60. 代理戦争
「我々は、ディンカ族でな」
グオルは室内にも関わらず、電子タバコを取り出して、口に含んでから話し始めた。
「ディンカ族?」
「ああ。ここ南スーダンに古くからいる部族だ。世界で最も平均身長が高いと言われている」
それでリョウジは思い出した。
このグオルは身長が2メートル近くもある大男だが、他の兵士たちも軒並み190センチを越えていたのを。
「現在、隣のルバ族と戦争をしている」
(呆れた)
内心では、そう思わざるを得なかった。
世界が大変なことになり、温暖化や戦争で、飢餓や戦死が相次いでおり、世界人口が大幅に減っているにも関わらず、ここでは相も変わらず「戦争」をやっていた。
まさに、ウィリアムズが言った通りの世界だった。
「つまり、俺たちに代わりに戦え、と」
「そうだ。ただ、普通に戦ってもつまらん」
「何が言いたい?」
グオルの意図がいまいちわからないリョウジが尋ねると、グオルは、
「あの刀。普通の刀じゃないな、ジャパニーズ?」
不敵に微笑んでいた。
「まあ、普通じゃないのは認めるが」
いつの間にか、彼は兵士から取り上げた日本刀を目にしていたのだろう。
あるいは、もしかすると、最初に兵営に来た時から、モニター越しに見ていたのかもしれないが。
「実はな。先頃、ルバ族側が傭兵を雇った。そいつが厄介でな。そいつ1人のせいで、戦闘が上手く進んでいない」
にわかには信じられなかった。
戦争とは、所詮は「数」を頼みにするものだ。
かつての中世のような世界ならまだしも、近代戦争以降、兵士1人が戦局を大きく左右することなどありえないからだ。
ところが、グオルの言は、予想の斜め上だった。
「何者だ?」
「R-236だ」
「R-236? そいつはサイボーグの名前じゃないか?」
リョウジも聞きかじった知識だが、知っていた。
タイプ「R」と呼ばれる、優秀なサイボーグがこの世界では作成されていた。タイプ「R」はその優秀さ、従順さにより、世界中で需要がある、言わば「万能型」サイボーグだった。
それはある博士が、人為的に「機械」にしたものだという。
つまり、戦争や生まれつきの不運により、身体の一部を欠損したり、機能不全になったり、生まれつき障害を持っている人間を「改造」したのがタイプRだった。
今や世界中のあらゆるところで製造されているが、アフリカにはその製造工場はほとんどなかったと記憶している。
そのことを訪ねると、
「ああ。奴はヨーロッパで製造され、ルバ族が雇ったらしい」
苦々し気にグオルは呟き、口から煙を吐いた。
「どんなタイプだ?」
と、リョウジが聞いたのはタイプ「R」にも様々な種類がいたからだ。
タイプRを戦闘用にした場合、射撃が得意なタイプ、万能的な兵士タイプ、そして「一芸に秀でた」タイプが主にいた。
もっとも、その中で「一芸に秀でた」タイプが一番厄介だった。
「コンバットナイフ二刀流を使う」
「コンバットナイフの二刀流? そんなの初めて聞いたぞ」
よりにもよって、それが「一芸に秀でた」タイプだったことに深い失望を感じるものの、しかし、リョウジの驚愕の声とは裏腹に、グオルは楽しむかのように、微笑を浮かべて、続けた。
「それも、20代の女風のな」
「女か。少々苦手だな」
リョウジの頭には、かつてエル・ドラドで戦った、ナタリーの姿が浮かんでいた。
だが、
「見た目に惑わされるな。奴は相当な『殺人狂』でな。高周波化されたコンバットナイフで、機械の兵士もパワードスーツも何でも斬ってしまう。それでわが軍は手を焼いているのだ」
さらにグオルは続けた。
「結晶をくれてやる条件として、そいつを倒すことだ。倒せたら、譲ってやる」
一見すると、かなりの「無茶ぶり」である。
たかが、訳の分からない結晶一つのために、「命のやり取り」をしろ、と言うのだから。
だが、リョウジの瞳は、逆に「輝き」を放っていた。
こういうやり方の方が、彼の流儀に向くし、要は「手っ取り早い」し、「わかりやすい」。そう思ってしまうあたり、彼もまた「武人」だった。
「面白え。そのR-236をぶっ倒せばいいんだな」
「ああ。というか、徹底的に破壊してくれ」
「わかった」
交渉はあっさりと成立。
リョウジはグオルと再び握手をして、グオルからR-236の居場所を聞く。
曰く。
「先程の戦闘にも加わっているし、普段はここから北に20キロほどの敵側の兵営にいる」
とのことだった。
早速向かうことを告げるリョウジに対し、グオルは、まだ隠し持っていた情報をこっそり披露していた。
「それと、奴らが戦力を増強した、という情報が入ってきてな」
「何だと?」
「強襲陸戦型ロボット、G-5型という噂だ。注意しろ」
「はあ? G-5型だと。殺す気か!」
リョウジは、このアフリカに来て、いやこの長旅で一番驚愕していた。
強襲陸戦型ロボット、G-5型。それは元々アメリカ軍が極秘裏に開発していたという、「陸戦最強」のロボットであり、全高が25メートルにもなる大型の自立式AIロボットだ。
おまけに、世界大戦前に世界最強の軍だった、アメリカ軍が技術の粋を集めて開発したという、「完璧な」戦闘ロボットで、武装は巨大なカノン砲1門、レーザー砲2門、ガトリング砲2門、ショットガン1挺、追跡ミサイルに、高周波型のブレードまで持っているという。遠距離・中距離・近距離、どのレンジでも対応可能な戦闘マシンだった。
G-5の「G」の由来は「Genocide」、つまり「虐殺」だという。
このロボット1機だけで、1個連隊に匹敵するとも言われていた。
「まあ、噂だがな。それにそいつには賞金がかかってるから、もし倒せたら、お前にはハンターオフィスから賞金が出るだろう」
グオルは不敵に微笑み、追加の賞金のことまで約束してくれるのだったが。
(命がいくつあっても足りねえ)
さすがに、いくらウィリアムズからもらった日本刀があるとは言っても、化け物のような「G-5型」とだけは当たりたくはないと、リョウジは肝を冷やすのだった。
こうして、ふとしたことから、リョウジは「戦争」に巻き込まれることになる。
というよりも、これは「代理戦争」であり、ヤクザ同士の抗争の「助っ人」に近い感覚だったが。