19 婚約時期
週末。
私はお友達のお茶会に招待されました。
作法を学ぶために、お母様が開催するお茶会に参加することは度々ありましたが、同世代の子と気兼ねなくお茶を楽しむのは初めてです。
子爵令嬢であるマリーちゃんのお屋敷でおこなわれたお茶会は、お花に囲まれた素敵なお庭が会場で。下位クラスの女の子全員と、私が参加しました。
美味しいお茶とお菓子をいただきながら、今一番盛り上がる話題と言えば婚約についてです。
この国では、魔法の実力を結婚相手の条件として重視する家も多いので、あまり若いうちに婚約は結びません。
婚約者が決まり始めるのは最終学年になってからが多く、今まさにその時期なのです。
「下位貴族の婚約は結局、余り者同士なのよ。トキメキの欠片もないわ」
そうマリーちゃんが嘆くと、他の子たちも大きくうなずきました。
下位クラスの生徒は下位貴族の令嬢令息が大半なので、伯爵家の娘である私はそういう意味でも異質な存在でした。
「そう言いつつもマリーは、幼馴染と婚約したじゃない。うらやましいわ」
「幼馴染と結婚したからって、幸せになれるとは限らないわよ……」
マリーちゃんの意見には同意します。
私も幼い頃に、セルジュ様と私を将来結婚させようと親同士が話をしているのを聞いて、泣きながら止めてとお願いした記憶があります。
ですがマリーちゃんは、まんざらでもないようで。幼馴染から突然婚約者に変わったので、照れているだけのように思います。
「それより私は、ミシェル様の恋の行方が気になりますわ。殿下とのご婚約はいつ頃になりますの?」
「あの……、殿下とそのようなお話をしたことは、一度もなくて……」
突然に話を振られてびくりとしながらもそう返すと、皆は信じられなさそうな表情をしました。
「王太子とのご婚約ですもの、時間がかかるのだと思うわ」
「どなたを正妃にするかで、意見が分かれているのかもしれないわね」
「ミシェルちゃん、心配なさらないで。殿下はあんなにもミシェルちゃんを溺愛しているのだもの。必ず妃のひとりに迎えてくださるわ」
皆がそう慰めてくれるのは嬉しいけれど、私はずっと目を背けていた事実を突きつけられた気分です。
ハーレムは回避できましたが、現実問題でこの国の王族には側室が認められています。
前世の記憶がなかったころの私なら素直に受け入れられたでしょうが、今の私に一夫多妻制は受け入れられません。
私は正妃の器でないことは自覚しているので、側室にと殿下に求められたらどうしたら良いのでしょう。
皆が側室候補で盛り上がっている中、隣に座っているマリーちゃんが私の顔を覗き込みながらにこりと微笑みました。
「殿下はミシェルちゃんしか、目に入っていないと思うわ。政治的に避けられない結婚もあるかもしれないけれど、殿下のお心はミシェルちゃんの元にあると思うの。だから自信を持ってね」
私の気持ちを知っているかのように、そう元気づけてくれるマリーちゃん。彼女には精神的に助けられてばかりで、感謝の気持ちが絶えません。
「うん……。ありがとうマリーちゃん」
こんな良い子と婚約した幼馴染くんは、本当に幸せ者だと思います。
彼女の明るい未来を願いながらも、一夫多妻制ではない貴族家同士の結婚が少しだけうらやましくなってしまいました。
ある日。学園の廊下でばったりと、アデリナ殿下とお会いする機会がありました。
「この前は大変失礼いたしましたわ。私ったら、つい熱が入ってしまいましたの」
ふふっと、大したことではなかったかのように微笑むアデリナ殿下に返す言葉が見つからずにいると、彼女はさらに続けました。
「もうすぐ、私がこの国へ来た目的を果たせますの。その時にはぜひ、貴女にも祝福してほしいわ」
「はい……」
何のお話かよくわかりませんが、王女が何かを成し遂げるなら祝福は当然でしょう。
彼女は私の返事を聞くと、軽やかな仕草で上位クラスの方へと去っていきました。
「アデリナ殿下はどのような目的で、この国へ来られたのかしら?」
隣にいたマリーちゃんにそう尋ねてみると、彼女は首を傾げました。
「下位貴族だと、そういう情報はあまり入ってこないのよね。殿下にお聞きしてみたらどうかしら?」
マリーちゃんの提案は最もですが、最近はお友達と過ごす時間が増えた代わりに、殿下と会う時間がめっきりと減ってしまったのです。
アーデル地方の病害対策は急務のようで、近頃の殿下は放課後になると急いで王城へ帰ってしまいます。
お昼休みも何日かに一回は昼食を誘ってくれますが、基本的には図書室の個室に籠っていて、城の従者を呼び寄せては会議などをしているようです。
たまにしか会えなくなったのに、貴重な時間をわざわざアデリナ様の話題で無駄にはしたくありません。
どうしても気になるというわけでもないので、その話はその場限りとなりました。