございます。」
すぐあとにミオも声を掛けてくれる。
ミオの方をチラリと見るが、無意識の内にミオの威圧的で素敵な笑顔から、ネコの純粋な可愛らしい笑顔の方へと目を背けてしまう。
「――アイラ!ご飯できてるわよ!早く食べに来なさい!」
ネコは言葉こそ命令形ではあるが、その声はこれ以上ない程にご機嫌な様子だ。
「……ああ、分かった……ありがとう。すぐ行くよ!」
「――うん!待ってるわね!」
更にニコリと笑い、返事をしてパタパタと幸せそうにネコが食事の支度に戻るのを見送って俺は体を起こす。
身体は大分軽くなり、昨日とは比較にならない程に回復したと思う。
少し疲れのようなものは残っているが、きっと寝不足のせいとかだと思う。
それに、これくらいなら問題なく動けるだろう。
さて……せっかく呼びに来てくれたんだし、さっさと食事を頂きに行くとしよう。
それよりもミオさん。
俺、そんなに見られたら本当に穴が開いちゃうからやめて。
食事はご飯とみそ汁、焼き魚だった。
一般的な日本の朝食のようなメニューだ。
ミオたちの分まで用意してくれたネコには本当に感謝しかない。
魚そのものは昨日ミオやユキちゃんたちが一緒に捕りに行ったものではあるらしいが、これだけの人数分のものを作るのは手間が掛かっただろう。
ちなみに、ヤコは昨日からいないらしい。
「――いただきます!」
みんなに食事が用意されたのを確認し、シキちゃんがそう口にした。
「じゃあ俺も……。ネコ。いただきます。」
シキちゃんの声を受けて、作ってくれたネコにお礼をしつつ俺も同じことを口にする。
「美味しくできたと思うから、残さず食べてよね?」
そう言いつつ当然のように俺の横に座っていたネコは、俺の方へニコリと笑顔を向ける。
早速食事を頂く。
お、美味いな、この魚……。
ミオの作る食事も一手間掛かった工夫や味付けがされていて美味いのだが、この魚はそういったものとはまた違うような……自然の味をそのまま活かしたような味だ。
食べ方をよく知っているのだろう。
味付け自体はきっと塩だけなのだろうが、魚自体が相当に旨いこともある。
捕った場所の水がいいのかもしれないし、あるいは捕り方だったり鮮度がいいのもあるのかもしれない。
「この魚、美味いな!」
感想を口にする。
すぐ隣のネコがなんだか嬉しそうにしている。
「――はい!そのお魚、ネネさんと一緒に捕ったんですよ!」
だが、実際に口を開いたのはベルだった。
「そうだったのか、頑張ったんだな。」
「はい!頑張りました!――ね?ネネさん!」
きっと楽しかったのだろう。
ベルは一緒に頑張ったネネちゃんにも話を振る。
「――え?あ、あう……は、はい。ベ、ベルさんと一緒に頑張りましたぁ。」
「そうか。ネネちゃんも頑張ったんだな。」
「は、はい……。」
褒められた瞬間、ネネちゃんは照れて大人しくなってしまう。
「……あ……わ、わたしも……。」
ユキちゃんが何か言いかける。
「――私も頑張ったんだよー!褒めて褒めて―!」
だが、ユンがそれを遮る。
「そうか。ユキちゃんもシキちゃんもユンも、みんな頑張ったんだな。偉いぞ。」
そう言うとユキちゃんとシキちゃんは嬉しそうな顔をし、食事に戻る。
「――そうでしょー?偉いでしょー?私は山菜とかキノコとかいっぱい採ったの!」
ユンはまだ褒められ足りないらしい。
と言うかユン……やはりお前が山菜の類を採って来たのか……。
「……そうか、ユンもよく頑張ったんだな。本当に偉いぞ!」
二度目は少し大袈裟に言ってみる。
「――でしょー?えへへー……。」
ユンはようやく満足してくれたようで大人しくなる。
そして俺は気付く。
本来なら最も気を遣わなければいけなかったはずの二人の視線がこちらを向いていることに……。
「えっと……アイラさん?」
「ちょっと……アイラ?」
同時に二人の声が聞こえる。
気付くのが僅かに遅かったらしい。
ミオとネコはムッとした顔で俺の方を見ていた。
「……あ、えっと……み、ミオは……ミオは、みんなのことありがとな。ミオがいてくれて良かったよ。」
