34 一番は
殿下は「遅かったな」とセルジュ様に声をかけました。
「とどめを刺さないように戦うのも、大変なんだぞ」
面倒くさそうな声をあげながらセルジュ様は、私たちの前に引きずっていた彼を転がしました。
やはり彼は、下位クラスの委員長で間違いないようです。
転がされて傷に響いたのか、委員長は小さくうめき声を上げました。
彼の衣服はボロボロに裂けていて。セルジュ様の風属性攻撃を受けたことが伺えます。
捕らえるのが目的だったのなら、そこまでしなくてもセルジュ様なら彼を拘束できたのでは……。
「あの……、これは?」
「彼はアデリナの共犯者。っというよりは、アデリナを利用したと言うべきかな」
委員長に向けた殿下の視線は、怒りに満ちているように思えます。
殿下の説明によると、委員長の家は第三王子派だそうで。
アデリナ殿下の思惑を知った委員長は、彼女に私を始末する方法を提案したのだそうです。
けれど委員長の目的は私を始末することではなく、助け出すためだったようで。
アデリナ殿下が私のHPを低く見積もっていたのは、委員長の助言によるものだったようです。
「なぜ委員長が、わざわざそのようなことを?」
「彼は不可侵協定を悪用して、ミシェルを長年に渡り孤立させてきたんだよ」
「え……」
委員長は、男子生徒にのみ有効なはずの不可侵協定を、下位クラスの女子生徒にも厳守させていたそうです。
素材をクラスに配った日。殿下が不可侵協定を守っていないことを知った女の子たちは、もうあの協定は無効なんじゃないかと思ったのだと、マリーちゃんが殿下に話したそうです。
「孤立させたいほど、私は委員長に嫌われていたのでしょうか……」
下位クラスで唯一私の相手をしてくれていた彼に、まさかそのようなことをされていたとは思いませんでした。
いつもため息をつきつつ私の面倒を見てくれていましたが、そこまで嫌われていたなんて悲しいです。
私と関わりたくないのなら、はっきりとそう言ってくれたら良かったのに……。
「俺がいるから、もうミシェルに寂しい思いはさせないよ」
殿下は私を慰めるように、優しく抱きしめてくれました。
嫌われ者の私でも、殿下は変わらずに接してくれるようです。安心感を得ていると、シリル様が咳払いをしました。
「殿下、都合の悪いことを伏せるのはフェアじゃないのでは?」
どういう意味かと思って殿下の顔を見上げてみると、彼は苦虫を噛み潰したようなお顔をシリル様に向けていました。
「ミシェル嬢の想像とは真逆です。彼は貴女を独占したいがために、そのような行動に出たんですよ」
シリル様のお話によると、私をクラスで孤立させて、委員長だけを頼るように仕向けたのだそうです。
委員長が「中位クラスへ編入する」と言い出したのは、それを継続させたかったからなのでしょうか。
先ほどはアデリナ殿下が去った後に、ヒーローの如く登場して私を助けるつもりで近くに潜んでいるところを、セルジュ様が阻止したそうです。
「歪んだ愛だ」と、呆れたようにシリル様は委員長を蹴りました。
いつも穏やかなシリル様らしからぬ行動に、思わずびくりと殿下の服を掴んでしまうと、殿下は小さく笑いました。
「彼を捕らえる機会を、ずっと伺っていたんだ。俺のミシェルを独占するなど……、死罪にしても気持ちが収まらない」
どうしましょう。殿下が先ほどのクロード殿下よりも、悪いお顔になっています……。
「そのようなことで、死罪は困ります……」
「俺にとっては、最重要問題なんだけど。ミシェルは彼の肩を持つつもりなのかな? もしかして、俺より彼が好きなの……?」
「まさかっ。長年お世話になりましたが、特に深い感情は持っていません」
「本当に? それなら、ミシェルから直接言ってほしいな。ミシェルは誰が一番好きなの?」
答えなどわかっているようなお顔で、嬉しそうに聞かないでほしいです。
「でっ殿下が、一番好きですっ。二番目以降は、いませんっ」
クロード殿下までいるのに恥ずかしくなりながらもそう答えると、殿下の可愛い笑顔と共に、なぜかため息が二つほど聞こえてきました。
「そこは社交辞令で良いので、二番目は僕にしてほしかったです……」
「シリルは三番でいいだろう……。幼馴染に対する義理くらいあっても良くないか?」
「セルジュは、はっきりとフラれたんでしょう? いい加減に諦めたらどうですか」
「諦めたけど、それとこれとは話が別だろう。シリルこそこの期に及んで二番になろうなんて、往生際が悪いぞ」
シリル様とセルジュ様がぼそぼそと話をしているところへ、「そうだな」と殿下が口を挟みました。
「シリルのためにも、ここははっきりさせるべきだ。ミシェルお願いできるかな?」
「あの……、何をですか?」
「シリルはミシェルにフラれていないから、次に進めないようなんだ。彼のためにも、はっきりと断りを入れてくれないかな?」
殿下は、従者を思いやる素晴らしい主のような雰囲気で、そう提案しました。
けれど私はそもそも、シリル様から告白を受けていないのですが……。
どうしたら良いのか困っていると、殿下は悲しそうなお顔で私を見つめました。
「まさかとは思うけれど、ミシェルはシリルのことが……」
「ちっ違いますっ。やらせていただきますっ」
殿下は心配し過ぎです。
これ以上あらぬ疑いをかけられるまえに、ここは素直に従うしかなさそうです。
シリル様に視線を向けると、彼は何とも言えない表情で私を見つめました。
「あの……。シリル様のお気持ちはわかりかねますが、私は殿下のことが好きなので……。その……、ごめんなさいっ」
このような断り方で合っているのか、甚だ疑問ですが。殿下は満足したご様子で「ありがとう」と私を抱きしめました。
「悪魔だな」とセルジュ様が呟き。
「殿下は王座より、魔王を目指したらいかがですか?」とシリル様が提案し。
「さすがは兄上です!」と、クロード殿下がルシアン殿下を褒めちぎる中。
「ジルも必要か?」
殿下にそう声をかけられたジル様は、関わりたくないとばかりに私たちから視線をそらすと「間に合っています」と呟きました。