第91話 ラヴィエータの受難
ラヴィエータは口を開こうとするものの、なかなか涙が止まらず言葉にならないようだった。
私は少しでもラヴィエータの気持ちが落ち着くようにと、優しく背中をさすった。
「ううっ……、ぐすっ……」
ひとしきり泣いた後、やっと涙が止まってきたようだ。
「大丈夫?」
「は、はい……」
「それで、何があったの?」
ラヴィエータは顔をあげて私の方をちらりと見たけど、逡巡するように目をつむり、また下を向いてしまった。
「もしかして……、あの人たちにいじめられているの? もしそうなら、先生たちに話して毅然とーー」
「い、いえっ! 違います! そうではなく……」
どうしてそこまで言いにくそうなんだろうか。
「ラヴィエータ? 話してくれなければ力になれないわ」
私は励ますようにラヴィエータの手を握って、話すことを促した。
「は、はい……。では……。あの方たちは、私たちの撮影の様子を部分的に見ていらしたようで……。劇中のことと、現実のことを混同されているようなのです」
「ええっ、なんですって!?」
「私のようなものが、婚約者であるマルチェリーナ様を差し置いてクリスティアーノ殿下に色目を使うなどずうずうしいと。それがあの方たちの主張なのです……。でも……、そう言われても……、パーティまでもう間もないというこの時期に、役を降りることなんて……っ、ううっ……」
な、なんてことだ!
完全に私のせいじゃない!
「ごめんなさい、ラヴィエータ! 私の脚本のせいでこんな目に遭うなんて……。どうしましょう。いまの脚本のままだと、クリス様とラヴィエータが結ばれて、私が他国に追放されることになるのよね。この終わり方では、ますますラヴィエータに非難の目が向くことになってしまうかもしれないわ……」
「うう……っ、わあーっ!」
ラヴィエータは私の不吉な予言に顔色を失くすと、テーブルに突っ伏して泣き出してしまった。
ど、どうしよう。
どうにかして円満なエンディングにしないと、ラヴィエータの学院生活に支障がありまくりだよ!
無理を言って出演をOKしてもらったというのに、こんな迷惑をかけてしまうなんて……!
「ラヴィエータ、本当にごめんなさい。時間的にすべて撮り直すことは難しいけれど、これから撮影する部分を変更することにするわ。ラヴィエータが悪く思われないように、何か考えるわね」
「ぐすっ……。マ、マルチェリーナ様……。ありがとうございます」
「お礼なんて言わないで。迷惑をかけているのは私の方なのだから。そうだわ、こんな時は甘いものを食べると気分が晴れるのよ。ちょうど今日考え付いた新作があるの。ーーポチッとな!」
私はせめてものお詫びになればと、魔法でいちごのパフェが入った箱を出した。
ビリッと箱を壊して中のパフェを取り出し、ラヴィエータの前にすすっと器を押しやる。
「さあどうぞ! クリス様もとても気に入っていたのよ」
「お、おいしそう……。それに、とても綺麗ですね」
「遠慮しないで食べてね」
「はいっ。いただきます!」
ラヴィエータはそう言って笑顔を見せた。
ふう……、なんとか笑ってくれたから一安心だ。
それにしても、考えなしの私の行動のせいで、あっちでもこっちでも迷惑をかけてしまった。
自分のダメさ加減に泣けてくるよ……。
やっぱり私には、人が大勢いる都会の生活は向いてないらしい。
帰れるものなら今すぐ辺境に帰りたい……。
ラヴィエータがパフェを食べ終えたころ、コンコンというノックの音が部屋に響いた。
「来たぞ」
ガチャリと扉を開けたのはクリス様だ。
そういえば夕方また来るって言ってたけど、もうそんな時間か。
「ク、クリスティアーノ殿下!」
ラヴィエータは慌てて立ち上がり、クリス様に頭を下げた。
クリス様は返事もせずにじいっとテーブルの上のガラスの器を凝視している。
あの……、いちごのパフェはいくらでも出せるんだから、1つあげたくらいで文句言わないでくださいね……?
「……ああ、客がいたのか」
「いえっ、私はちょうど失礼するところでした! それでは、クリスティアーノ殿下、マルチェリーナ様、これにて失礼致します」
「あっ、ラヴィ……」
ラヴィエータは足元においていた荷物をすばやく掴むと、あっという間に部屋を出て行ってしまった。
「……なんだか目が赤かったように見えたが。何かあったのか?」
パフェの器しか見ていないのかと思ったら、クリス様は意外にもちゃんとラヴィエータの顔も見ていたようだ。
劇の結末を変えるとなると、変えることになった経緯を黙っているわけにはいかないよね……。
また怒られそうだな……、私が悪いから仕方ないんだけど……。
「なんだよ? めずらしく元気がないじゃないか」
クリス様は、しょんぼりしてしまった私の目線に合うように身をかがめた。
うう……、心配そうに私を覗き込むクリス様の紫色の目を見ていたら、なんだか泣きたくなってきたよ……。
「クリス様……、私……、私っ、また迷惑かけちゃいました……っ。ううっ、うわーん!」
クリス様は唐突に泣き出した私にぎょっとしていたけど、背中に手を回してあやすように抱きしめてくれた。
「今度は何をしでかしたんだ? 俺に話してみろ」
「私たちの劇をっ……、見た人がっ……、ラヴィエータをいじめてっ。でも、それは誤解で……っ!」
「……撮影を見た者が、劇ではなく現実のことだと誤解してラヴィエータをいじめているんだな?」
私はコクコクと頷いた。
あの女子生徒たちは私のためを思ってラヴィエータに注意していたのだから、いじめと表現してしまうのは申し訳ない気がするけど、他に適切な言葉がとっさに思い浮かばなかった。
「そうか。そうすると、今の脚本のままだと、さらに酷くいじめられることになるかもしれないな……。何しろ、自分より高位の貴族令嬢の婚約者を横取りするというのに、その行為を誰に咎められることもなく、被害者である筈のお前が国外に追放される話じゃな」
ゲームのストーリーを元に私が考えた脚本ではあるけど……、今あらすじを聞いたらかなりムカつく話だな。
前世では特に疑問を持ってなかったけど、現実ではお互いの親も黙ってはいないだろうし、こんな展開になることはまずありえないよね。
「クリス様……っ! どうしましょう!」
私はクリス様のシャツにすがり付いて涙を拭った。
「お前……、人のシャツで涙を拭くのかよ。まあ、結末を手直しするしかないだろうな。俺も一緒に考えてやるから、そんなに泣くなよ。お前が幸せになる話にしよう」
クリス様はポケットからハンカチを取り出すと、ごしごしと雑に涙を拭いてくれた。
「はい……。クリス様、ありがとうございます」
大人になったせいか、子どものころに比べるとクリス様もだいぶ優しくなった気がするな。
それに、いつも隣にいるのがお兄様だから小柄に見えていたけど、こうして抱きしめられてみるとクリス様もかなり背が高くなったことがわかる。
もう180cmを超えているのかもしれない。
「責任の一端は俺にもあるからな。脚本を考えたのはお前だが、劇にしようと言い出したのは俺だ」
はっ、それもそうだ!
じゃあ、今度のことは私たち2人の連帯責任だ!
「そうですね! じゃあ2人で責任を取りましょう!」
よかったあ。
2人一緒だと思ったら、急に気分が軽くなった気がする。
お父様がいつもやるみたいに、ぽんぽんと頭に手を乗せられたらだいぶ調子が戻ってきたよ!
……わがまま王子だと思っていたクリス様も、いつの間にかこんなに頼りになるようになったんだな。




