頭空っぽの方が、夢とか詰め込めるらしい。
―――外から眩しい光が差し込む。
――ん……朝か……。
――これは、とある朝から始まったとある一日の話だ――。
「――あ、アイラさん!起きたんですね!おはようございます!」
「――アイラさんおはよー!今日も大好きー!!」
起きて早々、ベルとユンに声を掛けられる。
いや、声を掛けられるというか……一緒に寝てたっけ?
「……なんで二人も同じ布団に……?」
「えー忘れちゃったんですかぁ?昨夜は……お楽しみでしたね?アイラさん……。」
何を言ってるんだユンよ……。
「いやいや、ユン、記憶を捏造しないでくれ……。」
「えへへー。」
俺は布団を除けて立ち上がる。
さて、支度をしないとな。
「――アイラさーん!今日もたくさん遊ぼうねー!」
起き上がった俺に、早速ユンが抱き付いてくる。
「――あ、ユンちゃんばっかりズルいです!私も……!」
それに乗じて、ベルまで抱き付いてくる。
まさに両手に花というやつだ。
――コンコン、ガチャ。
「――アイラさん、朝ごはんできてますよ?早く支度をして……。」
そう言いながら部屋に入って来たのはミオだ。
「――あ……お、おはよーミオさん……。」
「……アイラさんは……またそうやって朝から小さな女の子に抱き着かれて!!私が朝ごはん作ってる間に!!もう、許しません!!」
「――え?え?ちょ、ちょ待っ……。」
そう言っている間にも、ベルとユンは俺から距離を取っている……。
――この薄情者どもめ!!
「――ウォーターボール!!」
ミオはそう叫ぶと同時に水の玉を生成し、俺に向かってそれを……放つ!!
大きさとしてはあれだ……バランスボール!
あれと同じくらいだと思う……。
そしてその水の玉が……。
―――ドン!!ガン!!バキバキバキ……。
俺のことを弾き飛ばし、後ろの壁を突き破ってしまう。
そしてこの角度、これはまずい……。
頭から……。
ゴンという音が、頭の中に響く。
なるほど……ウォーターボールには、そんな使い方が……閉じ込めるためだけに使うわけじゃ……なかった……んだ……な…………。
――――僕は、目を覚ます……。
「――あ、アイラさん!大丈夫ですか?」
「――すみません!私、やりすぎちゃったみたいで!」
「――大丈夫ー?」
三人の女の子が僕のことを覗き込み、話し掛けている。
こういう時に言う言葉は……あれしかない……。
「――私は、どこ?ここは……誰?」
ちょっと間違えた気もするけど、その言葉が口から出ていたんだから仕方がない。
「……大丈夫ですか?アイラさん……?」
「……えっと……君たちは、一体……?僕は……何で……?」
「――ちょ、ちょっとアイラさん!私がやり過ぎたのは認めますけど、ふざけないでください!!」
「……えっと……。」
「……アイラさん……?」
――沈黙。
どう答えていいか分からないんだから仕方がない……。
「……と、とにかく一度起き上がりましょう!ね!アイラさん!」
「……アイラ……。」
……アイラ……どうやらそれは……僕のことらしい。
頭の両側で青い髪を揺らしながら僕の腕を引っ張っている子が言っているのだから、多分そうなのだろう……。
「……た、立てますか?」
胸の大きな、綺麗な髪の女の子がそう問いかけてくる。
「……あ、はい……。ありがとうございます……。」
僕は答える。
「――椅子持って来たよー!」
青髪の少女よりも少しだけ背の高い、際どい服装の女の子が椅子を持ってきてくれる。
頭から生えているものを見るに、この子はきっと人間じゃないだろう……。
悪魔とか蝙蝠とか、そんな感じの魔物だと思う。
「……ありがとうございます……。」
僕は、二人の女の子に手助けされながら、魔物の女の子が持ってきてくれた椅子に腰掛ける。
「……あの……アイラさん……。私たちのこと……分かりますか……?」
「……すみません……。」
僕を囲む三人の顔を確認し、首を横に振る。
「――わ、私はユンです!アイラさんに一番愛されていた女の子ですよ!昨日もあんなことやこんなことを……もう激しくって!!キャー!」
魔物の少女は、ユンという名前らしい。
「――ちょ、ちょっとユンちゃん!!……あなたの名前はアイラ、さんです……。私はベルです。アイラさんは、私のことを一番好きでいてくれたんですよ?」
青髪の少女はベルというらしい。
「……そ、そうだったんだ……。」
「――ちょ、ちょっと二人とも!アイラさんに嘘を教えるのはやめて下さい……!すみません、アイラさん……。私のせいで……。私はミオです。アイラさんは……本当に、私たちのことが分からないんですか……?」
胸の大きな、髪の綺麗な女の子は、ミオというらしい。
近くに寄ると、花のようないい匂いがした。
この子はどうやら……僕のことを疑っているらしい……。
「…………すみません……。本当に……分かりません……。」
――沈黙……。
「……ここがどこだかは、分かりますか……?」
「…………家の中……ですよね……?あなたたちの家ですか……?」
「……私たちと、アイラさんの家です……。」
ベルという少女は、積極的に話し掛けてくれる。
そのおかげで、少し気になることが出てきた。
「……あの……君たちにとって……僕は……どんな人なんですか……?」
「――はいはーい!アイラさんはとても優しくて、私のことをいつもいつも大事にしてくれる人です!!だから、私はアイラさんといっつもくっついて、夜もいっつも一緒にいるんですよー!」
ユンという少女はそう主張する。
「――ちょっとユンちゃん!違います!アイラさんは私たちみんなのことを大事にしてくれてます!その中でも一番好かれていたのは私だったと思いますけど……。でも、小さな女の子から大人のお姉さんまで、みんなに優しくできる人だったと思います!」
ベルという少女は、ユンの言葉を聞くと、ついつい張り合ってしまうようだ。
「――ベルさんもユンさんもいい加減にして下さい!アイラさんは……そうですね……その辺の女の子を家に連れてきては浮気ばかりで、誰か一人に決めることもなく、女の子と見るや誰にでも見境なく優しくするような……。そんな人でした。」
「…………僕は、そんな最低な人だったんですね……。」
「――あ、いえ、違います。今のは誰にでも優しくできるという意味で、別に女の子のためだけに行動する女たらしとか、小さな女の子が好きな変態とかいう意味ではなく、つまりそのえーっと……。」
そこが大事!そこが大事なのに!
