初陣・第五話
・テロリスト集団「カーリー」
フレア帝国出身エレメンター、没落貴族エノクによって造られた。79年前に組織された反乱軍が前身である。エノクの死後は水面下で破壊工作等を行っていたが、暗黒世界の支援を受けて積極的にテロを起こしている。
現在の調査では、911人が所属している事が分かっている。
訓練も無事に終了、いや逆に狩り過ぎて途中から魔獣に同情してしまう程だ。
我々の隊は群を抜いた成績で、師匠も驚いていた。そして、魔獣は素材の質が良く比較的高く売れるから、これでしばらくはお金にも困らない、とも言っていた。多分、訓練よりもお金の調達が目的だったのか、この時察した。
師匠の属する隊は意外にも金食い虫の様だ。
いずれにせよ、訓練の成果も出せ、好調のスタートとなる。ここから先は、各自で道を見つけ、進む事になるだろう。
しかし、政府管理下で「いざ、鎌倉」方式でトイラプス帝国から招集はかけられる事にはなると思うが。
「そういえば師匠。アスタグレンス皇女殿下が何処に行ったかご存知ですか?」
「彼女ならもう帰ったが、どうした? もしかして惚れたのか?」
「御冗談を。高嶺の花過ぎます。そういう事ではなく、殿下の目的は何だったのかと思いまして」
「そんな事か、もちろん偵察だろうな。2か月後の五神祭、君達の実力は未知数だからね」
「やはり、そうですか。必要以上に情報を与えてしまった気がします。まあ、ウラノスという興味深い物を見せてもらいましたが」
「ウラノスは魔境の技術を最大限に詰め込んでいるからね。情報については気にする必要はない。それよりも、地球の知識と技術をこれからは広めてくれたまえ」
魔境における地球の文化の吸収方法は、召喚した人間または転生者に広めてもらうだけ。故に所々間違えも見られるが、郷土に対応した文化となり、それはそれで良い。また、そのために我々は自由奔放に暮らす事が可能だ。
とりあえず僕は、師匠の懐刀として情報収集、治安維持、訓練に励む事にした。
馬車に体を揺らされながら、そんな事を考えていると、トイラプス帝国南端の都市イオに到着する。魔獣の森近くということで、狩人や商人で賑わう東の帝国2番目の大きさを誇る都市だ。
しかし、
「何か変だな。いつもは活気で満ち溢れるのに、やけに静かだ」
「確かにそうですね。行きは通行人で行列ができていましたし」
違和感を覚えた原因は、すぐに分かった。中に入ると煙の臭いと共に、死屍累々の光景が広がった。焼かれているのは人間、その皮膚には黒いあざがある。
「全員人の5メートル以内には入るな。これは、おそらくペストだろう」
分かりやすい程の動揺が広がり、皆は魔力をそれぞれの使い方で用い、自身を保護していた。
「ねぇ山、ペストって?」
「ペスト菌が体内で繁殖して毒素を生産することで人を死亡させる病気。ペストの一つ、敗血病が別名黒死病。感染してから発症までがかなり早いし、治療しないと数日で死亡する」
「黒死病は聞いたことがある」
「165年~180年のアントニヌス帝が治めるローマ帝国で流行ったり、14世紀の大流行ではチンギス・カンが築いたモンゴル帝国を衰えさせる一因にもなったりしているとどこかで読んだな。あと、イギリスでも流行した時、ケンブリッジ大学に通っていたアイザック・ニュートンはそれで自動的に休暇になった訳だけど、皮肉にもその1年で微積分法の証明や距離の逆2乗の法則を導いた。“驚異の一年”と呼ばれているよ」
「流石、元医学部志望だね」
しかし、何故こんなに広がるまで誰も対処出来なかったんだ? 現代では治療法も有るし、情報網だって確立している。こんな惨事にはならないはずだが。
そう考えながら川相と緊張感なく話していると、指示を出し終えた師匠が近付いて来た。
「滉穎君達の隊は民の護衛と警備を頼む。推測だが、このペストの流行にはテロリストが関係していると思われる。私は4キロメートル程離れた刑務所に行ってくる。最後に、オンラインの《list up》を使いたまえ。ワードはベルゼブブ、黒死病、そしてガイン=エルグだ」
「承知しました」