「――そうです!ユンさんなんか勝手に動き回って大変だったんですから!」
「……あ、ああ……本当にありがとな。みんなが無事に帰ってこられたのもミオのおかげだよ。いつもありがとうな。」
「――もう!アイラさんってば、仕方ないんですから……。」
ミオは何とか許してくれたようだ。
「……えっと……ね、ネコは……昨日一日ありがとうな。」
「――そうよ。わたしだって本当は忙しいのにあんたなんかのために頑張ったんだからね!」
「ああ、ネコがいてくれて本当に良かったよ。ネコがいなければどうなってたか分からなかった。」
「――わ、分かればいいのよ…!分かれば……つ、次はないんだからね!わ、私だってアイラのために頑張ったんだから……。」
どうにかこの場は収まったようだ……。
「――ていうかそれです!ネコさん!いつの間にアイラさんを名前で呼ぶようになったんですか!?」
ミオが再び前のめりに質問をしてくる。
なるほど、そこに気付いたか……そこに気付いちゃったかぁ……。
「――にゃ!?べ、別にいいでしょ!大分親しくなったんだし!な、名前で呼ぶくらい普通じゃない!」
「……し、親しくって……もしかして、何か親しくなるようなことでもあったんですか……!?」
ミオは天然のくせに、こういうところは鋭い。
「――んにゃ!?な、な、な、ないわよ!べ、べ、べ、べ、別に!!」
ネコは顔を真っ赤にして答える。
ネコよ、それはあったと言っているようなもんだぞ?
気付けば、ベルやユンたちはとっくに食事を終えている。
これは切り上げてしまってもいいんじゃなかろうか?
「――え、えっと……みんな食べ終わったみたいだし……そろそろ……な?」
俺は話を中断させるため誤魔化すことにした。
「……アイラさん?」
「ちょっと……アイラ?」
直接言われてはいないが、俺の名を呼ぶというだけで俺に逃げないよう強制してくる。
片付けようと立ちかけた俺は再び座るしかなかった。
他の四人は極力その空間に飲み込まれないように細心の注意を払いながら黙々と片付けを進めている。
「アイラさんのは、私が片付けておきますね?」
ベルは慣れた様子で小声で言い、俺のものもついでに片付け始める。
「――それで、じゃあ、どういうことなんですか!?」
「――だ、だからそれは……!え、えっと……。」
ネコがミオに圧されている。
「何か説明できないようなことなんですか?」
「だ、だからそうじゃなくって……。」
きっとネコは俺のために誤魔化そうとしてくれているんだと思う。
そうであれば、俺はネコの味方をしないわけにはいくまい。
「――すまんミオ!俺がそうするように言ったんだ。ネコには大分世話になったわけだし、俺もネコをネコって呼んでるからな。」
「……そうなんですか?」
まだ疑っているようだ。
「そうなんだ。だから、ネコも俺のことを名前で呼んだらどうかって俺から聞いたんだ。――な?ネコ?」
「――そ、そ、そ、そうね!そうだった気がするわ!」
……ネコ……それじゃあ、バレバレだぞ……。
「……それとも、ミオはそのくらいのことでも何かまずい理由があるのか?」
仮に俺が相手ではなかったとしても、ミオだって自分が心の狭い人間だとは思われたくないはずだ。
「……別に、そういうわけではありませんけど……。」
ミオが少し大人しくなる。
「なら、名前で呼ぶくらいいいだろ?」
実際はそれ以上のこともしている気もするが、今はこの場を収めることの方が大事だ。
「…………分かりました。今回はそれでいいです……。」
完全に納得はできてない様子だが、ミオは何とか説得に応じてくれた。
一悶着あったあと、俺たちは食事の片付けや出掛ける支度を済ませ再び集まる。
シキちゃんがお茶を用意してくれたため、場の空気は少し柔らかいものになっていた。
みんなに集まってもらったのは俺の頼みだ。
本当は食事の時にでも言おうと思っていたのだが、それができなくなってしまったため再びみんなに集まってもらうように頼んだ。
「――それで早速なんだが……俺たちはまた川の上流の方へ行こうと思う。」