抉るだけ抉って補うことができていない!!
「…………はぁ……。やっぱり、僕は最低な人間だったんですね……すみません。本当にすみません……。生まれてきてすみませんでした……。」
「…………――そ、そうだミオさん!ギルドに連れて行ってみてはどうでしょうか?あそこなら色々な設備がありますし、何か分かるかもしれませんよ?」
「――そ、そうですね……。そうしましょうか。」
僕たちは、ギルドという場所に向かうことになった。
「――――これは……。おそらく、脳への衝撃による、記憶喪失だと思われます。」
ギルドに入り、医療知識のある職員の人に事情を話すとそんな返答をされる。
「……やっぱりそうなんですね……。すみません……アイラさん……。私のせいで……。」
ミオさんは責任を感じているのか、今にも泣き出しそうな表情をしている。
「――そ、そんな顔しないでください!きっと大丈夫ですよ!だってほら、僕は死んでしまったわけではありませんし、みなさんも僕のことを覚えてくれています。きっと、なんとかなりますよ……!」
そんなことを言って、場を和ませようとしてみる。
「……アイラさん……。」
ミオさんだけではなく、その場の他の女の子たちも僕を温かい目で見る。
何か変なことを言ってしまったのだろうか……?
「――そ、そうですよミオさん!記憶喪失になっても、アイラさんはいつも通りのアイラさんです!だから、ミオさんだけが責任を感じないでください!」
ベルちゃんがミオさんを励ます。
きっとこの子は、誰に対しても優しい子なんだろう……。
「……はい……ありがとうございます……。」
ミオさんはまだ思い詰めた顔をしていたけれど、少しだけ表情が柔らかくなっていた。
「――あれ?アイラさん?どうかなさったんですか?」
ギルドのカウンターの向こうから、女性が話し掛けてくる。
「……えっと……あなたは……?」
「……?どうしたんですか?アイラさん……?私は、このギルドの受付ですよ?アイラさんとは特別親しくさせて頂いている、ギルドの美人お姉さんです。」
受付の魅力的なお姉さんは、不思議そうな顔をしながらも丁寧に説明をしてくれる。
「……そうなんですか……?」
「――す、すみません!アイラさんは今、記憶を喪失してしまったようで……。」
僕の代わりに、ベルちゃんが事情を説明してくれる。
「……そうだったんですか……そうだ!もしよければ、せっかくですしギルドに住み込みで所属して頂いて、私が手取り足とり、色々なことをお教えましょうか?」
「――もう、おねーさーん!そんなこと言って、アイラさんを誑かさないでください!」
ユンちゃんがギルドのお姉さんに文句を言う。
でもなんだろう……ユンちゃんが言うのは違う気がする……。
「ふふ、すみません。あわよくばと思いまして……。」
ギルドのお姉さんは、大人の余裕の笑みだ。
「もう……みなさんでそんなことを言って……。」
ミオさんが小声で言い、また暗い表情になる。
「でも……実際の所どうするおつもりなんですか?」
ギルドのお姉さんは真面目な表情になり、質問をしてくる。
「……はい、私たちも困っていまして……。」
ベルちゃんが答えてくれる。
「それでしたら、脳への衝撃で記憶が飛んでしまったようなので、何かしらの刺激を脳に与えることによって記憶が戻る可能性がありますよ。」
ギルドの医療職員さんが説明してくれる。
「――そういうことでしたら!私がもう一度アイラさんを……!」
ミオさんは手元に水の玉を生成し始める。
「――み、ミオさん!そんなことしたらアイラさんが怪我しちゃいますよ!」
慌ててベルちゃんが止めに入る。
「……でも、それならどうしたら……。」
ミオさんはまた暗い顔になってしまう。
「脳への刺激といっても、何も物理的な衝撃のことだけではありません。何か強い思い出のあるものを見せたり、そういった場所に連れて行ってみてはどうでしょうか……?」
医療職員さんは説明する。
「……なるほど、そういうことでしたら……。ミオさん、ユンちゃん、街の中を回ってみるのはどうでしょう……?」
ベルちゃんはみんなに向けて提案する。
「……そ、そうですね。そうしましょう……。」
「――私もさんせーい!」
二人の承諾も得て、どうやら僕は、町の中を歩いて回ることになるらしい。
ギルドを出て、四人で散策を始める。
「――でも、お家でもギルドでも何も思い出せませんでしたし、他にどこに向かえば……。」
ベルちゃんが独り言のように疑問を口にする。
「……はい……。何かアイラさんが強く記憶しているものがあるといいんですけど……。」
ミオさんがベルちゃんの質問に返答する。
