31 クラリス様とのお茶会
翌日。クラリス様にお茶会へ参加できることを伝えると、彼女は父親からきつく命令されていたのか、心底ホッとしたような表情で感謝してくれました。
そして迎えた、お茶会当日。
殿下にいただいたドレスを身にまとい、殿下が心配しないようにいただいた杖もしっかりと持ち、私は馬車でドレイユ家の屋敷へ向かいました。
「変なところはないかしら?」
自分の体を見回しながら向かいに座っているメイドにそう尋ねてみると、彼女はふふっと笑いました。
「お嬢様、そんなに心配なさらずとも私どもがしっかりと整えさせていただきました」
メイドは自身たっぷりの様子なので少し安心しましたが、着飾ることに慣れていないので落ち着きません。
女性ばかりの社交場は、ある意味で王城での夜会よりも緊張します。
今日のお茶会は、上位貴族の令嬢ばかりを誘っているそうなので、尚更なのですが。
彼女らとは今後も関わる機会が多いでしょうから、ミスをしないように気をつけなければ。
心の中で気合を入れていると、馬車はドルイユ家のお屋敷に到着しました。
ドルイユ家の当主、つまりクラリス様のお父様は伯爵です。
我が家と家格は同じですが、ドルイユ家のお屋敷は我が家よりもずっと豪華な佇まいでした。
お父様の話によると、ドルイユ伯爵は交易で急成長をしているのだそうです。
そこかしこに置かれている彫像も異国の雰囲気があり、外国のお屋敷へ来た気分になります。
屋敷の横に目を向けてみると、すでに馬車が何台も待機していました。
思っていたより規模の大きなお茶会が開かれるようで、珍しい彫像を見て和んだ心が再び緊張で固まってしまいました。
「お嬢様、私もおりますからあまり緊張せずに楽しんでくださいませ」
「えぇ。頼りにしているわ」
何とか笑みを浮かべてから、私たちは馬車を降りました。
玄関の外まで出迎えに来てくれたクラリス様と挨拶を交わしてから、彼女は申し訳なさそうな表情になりました。
「馬車が多くて驚かれたでしょう? 実は、お母様のお茶会と日程が重なってしまいましたの」
使用人総動員で二つのお茶会をおこなうけれど、不手際があったら申し訳ないと、先に謝罪したクラリス様は少しお疲れのご様子です。
家族なら、日程の調整くらいできると思うのですが。クラリス様はあまりご両親との仲が上手くいっていないのではと、少し心配になってしまいます。
けれど私にできることといえば、彼女のお父様のお望み通りにクラリス様と交友を深めることくらいです。
せめて今日は、クラリス様の負担にならないよう楽しもう。
そう思いながら彼女の後をついていくと、案内されたのはバラが咲き乱れる綺麗なお庭でした。
「屋敷内は騒がしいですから、お庭でのんびりいたしましょう」
にこりと微笑んだクラリス様が指示した場所には、すでにお茶会用に整えられたテーブルがありました。
けれど、そちらには誰もいません。どうやら先ほど見た馬車は全て彼女のお母様のお客様だったようで、こちらのお茶会へは私が一番早く到着したようです。
勧められた席へ座ると、クラリス様の元にメイドがやってきて彼女に耳打ちをしました。
それを聞いたクラリス様が、またも申し訳なさそうなお顔になり。
「ミシェル様、失礼なのは重々に承知しておりますが、もしよろしければメイドを少しお借りできないでしょうか」
お茶やお菓子を運ぶ人員が足りないのだと、今にも泣き出しそうな雰囲気のクラリス様を見ていられなくて、即座に了承しました。
いくらお茶会を二ヶ所でおこなっているからといって、この規模のお屋敷でお茶を運ぶ人手すら足りないなんて。クラリス様とお母様の関係がますます心配になってしまいます。
「お嬢様、よろしいのですか?」
小声でそう尋ねてきたメイドに、私はうなずいて助けになってと伝えました。
このメイドは魔法が得意なので今日は護衛も兼ねていますが、クラリス様と一緒ならひとりになるわけでもないので大丈夫でしょう。
「お茶もお出ししないままで、申し訳ありません」
「いいえ、私が早く到着してしまったようです。皆様が到着されるまで、おしゃべりでもしていましょう」
これ以上クラリス様を、申し訳なさそうなお顔にはさせたくありません。
私にしては珍しく主導権を握り、彼女が楽しめそうな話題を振っていると、再び使用人がクラリス様の元へやってきました。
「クラリスお嬢様、お客様がご到着されました」
やっと他のご令嬢も到着されたようで、私は思わずホッとしてしまいました。
クラリス様はよほど不手際を気にしているのか、会話がなかなか盛り上がらず、そろそろ限界に来ていたところだったのです。
クラリス様は使用人にうなずいてから、私に視線を向けました。
「お客様をお迎えに行ってまいりますわ」
すぐに戻ると言って席を立ったクラリス様は、私の横を通り過ぎる際「本当に申し訳ありません、ミシェル様……」と呟きました。
そんなに謝らなくても良いのにと思いながら彼女に微笑みを返した瞬間、私は異変に気がつきました。
先ほどまでの申し訳なさそうなクラリス様ではなく、明らかに青ざめた様子の彼女を見て、私は寒気を覚えたのです。
何かが、おかしい。
殿下にいただいた杖を握りしめたと同時に、後ろからかけられた声には聞き覚えがありました。
「ミシェル、ごきげんよう」
「アデリナ殿下……」
振り返るとそこには、優雅に微笑んでいるアデリナ殿下が立っていて。
「あら、なんて可愛らしいドレスなのかしら。まるで貴女は、ルシアン殿下のお人形のようね」
皮肉たっぷりの誉め言葉。
どう返すべきかと考えた瞬間に、私は突然の眠気に襲われ。
薄れゆく意識の中で、私は気がついてしまいました。
クラリス様がずっと申し訳なさそうにしていたのは、家族仲が悪くて不手際が多いことに対してではなく。
これから私を騙すことに対する、罪悪感の現れだったのだと……。