俺はみんなの聞く準備が整うなり、いきなり本題に入った。
「――え?なんでよ……?」
最初に聞いてきたのはネコだった。
「……前に川の上流に行った時に、泰々さんって人に会ったんだ。その人の話がちょっと気になって……もう一度話を聞きに行こうと思う。」
俺は事実を伝える。
話というのは合戦の話だ。
加えて、ネコから聞いた元居た住処を追い出された話や、ネコたちが生き辛くなっていることについて少しでも解決できればと思い行動することにした。
正直、泰々さんの言う合戦に関しては泰々さんに味方をするべきかどうかも分からない。
戦争やら合戦なんていうのは、お互いが正しいと思っていること同士がぶつかり合ってそうなるもので、どちらが正しいのかどうかの優劣をつけるのは難しい。
もちろん、一方的な虐殺や、どちらかが明らかな正しさを持っているなら話は別だが、今回はそういった類のものではないと思う。
要は、人間同士のいざこざ、喧嘩と同じものだと思う。
そうであれば、その確認のためにも再び話を聞いて、自分たちにとって有力な方を使わせてもらうのがいいだろう。
もちろん、この場合の有力というのは、ネコたちが生きて行きやすくなる方という意味だ。
それが、俺たちがネコたちにできるせめてもの恩返しになるとも思う。
「……そ、そうなんだ……。」
ネコは意気消沈する。
「……ああ……。ネコたちには色々しておいてもらって何もお返しできてないのにすまない……。それと、ネコたちさえよければ、またここに戻ってきたいんだけど……いいかな?」
言いながら、自分の身勝手さにネコたちに申し訳なくなる。
「――――そ、そんなの……!いいに決まってるじゃない!――バカなの!?絶対戻ってきなさいよね!!」
ネコは嬉しい返答をくれる。
「……ありがとう……。それじゃあ、俺たちは早速向かおうと思う。ミオ、ベル、ユンもそれでいいか?」
「はい、もちろんです。」
「私もです。」
「アイラさんが行くなら付いて行くよ!」
三人の肯定の返事を聞き、俺たちは立ち上がる。
そのまま外まで出ると、送り出してくれるためなのかネコやユキちゃん、ネネちゃん、シキちゃんも外に出てきてくれる。
「――それじゃあ行ってくる。色々とありがとうな。」
ネコたちに向けてもう一度お礼を言う。
「――ぜ……絶対に戻ってきなさいよね!待ってるんだから!」
「……ああ、行ってくる。」
絶対に戻ってくるから待っててくれとは答えられなかった。
似たようなことは何度もあったが、今までも出て行く時は絶対に戻ってこられる保証はなかったからだ。
出発の空は快晴で雲一つない。
幸先はいいだろう。
寂しさからなのか泣き出しそうなのを堪えつつ下腹部に手を当てていたが、笑顔で送り出してくれるネコの姿には頼もしさを感じた。
この何も分からない場所で助けてくれたネコたちのために、少しでも何かできればいい。
俺はそれだけを胸に目的地へと向かう。
目的地へは容易に到着することができた。
前に一度往復した道だ。
前回よりもさらに簡単だった。
だが、大変なのは到着してからだった。
前は橋の反対側で行われていた争い。
それが、橋のこちら側で行われている。
いや、橋のこちら側の区域を占領させないよう、ギリギリのところで耐えていると言ってもいいのかもしれない。
そこら辺には死体や武器も転がっている。
それは泰々さんの着ていた鎧と同じ印の入ったものから、泰々さんの戦っていた相手の印の入っているものまで様々だ。
思わずその光景に呆然としてしまう。
「――貴様らぁ!!なにをしている!!」
声のした方を振り向く。
ユンのいる場所……いや、ユンに向かって甲冑を着た男が刀で斬り付けようとしている。
まだ距離はある。
俺は、死体のすぐ傍に落ちていた刀を拾い、鞘から抜く。
――重い。
振り上げられない程ではないが、俺が普段両手に持って振り回している短剣よりもずっと重い。
だが、それが分かってしまえばあとは短剣の要領で振ればいい。
鞘から抜き取りそのままの勢いで、ユンに向かって振り下ろされる刀に向かってその刀を振り付ける。
――ガキィン!!