だが、その視線は、少し先の何かの店だけを見つめていた。
その店の目の前を通りかかると、ミオさんの歩く速さが遅くなり、視線はしっかりとその店を捉えていた。
「……え、えっと……食べて行きましょうか……?」
ベルちゃんは気を遣ってミオさんに聞く。
「――え?あ、い、いえ!あ、アイラさんがこんな時にそんな……。」
――ぐぅ……。
ミオさんが言い掛けた時、その言葉の続きはお腹が語ってくれた。
「――あ、えっと、ほら、朝ごはん食べ損ねちゃいましたし、ここで食べて行きましょう?ね?ミオさん?」
ベルちゃんは本当に優しい子のようだ。
「……は、はい……。」
ミオさんは顔を赤くして俯いてしまった。
店の中に入り、四人掛けの席に着く。
すぐに店員がやって来て注文を取る。
注文は、ミオさんとベルちゃんで頼んでくれているようだ。
ベルちゃんはユンちゃんにも確認しながら注文をしている。
僕の分は完全にお任せでいいだろう。
少し待ち、テーブルにお皿が並べられていく。
テーブルに置かれた皿の上にはフワフワの生地を丸く焼いたものが置かれていた。
それが三つ……割ってみると、中には黒や白のクリームが入っている。
それはいい……それはいいのだが……ミオさんの席にだけ、お皿が少し多くないだろうか?
頼んだものはきっと僕たちと同じなのだろう。
でもそれが……一、二、三……全部で九つだ。
確かにそんなに大きな食べ物ではないし、片手でも食べられるようなものではあるけど……あんなにたくさん食べられるんだろうか……?
「――それじゃあ、いただきます!」
ベルちゃんの一声で、他のみんなも同じことを口にし、早速食べ始める。
うん、美味しい。
見た目通りフワフワで温かい。
そのフワフワの食感を味わうと同時に、生地の甘い匂いが口いっぱいに広がる。
その匂いのあとには生地とは違う甘さのクリームが舌を優しく刺激する。
甘くて美味しい。
そのクリームのように舌が蕩けそうだ。
それにしても、ミオさんはこの丸い焼き菓子が本当に好きなようだ。
蕩けるような顔をしながら、笑顔でパクパクと食べ進めている。
……なんだろう?その顔を見ているとなんだかすごく懐かしいような……すごく愛おしく感じてしまう……。
「――ごちそうさまです。」
お腹が減っていたこともあり、あっという間に食べ終えてしまった。
まだ少し食べられそうな気もするけど、これからも歩き回ることを考えればこれくらいでちょうどいいだろう。
「……次は、どこに行きましょう?」
ミオさんがみんなに問う。
少しだけ元気になったようだ。
なんだか僕まで嬉しくなってきてしまう。
「――そうだ!じゃあ、私の!サキュバスのお店に行ってみませんか?」
ユンちゃんが提案する。
「――え……?サキュバスのお店ですか……?」
ミオさんは迷っているような表情をする。
「はい!もしかしたら何か思い出すかもしれませんよ!」
ユンちゃんは説得を続ける。
「……そうですね。確かに何か思い出すことがあるかもしれません……。行ってみましょう。」
ベルちゃんが賛成の言葉を口にする。
「……仕方ありません……。アイラさんのためですもんね!分かりました。行きましょう。」
ミオさんもなんとか賛成してくれたようだ。
大通りから一本道を外れ、少し狭い道を歩いて行く。
一本違うだけなのに、なんだか雰囲気が違う。
そしてその雰囲気が違う中に、さらに異質な……いや、この雰囲気の中であれば、むしろそれこそが正しいのかもしれない。
そんな一軒の店を見つける。
そして、その店の前にはなんと……!
なんともセクシーな女性たちが立っている……。
「――あらぁ?あなたはいつだかのイケメンさんじゃないのぉ……。」
「――い、イケメン!?」
急にそんなことを言われ驚いてしまう。
「――あ、女王様!実は……かくかくしかじかで……。」
ユンちゃんは、女王と呼んだその人に事情を話してくれているようだ。
「あらぁ?そういうことなら、私たちのお店で休憩していったらどうかしらぁ?」
「……きゅ、休憩……?」
「そう。休憩。あなたのおかげであたしたちも大分いい思いさせてもらっているし、お礼がしたいと思っていたのよぉ。」
「……で、でもそんな……。」
「あらぁ?いやなのぉ?休憩。私たちみんなで、いーっぱい気持ちよくして上げるわよぉ?」
「――き、気持ちよく……!?」
きっとこの人……ユンちゃんのいう女王の魔物さんは、きっと善意で言ってくれているのだろうけど、なんだかそれにいやらしさを感じて恥ずかしくなってしまう。
「――あ、アイラさんが……!!」
そして、そんな僕の様子を見て、ミオさんは驚いている。
……なんでだろう?
