惜敗・第七話
・魔法
魔力を行使することで起こす超常現象。魔力は、精神世界からの行使で情報を物質にすると、生成され、物質世界からの行使だと逆に消滅される(魔力生成消滅の法則)。物質から情報にする時は、先述の逆の現象が起きる。
発動する時は、科学的根拠の理解・納得と、精緻な心像、つまり豊かな想像が必要とされる。また、魔力の使用は脳に負担がかかるため、過度の使用は倦怠感、最悪脳死をもたらす。しかし、大抵は尽きる前に睡魔が襲うため、脳死した例は非常に少ない。
一方、俺とガインの戦いは決着の兆しが見えず、膠着状態が続く。ガインは口角を上げ、
「さすがは玄羽=ヴァトリーの弟子、といったところか。動きにあまり無駄がない。フフフ・・・・・・いいね。やはり戦争は楽しいな」
「ふっ」
「何を笑っている?」
「いや失礼。守るべき国も民もいない、自分の事しか考えていない者から戦争の二文字が出てくるとは」
声に、嘲笑を交えながら答え、シリアスな表情に一変させる。
「図に乗るなよ」
「世も知らぬのに、随分と偉そうな口ぶりだな。所詮は坊主達も帝国の道具に過ぎん。どうだ? 今我が主の傘下に入るなら、幹部に成れるよう進言してやる」
「生憎、俺は地位に興味がない。今欲しいのはお前の首だ」
「知っている」
そう断言し、猛攻を続ける。突きからの足のすくい上げ、横叩き、また突きへと展開する。
しかし、次の瞬間、「死」のイメージが頭によぎる。まるで等活地獄のような灼熱に焼かれ、苦しみながら死んでいく心像が。
そして、足、手から力が抜ける。外界から干渉を受けたわけではない。死の恐怖、悲しみが脳から体に発信され、無意識的に起こった。自分の瞳孔が開かれ、筋肉が収縮されたのが分かった。
突然の出来事にその場の全員の思考が止まる。
最初にその束縛から抜け出したのは、ガインだった。ガインは接近し、
「《斬鉄化》」
俺は六尺棒で払おうとするが、真っ二つに切られ、次の軌道は首を捉えていた。しかし、後ろに控えた木村が対応し、九死に一生を得る。
「《plant control root》」
ガインの足に根が絡み、進行を妨げる。
「今の内に」
「恩に着る」
地を強く蹴り、その場から退却する。同時に小栗が背後から仕掛ける。
この二ヶ月、音の知識を積み重ね、訓練してきた小栗は、完全に自身が出す音を消去する《消音》を身に着けた。師匠の《消音》を体験したことがあるが、《聴覚強化》すればするほど、その無音に不気味さを覚えるほどだった。小栗は師匠ほどではないが、我々の中では最も優れている。
故に先の魔獣狩りでも隠密を活かした攻撃が効いた。そんな小栗が本気を出せば、熟練者をも出し抜けるだろう。
しかし、ガインは師匠でもてこずる程戦い慣れている。オンラインと認められる程でもないのに気配察知や気流の動きさえも把握できる。
「《筋力強化》、《速度上昇》、《振動増幅型攻撃》」
ガインは周囲の金属を引き寄せ、
「防振合金《錬金》」
そして、小栗の方向に手を伸ばし、広げると、そこに金属の壁ができた。
「なっ、・・・・・・」
「残念だったな。音使い」
そう言うと、振動を熱に変換した金属の壁を即座に剣にし、遠隔操作で小栗を狙う。
「っ・・・・・・」
急所は免れたものの、熱で皮膚にダメージを負う。
そう、振動増幅型攻撃の弱点は、「近距離」という条件付きであること。対象に直接手を当てないと、発動できない。何しろ、「増幅型」なのだから、基を作らなければならないのだ。そして、他の弱点は「防振」、「真空」だ。特に今回の様な相手とは、相性が悪かった。
「小栗、撤退だ」
「させん」
自分に巻き付く植物を華麗な剣技、目にも止まらぬ速さで斬っていく。植物による妨害を退けたガインは、余裕をひけらかしながら接近する。
「逃げられんぞ」
「どうする? 山」
「万事休すだね。まさかあんなに強いとは。逃げるが勝ちだ」
しかし、俺達の周りに壁が出現し、三方向を閉ざされてしまった。