《List up》とは、任意のオンライン同士が接続し合い、記憶やそれぞれが有する知識から、物事をスーパーコンピューターの如く速く合理的に考慮するスキル。意思や考え、または視覚情報などの共有が可能であるために度々通信用の魔法として使われる。また、感同士で連絡も行え、それがオンライン型の名前の由来になっている。
ちなみにベルゼブブとは、ハエの王で、疫病の悪魔、聞いた話では堕天使ルシファーよりも強いかもしれない。神話時代にすでにサタン達と一緒に死んでおり、師匠の口から出た時は、一瞬意図が理解できなかった。
「《list up》コンプリート。よし、林、皆への説明と指示を頼む。木村と小松は一緒に来てくれ」
「分かった。何かあったら連絡する。じゃあ、小川と松尾は・・・・・・」
外からの攻撃や侵入への警戒は任せ、三人で高所からの観察を行う事にした。錬金術と近代兵器の製造を得意とする小松と、特に目立った特技はないが、何でもこなしてくれる木村を連れた理由は後で書く。
『滉穎君、朗報と悪い知らせがある。黒死病の原因が分かった。テロ組織「カーリー」の一派、「サギー」が暗黒世界からの支援で仕掛けたようだね。
悪い方は、今そちらにサギーと魔物の軍団が向かっている。魔物はこちらで足止めするが、サギーは残り五分でそちらに着くだろう。まだ彼等は人殺しの訓練ができていない。君達が何とかしてくれ。勢力は、61人にM16だ』
『承知しました』『非戦闘員も聞いてくれ。相手が南東から自動小銃M16を持って、61人で来る。健康な住民の避難の誘導と安全の確保を頼む。俺の隊は、迎撃できるように準備』
『何で交通は馬車なのに、武器はアサルトライフルなんだ。テクノロジーギャップが有り過ぎだろ』
『《list up》で愚痴を言わないでくれ。小川と松尾は隠密に徹して、相手の位置を教えてくれ』
『了解、隊長』
五分というのは、こんなに短いものだったか。ガスマスクを装備し、近代兵器を持った集団が無警戒に入ってくる。
疫病を流行らせたのはやはり彼等だったか。死体に火を付けながら閑散とした住宅地へ散らばっていく。イオが広い都市で良かった、いや、むしろそこを狙ったのだろう。
彼等が小隊に分離し、離散した所で、作戦を開始する。
『よし、できる範囲で一人一人拘束していってくれ。もし、気付かれた時は稲垣に任せて撤退だ。小川、相手の位置を』
『分かった。ありがとう』「木村、小松、できたか?」
「ああ、ほら」
変化魔法で木村に短弓、日本のというよりもどちらかと言えば西洋風の弓を、小松に金属製の矢を作ってもらった。
「即興なのに良いできだな。二人はここで次の指示まで待機を」
ある店の窓から屋根まで上り、路上の敵を狙う。弦に金属製の矢を取り掛け、呼吸に合わせて引いていく。足音がとても大きく聞こえるのに、まるで無音に感じられた。
自らの心臓の鼓動と意識が一致した時、右手の三本指を放す。死角から放たれた矢が、周囲の風を切る。
気配を感じた相手が振り向こうとした時、鈍い音と共に心臓を貫き、二人目の腿に突き刺さる。
「ぐあああああ、て、敵襲、位置は、・・・・・・むぐっ」
あそこの部隊は小栗達に任せる。
「ガインだ。どうした? 応答しろ」
「て、敵襲です。屋根から弓矢で5人同時に殺されました。敵は頭上に10人以上はいます」
「何だと、敵の位置は?」
「敵の位置は、南東にっ・・・・・・」
「どうした? 応答せよ。第3部隊応答せよ。Dammit.第2部隊、第4部隊、対処に向かえ。オンライン、狙撃手の位置を特定しろ。まさかエレメンターが生きているとは」
思い通りに事が運ぶ。倒れた相手とその仲間を、小栗の小隊が確実に拘束し、テロリストの無線機(魔道具)を利用して嘘の情報を流す。まずは、十分に戦意を喪失させてやる。そして、射線が特定されないよう、移動を繰り返し、標的を確認する。
屋根から逆さに飛び降り、室内にいる相手の頭部を狙って矢を放つ。体の向きを変え、《gravity acceleration》で安全に降りていく。
地に着くと同時に、窓ガラスが割れ、矢が脳天を貫いた。
『小川、テロリストの長は何処にいる?』