「――は、はい!ミオさん……あ、アイラさんが、なんだか……可愛いです!」
ベルちゃんもそんなことを口にする。
さらには二人で両手を組み合わせて嬉しそうにしている。
なんだか不思議な光景だ。
「それで、どうするのぉ?あなたになら、いーっぱいサービスして上げるわよぉ?」
「――はっ!だ、ダメです!今のアイラさんにそんなことはさせられません!」
ベルちゃんが割って入ってくる。
「――そ、そうです。こんな状態のアイラさんにそんなことはさせられません。」
ミオちゃんも続く。
きっと二人で僕のことを庇ってくれているのだろう。
「あら、残念。いけずねぇ……。」
女王さんはあくまでも善意で言ってくれていたのだろう。
あっさり諦めた。
無理強いをするつもりはなかったということだろう。
「……あーあ、もったいない……みんなにいっぱいサービスしてもらえばよかったのにぃ……。」
ユンちゃんは少し残念そうな顔をしていた。
次に向かったのは、町の出入り口付近。
そこにある木造の小屋だった。
いや、正確には、そこに入ろうとした時に、少し遠くから声が聞こえてくる。
「――あれ?アイラ君?アイラ君だー!わーい!!アイラくーーーん!」
遠くから四足歩行の……動物?いや、女の子だろうか?
女の子が猛スピードで突っ込んでくる。
いや、待って……待って!怖い!あの勢いはすごく怖い!!
「――ちょ、待っ……!!」
「――アイラくーーーん!!」
体の中に響くドン!という音と共に倒され、まさに文字通り、その女の子……動物?に馬乗りになられてしまった。
「――アイラさん!?」
それに轢かれた僕を心配するミオさんの声が聞こえる。
「――アイラくーん!!久しぶりだよぉ!会いたかったよぉ!」
その馬のような女の子はオイオイと泣きながら嬉しそうにしている。
それにしても……重たい……。
全体重をかけて僕の上で泣かないでもらえるとありがたい……。
見た目よりも柔らかかったのがせめてもの救いだろう。
「……え、えっと……君は……?」
「……え……ひ、酷い!!アイラ君私のこと忘れちゃったの!?ひ……酷い酷い酷い!!酷いよー!!」
そう言いながら馬の女の子は僕の頭を両腕で抱き締める。
こ、これは……ついに僕も死ぬ時が来たのかもしれない。
でも、例え四足歩行でも、女の子に絞め殺されるのなら、それも悪くないのかもしれない……。
「――まったく……ホントに酷いね。モナはずっとあんたのこと考えてたっていうのに……。」
パカパカという蹄の音が聞こえた後に、そんなことを言う聞きなれない声が聞こえる。
「――ホントホント!モナちゃんずっとアイラ君のこと大好きだったんだよ!」
「――ちょ、ちょっと二人とも!それは言っちゃダメでしょ!」
モナと呼ばれると、僕を絞め殺そうとしていた女の子はようやく僕を解放してくれる。
「――あ、あの、実は……。」
ミオちゃんが馬の女の子たちに事情を説明してくれたようだ。
「……なるほどねぇ……つまりアイラ君はモナだけじゃなくて、あらゆることを忘れちゃったってことね?あんたたちも毎回毎回大変ね……。」
「むぅ……。酷い!!アイラ君が私のこと忘れちゃうなんて!!アイラ君は、全部忘れても私のことだけは覚えてなきゃダメなの!!」
「もう、モナちゃんってば……そんなこと言っちゃダメだよ?」
「――あ、そうだ!!じゃあ、私も忘れる!!アイラ君だけが私を忘れちゃうなんてズルい!!私もアイラ君のこと忘れる!!ほらみんな!!私のことを叩いて!!」
「……ちょっとあんた……何言ってんの……?」
楽しい娘たちだな……。
きっと三人……三頭?は、ずっと友達で、強い絆で結ばれているんだろう。
「……すみません……私のせいであなたたちのことまで……。」
ミオさんはまた暗い顔をする。
「別にあなたのせいじゃないでしょ?……それで?アイラ君は何か思い出せそう?さっきモナに散々痛めつけられてたでしょ?」
「――べ、別に痛めつけてないもん!!あれは私の愛情表現だもん!!」
「……モナちゃんそれ、言っちゃってよかったの?てか、愛が重すぎるよ……。」
「あ、えっと……自分で言うのはいいんだもん!!」
モナちゃんは本当に元気で楽しい娘のようだ。
「……す、すみません……なにも……。」
だが、僕は何も思い出せない。
謝るしかなかった。
「そう……まぁ、ゆっくり思い出すしかないんじゃない?モナなんかとずっと一緒にいたら危ないし、他を当たってみたらどう?」
「――なんかとは酷いよぉ!」
「……ちょっとモナは黙ってなさい……。」
「……はい……ありがとうございます……。」
ミオは提案にお礼を言う。
「あなたもあんまり責任感じないようにね?きっとアイラ君の記憶を戻せるのはあなたたちだけなんだから……。」
「はい……。」
思い当たるところは一通り回った。
ミオさん、ベルちゃんはそう言っていた。
そろそろ日も暮れ始める頃だ。
これ以上僕は、この子たちに迷惑を掛けて、本当に良いんだろうか?
