33 真相
「放しなさいっ! こんなことが許さると思っているの!?」
けれど、初めに口を開いたのはアデリナ殿下でした。
彼女は騎士団の拘束を振り払おうとしていますが、魔法の杖を折ることができた彼女でも、屈強な男性の腕から逃れることはできないようです。
「今までは、君の将来も考えて穏便に済ませてきたつもりだったが。ミシェルに直接手をかけたからには、それ相応の報いは受けてもらうよ」
ルシアン殿下がアデリナ殿下に鋭い視線を向けると、アデリナ殿下は拘束から逃れようとしていた動きを止めて、嘲笑いながら私たちを見下ろしました。
「貴方、私がルダリア王国の王女だということをお忘れなのかしら? 貴族の小娘一人を手にかけたくらいで、私をどうこうできるはずがないわ」
「確かに君の言うとおり、今朝まではそうだったが――」
ルシアン殿下はそこで言葉を切ると、私の頭を自身の胸にぴたりと寄せました。
「今のミシェルは、俺の正式な婚約者だ」
「なっ……!」
そう叫びかけたのはアデリナ殿下だったのか、それとも私だったのか。はたまた双方だったのか。
とにかくアデリナ殿下はとても驚いた表情をしていましたが、それは私も同じです。
「でっ殿下……、婚約者とは……?」
婚約する予定ではありましたが、まだ上位クラスに編入していません。そもそもこういうことは、ある日突然に告げられるものなのですか?
両家が集まって、よろしくお願いしますとかしないのですかっ。
私の困惑を笑顔で受け止めた殿下は、私の手に頬ずりしました。
「やっとこの日を迎えられて、嬉しいよ。ミシェルが成人したら、すぐにでも式を挙げようね。学生結婚でも構わないだろう?」
「あのっ……」
殿下がどんどん、先へ進んでしまいます。私を置いていかないでくださいっ。
「殿下、はしゃぎすぎですよ。ミシェル嬢が困っているではありませんか」
シリル様が呆れたように声をかけると、殿下は「ごめんね、嬉しすぎてつい」と苦笑しました。
「今日は、朝から大騒ぎだったんですから」
疲れたようにそう呟くシリル様に、ジル様がうんうんとうなずいています。
「そういえばなぜ、ジル様もいらっしゃるのですか?」
素朴な疑問を尋ねてみると、やっと殿下は説明を始めてくれました。
「ジルは俺の側近に引き入れたんだ。彼には、ドルイユ家について探りを入れてもらっていたんだけど、近頃のドルイユ伯爵は頻繁にクロードの後ろ盾と接触していたらしくてね」
殿下は中位クラスの生徒に声をかけていると言っていましたが、そのひとりがジル様だったようです。
ジル様は、嫌がらせの件で犯人の目星がついていたようですし、その能力を買われたのでしょうか。
そう思っていると、続けてクロード殿下が口を開きました。
「ちょうど俺も、アデリナの様子がおかしいと思っていて、兄上に相談していたところだったんだ」
「クロード殿下が紹介したんじゃない! 私を裏切りますのっ!?」
まるで狂犬が鎖から逃れようとするように、騎士団の腕越しに身を乗り出したアデリナ殿下に向かって、クロード殿下はこてりと首を傾げました。
「俺は元々、兄上側の人間だけど? それに将来の伴侶に、後ろ盾や使える駒を紹介するのはごく普通のことだろう? アデリナは何か勘違いをしてしまったのかな」
「だって……、殿下は王太子になりたいと……」
「この国の王子として生まれたからには、王太子の証を取得するのは義務だと思っている。それに俺にとって王太子を目指す過程は、敬愛する兄上の足跡をたどる有意義な時間でもあるんだ」
クロード殿下は神でも崇めているようなお顔で、ルシアン殿下を見つめました。
よほどクロード殿下は、ルシアン殿下のことがお好きなようです。
「そんな……」と、意気消沈するアデリナ殿下へ、追い打ちをかけるようにクロード殿下は意地の悪い笑みを浮かべました。その表情も、ルシアン殿下とそっくりです。
