07 初めての学食
翌日の昼休み。
「ここが、学食よ! ミシェルちゃん」
「わぁ……、とても広いのね」
私とマリーちゃんを含め、クラスの女の子六人で学食へとやってきました。
学食は同じ学年の生徒が全員入れそうなほどの大きさがあり、学年ごとに食堂が分かれているのだとか。
二人掛けの席から、十数人が一緒に食事を取れる長テーブルまで、さまざまな席が用意されているようです。
壁側には生徒の列ができていて皆、トレーに何かを乗せています。
「学食の利用方法は知っている?」
マリーちゃんにそう尋ねられ首を横に振ると、彼女は手取足取り学食のシステムを教えてくれました。
この学食はビュッフェスタイルで、好きなお料理を好きなだけトレーに乗せて、清算場所でトレーに乗せた分の金額を支払うシステムのようです。
「つい、たくさん取りたくなっちゃうから、気をつけてね」
「うん……、頑張る」
前世の私は、このようなシステムを経験したことがあるようですが、今の私は自分でお料理を選ぶなんて初めての体験なので、ドキドキしてしまいます。
それに今までは、毎日のように持参したサンドイッチばかり食べていたので、お昼に暖かいお料理を食べられることが、私にとっては夢のようです。
マリーちゃんにお勧めのお料理を教えてもらいながら、何とか自分で選んだメニューは、とても特別なものに見えてしまいました。
清算場所でお金を支払い、これからが最後の難関です。
重いトレーを持ったまま、つまずかずにテーブルまで行ける自信がありません……。
けれどこの難関を突破して、初めてできたお友達との学食を体験したいです。
そろりそろりと移動をしていると、急に手が軽くなり、トレーが宙に浮きました。
「俺が席まで運んであげるよ」
トレーの行方をたどると、爽やかに微笑んでいる殿下のお顔を発見しました。トレーは浮いたのではなくて、殿下が持ってくれたようです。
大変ありがたいお申し出ではありますが、殿下に持っていただくなど失礼ですし、私は注目を浴びたくないんです。すでに周りが、ざわざわし始めているではありませんか。
けれど、私が言わんとすることはすでに、想定しているようなお顔の殿下。
「つまずいてトレーをぶちまけるほうが、よほど注目を浴びると思うよ?」
「はい……。よろしくお願いします」
テーブルまで運んでくれた殿下は、トレーをテーブルに置くと椅子まで引いてくれて、周りがまたもやざわざわしています。
殿下にお礼を言うと、彼の後ろにいたらしいセルジュ様が顔を覗かせました。
「おっ。殿下が、初めての学食を先に越されたと嘆いていたが、これがエル……ミシェル嬢の友達か」
セルジュ様がクラスの子たちを見回すと、マリーちゃんがふふっと笑います。
「あら、それは失礼いたしました。ルシアン殿下とセルジュ様もよろしければ、ご一緒にいかがですか?」
マリーちゃんがそう提案すると、他の四人もうんうんと熱心に首を縦に振っています。
私としてはせっかくできたお友達と、のんびりお食事を楽しみたいのですが。
殿下が一緒ですと、周りの注目を浴びすぎてゆっくり食べられませんよ。
そう思いながら視線を殿下に向けると、彼はくすりと笑って私の頭をなでました。
「彼女には違う初めてを貰う予定だから、今日は遠慮しておくよ。ミシェル、また放課後にね」
「はい、ありがとうございました」
殿下がおとなしく引き下がってくれたことにホッとしたと同時に、周りからは「きゃー!」と悲鳴が多数あがりました。
何ごとかと思いながらクラスの子たちに視線を向けると、五人とも真っ赤な顔をしているので、私は首を傾げてしまいました。
「今の発言に動じないなんて、ミシェルちゃんて大物だね……」
「そうかしら」
動じるも何も、今のはハーレム勧誘みたいなものですよ。私の補助魔法に返事をするのとさほど変わりません。
皆これくらいで顔を赤くしていては、殿下のハーレムで活躍する日も近そうです。
そう思いながら殿下が去ったほうへと視線を向けると、シリル様が座っている四人掛けのテーブルに、殿下とセルジュ様も腰を下ろしました。
それを見た私は、何か不自然さを感じます。
私が想像していた殿下の学園生活は、常にUR美少女に囲まれたものだと思っていたのに。殿下のテーブルにいるのは、シリル様とセルジュ様だけ。
UR美少女たちは違うテーブルで楽しそうに談笑している様子が、ここから見えます。
彼女たちは、殿下のハーレムメンバーではなかったのですか?
これは、どういうことなのでしょう。
休日の私といえば、朝から晩まで読書に明け暮れているのが定番です。
けれど殿下に「休日も狩りをしなければ、間に合わないよ」と言われたので、残念ながら読書三昧は諦めて休日も狩りのお約束をしました。
けれど休日の朝。屋敷まで迎えに来てくれた殿下は、どういうわけか手土産を持参していて。
なぜか今は、殿下と両親と私の四人で、応接室にてお茶をいただいております。
「いやぁ! ルシアン殿下がついていてくださるなら、これ以上心強いものはありませんな!」
「本当ね。この子は実技が苦手なもので、大変助かりますわ」
毎日私とレベル上げをしているという話を殿下がすると、両親はとても喜びました。
私の実技の成績については、両親共に頭を抱える問題。突然現れた殿下は、救世主にでも見えているのではないでしょうか。
「彼女には上位クラスへ編入してもらい、一緒に学業を楽しめたらと思っています。ね? ミシェル」
殿下はそう微笑みながら私の頭をなでますが、そういうスキンシップはお父様が勘違いをしてしまわないか心配です。
「ミシェルをそれほど気に入ってくださったとは、ブラント家としては喜ばしい限りです!」
「どうか末永く、娘と仲良くしてくださいね。ルシアン殿下」
「はい。それはもう、末永く大切にさせていただきますよ」
私を抜かした三人が、意気投合した様子で微笑み合っているのがとても不気味です。
外堀を埋められている気がしてならないのですが。お父様が、側室への道を模索し始めたらどうしましょう……。
すっかり両親の心を掴んでしまった殿下は、大手を振って私を狩りへと連れ出したのでした。
わざわざ挨拶などせずとも、両親が王太子に対して悪い感情を抱くはずもありませんが。そういう誠実さは、殿下らしいとも思います。