いや、きっとよくないと思う……。
それなら……。
「あの……ミオさん、ベルちゃん、ユンちゃん、本当にありがとう。でも、もう僕のことは諦めてくれていいです。ほら、僕はもともと女の子相手なら誰にでも見境も節操もなく、女たらしで最低な人間だったみたいですし……僕のことなんか忘れて、皆さんもっと幸せに生きて下さい。本当にありがとう。さようなら……。」
別れを告げ、僕は三人に背を向けて夕日に向かって歩き出す。
「――――あ、あの!」
諦めてくれたと思ったその時、声を掛けられる。
ミオさんの声だ。
「……なんでしょう?」
僕は振り向き、答える。
「最後に……最後にもう少しだけ、一緒に来てくれませんか?」
振り向いて見た三人の顔は酷く沈んでいて、最後にそれくらいの頼みなら聞いてあげようと思った。
きっとそれが終われば、諦めて、そんな顔をさせてしまう僕のことなんか忘れて、幸せに生きて行ってくれるだろう。
「分かった。」
そう答えた。
向かったのは森だった。
町外れにある森。
そこに向かう際に、二本の短剣を渡された。
それを持つと、妙に手に馴染んでいるような気がした。
不思議だ。
「ここで、ゴブリンをやっつけます。」
ミオさんが言う。
「で、でもそんな……アイラさんが危ないんじゃ……。」
ベルちゃんが驚く。
ユンちゃんは、今日はどうしても外せない用事があるとかで帰ってしまった。
実は無理して付き合ってくれていたらしい。
女王と話した際にそれを伝え、ギリギリまで粘ってくれたそうだ。
そんなわけで、三人でゴブリンの退治をすることになる。
しかも、僕に至ってはただの足手纏いだ。
むしろいない方が安全に戦えるだろう。
まだ真っ暗ではないが、暗くなり始めており、視界も良くはない。
これはベルちゃんの言う通り危ないのではないだろうか……。
「いえ、これで最後です。アイラさんのことは私が守りますので、安心してください。」
それでもミオさんは譲る気がないらしい。
実は結構頑固なのかもしれない。
「ミオさんがそういうのなら……。」
ベルちゃんは気乗りしない様子だが、渋々承諾する。
ミオさんにはきっと何か考えがあるのだろう。
ベルちゃんもそれを察したのだと思う。
「では……行きます。」
そう言うと、ミオさんは先頭を歩き、森の奥へと歩いて行く。
――ガサガサ……。
物音がする。
ゴブリンだ。
まさか、こんなに早く遭遇するとは……。
幸いにも、茂みの向こうのゴブリンは僕たちに気付いていない。
これなら安全に倒せるだろう。
「ミオさん……。」
ベルちゃんが口にする。
「アイラさん?」
ミオさんに問われ、視線を背けてしまう。
「……すみません……。」
僕には無理だ……。
あんなのと戦えるわけがない……。
ミオさんは少し残念そうな顔をする……。
「ベルさん。援護をお願いできますか?」
「はい、分かりました。」
即答だ。
息の合ったやり取り。
二人はこういった状況に慣れているのだろう。
「では……行きます!」
ミオさんは茂みから飛び出し、ゴブリンと向かい合う。
「――ウィンドカッター!」
ゴブリンは二体。
その内、ミオさんから離れている方のゴブリンを、ベルちゃんが風の魔法で切り刻む。
「――アクアスライサー!」
ミオさんが飛び出したのは、もう一体のゴブリンが木の陰になって魔法を当てられないと判断したからだろう。
ミオさんが飛び出したことと、ベルちゃんがもう一体のゴブリンを倒したことによって、ミオさんに近い方のゴブリンが木の陰から出てきた。
見事に二体のゴブリンは水と風の魔法によって切り刻まれた。
一瞬の出来事だった。
「やりましたね!ミオさん!」
二人は嬉しそうにハイタッチをする。
その様子を見て、僕は安全だと判断し、二人に近付く。
――ガサガサ……。
「――アイラさん!!」
ミオさんが叫ぶ。
僕たちが潜んでいたのとは違う茂み。
そこから飛び出してきた。
ゴブリンだ。
ゴブリンは僕に向かってその爪を振り付ける。
それに対し、ミオさんは僕を突き飛ばし、突き飛ばした方とは反対の腕、左腕でゴブリンの爪を受ける。
「――ミオさん!」
それに反応したベルちゃんがミオさんの方に向き直る。
「う……。」
ミオさんは痛みで膝を突く。
傷は深くない。
だが、ミオさんの綺麗な腕には赤い血となって爪の跡が残っている。
最悪だったのは、隠れていたゴブリンは一体ではなかったことだ。
ベルちゃんがミオさんの方を向いたことによって、その死角になった茂みから別のゴブリンがベルちゃんの背中に飛び掛かる。
「――ベルちゃ……!」
僕は呼び掛ける。
だが、遅い。
「――キャキャキャッ!」
「――え?」
ベルちゃんは背中のゴブリンの重さで前のめりに倒れる。
だが、それはまだ、最悪などではなかった。
その直後、さらに数体のゴブリンが茂みから飛び出し、二人に覆い被さってしまう。
「―――キャキャッ!キャキャッ!」
それぞれ三体ずつ、二人はゴブリンに覆い隠されてしまう。
「――い、いやっ!やめてっ!いやっ!いやっ!」
ミオさんからは、ビリビリという布を引き裂く音とともに悲鳴が聞こえる。
「――やだっ!やめて下さい!!いやっ!」
ベルちゃんも同様だ。
だ、ダメだ……。
に、逃げないと……。
初めから僕なんかと一緒にこんなところに来るべきじゃなかったんだ……。
僕みたいな何の役にも立たない最低な人間、放って置けばよかったんだ……。
それなのに、余計なことをするからこんなことに……。
――に、逃げよう!逃げるしかないっ!