弾く。
俺の刀の切り払いは、まるでそうなるであったかのように甲冑の男の刀を弾き飛ばした。
それを有利と見て俺は男の背後に回り込む。
「――ユン!!」
甲冑の男を挟んで対面側にいたユンに逃げるように促す。
甲冑の男は俺の方へ振り向く。
俺は甲冑の男に刀を突きつけ、ジリジリと追い込んでいく。
――ズルっ!
――バシャーン!!
甲冑のせいで視界の悪い男は、背後の川まで追い詰められたことに気付かず、足を滑らせ川に転落する。
上手くいった。
まだ状況が何も分かっていない以上は誰も殺したくないし、ミオたちにも誰も殺させたくはない。
そうそう何度も上手くいく方法ではないだろうが、この方法なら殺すことなく相手を無力化できるだろう。
「――おお、お主等!やるではないか!」
聞きなれたカパカパという蹄の音。
そして聞きなれた声とさらにガッハッハという笑い声。
「――泰々さん!」
「うむ。すまぬが今お主等に手を貸してやれる余裕はない。生きるのならば自分たちで凌いでみせろ!」
泰々さんは言いたいことだけを言って、再び激戦の行われている中へと戻って行く。
「――ミオ、ベル、ユン!」
俺は三人の名前を呼ぶ。
解釈はなんでもよかった。
名前を呼ばれた三人は各々で戦闘に備えるだろう。
いや、ユンだけは別か……。
それに気が付き三人の方を見ると、ミオは槍、ベルは弓を持って備えているが、ユンだけはおろおろとどうすればいいのか分からない様子だ。
「――アイラさん!」
ベルが俺の名を呼ぶ。
ユンのことはどうすればいいのか?とでもいった意味だろう。
「――ミオ、ベル。三人でユンを守りながら戦う。敵は殺すな!」
「「はい!」」
二人の返事が聞こえる。
最も戦闘が激しいと思われる場所は弓矢や投石が飛び交っていた。
中には火の付いたものまでが飛んでいる。
火矢というやつだろうか?
剣や槍、甲冑のぶつかる音、人の雄叫びも聞こえる。
俺たち三人はユンを中心にし、背中を向けるようにしながら三人で周囲を警戒する。
本来ならば今すぐにでも逃げ出したいところだが、もしここで逃げ出してネコたちのいる家に戻れば、今度はネコたちが巻き込まれてしまうかもしれない。
それだけは何としても避けなければならない。
つまり今俺たちがやるべきことは、この激しい戦闘が落ち着くまで凌ぎ続けなければいけないということだ。
幸い激戦地からは離れているが、武器を持ってこんなところに立っていれば襲われても文句は言えないだろう。
かといって武器を手放せばそれはそれで襲われた時に反撃することができない。
どうあっても今はここで凌ぎ続ける以外の選択肢しか存在しないというわけだ。
「――おおおっ!!」
早速甲冑の男が斬り掛かってくる。
「――てりゃあああ!」
――ガキィン!!
刀と刀がぶつかり合う。
刀は確かに重いが、刃物を振るうという意味ではいつもの要領だ。
短剣と違うのは、片手に一本ずつ持てるようなものではなく、両の手でその柄を握るということだろう。
もちろんその分刀身が長く、敵の攻撃を受け流すという意味では有利な面もある。
また、俺の持つ刀にとっては今はほとんど関係ないが、切れ味もいい方だろう。
それを作った鍛冶師の腕にもよるだろうが、切れ味という意味では刀に勝るものは存在しないと思われる。
もちろんウォーターカッターなどの特殊なものは除いてだ。
それと対峙しなければいけないというのは中々に厄介でもある。
一撃でも食らってしまえばそれは致命傷となりえるだろう。
「――アイラさん!!」
槍を持ったミオが俺と対峙している相手へと矛先を向ける。
矛先を突き出されたことによって男は後ろに下がらざるを得なくなる。
あとは位置取りが重要だ。
そのままミオの矛先を突きつけながら、相手に自分の後ろに注意を向けさせないように俺が刀で切り払いながら後ろへと押し込んでいく。
――ズルっ!
