第96話 ダニエルの気持ち
この冒険者たちにとっても、他の乗客たちにとっても、マルティーナが乗り合わせたことが幸いしたようだ。
盗賊に襲撃されたことは災難だったけど、こうして命が助かって本当によかった。
(遅いぞ)
文句を言いながら私の足元に現れたマーニは、そのまま体を駆け上がって肩にちょこんと座った。
「マーニ! ティーナのことも、他の人たちのことも守ってくれてありがとう!」
これでもトブーンをかっ飛ばして来たんだよ?
私はマーニのもふもふの毛を片手で撫でながら、今回の最大の功労者にお礼を言った。
(マルティーナはお前がやった結界のリボンを着けていたんだから、あんなに大騒ぎする必要はなかったんだぞ)
「え、結界のリボンを着けてたの?」
なんだ、そうだったのか。
危険がないとわかっていたから、マーニは馬車からマルティーナを出したんだね。
(命の危険があるようなことをさせるわけがないだろう。プリマヴェーラ家を守るという約束なんだからな。たとえ名前が変わっても、マルティーナがプリマヴェーラ家の一員であることに変わりはないぞ)
「そうだね!」
(俺はマルティーノのところへ戻る。赤ん坊のことも気になるしな)
そうだった。
家出のゴタゴタで忘れそうになっていたけど、サリヴァンナ先生はお産の真っ最中なんだ。
「マーニ、もし助けが必要なときはまた知らせてね」
何かあったら、治癒薬も回復薬もいくらでも出せるよ。
(わかった。じゃあな)
マーニがふっと姿を消すと、お兄様はアッと残念そうな声をあげた。
「僕も久しぶりに撫でたかったのに……」
「赤ちゃんのことが気になるって言って、マルティーノおじさまのところへ帰っちゃいました」
「そうか、お産の最中だと言っていたね。そのうち赤ちゃんの顔を見に、ジョアン侯爵家へ遊びに行こうか」
「はい」
私たちのいとこだもんね。
また男の子なのか、それとも今度は女の子なのか楽しみだ。
「それじゃあ、今度こそ本当にうちに帰ろうか。みんな、トブーンに乗って。ーーーさあ、出発だ!」
そして私たちは、1時間ほどでプリマヴェーラ辺境伯家の屋敷内の広場へと到着した。
「ティーナ! 無事だったか!」
やきもきしながら待っていたらしいお父様が、トブーンの音を聞きつけて走り寄ってきた。
玄関口にはお母様の姿も見える。
「チェーザレおじさま……っ」
「よかった……!」
お父様はガバッとティーナを抱きしめて、ほーっと安堵のため息をついた。
「お父様!」
私もいるよ!
あなたのチェリーナも帰ってきてるから!
「ん? ……この声は」
お父様は恐る恐るといった様子で後ろを振り向くと、どういうわけか呆れた顔をした。
「お父様! 昨日ぶりです!」
私はタタタとお父様に駆け寄って後ろから飛びついた。
「チェリーナ……。お前、また帰ってきたのか? 授業はどうしたんだ?」
「父上、ティーナが殺されてしまうかもしれないというときに、呑気に授業なんか受けていられませんよ」
「チェレスも来たのか。まあ、確かにそうだな。1日ぐらいサボったところで死にはしない」
そうだよ、授業の1日や10日くらい休んだって別にどうってことないよ!
なんなら平日と休日が入れ替わっても困らないくらいだ。
「ティーナ、心配していたのよ」
小走りでやってきたお母様は、息を切らしながらマルティーナに声をかけた。
「ヴァイオラおばさま……、心配かけてごめんなさい……」
「まあ、泣いていたのね? 目が赤いわ。さあ、中へ入ってお茶でもいただきましょう」
お母様はマルティーナの背にそっと手を当て、屋敷の中へ入ることを促した。
そしてそのまま歩いて行くのかと思いきや、くるりと私の方を振り向く。
「チェリーナ。急に学院からいなくなったら、クリス様がご心配なさるのではないかしら。通信機で連絡しておきなさい」
はっ!
