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即死魔法使い少女と、ムッツリスケベさんの話。

作者: 井花海月

 

 私はクルミ。

 立派な魔法使いをするために旅をしています。


 そして、そんな私と一緒に冒険してくれるのは、とっても強い魔法使いのファントムさん。

 全身に真っ黒なコートを身に纏い、無口で怖そうだけどクールでカッコいい。


 そんな私とファントムさんの2人で旅をしているのだけど……こんなこと話してる余裕もないくらいに大ピンチなのです!!


「……取り囲まれたな」


 ファントムさんは、黒マントの隙間から目を覗かせ、辺りを見渡す。

 彼の言う通り、私たちの周りには種族など把握する余裕もないほどに、多種多様なモンスターが下卑た笑みを浮かべながらにじり寄ってきている。


 モンスターハウス。

 その名の通り、モンスターがうじゃうじゃいる地帯で、冒険者の指南書には真っ先に注意するように書かれている。

 どの本にも共通して『忘れた頃にモンスターハウスに遭遇する』って書いてたけど、本当に忘れた頃に遭遇してしまうだなん……。


「……クルミ、俺から離れるなよ」

「は、はいっ!」


 言われた通り、ファントムさんのマントをむぎゅっと掴む。それを確認したファントムさんはブツブツと詠唱をし始める。


「ギヒヒ、今更こんな状態で魔法など意味が……ギャァアアアアッ!!」

「な、なんだヒェエエエエエエッ!!」


 突如、私もファントムさんの周りを一斉に薙ぎ払うかの如く、周囲を取り囲む無数の魔物たちはたちまち粉々に切り裂かれていった。


「さ、流石ファントムさんです!」

「まだだ」


 ほとんどの魔物を肉片に変えた後、私とファントムさんの前に立ち塞がる一つ目の巨人。

 強靭な肉体は、ファントムさんほどの魔法でもびくともせず、こちらを見下ろすと大木ほどの大きさはある棍棒を振り下ろしてくる。


「グォオ……!」


 だが、ファントムさんのシールド魔法により棍棒は弾かれ巨大は仰け反る。

 その間にも炎や氷の槍で貫き、岩を作り出しそのまま落石させるも、巨大の肉体には傷一つとしてつけることはできなかった。


「……クルミ、アレをやるぞ」

「は、はいっ!」


 ファントムさんの指示で、私はすぐさま大きな杖を地面に突き立てると両手で握りしめ、祈りを込める。

 杖の先端部から紫色の魔力が溢れ出し、杖全体を包み込む。


 即死魔法。


 私が唯一使うことのできる、闇の魔法だ。


 この魔法が命中すれば、どんな相手でも一瞬にして命を刈り取ることのできる……それだけなら聞こえは良く強力な魔法だ。


 しかし、その実態は詠唱時間は長く、魔法の命中率も低く避けるのは容易で、タイマンでモンスターとやりあうにはあまりにも非合理で、全く使い所のない最弱魔法もいいところ。


「ファントムさん、準備できました!」

「……よし、いくぞ」


 ファントムさんの瞳が、紅く光ったかと思うと、そのまま前のめりにばたりと倒れる。


 同時に巨人は動きを止め、瞳が紅く光りだす。

 ファントムさんの意識が巨人の中に入った合図だ。


「……それぇっ!」


 杖に充満した魔力を、巨人に向かって一気に解き放つ。


 ファントムさんは、相手の体に憑依する能力がある。

 だが、その間ファントムさんの本体は動かなくなってしまうので、複数体のモンスターに囲まれた状態では使えないが、現状のように単体なら力を発揮する。


 そして、ファントムさんが憑依したことで動きを静止したところに、私が即死魔法を打ち込む。

 闇色の魔弾が巨人の体に接触したかと思うと、その目からは光が失われ、大きな音を立てて倒れる。


「……終わったな」


 本体に意識を戻したファントムさんは、ゆっくりと起き上がり土埃を払う。

 あれだけの数がいたモンスターハウスは、もはやネズミ一匹とて見当たらない。

 並の冒険者は、到底太刀打ちできずに志半ばで息絶えるケースも数多く耳にするが、ファントムさんがいかに優れた魔法使いであるかが伺える。


「よかったぁ……終わったよー!ベアくん!」


 ほっと一息つくと、背負っていたクマのぬいぐるみこと、ベアくんをむぎゅっと抱きしめる。


「…………」


 ファントムさんは、そんな私の胸に沈み込んだベアくんを見下ろす。


「あ……ごめんなさい。私ったら子どもみたいで……」


 ベアくんは、私が小さい時に両親からもらったぬいぐるみだ。

 しかし、こうして冒険者として旅をするようになってからも肌身離さず持っていないと落ち着くことができずにいた。


「……気にするな」


 ファントムさんは、無口で何を考えているのか分からない。

 だが、少なくとも15歳にもなってぬいぐるみから離れられない女のことをどう思うかなんて、それくらいは分かる。


「……分かってるんです。このぬいぐるみからも卒業するべきですよね。ベアくんは次の街で捨てーー」

「クルミ」


 いつの間にか、私の前に屈み込んで真正面から私を見つめてくるファントムさん。

 光の灯らない紅い瞳が、私の方をしっかりと見据えて言う。


「ぬいぐるみ、大事にしてやれ」

「……はいっ!」


 それでも、私のこんな女々しい有様を咎めるどころか肯定してくれるファントムさんは、素晴らしい方だと思う。


 どうして、こんな私と一緒に旅をしてくれるのか。

 ファントムさんの目的は何なのか。

 まだ分からないことはいっぱいだけど、これからもファントムさんと一緒に旅を続けていきたいと思える、そんな素晴らしい仲間だ。


 ーーーー


「……それじゃあ、おやすみなさい。ファントムさん」

「……ああ」


 その日の夜、ファントムさんはいつものように、宿屋の壁にもたれかかって眠る。

 眠ると言っても、いびきや寝言は一切なく、まるで死んでいるかのように動かなくなる。


 借りる宿はいつも一人用の部屋で、私にベッドを貸し切って自分は壁でいいと聞かず、私の主張も聞かずそのまま目を閉じ眠りだしてしまう。

 毎度のことなので、すっかり慣れてしまってはいるが。


「……さて、私も寝よう」


 いつも肌身離さず持っているベアくんは、眠る時も例外ではなく、強く抱きしめて眠りにつく。

 すっかりルーティンになっており、ベアくんがいないと眠気すらやってこない。


「おやすみ、ベアくん」


 今日も変わらず私は、ベアくんを胸に沈みこむほどに強く抱きしめる。




 この時、ベアくんの瞳が紅く光ったような気がしたが、これの意味を私が知るのは、まだ先の話である。


このヘンタイッ!!!

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