二人きりの一日
「――――ごぶぶぶぶぶぶ!?おぶっ、ぐ、ぐるしぃ!おぼっ――溺れっ!!」
俺は、目を覚ますと同時に溺れていた。
と言うよりも、息ができなくて目を覚ましたのだと思う。
ようやく大量の水から解放され、ゲホゲホと咳き込み、呼吸を開始できる。
「―――おはようございます。アイラさん?今日も素敵な一日ですよ?」
素晴らしく……いや、とてつもなく怖い笑顔でミオ様が俺を起こしてくださった。
となると、この水は魔法なのか普通の水なのかは別としても、ミオの手によるものだとは思う。
だって、俺の目に映るミオの存在が全身でそうだっていってるんだもの。
さらに、俺を映すミオの目はゴミを見るような目ですねありがとうございます。
……なぜそんなに怒っているのか?
それを聞くため体を起こそうとした時、すぐにその理由が分かった。
これがハーレム系主人公ってやつだな。
あられもない姿の、小さくて可愛い女の子たちが起きたばかりの俺の身体の手足に抱き着いているのだ。
――ありがとうございます!!
さて、参ったな……。
どう言い訳したもんか……。
……ん?おや?体が……動かない……?
手足に抱き着いているユキとネネとシキに優しく退いてもらおうとした時にそれに気が付いた。
正確には動かないわけではない。
だが、凄まじい倦怠感で腕を上げるのも辛かった。
「――ミオ、すまない……。話ならあとでいくらでもするので、今は起きるのを手伝ってくれないか?」
「……なに言ってるんですか?ロリコンさんのアイラさんが人に甘えていいわけないじゃないですか?」
ですよねー……。
ミオ様は今日も素敵な笑顔でいらっしゃった。
「……ミオの言いたいことはよくわかる。でも……今は助けてもらえないだろうか?」
その言葉を受けて、ミオの顔は素の表情に変わる。
さらに、クエクションマークを浮かべたような顔で俺のことをじっと見る。
「――あら、おはよう。どうかしたの?」
そこにネコがやって来た。
「――ああ、ネコ。おはよう。なんか体がめちゃくちゃ重くてな……。すまないが起きるのを手伝ってもらえないか?」
ネコはそう言った俺と、ユキたちの方を見てははぁんそういうこと……とでも言いたげな顔をする。
「……あんた、今日一日はそのまま寝てなさい。迷惑掛けたみたいだし、今日は私が面倒見てあげるから。」
ネコは言い捨てるように言う。
「……え?なんで?……どういうこと……?」
俺は当然、訳も分からず聞き返す。
「……ネコさん?どういうことですか?」
ベルが口を開く。
ベルたちも俺と同じ疑問を持ったようだ。
「いいから任せなさい。今日一日はろくに動けないと思うから、あなたたちはなにか他のことをしたらどうかしら?」
「……はぁ。他のこと……ですか……?」
ミオはなんとも言えない曖昧な返事をし、考え込んでしまう。
特に当てがないからだろう。
本来なら、それを決めるのは俺がやるべきことでもある。
「……んー……そうね。特にないなら……あなたたちさえよければ、この子たちと一緒に食料を採って来てもらっても構わないかしら?」
ネコはミオたちに提案する。
「――わかりました!それでしたら、私たちにもできると思います!」
ネコの提案を聞き、考え込んでいるミオを余所にベルはそれに同意してしまう。
「――え?……えっと…………仕方ありませんね……。他にできることもないようですし……。」
ミオは少し慌てた様子になったが、俺の方をチラリと確認し、諦めたようにそう返事をした。
「それじゃあ……朝ごはんはできてるから、さっさと食べてこの子たちをよろしく頼むわね。」
ネコはミオたちにそう言い、ユキちゃんたちを起こし始めた。
「……俺は今日、こうして寝ているしかないんだろうか……?」
そんな独り言を呟いた時だった。
「――まったく……しょうがないんだから……。」
溜息混じりのネコの声が聞こえる。
朝食を済ませ、ミオたちを送り出し、戻ってきてくれたのだろう。
それなりに待たされはしたが、弱った心と体に誰かが近くにいてくれるというのは嬉しく感じる。
「――あ、ネコ……。」
「……悪かったわね。あの娘たちが迷惑掛けちゃったみたいで……。」
「――え……?それはつまり……全て知っているということでしょうか?ネコ姉さん。」
ネコの全てお見通しといったような言葉に思わずギクリとしてしまった。
「――何よその呼び方。まぁ、見てたわけじゃないけど……大体はね……。」
ネコは何か思い当たることがあるらしい……。
「そ、そうなんですね……。」
ネコがどこまで知っているのか……どう言い訳をするべきか……そんなことを考えてしまう。
「――それよりもほら、お腹空いてるでしょ?あんたも食べなさい。」
だが、ネコはそんな俺の心配など関係ないとでも言ったように、俺の朝食の準備をしてくれている。