クリス様に言ってくるの、また忘れてしまった……!
ついこの前叱られたばかりなのに、なんですぐ忘れちゃうんだろう……。
「今回は仕方がないよ。それに、教室から出る前に、クリス様には緊急事態が起こったということは耳打ちしてきた。詳しいことは後で連絡するともね。僕もカレンと話したいし、休み時間になるのを見計らって連絡しよう」
お兄様はぽんぽんと私の肩を叩いて、慰めるようにそう言った。
よかった、とりあえず緊急事態だということは伝わってるんだ……。
私はホッと胸を撫で下ろすと、お兄様に感謝の笑顔を向けた。
そして、風魔法使いの2人の騎士たちは仕事に戻り、私たちは居間へと場所を移した。
ダニエルは当事者の1人なので話し合いに強制参加だ。
「さてと。ティーナが火魔法を発動できるようになったところから話をしようか」
お兄様がマルティーナに水を向ける。
「なに!? 火魔法を発動できるようになったのか! それはめでたいな!」
「まあっ、よかったわ! お祝いをしないといけないわね」
お父様とお母様が嬉しいニュースに顔をほころばせる。
ほらー、やっぱりおめでたいことだよね?
「ううっ……、おじさまっ、おばさまっ! 私、王都へ行きたくありません! どうにか行かずに済む方法はないでしょうか?」
マルティーナは涙を浮かべて王都へ行きたくないと訴え始めた。
「王都へ行きたくないなんて、…………チェリーナの影響かしら?」
えっ、私のせいっ!?
確かに私も散々行きたくないって駄々をこねたけども。
それとこれとは関係ないと思うな!
「違います! チェリーナお姉様とは関係ありません。私、わたし……っ! 15歳になったらダニエルと結婚するって決めてたのにっ! 王都へ行ったら結婚できない! ううっ、うわーん!」
マルティーナ……、気持ちはわかったけど……。
確かに子どものころからずっとそう言ってたのは知ってるけども。
でもその話、まずはダニエルの承諾が必要なんじゃないかな!?
「ダニエル、ティーナと結婚する気はあるのか? どうなんだ? ん?」
お父様は涙に暮れるマルティーナを哀れに思ったのか、ぐいぐいとダニエルに結婚を迫りまくっている。
……そんな風に言われたら断れなくないか?
「チェーザレ様、侯爵家のご令嬢と私では身分が釣り合いません……! 私たちが結婚など、とても無理です!」
ダニエルが鎮痛な面持ちで断りの言葉を口にすると、マルティーナは殴られたような顔をして一層激しく泣き出した。
「ダニエルッ! わたしっ、5歳のときからずっと言ってるのにー! うわーーーっ!」
「ティ、ティーナ……。弱ったな……」
泣きじゃくるマルティーナに、ダニエルは手を伸ばしたり引っ込めたりとオロオロするばかりだ。
まるで裏切られたみたいな責めっぷりだけど……、ダニエルは昔から一度たりとも承諾してないからね……?
「ダニエル、釣り合いなど気にすることはないぞ。マルティーノとティーナの命を救った恩人であるダニエルとの結婚を、いったい誰が反対するというんだ? いや、誰も反対など出来はしない! もし仮に反対する者がいたとしても、俺が黙らせるから安心するがいい!」
お父様はグッとこぶしを握り締めると、さらにゴリゴリにごり押してダニエルを追い込む。
「あなた……。ダニエルの気持ちもありますから。ダニエル、身分のことはいったん置いておいて、ダニエルはティーナのことをどう思っているのかしら? ただの同じ町出身の女の子としてティーナのことを考えてみてちょうだい」
「そ、それは……。ただの同郷の女の子なら……。こんなに一途に好意を寄せられて、それを嫌がる男などいないかと……」
ダニエルは照れくさそうにそう言うと、みんなの視線から逃れるように俯いてしまった。
あれ……?
ダニエルは一般論を装いつつも、実はマルティーナの好意を嬉しいと思ってる……?
「……本当はダニエルの方も、心の中ではティーナと結婚したいと願っているのではなくて?」