後ろを振り向いた時には、目と鼻の先にガインはいた。次の瞬間には距離を縮められ、剣が振り下ろされる。
避ける手段しか思い付かなかった俺達は、すぐ追い詰められ、数十秒も経たない内に喉にその剣先を突き付けられる。
「終わりだ。玄羽の弟子。師匠もすぐにそっちに送ってやる。心配するな」
口角を上げたガインは、剣を振り上げ、
「《斬鉄化》」
その零コンマの時間に自分の死を覚悟したが、
「いや、送られるのは君だよ。監獄にね、一生」
音も立てず、水流の様に滑らかに入って来たそのエレメンターは、万物を切り裂くはずの剣をしっかりと捉えていた。それも三本指で。師匠、玄羽=ヴァトリーだ。
「貴様、いつの間に。いや、何故《斬鉄化》が作用しない」
「残念だったな。《斬鉄化》は万能じゃない。鋭利な部分ではないと作用しないからな。イメージの仕方次第ではその限りではないが、訓練学校が最終学歴の君には難しいかな。
忘れていないよな、滉穎君。とりあえず、よくやった」
そう言うと、剣を持っていた三本の指に力を入れ、容易く剣を破壊した。
「なっ、馬鹿な」
驚きと共に後ろに退いた。それは無理もない。僕たちでさえ、今破壊できた理由が掴めないのだから。
「い、今のは?」
「簡単なことだ。彼が愛用しているあの武器は、チタンが主原料で非常に硬い。しかし、君達との戦いの中で僅かにヒビが入った。それを15刹那で見つけ、狙っただけ」
本人は平然と語るが、七十五刹那イコール1秒、つまり十五刹那は0.2秒。そんな反射レベルの時間に相手の弱点を見つけ出し、さらに破壊するなど、師匠でないとできない芸当だ。
しかし、相手は金使い。金属さえあれば何度でも、小栗の時の様に剣が再生可能だ。案の定、剣を作り、その殺意の刃を向ける。それが、俺達であれば有効だっただろう。
だが、相手は戦闘経験、知識共にトップクラス、いや、この表現では正しくない。この帝国でも指折りの実力者で、圧倒的な強さと冷静さを併せ持つ玄羽=ヴァトリーだ。
振り下ろされた剣を、目視できない手捌きでガインの手から落とし、
「全員耳を塞げ」
師匠はガインの耳に左手を近づけ、フィンガースナップを繰り出し、音を増幅させた。ちなみに、これも振動増幅型攻撃の一種である。
ガインは音の衝撃で怯むが、完全に意識を失っていないことを言えば、彼もまた、一流の戦士なのだろう。それでも、勝敗は決したことに変わりはなく、華麗な回し蹴りによって、イオでの騒乱は一時の静まりを見せた。
「師匠、ありがとうございます」
「ふむ。まあ、でも君達の修行をもう少し強化する必要があると悟ったよ。いかに成績が良くても、まだ熟練者に勝てる訳もない。一荒れしそうだから、僕は君達を守り切れない。
やはり、今よりもっと強くなってもらわないと」
「はい。すいません」
「いや、謝ることではない。むしろガイン君相手に善戦できた方だ。お陰で間に合ったからね」
「ところで魔物の軍団はどうなりましたか」
「それなら、彼等に任せたから、安心だ」
「かれら、ですか?」
「百聞は一見に如かず。合流ついでにあの塔に上って見てもらうとしよう」
「分かりました」
こうして、テロリストとの戦いは、一息ついた。しかし、俺の敗北した悔しさは今でも忘れられないものとなっている。
同時にこの悲惨な状況に対し、何故、こんなにも冷静で、感情一つ湧き上がらないのか。己に不気味さを覚えていた。
・自己強化魔法
アクションが使用するスキルまたは魔法。
・範囲魔法
マナが使用する事象干渉等の魔法。技タイプの補助魔法の使用または神格武器を媒体にした発動では効果の強化と時間の延長も可能。
・攻撃魔法
マナや技が使用する攻撃系の魔法全般のことを指す。
・付与魔法、補助魔法
付与魔法は技が使用する職人・非戦闘系の魔法。物質・武器に魔力(情報)を与えることで強化する。魔道具の生成等に利用する。
補助魔法は生物または魔法に魔力を伝導させることで、新たな効果の付与、増幅をするサポート系。「ヒーラー」はこれにあたる。
・変化魔法
マナ、技が使う魔法で物質の情報を改変する。