25 殿下の部屋にて
殿下のお部屋へと通され。本来ならどきどきしてしまうシチュエーションなのでしょうが、一度にいろんなことが起きてしまったのでそんな余裕もありません。
人払いをした殿下は私をソファーに座らせ、自らも私の隣に座りました。
「あの、アーデル公爵様は本当に大丈夫だったのでしょうか……」
白髪交じりの公爵様なら、ご年齢的にどこかしら痛めていても不思議ではないと思うのですが。
けれど、私の不安に対して殿下は、「大丈夫」と自信があるように返しました。
「かつての彼は、大剣を振り回してモンスターを蹴散らしていたそうだから。あれくらいでどうにかなったりはしないよ。それに――」
殿下はニヤリと意味ありげに笑って続けました。
「彼は正確にいうと、ミシェルの後ろ盾なんだ。今回のことで悪い噂が広まることはないだろうから、安心して」
「え……?」
さらっと重大な事を言われましたが、予想外過ぎてどういう意味なのか全くわかりません。
「あの病害を解決するのに、十年もかかってしまったからね。公爵は、王家は役に立たないから後ろ盾にはなれないが、ミシェルの後ろ盾になら喜んでなると言ったんだ」
「どうして……」
しがない伯爵家の私に、公爵様の後ろ盾が必要とは思えないのですが。
「どうしてだと思う?」
殿下は私の頬に触れると、少し意地の悪い微笑みを私に向けます。
今まで殿下に触れられたことのない場所に触れられて、そんな場合ではないのに心臓がせわしなく動き始めました。
「わかりません……」
「本当に? ミシェルは自分で気がつくことのできる子だと思うけどな?」
そう言われて、落ち着かない状況ながらも改めて考えてみました。
私の後ろ盾であるにも関わらず、殿下は後ろ盾を得られたと喜んでいたことを思い出します。
彼が私の後ろ盾を利用するには、つまり……。
顔が熱くなるのを感じますが、殿下に触れられているからという理由だけではなさそうです。
殿下は私の反応を満足そうに眺めてから、言葉を続けました。
「俺の準備は、今日で全て完了したよ」
「準備?」
「ミシェルと結婚したいと国王に申し出た時に、いくつか条件を出されたんだ。ひとつは、王太子の座を奪われないだけの後ろ盾を得ること。もうひとつは、ミシェルの認知度を上げて、アデリナよりも優れていると周囲に認めさせること」
勲章授与式で、国王陛下と殿下が私を持ち上げていたのは、そのためだったのですね……。
「アデリナ殿下に比べたら私なんて、品位に欠けますし王太子妃の器では……」
そう事実を述べてみると、殿下は思い出したように笑いました。
「出会った頃のミシェルのように、素をさらけ出している君も好きだけどね」
どうやら殿下は、私が最も品位に欠ける行動を取っていた頃を思い出したようです。
あの頃はハーレムに入りたくなかったので、殿下の前で自分を良く見せようなんて発想すらありませんでした。
殿下の前でお腹を鳴らしてみたり、サンドイッチにがっついてみたり、思い出しただけで顔から火が噴出しそうです。
「もっもう、あのような真似はできませんっ」
殿下は「それは残念」と笑ってから、急に真剣な顔つきになりました。
「ミシェルがあらぬ誤解を受けないよう、対策だけはさせてもらったよ」
「私の体質のことでしょうか……。公爵様から伺いました」
「うん。俺の後ろ盾になってくれている貴族には、理解してもらったから。それを理由にミシェルを批判するような者が現れた場合には、即座に対処してくれるはずだ」
「ありがとうございます……。あの、殿下はご存じだったのですね……」
私も隠していたわけではないのですが、改めて話して余計に気を遣わせてしまうかもしれないと思うと言えませんでした。
「ミシェルの両親に婚約の打診をした際に、話してくれたんだ。黙っていてごめんね」
「いいえ。私は普通の人と変わらずに接してもらいたいので。ただ、殿下がいつも気にかけてくださっていることは、嬉しく思っていたんです。いつも私を助けてくれて、ありがとうございます」
改めて日頃の感謝を伝えると、殿下は軽くうなずいただけで話を元に戻しました。
相変わらず恩に着せようとしない姿は、とても素敵です。
「最後に国王から出された条件はミシェル自身についてで、君が上位クラスになることを求められたんだ。この国は魔法の力によってモンスターとの均衡が保たれているから、王太子妃にもそれなりの能力が必要でね」
それで殿下は、熱心に私のレベル上げを手伝ってくれていたのですか。
その提案をされたタイミングを思い返すと、殿下は私が思っていたよりもずっと前から、行動を起こしていたことになってしまいます。
「ミシェルが上位クラスに編入してくれたら、俺は婚約を申し込んでも良いことになっているんだけど。後は、ミシェルの気持ち次第だよ」
私と婚約するために、殿下が今まで頑張ってくれていたのなら、私もそれに応えたいです。ですが、王太子妃が私に務まるのかという漠然とした不安と、側室問題……。
「俺は愛のない結婚は求めていないんだ。ミシェルが貴族の義務として俺との婚約を受け入れるつもりなら、きっぱりと断ってくれて構わないよ」
殿下は顔を近づけてくると、額同士をくっつけました。
あまりの至近距離に、心臓が止まりそうです。
「ミシェルは、俺のことをどう思っているの?」
殿下は、意地悪すぎます……。
これだけ用意周到に進めておきながら、私の気持ちを先に言わせるなんて。
そんなふうに迫られたら、伝えるべき言葉はひとつしか……。
「大好きです……っ」
そう伝えた瞬間、殿下に唇を奪われてしまいました。
とろけてしまいそうな感覚に耐え切れず思わず殿下の服を掴むと、彼にそのまま抱きしめられて、さらに深く求められ。
甘くて苦しい感覚から開放され、何も考えられない状況で瞳に映った彼は、とても幸せそうなお顔をしていました。
「愛しているよ、ミシェル」
ずっと態度では示してくれていましたが、初めて言葉にしてくれたことが嬉しくて、胸が締め付けられてしまいます。
幸せを噛みしめるように、再び私を抱きしめた殿下。
こうして抱きしめられると、何よりも安心感を得られます。
不安ばかりが先行していましたが、私は彼が大好きなんだと。先ほど言葉にしてみて実感しました。
『ゲームの主人公は総じて優しく女性の困りごとを解決してくれて、知り合った女性は誰もが主人公を好きになる』
前世の私の認識どおりでした。
優しい殿下も、私のために行動してくれる殿下も、たまに意地の悪い殿下も……。
私はいつも彼に心を揺れ動かされていて、いつの間にか殿下のことを好きになってしまいました。