「……あ、えっと……ありがとう……。」
「お礼なんかいいから温かい内に食べちゃいなさい?」
そうしたい気持ちはあった。
だが、体を起き上がらせられる気がしない。
「……ネコ……その……すまない……。」
「……ああ、そういうこと……まったく、本当に仕方ないんだから……。」
俺が最後まで言い終わる前にネコは気付いてくれたようで、寝ている俺の横にしゃがみ込む。
「……本当にすまん……。」
「……別にいいわよ……。ちゃんとあの娘たちを見てなかった私もいけなかったんだし……。」
そう言いながら、ネコは俺を抱き起こすような形で座らせてくれる。
俺も全く動けないわけではないのだが、凄まじい倦怠感……あるいは疲労感と言ってもいいのかもしれない。
そのせいで、腕を動かすだけでも一苦労だったため、補助をしてもらえないとほとんどなにもできない状態だった。
まるで、介護でもされているような気分になってくる。
もし今、俺のことを殺そうとするやつが現れれば、難無く殺されてしまう自信すらある。
「……まったく……ほら、さっさと食べちゃいなさい。」
自分もいけなかったという割には、呆れているような声でそう言ってくる。
「……あのぉ……ネコさん……?」
そう、俺は腕を上げるのも大変だった。
せめて用意してくれた食べ物を手渡すくらいはして欲しい……。
「…………し、仕方ないわね……。」
ネコは少し頬を赤らめながら、用意してくれた器を持ち上げる。
……なぜ顔が少し赤いのだろうか?
その器から、栄養満点かつ熱々の野菜やら山菜の……スープと言っていいのだろうか?それを掬い上げ、俺の口元へあーんと運んできてくれる。
「――え……っと……あ、熱そうですね……?」
想定もしていなかったネコの行動に驚き、そんな言葉が出てきてしまう。
「――――っ!!も、もうっ!――わ、わかったわよっ!!」
そう言いながら、俺の口元から美味しそうなスープを引っ込めてしまう。
――しまった……怒らせてしまったのだろうか……?
そう思った直後だった。
ネコはふーふーとその熱々のスープに息を吹きかけ冷まし始めてくれる。
確かに熱そうではあった。
いきなり口に入れていれば熱さで吹き出してしまうほどに湯気が出ていた気もする。
冷ましてくれるのは……とても嬉しい。
色んな意味で。
「…………え、えっと……ネコ……?」
顔を赤らめながら、スープを冷ますために一心不乱に息を吹きかけているネコに声を掛ける。
「――ほ、ほら!これで冷めたと思うわよ!ほら!あーん!!」
怒っているような、照れているような、そんな顔をしながら俺の口へとスープを運んできてくれる。
それを口に含むと、ネコはそっぽを向いてしまう。
口に含んだスープは、大分生温くなっていた。
どうにか食事を終える。
食べたことによって、元気が出てきたような気もする。
「……ごちそうさま。ありがとうな。ネコ。」
心からの感謝だ。
それに、色々と隙だらけのいいものも拝ませて頂いた。
「――べ、別にいいわよ!他にもなんかあったら言いなさいよね!!」
言葉こそツンツンしているが、顔を真っ赤にし、そっぽを向きつつも俺のことを気遣ってくれている。
俺に食べさせてくれたものを片付け終え、ネコは部屋を出て行った。
「さて、寝るか……。」
食べた後すぐに寝るのは良くないと聞くが、他にできることもないし仕方ないだろう。
しばらく寝て、そろそろ日も沈み始めるだろうという頃にネコはまた食事を持ってきてくれた。
日が暮れてしまう前にはやることがあるだろうし、日が暮れてからはなにも見えなくなってしまうため、早めに食事を取らせてくれようとしたのだと思う。
ユキちゃんたちと山菜や魚など、食料を採りに行ったミオたちはまだ帰ってきていないとのことだった。
俺は、食事を自分で食べられる程度には回復していたが、起き上がって歩ける程には回復しておらず、その時に厠にも付き合ってもらった。
華奢な体で一生懸命俺のことを支えてくれたネコには、申し訳なさと共に頼もしさも感じた。
その後は、もう少し寝ていた方がいいというネコの提案で寝ていることになった。
と言っても、一日中寝てばかりであったためすぐには寝付けず、ミオたちは今どうしているのか、怪我をしたりしていないか、食料確保を通してユキちゃんたちと仲良くなったりしているのだろうか、などとそんなことを考えてしまう。
他にもぐるぐると色々なことを考えていたような気もするが、いつの間にか眠ってしまっていた。
「―――んふふ……アイラぁ。起きなさいよぉ……。」
今日一日を通して、大分耳に聞き馴染んだ声が聞こえる。
「――ん……ネコ……?」
辺りは真っ暗になっていたが、声だけで誰なのかはすぐに分かった。
「……アイラぁ……ふにゃ~ん……。」
だが、様子がおかしい……。
俺はネコに名前で呼ばれていただろうか?
