29 第三王子
お昼休みに、殿下・シリル様・セルジュ様・マリーちゃんと私の五人で学食で昼食を取っていると、入り口のほうが騒がしくなり。
どうしたのだろうと思ってそちらに目を向けてみると、皆が向けている視線の先には第三王子とその隣にアデリナ殿下の姿が。
彼女はぴったりと、第三王子の腕に絡みついています。
「噂には聞いていたけれど、本当に第三王子にべったりなのね」
隣に座っているマリーちゃんが、こっそりと私に話しかけました。
「噂?」
「聞いた話によると、休み時間のたびに第三王子の教室へ押しかけているらしいわよ。正式な婚約者とはいえ、変わり身が早いというか……」
最近のマリーちゃんとはいろいろ話せる仲になったので、これまでの私たちについての事情も彼女は知っています。
そんなマリーちゃんは、呆れた様子でアデリナ殿下に再び視線を向けました。
「殿下もご存じでしたか?」
反対隣に座っている殿下に確認してみると、彼は何とも言えない表情でうなずきました。
「俺も噂には聞いていたけれど、実際の姿を見るのは初めてだよ」
この状況は、私たちにとっては朗報と呼んで良いのでしょうか。
アデリナ殿下がルシアン殿下への想いを断ち切ったのでしたら、喜ばしいことですが。
判断がつかないまま二人を眺めていると、どういうわけかその二人がこちらへ向かってきて。私たちのテーブルの前で止まりました。
防衛本能と呼ぶべきか、とっさに殿下の袖を掴んでしまったのですが、彼は優しく微笑みながら私の手を取ってくれました。
「ミシェル、ごきげんよう。今日もお人形のように可愛らしいわね」
なぜか、アデリナ殿下が真っ先に声を掛けたのは私でした。
まさかアデリナ殿下に話しかけられるとは思っていなかったのでびくりとしつつも、何とか笑みを作ることには成功です。
「ごきげんよう、アデリナ殿下。お褒めいただきありがとうございます」
「ミシェルに何か用かな?」
私の後に続けて殿下がそう尋ねると、アデリナ殿下は第三王子の腕に身を押し付けながら微笑みました。
「ふふ、未来のお義姉様にご挨拶をと思っただけですのよ。ねぇ? クロード殿下」
「すみません、兄上。アデリナがどうしてもというもので」
ルシアン殿下と第三王子クロード殿下は、共に正妃様のお子様なので容姿が似ています。
けれど雰囲気は異なり、クロード殿下はどちらかというと小動物のような印象を受けます。
『守ってあげたい王子』として、一部の女子生徒から熱狂的な支持を得ているそうで。気の強そうなアデリナ殿下とは、意外とお似合いなのかもしれません。
「そういうことなら歓迎するよ。どちらが王位を継ぐか決まっていないが、俺としては国のために協力し合える関係でありたいと思っている」
ルシアン殿下の言葉を聞いたクロード殿下は、ぱぁっと表情を明るくさせました。その表情はルシアン殿下とそっくりです。
「俺は兄上に少しでも近づきたいと思って、真似事をしているに過ぎません。兄上こそ王位に相応しいと思っています」
「クロード殿下の謙虚なお姿、私はお慕いしておりますわ」
「ありがとう、アデリナ。あまり長居しては兄上に申し訳ない。そろそろ行こうか」
「えぇ。では皆様、ごきげんよう」
仲睦まじい姿で去っていく二人を、私たち五人は呆然と眺めてしまいました。
ルシアン殿下との修羅場からそれほど日が経っていないのに、アデリナ殿下はよほどクロード殿下のことを気に入ったのでしょうか。
これで警戒する必要がなくなれば良いのですが。
「何はともあれ、丸く収まったようで良かったわね。続々と婚約が決まっていくけれど、シリル様とセルジュ様のご婚約はまだ決まりませんの?」
マリーちゃんが気分を変えるように、そう二人に尋ねました。
二人のお相手なら、きっと上位クラスの子になるでしょう。
URちゃんと結婚できるなんて羨ましいと、前世の思考回路で思っていると、シリル様は盛大なため息をつきました。
「僕は想い人との婚約が進むはずだったのですが、殿下に取られてしまったのですよ……」
もう一度ため息をついたシリル様は、恨めしそうに殿下に視線を向けました。
「取られたという表現は相応しくないな。そもそもお前のものではないだろう」
殿下は勝ち誇ったように私を抱き寄せました。
「え!? それって……」
驚いた表情のマリーちゃんと目が合ってしまいましたが、私はどう反応したら良いのでしょうか。
殿下に視線を向けてみると、彼はにこりと微笑みました。
「ミシェルは俺以外の、誰のものでもないよ」
やはり、私のお話なんですね……。
目を輝かせて詳しい内容を求めたマリーちゃんに、シリル様は悲しそうなお顔で対応しました。
「僕の母方の祖父はアーデル公爵といいまして、最近ミシェル嬢の後ろ盾になったんです。祖父は歳が同じ僕とミシェル嬢を結婚させたかったのですが、殿下が先に想いを伝えさせろと食い下がったそうです」
そのような裏事情があったとは初耳です。けれどそれをお許しになったアーデル公爵様は、実は殿下のことも気に入っておられるのでは?
王家は役に立たないと言われたそうですが、殿下には期待をしているのかもしれません。
そう思っていると、マリーちゃんと話していたシリル様が「そういえば」と私に視線を向けました。
「祖父がミシェル嬢から手紙をもらったと、自慢の手紙を僕に寄こしてきましたよ」
「私にも、お返事を書いてくださりました」
「ミシェル、公爵に手紙を書いていたの?」
「はい、一言お礼をと思いまして」
公爵様が私の後ろ盾になってくださったことは、ご挨拶をした後に知ったことです。領地へ戻られてしまった公爵様に気持ちだけでも伝えたいと思い、お礼と改めて謝罪のお手紙をお送りしました。
お返事には、体はピンピンしていることと、今度領地へ招待したいと書かれていました。
殿下は少し驚いた表情でしたが、「公爵はさぞ喜んだだろう。ありがとう」と柔らかな表情で私の頭をなでました。
領地へ招待してくださると書いてあったと話すと、「婚前旅行だね」と殿下は張り切っていましたが、正式に婚約をしたらそのような未来もやってくるのでしょうか。
勲章授与式の殿下でさえ王子様すぎて現実味がなかったのに、完全プライベートの殿下は想像がつきません。