――バシャーン!!
二人目だ。
こうして凌ぎ続ける。
「――せやあああっ!」
気を抜く間もなく別の足軽がミオに襲い掛かってくる。
――キィン!
その矛先を横から刀で払い除ける。
今度の敵は槍を持っている。
ミオに対峙してもらって正解だろう。
俺はユンの守りに専念する。
槍というのは非常に厄介だ。
いや、最強の武器といってもいいだろう。
もちろん使い手の技量次第で最強にも最弱にもなるだろうが、武器単体として見た時に最も強い武器は槍だと言える。
槍は刀と違って刃毀れがない。
あるいは、刃毀れがし辛い。
刀はその刃で斬り付けるものだが、槍は射し穿つ武器だ。
それ故に刃毀れせず、さらには動きも読まれ辛い。
刀の線の動きというのは予測が可能となるが、槍の動きは点だ。
真っ直ぐに進んでくる武器を弾くというのはどんなに戦いに慣れている者でも難しい。
更には槍には長さがある。
その突くという動作を攻撃手段としているために長さが必要であり、その長さが強みともなっているのだ。
そうなると賢い人間ならば当然思い至るだろう。
そうであるならば、銃や弓こそが最も強い武器なのではないかと。
遠くまで届かせられるという点ではそうかもしれない。
だが、銃や弓には回数に制限があるのだ。
銃であれば弾、弓であれば矢だ。
実際俺も銃弾には頭を悩まされている。
それ故に、槍こそが最強の武器となる。
そんな最強の武器を携えた相手と、いくら要領が同じとはいえ使い慣れていない刀を持った俺が勝てるわけがない。
そうであれば同じ槍を持ったミオ、そして弓を持ったベルがその援護をしながら対処するのが最も適切といえるだろう。
槍を持ったミオと槍を持った足軽の距離は、ギリギリ矛先が届く距離だ。
――ガンッ!
槍同士をぶつけ合う。
その先で突くためではなく、相手の槍の自由を奪うための攻撃だ。
――ピシュッ!
そこにベルが足軽の足元に向けて弓を放つ。
致命傷にならないような場所に当てて怯ませるのも一つの手段かもしれないが、ベルも初めて使う武器だ。
それが精一杯だろう。
むしろ足元に向けて放てただけでも大したものだ。
思惑は上手くいき、足軽を槍の先が届かない位置まで下がらせることができる。
あとは位置取りだ。
「――てやああああ!」
ミオはわざと槍を大きく振るい相手を下がらせる。
――ピシュッ!
そこにベルが下がった足元を目掛けてさらに下がらせる。
もう一押しだ。
「――ミオさん!」
ベルのその声は矢が切れたことを知らせるものだった。
「――はい!」
ミオのそれは返事だったのか、あるいは槍を突き出すための掛け声だったのかはわからない。
ベルの声を聞いたミオは、槍を振るう動作から突く動作へと切り替える。
――ズルっ!
――バシャーン!!