だって、僕が立ち向かってもあんなのに勝てるわけがない。
「――キャキャッ!キャキャキャッ!」
ゴブリンの楽しそうな声が聞こえる。
二人は、ゴブリンに抵抗するため、仰向けになっている。
だが、仰向けの二人にゴブリンは馬乗りになっており、別のゴブリンがバタバタと暴れる二人の手足や頭を押さえつけようとしている。
「――いやっ!いやっ!やめて!」
ゴブリンの爪は、生まれたままの姿になってしまったミオちゃんの豊満な果実に、その鋭い爪で赤い傷を付け、その頂点を弾き弄んでいるようだ。
心なしかゴブリンの表情も下卑た笑いをしているように見える。
「――もう嫌です!やめて下さい!」
ベルちゃんも同様だ。
纏うものを全て破り取られたベルちゃんのほうま……腰の下に位置する二つの膨らみを後ろから掴まれ、赤い傷跡を作っている。
さらには、爪先でグリグリと穿るように弄ばれ、ゴブリンはそれを鼻に近付け喜んでいる。
ダメだ……。
もう二人はダメだ……。
諦めて逃げよう!
あ、そうだ!町に行って助けを呼んでこよう!そうすれば……!
――そんなもの……間に合わないのは分かっている……。
そもそも、もうギルドにはみんないないだろう。
きっと帰ってしまっている……。
――ドスン!ドスン!
地響き。
巨大な何かが歩いてくる音だ。
緑色の身体。
大きく膨らんだ腹。
巨大な棍棒と脂肪のたっぷりついた頬。
あれは……ゴブリンの上位種?
いや……トロールと呼ばれる怪物だろうか?
腰に巻いた布からは、体の一部と思われる巨大な棍棒が覆い隠しきれずに飛び出している。
丸太のようだ。
例えば、あんなものを小さな穴にでも入れようものなら、その穴を基点に容易にその穴を押し広げ、はち切れさせてしまうだろう。
トロールがやって来たことによって、ゴブリンたちも動きを止めている。
だが、ミオさんやベルちゃんも、ゴブリンたちに散々抵抗し続けたせいでぐったりとしてしまっている。
やっぱりダメだ……。
ダメだったんだ……。
たくさんのゴブリンに加えてあんな大きな化け物……。
勝てるわけがなかったんだ……。
ミオさんもベルちゃんも僕なんか放って置いて、こんなところに連れてこなければこんなことにはならなかったのに……。
トロールが、ミオさんとベルちゃんに近付く……。
――ブォン!!
手に持った巨大な棍棒を振り付ける。
「――ウギャッ!」
ミオさんに跨っていた方のゴブリンが、払い飛ばされる。
そのゴブリンは木に叩きつけられ、ぺしゃんこになってしまっている。
もしかして……助けてくれた……?
いや、そんなわけはない……。
分かっている……。
「おま゛えら゛どげ、そでお゛でのお゛んな゛。おでによ゛ごせ。」
何を言っているかは聞き取れなかった……。
だけど、それが意図することはなんとなく分かる。
「――キャッ、キャキャッ。」
ゴブリンたちが、トロールに対して、ミオさんやベルちゃんを献上するような姿勢をしていることからもそれを理解させる。
ダメだ……。
もうどうしようもない……。
助けることも……。
「も゛ぢがえ゛っでおでがづがう゛。お゛ま゛い゛らもついでごい。」
「――キャキャキャッ!!」
ゴブリンたちは嬉しそうにしている。
ダメだ……きっとこのままじゃ連れて行かれてしまう。
ミオさんとベルちゃんが……。
今日一日、僕のために頑張ってくれた二人が……。
――――ダメだ!
それだけはダメだ!!
二人を……助けないと……。
せめて、二人を助けてお礼をしないと……。
だから……頑張らないと……。
助けないと…………。
――助ける…………?
――――助けるんじゃなくて……守るんじゃなかったか…………?
――――――ミオとベルは、僕が守らなければいけない二人じゃなかったか……?
――――そうだ!ミオとベルは……俺が、守る!!
