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第92話 大人の振舞い


その後私たちは、栗ごはんと肉じゃがと肉巻きアスパラのお弁当でぱぱっと夕食を済ませると、劇の結末について意見を出し合った。


「最後は国外追放ではなく、お兄様に獄中から救い出されて、自分の意思で他国に渡ったということにするのはどうでしょうか? そして、新天地で事業を起こして、女性実業家として大成功するんです」


「いいんじゃないか。実の妹を見捨てたとあっては、チェレスの評判にも関わるしな」


お兄様の評判なんて全く考えてなかったな。

よく考えたらお父様とお母様もパーティに来るんだし、劇中のこととはいえ私に対するお兄様の仕打ちに怒り狂うかもしれないよね……。


「やっぱり、クリス様とラヴィエータが結ばれるのは変えたほうがいいですよね」


「そこは絶対変えるべきだろう。しかし、ラヴィエータがお前を陥れようと嘘をついていたことにするのはダメだな。一連の出来事の真犯人が見つかり、お前を疑ったことを後悔した俺が後を追いかけるのがいいんじゃないか。……でもそうすると、カレンデュラとルイーザはなんで嘘の証言をしたんだって話になってくるな……」


ううーん……。

今から話を変えるのもなかなか難しいな。

いっそのこと2人の出番をカットしちゃうとか……?


いや、そんなことしたらお兄様とジュリオからクレームの嵐だよな。


「しまった、もう8時だ! とっくに面会時間を過ぎている。俺はミエナインで姿を隠してこっそり帰るから、脚本のことはそれぞれ考えて、明日また話し合おう」


懐中時計で時間を確認したクリス様は、慌てて立ち上がった。

面会時間は日没までという規則になっていて、これを破ると、罰として相手の寮への立ち入りを1週間禁止されてしまうのだ。


「はい。クリス様、お気をつけて」


「じゃあな」


じゃあな、といった割りにクリス様はその場から動かない。

どうしたのかな?


「クリス様?」


「俺もお前も、もう子どもではない。これからは大人として振舞うことにする」


「はい」


急に何を言い出したんだろ?

よくわからんな。


私が首を傾げていると、クリス様は私の手を取ってぐいっと引き寄せ、おでこにちゅっとキスをした。


「ふぎゃっ!?」


突然のことに驚いた私が手でおでこを押さえると、クリス様はくくっと笑ってミエナインを羽織った。


「まずは第一歩だ。徐々に大人の振舞いをしていくから覚悟しとけよ? じゃあな」


クリス様はそういうと、私の返事を待たずに扉を開けて部屋を出て行ってしまった。


ちょ、ちょっとちょっとーーーー!

なんでいきなりキス!?


「もーーーーっ、いきなり恥ずかしいよーーー!」


私はじっとしていられなくなり、そのままベッドにダイブして左右にごろんごろんと転げまわった。


ぜいぜいぜい……。


……転げまわったら少し落ち着いてきたぞ。

5年間一つ屋根の下で暮らしてきたけど、そういえばクリス様と抱き合ったりキスをしたりしたことはなかったな……。


も、もしかして……、これがファーストキスってやつですか?

うきゃーーーっ、前世から数えて通算31年目にして初めてのキスっ!?


……いや、唇じゃないから違うかも?

ああもう、よくわからん!





翌朝食堂に行くと、すでにみんな集まっていて、私が一番最後の到着だった。

夕べはいろいろ考えていたら眠れなくなって、つい寝坊してしまったのだ。


「みなさん、おはようございます」


「おはよう」

「今日は遅かったのね、チェリーナ」


私が挨拶をすると、みんなが口々に挨拶を返してくれる。

そして、なんとなくクリス様と目が合った。


「おはよう」


「おっ……! おはよっございまっす!」


なんか恥ずかしくてクリス様の顔が見れない……っ!

どうしてだ!


「チェリーナ、顔が赤いわよ? 熱でもあるの?」


「いつもおかしいけど、今朝はますます挙動不審な気がーー」


心配そうに尋ねるカレンデュラとは反対に、お兄様は不審者を見るような目でじとっと私を見て言葉を切った。


「ーーチェリーナ、何かあったね?」


「べべべべ、べちゅに! なにもないしっ!」


「あったな」

「あったのね」


なぜバレるっ!?

ああもう、走って逃げ出したい気分だ。


「それはそうと、みんなにも話しておかなければならないことがある。例の劇なんだが、結末を変更する必要が生じた」


クリス様のナイスフォローに、みんなの注目がクリス様に移った。

ほっ……、助かった。


「クリス様、もう残り時間が十分とはいえませんが、変える必要があるのですか? 撮影後は編集という作業があると聞いていますが」


デキ男のファエロは、スケジュールがタイトになることを心配しているようだ。


「実は、一部の生徒が俺たちの撮影の様子を見て、劇中のことと現実のことを混同してしまっているようなんだ。あの劇の結末は最悪だ。このままでは出演者に更なる弊害がでる恐れがある」


最悪って。

一生懸命考えたのにひどい言い様だ。


「……まあ、確かにあの結末は理不尽極まりないし、現実的ではないな。変更する方がいいだろう」


ガブリエルもひどい……!

もういちごのロールケーキなんて出してあげないんだからね!


それにしても、ガブリエルは案外あっさり賛成したな。

きっと台詞がないから、変えても変えなくてもどっちでもいいんだろうな。


「すでに撮影している分はそのまま使用する。変更になるのは、俺とチェリーナとチェレス、そしてラヴィエータが演じる部分だな。チェリーナはチェレスによって獄中から救出されて他国に渡り、新天地で女性実業家として大成功を収める。その後チェリーナの罪は冤罪だったということが証明され、後悔した俺がチェリーナを追いかける話を考えている」


「まあっ、素敵です! その結末の方がずっといいと思いますわ」

「ええ、私もそう思います。チェリーナがたった一人で国を追われるなんて、お話とはいえ胸が痛みますもの」


カレンデュラとルイーザは、クリス様が語ったあらすじが気に入ったようだ。

なんか……、みんなにそこまで酷い脚本と思われてたなんて……、わりとショックです……。


「変更分はクリス様がお書きになるのですか? 来週は編集作業に充てたいので、今週中に撮影を終えられればと思っていたのですが……」


アルフォンソが心配そうに言った。

編集作業はアルフォンソが1人で行うことになっているから、スケジュールが押すと困るのだろう。


でもさあ、私の脚本なのになんでクリス様が変更分を書くと思ったの?


「もちろん、この私が責任を持ってーーー」

「俺が書く。もう時間がないのに、無自覚に非常識なことを書かれると困るからな」


そ、そんな!


「それがいいよ」

「そうですね」

「それがいいですわ」


揃いも揃ってあんまりなんじゃないかな!?

ぐりんと首を捻ってクリス様を見ると、クリス様は肩を震わせて笑いを堪えているようだった。


「くくっ、冗談だよ。変更分を書くのはお前だ。俺はお前ほど想像力が豊かではないからな。ただし、問題がありそうなところは書き直してもらうぞ」


ふむふむ、作家は私でクリス様は編集者ということですね。

了解しました!


よく見たらみんなも笑っている。

どうやら悪ふざけして、わざとそれがいいと言っていたようだ。

もう、人が悪いんだから!


助演女優賞と脚本賞の2部門受賞を目指していたのに、断念させられちゃうのかと思ったよ!






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