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夏の残り香
夢遠く目覚めし朝の鳩時計かたかたと鳴く七時なりけり
家を出る一時間ほど汽車に乗り太陽はまた車体を焦がし
田のなかの蛙すくってギラギラと差す太陽に見せびらかさん
自転車のペダル踏みつけ夏を行く吾のさみしさは焼き焦げており
段ボールに詰めし教科書をのせた車の消臭剤のにおい
風の吹くビルの隙間に夏模様みて、ああ、きみに思い煩い
入道雲を見上げては「雨かな」ときみは笑って傘を差すのだ
あとかたもなくなった夏の影にもう残り香ひとつ感じずにいる
ノートにかいた二次関数のグラフ「もう忘れたよ」と九月に笑う
じっとりと染み出て来たる汗を拭き五十メートル八秒三八
五冊積む本のいちばん上を手に取ってぱらぱら開く午後なり
雲の根に張り付く夏の焦げた跡ソーダ購う午後四時である
道に遊ぶ三毛猫をみて自転車を止め「三毛吉」と呼び掛けてみる
電柱の影にかくれた子ども見て数年前が遠く感じて
鳥の影落つる瓦の屋根に跳ぶねこの尻尾に見るきみの笑み
陽の没すつかれを知った足裏に小石の感じが靴越しにあり