11 お昼休みの図書室
翌日のお昼休みは、図書室の個室を予約しておいたのでそちらへ向かいました。
ぼっち上級者の私ともなれば、ひとりでのんびり過ごせる場所はいくらでも把握しています。個室で食事をしても良いことはあまり知られていないのか、ここは意外と穴場なのです。
昼食を済ませてから、本を借りようと思い図書室の中を歩いていると、案内版とにらめっこをしている方を発見しました。
「シリル様、ごきげんよう」
「あ、ミシェル嬢こんにちは。図書室の天使降臨とは助かります」
その通り名、シリル様もご存じだったのですね……。
実際に言われたのは初めてなので気恥ずかしいです。
困っている様子のシリル様にどうかしたのかと尋ねてみると、探している本の場所がわからず図書室内を彷徨っていたと説明してくれました。
いつも、返却された本を元に戻す作業を手伝ってくれているシリル様が、本の場所がわからないとは不思議な現象です。
その疑問を訪ねてみると、全て棚番号で覚えていたのでジャンル別に区画分けされていたことに気がつかなかったそうです。
確かに本には棚番号しか書いてありませんが、そちらを覚える方がよほど大変だと思います。優秀さが招いた弊害でしょうか。
「こちらが、地質について書かれている本のコーナーになります」
地質の資料を探しているそうなのでそちらへ案内すると、シリル様はくったりと肩を落としました。
「この図書室は何を探すにも量が多すぎますね。この中から殿下がご希望する本を探すのは、骨が折れそうです」
「具体的にはどのような本をお探しですか?」
「アーデル地方の地質について、詳しく書かれている資料が必要なのですが」
「それでしたら、確かあちらに」
記憶をたどりながら本棚に視線を向けると、思った通りの場所にその本はありました。
「こちらです」と言いながら本を取ろうとしたのですが、上段にあるので本に手が届きません。脚立を探そうと辺りに視線を向けようとした時。
ふわりと、私の体が宙に浮きました。
どうしてそういう発想になってしまったのか、シリル様は私の腰を持ち上げて本を取れるようにしてくれたのです。
子供みたいで恥ずかしくなりながらも、お礼を言いながら手に取った本をシリル様に渡すと、彼はハッとしたような表情になりました。
「すみません、ミシェル嬢。つい妹と同じ感覚で接してしまいました」
「いえ……。妹さんがいらっしゃるのですね」
「ミシェル嬢と雰囲気が似ているんですよ。僕の天使です」
私を見つめるシリル様はとても柔らかな雰囲気で、彼自身が天使のようです。そんな彼の妹さんなら、本当に天使なのかもしれません。
シリル様は本の内容を確認すると、探していた資料が載っていると喜んでくれました。
「ありがとうございます、これで殿下の執務もはかどりますよ。申し訳ありませんが教室へ戻る前にでも、こちらの本を殿下に届けていただけませんか? 僕はもう少し資料を探さなければならないので」
殿下はまだ学生だというのに、学園でも作業をしなければならないほど執務を抱えているようです。
いつもお二人にはお世話になっているので、これくらいはお手伝いしたいです。
本を殿下に渡す役目を引き受けて、シリル様とはそこでお別れ。まだ教室へ戻るには早い時間ですが、殿下をお待たせしては悪いです。すぐに上位クラスへと向かいました。
上位クラスを訪問するのは初めてなので、少し緊張します。開け放たれているドアから顔を覗かせてみると、何人か教室に残っている生徒の中に殿下を見つけました。
席に座って本を開いている彼は、読書をしているのではなく談笑をしています。
彼の席の前に立っているのは隣国の王女アデリナ殿下で、二人で楽しそうに会話している様子はまさに、主人公とヒロインそのものです。
小説の表紙にでもなりそうなほど絵になる二人を見て、どういうわけか私の心は沈んでしまいました。
この前は聞きそびれてしまいましたが、彼女はやはりメインヒロインなのでしょうか。
そんなことを思っていると突然、後ろから誰かに抱きしめられてびくりとしました。
「よう、エル。上位クラスに何か用か?」
「セルジュ様……。驚かせないでください」
後ろを向いてみると、セルジュ様がいたずらっぽい笑みを浮かべていました。
頬を膨らませて抗議をすると、セルジュ様は「ごめんごめん」と言いながら私の頭をなでます。
優しくしてほしいとお願いしましたが、これだと猫可愛がりですよ、セルジュ様。
認識の違いをどう埋めたら良いのか考えていると、この体勢のままセルジュ様は、私を殿下のところまで連れて行ってしまいました。
殿下は私たちを見ると、眉間にシワを寄せてセルジュ様を睨みました。
「セルジュ、俺に喧嘩を売っているのか?」
「は? 今の殿下に、ヤキモチを妬く権利はないと思うぞ」
勝ち誇ったようなお顔のセルジュ様に対して、殿下は珍しく言い返せないご様子で彼から視線を逸らしました。
それから私に視線を向けた殿下は、いつも通りの優しいお顔で微笑みます。
「ミシェルが教室を訪れるのは初めてだね。俺に会いに来てくれたのかな?」
「はい。シリル様からこちらをお預かりしまして」
本を届けることになった経緯を話すと、殿下は手助けしてくれて嬉しいと喜んでくれました。
彼の机に視線を向けてみると、開かれている本も資料的なもののようで、殿下はお昼休みもお仕事をしていたようです。
「教室まで送るよ」と席から立ち上がった殿下は、セルジュ様から私を奪い取るように抱き寄せました。
そして、殿下が私を連れて歩き出そうとした瞬間。
「ルシアン殿下! 私とのお話し中ですわよ!」
焦った様子のアデリナ様が声を上げました。
確かにお二人のお話し中に、私たちが割り込んでしまいました。謝罪してひとりで教室へ戻ろうと思ったところで、先に口を開いたのは殿下でした。
「悪いが、彼女が最優先だ」
殿下はそれだけ言うと、私を連れて教室から出てしまったのでした。