「――ウィンドスライサー!!」
短剣を握り直し、短剣を持っていた両手に力を込め、そう口にしていた。
呪文や技名なんかは、別に口にしなくてもいい……。
それを唱えなくても、発動することは可能だ。
だけど、それに意味がないわけではない……。
それを口にすることによって、魔法や技を明確にイメージし、より強い力を引き出すことができるからだ。
ベルの風の魔法、ミオの放った切り裂く水の魔法。
それを俺の持つ短剣に乗せるイメージをし敵を打倒する……。
ミオとベルを守るために、目の前のあれを斬り裂く。
それ故に、俺はその言葉を口にしていた。
――――それは一瞬だった。
いや、意識よりも先に、意志と体が先に動いていたのかもしれない。
トロールに、ミオとベルを献上しようとしていた、全てのゴブリンの首は落ちていた。
俺の右と左の手に持った、二本の短剣によって……。
本来ならばあり得ない速さだ。
だが、短剣に付与した風の魔法は、俺自身の身体にも付与され、その速さを尋常ならざるものにしたのだろう。
俺の武器の刃は、水が流れるかのようにゴブリンたちの首を切断したというわけだ。
これでミオとベルにすぐに危害を加えられるものはいなくなった。
だが、問題なのは目の前にいる大物だ。
俺はもう一度両手に力を込め……飛び掛かり、斬り付ける。
シュパッ、そんな音がしたかもしれない。
あるいは、音など聞こえない程に速かったかもしれない。
トロールの左腕を斬り付けた。
「――い゛でえ゛え゛え゛ぇ゛!!!おま゛え゛!な゛に゛する゛!」
だが、切断には至らなかった。
それほどまでに太かったのだ。
そして俺は、致命的なミスを犯したことに気が付く。
斬るのなら、左腕ではなく、棍棒を持った右腕であるべきだった。
――ブォン!
トロールは、振り上げた棍棒を叩き付けてくる。
――避けられる!
でも、俺が避ければミオやベルに当たってしまう。
俺の目的は二人を守ることだ。
それなら……。
「――アイスシールド!!」
氷の盾だ。
持っていた短剣を空間にしまい、氷の盾を生成する。
大きさとしては、精々が胴体を守れる程度のサイズだろう。
だが、強度は抜群だ。
今まで見てきた、どんな盾よりも強固なものを作れた自信がある。
――ガウィーン!!
棍棒と氷が接触し、妙な音が響く。
防ぎ切れた。
間違いなく防ぎ切れてはいるのだが……重い!!
その衝撃に一瞬怯んでしまう。
だが、トロール自身も動きは遅い。
――それなら……!
俺は、トロールの後ろに回り込みながら、武器を持ち替える。
双銃だ。
これに氷の魔力を乗せて……放つ!!
――――ダンッ!ダンッ!ダンッ!ダンッ!ダンッ………………!
銃弾の数が許す限り、撃ち続ける。
「うぐぁぁぁ…………。」
トロールの背中は、銃弾が命中した個所から凍り付き、次の銃弾がそこを砕きながらさらに凍らせていく。
ついには腹に穴の開いたトロールの氷像が完成する。
これでトロールはおしまいだ。
でもせっかくだ。
トドメを刺しておくことにしよう。
俺は武器をしまい、拳に力を込める。
右手をしっかりと握り、その拳を……。
トロールの氷像に向けて、思いっきり叩き付ける!!
――――ピシピシッ!バリーーーン!!
うっしゃあ!砕けた!!
それにしても……。
「――いてぇぇぇ!!」
あまりにも痛すぎて、声が裏返ってしまった。
それじゃあ、ミオとベルを家に連れて帰らないとな……。
こんなところに長居したら、また別の魔物に襲われるかもしれない……。
ミオの背中に、羽織るものを掛けながら背負う。
背負ってやると、ミオは無意識なのか、俺の首にしっかりと腕を回してくれる。
助かった……。
ベルは、仰向けのまま布を掛けてやり、抱え上げる。
お姫様抱っこってやつだ。
ミオじゃこうはいかんだろう。
ベルは軽いからできる。
いや、ミオが重いってことではなく、俺の腕力の問題だ。
お、重い……。
これが……二人分の重さか……。
俺の足跡がくっきりと残っているのではないかと思うほどの錯覚を覚える。
それにしてもミオさん……。
温かくて柔らかいです。
ありがとうございます!