その突然の変化を避けようとし、槍を持った足軽は川へと落ちて行った。
そして、まるでそれに合わせたかのように状況が変わる。
「――――引き上げだー!!!陣を払えー!!!」
これ以上にない程の大声だ。
俺ではあの声量は出ないだろう。
どうやら、泰々さんから見た場合の敵軍の大将がそれを宣言した。
泰々さんたちが勝ったということだろう。
敵軍と思われる甲冑の男たちが引き上げていく。
俺たちが川に落とした連中も同様だ。
それを見た泰々さんたちの部隊も引き上げていく。
「「「「――はぁ…………。」」」」
俺たちは緊張感からの解放で四人揃ってその場に座り込んでしまう。
魔物相手とは別の緊張感だった。
やはり人間同士での殺し合いというのは遠慮願いたい。
一時の沈黙。
「…………ミオ、ベル、ユン大丈夫か?怪我はないか?」
俺が最初にその沈黙を破る。
「はい、大丈夫です。」
「私も大丈夫です。」
「アイラさーん、怖かったよぉ!」
それぞれ無事を確認できる返事をくれる。
ユンに至っては半泣きだ。
今日はこのまま泰々さんの所へ行くのは止めて、ネコたちの所へ帰った方がいいかもしれない。
泰々さんたちも勝利の余韻で話どころではないだろうし、そもそも話すべき内容に関しても今この瞬間を持って消滅している。
敵軍の大将が生きているというのは少し気になるが、それは泰々さんたちの問題だろう。
ネコたちには大分カッコつけて出てきてしまったのでかなりカッコ悪い気もするが、みんな無事なら何よりだろう。
時間で言えばおそらく午前中には出てきているため、日が暮れるまでもまだ時間がある。
このまますぐに帰ればこの間のことのようにもならないだろう。
「……よし、ネコたちの所へ帰ろうか。」
「――え?ネコさんたちの所へですか……?」
分かるぞミオ。
カッコ悪いのは承知の上だが、今は疲れた。
これ以上は何もしたくないんだ。
分かって欲しい。
「みんな無事だったんだし、一度引き上げた方がいいと思うんだ。」
本心だ。
断じて疲れているのでさっさと帰りたいというのを正当化しようとしているわけではない。
「……アイラさんがそう言うのでしたら……分かりました……。」
ミオは思うところがあるようだが、とりあえずは了承してくれたといったところだろうか?
「ベルとユンもそれでいいか?」
「はい。私は構いません。」
「私もー。」
二人の賛成も得られた。
俺たちは、ネコたちのいる家へと帰る。
森の中。
ネコたちの家へ帰る途中。
半分以上は過ぎた頃だ。
俺たちのいた所、合戦のあった辺りをなんとなく振り返る。
――煙だ。
煙がもくもくと上がっている。
ぼうっとそれを眺めていると、見る見る内にその煙は大きく広がっていく。
「――アイラさん。どうかしましたか?」
俺の挙動不審に気が付き、ベルが聞いてくる。
「――――ベル……あれは……?」
嫌な予感がし、ついつい聞いてしまっていた。
「……なんでしょう?煙……でしょうか?」
俺と同じ方を確認し、ミオが見たままを答えてくれる。
どうするべきか。
一瞬考える。
「――帰ろう。」
俺は自分の直感を信じて足早に帰ることにする。
あと少しだった。
もう少しでネコの家に着くといった頃。
――もう一度振り向く。
先程見えていた煙は、もはや煙とは言えない程に広がっていた。
その根元は赤くなっている。
これは……火だ。
しかもただの火ではない。
焚き火とかその辺の木を燃やしているとか、家が一軒や二軒燃えているとかそういう話じゃない。
――森だ。
上流から下流にかけて森が燃えている。
燃えたのが上流であったため、下流に向かって燃え移るのは遅い様子ではあるが、風向きが悪い。
弱い風ではあるが、下流に向かって吹いている。
それに、これだけ大規模の火災となれば、人の手でどうにかできるものを超えているだろう。
「――あ、アイラ!!」
ネコの声だ。
既にネコの家には近い。
この辺を歩いていてもおかしくないだろう。
そもそもここはネコと初めて会った場所だ。
何の因果かまたここで会うとは……。
ネコは、ユキちゃんやネネちゃん、シキちゃんも連れてきている。
散歩で来たのか何かを感じ取って来たのかは分からない。
「……ネコ……一体なんだ……?あれは……?」
ネコに会えたことを喜ぶよりも、ネコに会ってしまったことによって、俺はもう一度振り向いてしまった。
そして口に出していた。
その恐ろしい光景を目にして。
ネコは俺の視線の先を視る。
「――――え……やだ……なんで……嘘……なんで?……燃えてる……森が……燃えてる……!やだ……なんでよ!なんで燃えてるのよ!――やだ!やだぁ!!何でよ!!ダメ!私たちの森が……私たちの家が……燃えちゃう……やだ!やだ……なんで?なんで燃えてるのよぉ!!」
