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16 不可侵協定

「えっ?」


 無口で本にしか興味がなさそうなジル様とは思えない発言に驚いて、後ろを向きかけた時。


「俺も好きだ……」

「うん、俺も好きだよ……ミシェル嬢」

「僕だって好きに決まっている」

「好き以外の言葉が見つからない」


 他の男子生徒たちも、口々にそう呟くではありませんか。

 これは殿下が、いつも私の魔法スキルに返事をするのと同じ現象です。


「あのう……。今のはただの魔法詠唱で、特に深い意味はないのですが」


 殿下の時と同じように一応言い訳をしてみると、ジル様は私の手を勢いよく掴んだので、私は思わず一歩後ずさりました。


「わかっている。俺たちにも深い意味はない」


 深い意味のない好きって、どういうことですか。


「ただ今度、一緒に強敵(・・)を狩りに行かないか」


 覆いかぶさるような勢いで、鋭い視線を向けられると怖いのですが。


 助けを求めたくて周りに視線を向けると、他の男子生徒も詰め寄るように私の周りに集まってくるではありませんか。


「俺も強敵を狩りたい気分だ」

「瀕死になるくらいのを、狩りに行こうじゃないか!」

「ミシェル嬢の回復魔法があれば、俺は一生戦っていられる」

「むしろそれが目的とも言えるが」


 ヒートアップした男子生徒に囲まれ、一緒に狩りに行く以外の選択肢がなくなってしまった私。

 仕方なく、殿下との狩りにご一緒する形でよければと提案し、なんとかこの場は収まったのでした。





 放課後。図書室へ行こうと思い席を立つと、ジル様に声をかけられました。


「図書室へ行くんだろう? ひとりだと危ないから俺も一緒に行くよ」


 モンスターの死骸を置くような危険人物ですし、心配してくれるのはありがたいですが……。今朝のジル様も、割と怖かったですよ。

 けれど同じ図書委員なので、向かう場所は同じ。断るのもおかしいです。仕方なく彼と一緒に図書室へ向かいました。


「……今朝は、すまなかった」


 廊下を並んで歩きながら、ジル様はばつの悪そうな表情でそう切り出しました。


「ミシェル嬢の回復魔法があまりに可愛かったもので、俺もあいつらもどうかしてしまった」


 今の彼は気持ちが落ち着いたのか、詰め寄る気配はなさそうです。


「いえ……。では、狩りの件は無かったことにしてもよろしいでしょうか?」

「いや、それはぜひとも参加させてもらいたい。あいつらも、そう願っているはずだ」

「…………」


 今の流れだと断れると思ったのに、そう上手くはいかないようです。


 気が重くなりながらも図書室へ到着すると、殿下とシリル様がカウンター前の椅子に座っていて。セルジュ様は、暇そうにうろうろしているのが見えました。


 殿下は、私たちを見つけると立ち上がりこちらへとやってきましたが、何だか不機嫌そうなお顔をしています。


「ミシェル、彼は?」

「こちらは同じ図書委員でクラスも一緒の、ジル様です。向かう方向が一緒だったもので――」

「ルシアン殿下は、天使に関する不可侵協定をご存じないのですか?」


 私が最後まで言い終わる前に、ジル様が私を隠すように一歩前へ出ます。そして唐突に、何かの協定の話を持ち出しました。


「知っているよ。天使が怯えぬよう、接触を禁止し遠くから見守る協定だろう」

「同学年の男子生徒全員の賛同で作られた協定を、なぜ破るんですか」

「俺に対して怯えていない時点で、それを守る必要もないと思ったからだ」

「たとえ天使が心を開いたとしても、協定を破る行為は他者を出し抜くことになりますが。他の男子生徒を敵に回してまで、天使を得たいと?」

「そのつもりだ」


 そのような協定があるとは知りませんでしたが、殿下が得たいと思っている天使とは何でしょう? 何かの隠語でしょうか。

 私も図書室の天使などと呼ばれていますが、流石に同学年の男子生徒全員を巻き込むような事態には、心当たりがありません。


「ならばもう少し、ミシェル嬢の周りを気にしたらどうですか。今回の状況から察するに、殿下に非があるのではありませんか」


 突然、話題が私に変わってしまいましたが、それは殿下に言わないでほしかったです。


 ジル様は言いたい事だけ言うと、カウンターの中へと入ってしまいました。


「ミシェル……、何かあったの?」

「あの、実は嫌がらせを受けていまして……」


 殿下にはいつもお世話になりっぱなしなので、巻き込みたくはなかったのですが。殿下に非があるなんて言われたら、誤解をとかないわけにはいきません。


 殿下は顔をしかめると、私の手を取り、歩き出しました。


「話がしたい」と言いながら、殿下は図書室の奥へと進んで行きます。

 二人きりで話がしたいのなら、個室を借りたら良いのに。殿下の表情は焦っているように見えます。


 建物の角まで来ると、殿下は振り返って私の両肩を掴みました。


「ミシェル、何があったのか話してくれるかな?」


 口調こそいつも通りの優しい雰囲気ですが、彼の表情は穏やかではありません。


 ここは包み隠さず話したほうが良いと思い、三日間に起きた出来事を全て殿下に話しました。すると彼は、勢いよく私を抱きしめるのです。


「気がつかなくてごめんね、ミシェル」

「そんな……。殿下が謝るようなことでは……」

「いや、これは俺のミスだ。ミシェルの話を聞いて犯人の見当はついた」


 あの薬品は研究所で厳重に保管されているため、貴族とはいえ一般の生徒が嫌がらせ目的で入手できるようなものではないと、殿下は教えてくれました。


 一般の生徒でなければ、残りはごく限られた人間になります。

 その薬品を手に入れられるような身分で、私に敵意を持っているかもしれない方は……。ひとりしか思い浮かびません。

 殿下を慕っている様子で、私にはきつい視線を向けていた、あの方。


「立場上、彼女を公に罰することはできないけれど、嫌がらせは必ず止めるから」

「はい……ありがとうございます、殿下」


 やはり私が思っている方と、殿下が思っている方は同じようです。

 こんな嫌がらせをするなんてメインヒロインとは思えない行動ですが、彼女はメインヒロインではないのでしょうか。


「それから……。これからはどんなに些細なことでも、俺に相談してくれないかな。他の男にミシェルが助けられるのは悔しい……」


 悔しがらずとも、いつも私を助けてくれているのに。殿下の身体がわずかに震えています。

 その震えを止められないかと、思わず彼の背中に腕をまわしてしまいました。


「殿下はいつも、私を助けてくれているではありませんか。私が学園生活を楽しめるようになったのも、全ては殿下のおかげです」

「そう思ってくれるのは嬉しいな。けれど、嫉妬心だけで言っているんじゃないんだ。俺の知らないところで、ミシェルが辛い目に遭っているかもしれないと思うと、心配で何も手につかなくなる……。俺を助けると思って話してくれないかな」


 殿下に迷惑をかけたくないと思い黙っていましたが、余計に心配をさせてしまうのは私の本意ではありません。


「わかりました。これからは相談するとお約束します、殿下」

「ありがとう、ミシェル」


 今朝のことで、私は知らぬ間に緊張をしていたようです。

 殿下の腕の中に包まれているとその緊張がとけていくようで、ずっとこうしていたいなんて思ってしまいました。


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