そもそも、ネコは俺の上に覆い被さるような娘だっただろうか?
それに、うっすらぼんやりと見えるネコの顔も蕩けたような顔をしており、酒に酔っているようにも見える。
「……ネコ?どうしたんだ……?」
そう言いながら、ネコの肩に手を添えて気が付いた。
体が、軽くなっている。
俺の身体は、ほぼ完全に回復したと言っていいようだ。
ネコの用意してくれた栄養満点の食事のおかげだろう。
「……わかんにゃーい。でも、こうしたいのぉ……。」
それよりも、今はネコの方がおかしい。
どうしたもんか……。
「――そうだ。ミオやユキちゃんたちは?」
気になっていることを聞いてみる。
頭を使うことによって正気に戻るかもしれない。
「――ユキたちは……すぐ寝ちゃったのぉ……みんにゃ疲れちゃったみたーい……。」
なるほど、みんな頑張ったのだろう。
それに、真っ暗なことから考えると夜ももう遅い。
みんなの寝息や、ユンの卑猥な寝言が聞こえるが、基本的には夜遅くの静けさだ。
ミオたちが無事であるならば、今はネコをどうにかするべきだろう。
「……ネコ……どうしたんだ?いつからそうなった……?」
同じことを聞き直してみる。
「……だからわかんにゃいわよぉ。みんにゃでご飯食べた後からにゃんかふらふらぁって……。」
まずいな。
となると、食べ物の中に毒でも入っていたのかもしれない。
ミオたちが深い眠りに就いているのも疲れからではなく毒が原因の可能性もある……。
「――大丈夫なのか?ネコ?気持ち悪かったり、どこか痛かったりはしないか?」
「……えへへぇ……らいじょうぶよぉ。アイラってば優しいんだからぁ……もぉ……。気持ち悪くにゃいわよぉ。むしろふらふらぁって気持ちいいのぉ……。」
毒ではないと考えてもいいのだろうか……?
確かに、聞こえてくるみんなの寝息も落ち着いたもので、息を荒げているのはネコだけだ。
それに呂律こそ回っていないが、会話自体は成立しているし、幻覚を見ているということもないのだろう。
となると体質的なもので、なにかネコがこうなってしまうような食べ物でも混じっていたのかもしれない。
何しろ、食料調達のメンバーにユンがいるのだから、あり得る話だろう。
「……どこも痛くないならよかったよ。でも、それならそろそろ寝た方がいいんじゃないか?」
「……うん、そうね。そうするぅ……。」
まるで幼い子供のような口調ではあるが、随分と素直に言うことを聞いてくれる。
ネコは本来素直な女の子なのかもしれない。
「よし、じゃあ、おやすみ。」
「うん。おやすみぃ……。」
そう言ったにも関わらず、俺に覆い被さったまま動かないネコを不思議に思った矢先だった。
ネコはガバッと俺に抱き着いてくる。
「――な……!?ネコ!自分の布団で寝ろよ。」
言いながら、ここはネコの家なので俺が寝ているこの布団もネコの布団なんじゃないか?などと考えてしまうが、今はそういう話ではない。
「――やらぁ!私今日はアイラと寝るのぉ!」
ネコは幼い子供が駄々を捏ねるようにそう言いながら、俺の首に回した両腕にさらに力を込め、強く抱き付いてくる。
それにしても、甘くていい匂いがする。
ネコの身体も華奢で柔らかい。
このままではこちらがおかしくなってしまう。
「――わ、分かった!分かったから。ネコも寝辛いだろうし、手は放してもらえないか?」
「……むぅ。仕方にゃいんらからぁ……んしょっと……。」
またもやネコは素直に従ってくれる。
だが、油断すべきではなかった。
確かにネコは俺の首から腕を放してくれた。
しかし、そのまま俺の腹の上に馬乗りになり、あろうことか着ているものを全て脱いでしまった。
「――ね、ネコ!なにしてるんだ!?」
咄嗟に出た言葉だった。
驚きからそれ以上の言葉は出てこなかった。
ネコの顔をよくよく見ると、表情が蕩けているだけではなく、涎まで垂らしている。
こんな相手に正常な判断を求めること自体間違っていたのかもしれない。
「……にゃにって……んふふ、アイラと一緒に寝る準備ぃ……。」