それを見て錯乱しているネコの表情には絶望しか映っていない。
そのまま体をふらりとさせる。
倒れかけたネコは、俺が支えていなければそのまま地面に倒れ込み消えてしまうのではないかと思うほどに絶望していた。
ネコの絶望ももっともだ。
俺たちの目に映っている火事は、既に対処のしようがない。
ここの文明が進んでいないからとかそういう話ではない。
仮に俺が知っている消化設備が今ここにあったとしても、あれを消すことはできないだろう。
本来なら緑で覆われたはずの森は、今は真っ赤になってしまっている。
人間の力や技術ではどうしようもない程に燃え広がっている。
以前、雪崩と対峙したことがある。
あれと違うのは上手く逃げさえすれば、命までは落とさないで済むということだろう。
だが、それ以外のものは全て失うことになる。
この森も、そしてその森のすぐ近くにある作物や建物も同様だ。
ここまで燃え広がってしまえば、あれは自然災害といってしまって違いないだろう。
理由は分からない。
場所から考えるならば、再び合戦が再開されたことによるものか、あるいはあらぬ方向に飛んで行ってしまった火矢なんかが原因かもしれない。
そうであったとしても、仮に理由が分かったとしてもそれを追求したところで何の意味もない。
あの火災は既に手の施しようもない自然災害の類だ。
もしあれをどうにかできるものがあるとするなら、同じ自然の力、雨でも降ればどうにかなるだろうが……今は快晴だ。
出掛け際に幸先が良いと思われた天気は、最悪なことに快晴だった……。
「――ネコ!逃げるぞ!!」
逃げるしかない。
ネコたちを守るためには、火の届かないところまで逃げる以外の選択肢はなかった。
「――いやよ!これ以上どこに逃げろって言うのよ!!もう私たちが逃げられる場所なんか……あるわけないじゃない!!」
泣いている。
泣きながら叫んでいる。
泣き叫んでいる。
心からの言葉だろう。
ネコの気持ちやら感情やらはたったそれだけの言葉にすべてを乗せて放たれている。
今ここに至るまでにも色々なことがあったのだろう。
ネコは泣き叫んでしまうほどに色々なことを我慢し続けながらここまで頑張ってきたんだと思う。
その全てを改めて理解する。
そうであるならば、あれは俺がどうにかしなければならない。
ネコのために。
これからもネコたちが、ここで安心して生き続けられるようにしなければならない。
――――だが、どうやって?
ここでは魔法が使えない。
ミオたちにもそれは確認済みだ。
ミオに水を掛けられた際にもそれは魔法による水ではなく、汲んできた水だということも分かっている。
魔法が使えるのならばまだ少しくらいはどうにかできたかもしれない。
だが、それすらもできない。
気持ちはある。
なんとかしたいという強い気持ちはあるが、どうにもできない。
やはり泣き叫ぶネコをどうにか説得して連れて行くしかないのではないか?
再びその考えが頭を過ぎる。
……ダメだ……どう考えてもあの真っ赤な地獄と対峙する方法が思い付かない……。
気持ちだけが先走り、もどかしい気持ちでいっぱいになる。
――でも、もう一度くらいやってみてもいいんじゃないか……?
もともと魔法は想像力をベースに使っていた。
それがおかしい考えなのは分かっている。
この期に及んで自分でも何を考えているのだろうかと思う。
いや、こんな時だからこそ頭がおかしくなってしまったのではないかとも思う。
俺の知っている魔法の使えない方の世界でいくら亀仙人の型を真似ても光線が出せないのと同じように、ここはそれができない場所だ。
だがその反面、それができている場所のイメージも頭の中には存在する。
そうであれば、今俺に泣縋っている守るべき人の……ネコのためにもう一度やってみるくらいはいいのではないだろうか……。
――俺は決心する。
――頭の中に、燃え盛る真っ赤な地獄、それを消し去れるほどの大量の水をイメージする。
――その大量の水が、全てを覆えるほどに大きく広がって行く様をイメージする。
――その広がりきった水が、天から地に向けて巨大な地獄を消し去るかの如く降り注ぐ。
頭の中での工程は完璧だ。
あとは技名でも叫んでみるとしよう。
この巨大な自然災害に対抗し得るような自然の力を。
「――――ヘビーメイク、レインウォーター!!!」
俺は両手を空に掲げ、空を見上げる。
我ながら思う。
なんて安直な、格好の悪いネーミングセンスなのだろうと。
――結果。
空は快晴のままだった。
何も変わらない。
当然だろう。
いくらイメージが完璧でも、できないことはできない。
なんて馬鹿なことをしたのだろう。
周りから見ても頭のおかしいやつだ。
大きな溜息とともに肩の力が抜け、俯く。
――数秒後だった。
俺の股間が……光っている!!
