21 セルジュの提案
その意味について考える必要もないくらいに、彼の眼差しは熱く真剣なもので。
けれど、彼からそんな提案をされる日が来るとは思っていなかった私は、どこから考えをまとめたら良いのかわからず、言葉を失いました。
セルジュ様は私の反応を待っているように、じっと見つめたままです。
何か返さなきゃと思い「あの……」と発したところで。
「エルに王太子妃は、荷が重いんじゃないか?」
「え……」
「学園内で注目を浴びただけであたふたしているエルにとって、公務で人前に出るのは負担が大きいはずだ。殿下がエルの性格に配慮して側室にしたとしても、公務が全くないわけじゃない」
「そうかも、しれません……」
「俺なら、エルが静かな空間で読書にだけ没頭できる生活を提供できる」
私にとっては夢みたいな提案ですが、そのようなことは可能なのでしょうか。
どんなに夢を語ろうとも結婚を決めるのは親同士で、子はそれに従うのみというのが貴族の家に生まれた者の定めです。
せめてもの思い出にと、学生生活の中で叶わぬ恋に情熱を傾ける人たちもいるほどで。殿下と私だって、その中の一組なのかもしれません。
「セルジュ様のご両親はなんと……?」
「うちは騎士の家系だから、親父の意見は単純なものさ。欲しいものは自分で勝ち取ってこい! と言われたよ」
セルジュ様の両親と私の両親は友人同士なので、あちらから婚約の打診があれば両親も拒みはしないでしょう。
それこそ私たちが幼い頃に、将来は結婚させようなんて両親同士で話していたほどですから。
毎日のように読書に明け暮れ、セルジュ様に猫可愛がりされる生活。
貴族同士の結婚なら一夫多妻制ではありませんし、彼との関係がもっと前に改善されていたなら、私は喜んでお受けしていたかもしれません。
けれど今の私は、殿下のそばにいたいという気持ちが大きくて。
殿下との結婚が叶わなくともURちゃんたちのように、彼が王位に就くために支えるひとりになりたいと思っています。
「はぁ……、やっぱ駄目だったか……」
真剣な表情が一気に消え、肩を落としたセルジュ様。
私、まだお断りをしていないのですが。
「あの……」
「エルにとってこれ以上ない提案をしてみたのに、顔色ひとつ変えないってことは、そういうことだろう?」
「はい……、ごめんなさいセルジュ様」
「謝る必要はないさ。俺もそのうち婚約者を決められるから、最後にけじめをつけたかったんだ」
セルジュ様は勢いよく立ち上がると、ドアに向かって歩き出しました。
「んじゃ俺、帰るわ。また明日な、エル」
「待ってください、セルジュ様っ」
振り返りもしないでそう別れの挨拶をした彼には、まだ伝えていないことがあります。
慌てて立ち上がってセルジュ様の元に駆け寄ろうとしたのですが、私が機敏な動きをできるはずもなく……。
つまずくことを予想していたのか、駆け寄ってくれたセルジュ様によっていつものパターンは回避されました。
「急に動くと、危ないぞ」
抱きとめてくれたセルジュ様は、先ほどまで真剣なお話をしていたせいか、いつものようには笑い飛ばさずに少し寂し気に微笑みました。
「すみません……。あの、セルジュ様のお気持ちはとても嬉しかったです。それに最近はとても優しくしてくださいますし、セルジュ様は素敵な男性だと思います。ですからきっと……」
そう伝えているとセルジュ様は私から離れて、壁に視線を向けながらため息をつきました。
彼の態度がおかしいので言葉を途切れさせてしまうと、彼がぽつりと。
「馬鹿……、時間と場所と体勢を選べよエル。今のはうっかり襲われても、文句は言えないぞ……」
「えっ!?」
セルジュ様ってば、突然何を言い出すんですか。
思わず身構えながら一歩後ずさると、彼はニヤリと笑いました。
「冗談だよ。俺を慰めてくれたんだろう? ありがとな、エル」
私の頭をくしゃりとなでたセルジュ様は、足早に私の部屋を出て行ってしまいました。
慰めではなく、純粋に感謝の意味を込めての言葉だったのですが。
そして『きっと素敵な婚約者様に出会えると思います』と言いそびれてしまいました。
数日後の朝。学園の門で馬車から降りた私は、「きゃー!」と周りから上がる悲鳴を聞きながら、殿下に抱きしめられていました。
「でっ……殿下、皆様から注目を浴びていますよ……」
「相変わらずミシェルは可愛いね。やっとあの案件が片付いたから、真っ先に頬を染めたミシェルを見て、癒されたかったんだ」
わざとですか。この注目度は、わざとなんですか。
「お疲れ様です……、殿下。魔法薬は無事に完成しましたか?」
「うん。その話もしたいから、少し庭の散歩に付き合ってくれないかな」
「はいっ。ぜひっ」
一刻も早くこの場を立ち去りたい私は、殿下の提案に激しく賛成しました。
学園内のお庭は朝ということもあり人の気配もなくて、私はホッと息をつきました。
殿下はアーデル地方の病害対策について、詳しく話してくれました。
あの本に書かれていた魔法薬の材料についての情報がなければ、何年も研究をしなければならなかったそうで。異例の速さで魔法薬が完成したそうです。
「それで急なんだけど、今週末に勲章授与式があるんだ。それにミシェルも出席してくれないかな?」
「殿下が、勲章を授与されるのですか?」
「うん。俺もだけど、ミシェルにもね」
「わっ……私もですか?」
本をお勧めしただけなのに、勲章だなんておおげさすぎませんか。
「国王が、ぜひミシェルにも受け取ってほしいって。それほど、あの病害には手を焼いていたんだよ」
「実際には何もしていないのに、申し訳ないです……」
「ミシェルが思っている以上に君が持っている本の知識は、国にとって大きな財産となるんだ。すでに何人か、ミシェルの元を訪ねているだろう?」
「はい、文官の方々が図書室に来られまして、探していた内容の本をお勧めしました」
最近、学生以外の問い合わせが多いと思ったら、殿下からのご紹介だったようです。
そこでふと、前世の記憶を思い出しました。
あの世界では情報がデジタル化されていて、簡単に自分が求めている内容を検索できましたが、この世界にはそういったシステムはありません。
私は検索機能として、重宝するという意味のようです。
「ミシェルには、これからも多くの人に本を勧めてもらいたいんだ。そのための勲章と思って、受け取ってくれないかな?」
「わかりました。国のお役に立つのでしたら、私としても嬉しいです」
殿下を支えるひとりになりたいと思っていたけれど、具体的に支える手段ができるのはありがたいです。
新しい道が開けたようで嬉しく思っていると、殿下は「それから」と私の顔を覗き込みました。
「俺からも個人的にお礼がしたいんだ。授与式とその後の夜会で着るドレスを仕立てたから、受け取ってくれるかな?」
「そこまでしていただくわけには……」
お断りをしようと思ったら、それは想定されていたのか殿下は黒い瞳を光らせて微笑みました。
「ミシェルは社交場に出たくないからと、社交用のドレスを一着も持っていないんだって?」
なぜ、それを……。
おっしゃるとおり、ドレスがなければ社交場に出なくても良いと思い、頑なに仕立てるのを拒否していたのですが。勲章授与式に出席すると承諾してしまいましたし、確かにドレスは必要です……。
「ありがたく、頂戴いたします……」