「それに悪いことをする時は、俺に気づかれないようにしてくれなければ。兄上の大切なものを奪う計画に俺が加担したと思われたら、兄上に嫌われてしまうだろう?」
『守ってあげたい王子』の心は、思いのほか真っ黒でした。
これだけ兄を敬愛しているクロード殿下なのに、ルシアン殿下が王太子の座を奪われないよう努力している理由がよくわかりました。
けれど、腹黒さを隠しもしないクロード殿下に驚いているのは、私とジル様だけのようです。
シリル様は平然としたお顔で、話を元に戻しました。
「クロード殿下とジルの話から、アデリナ殿下の計画に気がついた殿下の行動は早かったですよ。今朝は、まだ眠っていた魔法学園の理事長をたたき起こして、ミシェル嬢が上位クラスに編入する条件を満たしているから編入させろと脅し。それから式典へ出席するため、すでに現地に到着されていた国王陛下を拉致。その足でミシェル嬢のお父上の職場へ押しかけて、婚約の契約書にサインさせたんです」
さすがに冗談だと思いながらルシアン殿下に視線を向けましたが、彼は肯定するようににこりと微笑みました。
どうやら私ひとりのために、皆様に多大なご迷惑をおかけしてしまったようです。
殿下も正装をしているということは、公務の予定があったのでは……。
「あっ、式典の挨拶は俺がしておいたのでご心配なく」
私の心配を察したかのように、クロード殿下はそう付け足しました。
「助かったよクロード、ありがとう」とルシアン殿下に感謝されて、クロード殿下はわんこのようなお顔で喜んでおります。
「そこまで、していただかなくても……」
国王陛下まで巻き込んでしまったなんて、申し訳なさすぎます。
そう思っていると、ルシアン殿下は真剣な眼差しで私を見つめました。
「何度もミシェルを、危険な目には遭わせられないから。アデリナを罰するには、こうするしかなかったんだ。強引すぎて嫌いになった……?」
心配そうに私の顔を覗き込む殿下に向かって、私は首を横に振りました。
「そうではありません……。皆様にご迷惑をおかけしてしまったのが申し訳なくて……。けれど、殿下のお気持ちは嬉しいです。それに婚約も……、驚きましたが嬉しいです」
唐突過ぎましたが、婚約をするために今まで二人でレベル上げを頑張ってきたのですよ。嬉しいに決まっています。
殿下に向けて微笑んで見せると、彼は感極まっているご様子で私をきつく抱きしめました。
「愛しているよ、ミシェル」と耳元で囁かれ。
顔が一気に熱くなるのを感じましたが、この熱さも、抱きしめられる苦しさも、婚約できたことの証のように思えてしまいました。
「なんておめでたい二人なのかしら。いくら彼女を正式な婚約者にしたからって、ルダリア王国の王女である私を、そう簡単に罰せられると思っているの?」
勝ち誇ったような口調のアデリナ殿下に反応して、ルシアン殿下は私を抱きしめる腕を緩めると、爽やかな微笑みを彼女に向けました。
「王族である俺の婚約者に対する殺人未遂だ。俺がこの場で君を切り捨てたところで、国内的には何も問題はない。国際問題には発展するだろうが、ルダリア王国が我が国の資源に依存していることは君も知っているだろう?元々嫁いでいなくなる予定の王女と、国を支える資源。君の父親ならどちらを優先するかな?」
娘の結婚より宝石取引を優先した国王ですから、答えは予想ができてしまいます。
アデリナ殿下もそれを察したのか、青ざめた表情で下を向いてしまいました。
その様子を見て取った殿下は、もう話すことはないというような雰囲気で、騎士団に命令をしてアデリナ殿下を連行させました。
アデリナ殿下が去ったことにホッとしていると、入れ替わるようにセルジュ様がこちらへやってきたのですが。
彼が引きずっているのは、久しぶりに見る人物でした。
なぜ彼が、セルジュ様に引きずられているのでしょうか。