『110m先の役所にいる』
『O.K.相手を誘き出すついでに役所に向かう。そろそろ稲垣の出番だと伝えてくれ』
『分かった。死ぬなよ』
『ああ。林、木村と小栗にこっちに来るように言ってくれ』「《speed up》」
「第2部隊、一人見つけた。北に向かって道を走っている」
「ふっ。位置が筒抜けだ。まずは二人」
鼻で笑った後、腰から2本の矢を取り出し、待ち伏せしている隊を狙う。
「《perfect vision》,《high jump》」
地面を強く蹴り、右側の建物の壁を走る。小さな路地に隠れる相手を目視する直前、2本の矢から指を放し、再び《high jump》を発動させる。
同時に放たれた矢が、壁に挟まれたねずみの首を、容赦なく痛みさえも感じさせず、首を貫く。
「なっ、第4部隊、正面から攻撃を仕掛けろ。生きている者は、建物に火を放て」
「銃撃戦は勝ち目ないな」『離脱する』
ベクトルを変更し、間一髪で路地に逃げ込む。着地と同時に前転し、両側の壁を蹴りながら上っていく。屋根に足を着け、木村、小栗と合流する。
「逃げたぞ。追え」
「深追いするな、第4部隊。誰かが近寄ってくる。始末せよ」
(そっちは任せたぞ、稲垣)
銃を構えた6人組に向かい、たった一人悠然と歩いていく。目釘を湿した日本刀を携えて。
「怯むな。撃て。奴はエレメンターだ」
「抜刀。隕鉄刀」
鞘から抜くと同時に電閃が走る。隕鉄刀の放電による衝撃波で左右の建物に弾丸が流れ、ガラスの破壊音が響く。想定外の光に相手は怯み、目を開く時には、
「《斬鉄化》。やぁーーーーー」
勇ましい声を上げながら刀を振り下ろす。
「なっ、いつの間に。撃て撃て」
銃口を合わせるが、銃は既に真っ二つ。反りで相手を叩き戦闘不能にしていく。まさに雷の瞬きのように。
しかし、武士に近づく筋骨隆々(きんこつりゅうりゅう)である巨漢が一人。
「お前の剣細いな。それでまともに俺と戦えるかな」
「山が言っていた戦闘狂か」
「翔祐、気を付けろ。あいつオンバトルかつ技タイプの火、相性最悪だからな」
「そんな事言われてもな」
「何を話している? さあ、イカズチ使い、行くぞ」
大剣に火を纏わせ、15mはある距離を瞬時に縮め、加速を利用した横振りを繰り出す。しかし、銃弾を斬る訓練を積み重ねた稲垣は、その小柄な体格と鍛えた体幹で背中を反る。それに反応した戦闘狂も、即座に縦振りで攻撃する。対して、瞬間的な反応からの足のステップにより、回転しながら回避する。
「隕鉄刀、《帯電》」
二人が戦闘に突入した所で、俺、木村、小栗は役所の近くに相手を始末しながら到達し、これから対立するだろうガイン=エルグ達を見張っていた。
「なあ、山。本当に六尺棒だけで戦うのかよ」
「ああ。木村が遠隔操作してサポートしてくれるし、武器なしであいつに敵うとは思えない」
「でもさ、ガインは金、木は不利だ。やっぱここは水の俺か翔祐しかいないだろ」
「それは無理だな。俺達とガインには絶対的な差がある。殺人の経験。小栗は、どちらかと言えば音主体だし、二人共人殺しは絶対躊躇するだろうし」
「それは山も・・・・・・、いや、そうだな。でも土も金に不利なのに勝てるのか?」
「勝つのが目的じゃないさ。じゃあ、二人共ここで待機してくれ」
1.8mの木棒を手にし、初の実戦に挑む事となった。
・エノク 没45歳
紆余曲折で貴族の称号を剥奪され、没落貴族として成人を迎えた。貴族社会に疑問を持ち、当初は解放軍を組織していたが、巨大化するにつれて乱れていき、最終的には光剣部隊に暗殺された。しかし、剣技は非常に優秀で、後のガイン=エルグに受け継がれている。
・ガイン=エルグ 28歳
カーリーの一派「サギー」のリーダー。元は、エレメンター訓練生だったが、誘拐された後、洗脳によってテロリストの一員となった。
今では、殺人の快感と戦場での緊張感が気に入り、数多のエレメンター訓練生を葬った。三年前に玄羽に捕まり、イオの近くに在る刑務所に入れられていた。剣技は一流で、「エノクの生まれ変わり」と言われる。観察眼も優れており、相手の内を見抜くことができる。