背中には布を掛けてやったが、前は無防備なままだ。
色々と擦れるかもしれんが、まぁ我慢してくれ。
どうにか……やっとの思いで家に着く。
扉を開け、家の中に入る。
「――アイラさん。ご苦労様です。」
家の中に入ると、ミオは俺の首から腕を放し、そんなことを言う。
さてはミオ……実はずっと起きてたのではなかろうな……。
「ミオ……。」
「うふふ、甘えちゃいました。」
いやいや、甘えちゃいましたじゃないだろ……。
滅茶苦茶重かったんだからな……。
そんなに可愛く言っても………………まぁ、いっか。
ご機嫌な様子のミオを見ると、怒る気もなくなってしまう。
それに、今日一日頑張ってくれたことも知ってるしな……。
「……ベルを寝かせてくる。」
「はい、待ってますね。」
まさか、ベルまで実は起きてたんじゃないかなどと考えたが、ベルは本当に気絶してしまっていたようだった。
寝かせる時に、白くて綺麗な臀部に赤い跡があり、少し胸が痛くなる。
傷が残ることはないだろうが、直るまでは少し痛むかもしれない……。
「お待たせ、ミオ。」
「はい、お待ちしてました。」
「えっと……どうかしたのか……?」
「いえ、なんでもありませんよ?」
ニコニコとしながらそう答える。
「えっと……じゃあ、なんで待ってたんだ……?」
「……アイラさん。今日は……一緒に寝てもいいですか?」
「――なっ……そういうことか……分かった。いいよ。」
ミオの頼みだ。
仕方ない。
聞いてやっても悪いことはないだろう……。
「はい。じゃあ、お邪魔しちゃいますね。」
「ああ、お邪魔される……。」
ミオを先に風呂に入るように促した。
傷が沁みたらしく、ミオはすぐに風呂を出てきた。
俺はその後に入り、風呂を出る。
「アイラさん!お待ちしてました!それじゃあ……寝ましょうか!」
ミオはぺたんと座り込み、ずっと待っていてくれたようだ。
「ああ……。」
二人で同じ布団を被る。
「うふふ……ぎゅー。」
ミオに背中を向けて寝ていた俺に、ミオは抱き付いてくる。
甘えているのだろう。
「ミオも疲れてるなら、早く寝た方が良いぞ?」
「もう、アイラさんってば……イジワルなんですから……。」
「だって、ミオだって怪我してるんだろ?だったら早く寝た方が……。」
「少し痛みますけど……大丈夫ですよ?」
「う……でも……俺のせいで……。」
責任を感じる。
「アイラさん!違います。それを言ったら、私のせいです……。」
ミオはそもそもの原因を思い出してしまったのか、少し元気がなくなる。
「あ、いや、えっと……すまん……。」
「もう!謝らないでください……。」
「ああ……。」
「…………アイラさん……。私のこと……抱き締めてもらっても……いいですか……?」
「……え……えっと……。」
「……ダメ?ですか……?」
その言い方はズルい。
「う……わ、分かった……。」
断れるわけがない……。
ミオの方へ体を向け、抱き締める。
「うふふ。温かいです……。」
「ああ、俺もだ……。」
なんだか、急に恥ずかしくなってくる。
「もしかしてアイラさん……。照れてるんですか?」
そ、そんなまっすぐに聞くな。
照れる……。
「え、いや、あの……まぁ……な……。」
誤魔化す。
「……アイラさん……触って……もらえませんか……?もっと……もっといっぱい、触ってください……。」
「――んなっ……!」
ミオは、積極的な時はとことん積極的だ。
「……ダメ……ですか……?その……嫌なら……いいです……。」
だから、その言い方はズルいだろ……。
「……うう……わ、分かった。」
そう返事をする。
「えへへ、アイラさん。大好きです……!」
ミオは、腕にしがみ付いてくる。
「ま、まったくミオは……。」
意味のない言葉。
照れ隠しだ。
「アイラさん……。ほら……。触り心地は、いかがですか……?」
ミオは、体を隠していた一枚の薄布をあっという間に開けてしまい、俺の手を、自分の身体へと導く。
「あ、ああ……。」
温かくて柔らかい。
「あっ、ん……。」
ミオは急に色っぽい声を出す。
「み、ミオ……。」
「……もっと……もっとたくさん、触ってください……!」
「……あ、ああ……分かった。」
ミオがそう言うなら仕方ないだろう……。
「……ん……あっ、ん……ん……あっ……。」
「……大丈夫か……?」
「……はい……。もっと……もっとたくさん……してください……。」
「……ミオ……。」
ミオのことが愛おしくてたまらなくなる。
「……あっ……ん……あっ!う……!い、痛っ!」
ゴブリンに付けられた傷に触れてしまったのだろう……。
「――すまん……。大丈夫か……?」
「は、はい……だ、大丈夫です……気にしないでください……。」
「……あ、ああ……。」
「……あっ、んっ……あっ、い、んっ、あ……痛!い、痛っ!ん……んんっ!」
「――ほ、本当に大丈夫か……?やっぱり、このまま寝た方が良いんじゃ……。」
「――だ、大丈夫です……!あと、あとちょっと……あとほんのちょっとだけ……。」
「……分かった……。」
まぁ、あと少しくらいなら……。
「――あっ!んっ……あっ、あっ、あっ……ん……ん……あっ!……あっ!……ん……んんっ!……あっ!あっ!あっ!あっ!!あっ!!んっ……ひうっ!ん……あっ!!あっ!!あっ!!……ひ、ひうっ!いうっ!あっ!あっ!あっ!!いふっ!!いうっ!!いうっ!!いううっ!…………いっううううううう!!!」
傷を抉ってしまったのかもしれない……。
身体をビクビクと震わせて、それ以上何も言えない様子だ……。
「――だ、大丈夫かミオ!?す、すまん!!調子に乗り過ぎた……!!」
「……い、いへ、ら、らいりょうぶれふ……。ちょ、ちょっとビックリしただけですので……。」
「……そ、そうか……ならよかった……。」
「はい……。」
心配してもらったことが相当に嬉しかったのか、ミオは蕩けた顔でそう返事をすると、そのまま眠ってしまった……。
それに誘われるように、俺も眠りへと落ちて行く…………。