「……な、なにを――!?」
そこまで言い掛けて、ネコは唇を重ねてくる。
ネコが正気を失っていることがよく分かった。
まるで本能のまま、欲の赴くままにそうしているのだと思わせられる。
ぬちゃぬちゃとした刺激にこちらの思考さえ麻痺してくる。
「……ん……んみゃ……ん……あ……んん……あ……んあ……んはぁ……。」
ネコはようやく口を放し、うるうるとした瞳で満足そうにニヤリと笑う。
俺はそんなネコの顔をぼうっと見ながら放心状態になってしまう。
だがしかし、俺は何としてでも抵抗すべきだったのかもしれない。
気付いた頃には布団の中でゴソゴソと動くネコの手によって、二人揃って生まれたままの姿になってしまっていた。
「――ね……ネコ……。」
自分の思考能力が低下していることがよく分かる。
「……アイラぁ……私ね……本当は妖怪なのよ……?」
「…………そうだったのか……。」
自分が正しい返事をしているのかどうかも分からない。
「……そう、でもね。人間なのにアイラが私に優しくしてくれて嬉しかったの。」
妖怪とは……なんだっただろうか?
魔物と似たようなものだった気もする……。
「……でもそれは、ネコが俺たちに優しくしてくれたからだろ?」
ネコの言葉を受けて、それを反復するように返事をする。
「……分かんない。気が付いたらそうなってただけだから……本当はなにか酷いことをするつもりだったのかもしれないし……。」
ユンと似たようなものだろう。
大して気にすることじゃない気がする。
「……そうだったのか……。でも、酷いことはしてないだろ?」
「……アイラが、守るって言ってくれたから……信じてみたいなって……そう、思ったの……。」
結果的に、ネコは俺たちのことを助けてくれている。
「……ああ、ネコたちは……俺が守るよ。」
「……でもね、私アイラのこと好きになっちゃったから……だから、ちょっとだけでいいから、アイラを頂戴……?」
「……分かった……。」
俺は正しい返事をしたのだろうか?
ネコは、自分の身体をぴったりとくっつけてくる。
「――んっ、あ……ん…………。」
ネコは俺に甘えるように身体を擦り付けてくる。
温かい……。
ネコのゆったりと柔らかい動きは、ネコ自身も幸せを感じているのがよく分かる。
ネコは素直な上に甘えん坊なのだろう。
もしネコに子供ができれば、さぞ甘え上手な魔物の子供が生まれてくるのだろう。
「……ネコ……?」
何も言葉を発さずに浸っているネコが心配になり、思わず名前を呼ぶ。
ネコは大丈夫とでも言わんばかりに蕩けた微笑みを俺の方へじっと向け、ゆっくりと体を起こし、跨る。
「――――はっ……!んっ……!いっ……!――んにゃあっ……!!ん……あ…………ん……ん……ん……んんっ!……ん……ん……。」
ネコは、やっとの想いといった様子で、どうにか続ける。
「……大丈夫か……?ネコ……?」
「――らい……大……丈夫……。んっ……あっ……!んっ……はぁ……はぁ……!んっ……ん……あっ……!ん……あっ……ん……ん……ん……んっ……ああんっ!!」
辛そうにしていたネコの動きは徐々に速くなっていく。
無意識の内に力の入っていた体からは力が抜け、身体が溶けていくような錯覚さえ覚える。
ネコが嬉しそうになるのにつれて、俺の限界も近付いてくる。
「――ん……ん……あっ……ん……あっ……あっ……あっ……。ん……んっ……んんっ……!あっ……あっ!……あっ!……あっ!ん……んんっ!あっ――あっ……!にゃっ……!にゃっ……!にゃっ……!あっ……!あっ……!!あっ……!!!――いうっ!い、いうっ……!いふっ……んにゃっ……!!い、いふっ―――いふうううぅっっっ!!!」
ネコは頭から足の先までをピーンと伸ばし、ガクガクと震え出す。
徐々に震えがビクビクとしたものへと変わっていき、落ち着いた頃にはぐったりと身体を委ねてきた。
「――ネコ……?大丈夫か……?」
頭を撫でながら聞くと、そもそも聞くまでもなかったようでネコは静かに寝息を立てて幸せそうに眠ってしまっていた。