思わぬ真実に私は迷わず乗り越える
ポタポタと落ちていく雫。雨で濡れて雫が落下していくのか、涙が流れているのか。どちらなのかわからない。髪が濡れて洋服もビショビショなのは気にならなかった。ただ虚しさがそこにあるだけ。
親友がいた。親しい友。信頼できる友。1人だけど、多くないけど、友がいた。その子だけは信じてた。
「あのね、私。香奈美に伝えないといけないことがあるの。私、香奈美のことだけは信じられるからさ。香奈美はーー」
残念なことにその先の言葉は、香奈美本人によって遮られた。
「馬鹿じゃないの? 私があんたを虐めるように他の人に頼んだのよ。だって、あんたうざかったもの。私にくっついて歩いて、ベラベラしゃべってさ。たいしてあなたの話は面白くなかった。聞いてるこっちのことを考えて面白い話をしてほしいよ。私のこと信じるって言うけど、こんなことを言う私のことを信じられるの?」
私自身に対しての評価を初めて聞いた。やっぱり、1人しか友人がいないのは問題だったのだろう。香奈美がいる時、私は馬鹿みたいにほとんど彼女に話しかけていた。1人になりたい時も私の話を聞いてくれていたのだろう。でも、私の話であんなに笑ってくれていた。本音は違かったというが、それは本当なのか。
「信じるよ。だって、友達だもん!!」
何かのギシギシと軋みあっている音が聞こえる。私は、「信じる」と言っている。しかし、口先だけの言葉は簡単だ。香奈美の言葉と自分の偽りの言葉で心が壊れそうになる。
笑わないといけない。今、弱いところを見せたらダメだ。だから、私は笑う。自然に見えるように、笑みを浮かべる。楽しそうに嬉しそうに微笑む。
「友達? 友達ねぇ〜。あははっ!! おかしいや。だって、私はあんたのことを友達だと思ったことなんて、一度もないもの。ふふふっ」
口元に手を添えているが、口角が上がるのを見た。きっと、それを耐えることができなかったのだろう。
私はその顔を見て、ぞっとした。ひんやりとした冷気を感じ、指先が震える。ここにいたくない。早く逃げ出したいと思いながら、彼女に向かって頼りない小さな声で言う。
「『ともだち』って、一生ものの『ともだち』だって嬉しそうに言ってくれたよね?」
彼女は、ニッと歪な笑いを浮かべる。
「ごめんね? 『ともだち』ではなく、私の一生の『オモチャ』ができて、笑わずにはいられなかったの。そういう意味では、とっても心が喜びで波打ったわ」
真実とは、時には残酷なものである。彼女が私のイジメに関する黒幕で、本当は私のことを玩具だと思っていたのだ。信じてる。親友だと思ってる。そんなことを述べたけど、結局私は彼女のことを信じきることができなかった。
「じゃあ、もう話しかけないでね。あんたは私を楽しませるオモチャ。オモチャは自分の意思を持たないのよ。それをちゃんと守るのよ? あんたは、私の言うことを聞くオモチャ。オモチャはオモチャらしく、そこにいるだけよ」
言いたいことを言って、彼女は私の前から立ち去った。思わず目で追いかけて彼女を見てしまう。それは、四人の女の子たちが彼女に駆け寄るところ。私を貶す声とそれで笑う彼女たち。 呆然と立ちすくむ私を置いて、彼女たちは私の視界から消えた。
ふと、窓を通して外を見た。灰色の曇天の空が目に入る。今にも雨が降りそうだと思っていた。そして、生気の抜けた表情で空を眺め続けていたように思う。
私はいつ家に帰ってきたのだろう。全くあの出来事から後のことを覚えていない。なんで、こんなに濡れているのだろうか。もう分からない。何も分からない。
次の日。放心した虚ろな顔をしていたと思われる。実際自分がどんな表情をしていたのかは不明だ。
朝早く家を出た。私は屋上へ進んで歩いていく。それは、自分の意思なのか、他人の意思によるものなのか疑問に思う。でも、自分の意思であるはずだ。
ふらふらとした足取りで元気な時よりも階段を登るのに時間がかかった。屋上の扉を開けて、正面の柵に向かって真っ直ぐ歩く。そして、柵を掴み、下を見る。太陽の光が大きな水溜りに反射してキラキラと輝いていた。私の口元には薄っすらとした奇妙な歪みができた。
私は、迷わず柵を乗り越えて、これからも続く未来から逃げた。
その後、何があったのか。定かではない。