いや、違うな。
正確にはポケットに入っている何かだ。
この場所で目を覚ました時に手の中に何かを持っており、その際にとりあえずポケットに入れておいた何かだ。
ポケットから出してみると、それは眩い程に光り輝いている。
その光り輝いているものは玉の形をしており、命が宿っているようにすら感じられる。
さらには不思議なことに、妙な親しみも湧いてくる。
ネコに起こされ、ミオたちの心配とリネアがいないことに落胆していたため、それどころではなくとりあえずポケットに入れておいたものだ。
……なんなんだ……これは……?
そう思った時だった。
大きな影に覆われるのが分かる。
辺り一帯が暗くなった。
上を……空を見上げる。
黒い煙……いや、雲が、まるでこの光り輝く玉に呼応するように……その光が作りだしているかのように、どんどん大きくなっていく。
「――アイラさん!!」
空を見上げていたベルが口にする。
その顔には希望が見える。
そうだ、この黒い雲は……。
「――雨雲だ!!」
なぜこの光る玉にそんな力があるのかは分からないが、これが本当に雨雲であるのならばみんなは助かったということになる。
「――アイラさーん!」
ユンが俺のことを呼びながら近寄ってくる。
ミオとベルも同様に俺の所へ駆け寄って来た。
その時だった。
――ぽつっ、ぽつっ……。
最初はほんの少しの雫だった。
その雫はあっという間にザーという音を立てて降頻る。
「――ネコ!!雨だ!!」
そう声を掛けたネコは、目から大量の雨を零しながら嬉しそうにしている。
「――アイラー!!」
俺の足元に縋りついていたネコは嬉しそうに立ち上がり、まるで小動物のようにぴょんと抱き付いてくる。
「――よかったな!ネコ!!これなら火も消えるぞ!!」
「――うん……!うん!!」
ネコは嬉しさのあまり言葉が出てこないようだ。
代わりに俺を抱きしめる腕にギューと力が入る。
綺麗に火が鎮火されるまで一頻り降り続けた雨は、まるで役目を終えたとでも言わんばかりに晴れ始め、空には虹を描く。
それに合わせるように光り輝いていた玉も光を失い、ただの玉へと戻った……。
――だが、俺たちにとってはそれで終わりではなかった――。
「――――っ!!あれは……!!」
そこにあるはずのない暗闇。
そこだけが全く違うものとして、異様な黒い空間が口を空けている。
その空間が前と違ったのは、俺たち四人を優しく吸い込むようにその内側へと吸い寄せていることだ。
……ああ……俺たちのここでの役目は、これで終わったということだろう……。
「……アイラ……?」
ネコが不安そうな声で俺の名を呼ぶ。
ネコもなんとなく気付いているのだろう。
これでお別れだと……。
「……ネコ、色々とありがとうな。本当に助かったよ。」
「……アイラ……行っちゃうの……?」
「……ああ、ネコがいてくれて本当によかったよ。」
「……アイラ、行かないでよ……ずっとここにいて……?」
「…………すまない。それはできないみたいなんだ……。」
それを聞いてネコは俯いてしまう。
沈黙。
ネコはようやく顔を上げ、俺の方を向き直る。
「…………私も!私もアイラと会えてよかった!!ありがとう!すごく楽しかったわ!!本当に、ありがとう!!」
ネコは泣き出しそうになるのを精一杯我慢しながら笑いかけてくれているのが分かった。
そうであるなら、俺もお礼はしっかりと言うべきだろう。
「……ああ、ネコ。俺の方こそありがとう。本当にありがとう。」
俺は、ミオとベル、ユンの四人で手を繋いで暗闇の中へと入っていく。
俺たち四人は……いつの間にか意識を失っていた。