第90話 二人きりの昼食
コンコンというノックの音と共に、私の部屋の扉がガチャリと開かれた。
「来たぞ」
あの……、いつものことですけど……、こっちが返事する前に開けたらノックの意味がないと思うな!
ひとこと言ってやりたいけど!
私は大人だから怒らない……、心を無にして……、スー……、ハー……、よし。
「クリス様、お待ちしていました。どうぞ、こちらにおかけになってください」
文句を言いたい気持ちを押し殺して、私はにっこり笑ってクリス様に椅子を勧めた。
私に割り当てられた部屋は10畳程の個室で、勉強机とベッドとクローゼット、そして2人掛けのテーブルセットが備え付けられているのだ。
「ああ」
「クリス様、お腹が空きましたか? 今日は何を召し上がりますか?」
「お前は何を食べるんだ? いつも俺に先に選ばせておいて、お前は後から美味そうな珍しい食べ物を出すよな」
だって毎回同じじゃ飽きるからね。
先にお客様に出すのがマナーと思ってのことだったけど、改めて指摘されてみると私が意地悪してるみたいに聞こえるような……。
「じゃあ、私から先に選びますね。ーーポチッとな!」
私はお弁当の箱をパカッと開けて、クリス様に中身を見せてあげた。
今日は、タンドリーチキンにしてみました!
付け合わせは、チーズ入りのひとくちコロッケ、海老とアボカドのマヨネーズ和え、グリーンサラダ、そしてオレンジやグレープフルーツなどの柑橘系カットフルーツです。
「……美味そうだな。俺も同じものにする」
「はい。ーーポチッとな! さあ、いただきましょう!」
飲み物は勝手にマンゴーラッシーを選んでおいてあげるね。
クリス様もたぶん好きだと思うよ。
「ーーうん、これも珍しい味付けだが美味い。お前はどうやってこんな料理を思いつくんだろうな」
ええと、お弁当の中身は、基本は前世のお母さんの得意料理がメインになってますね。
……お母さんを思い出したら、なんだか和食も食べたくなってきたな。
夜は、栗ごはんと肉じゃがにしようかな。
肉じゃがの肉は鳥そぼろで、たまねぎとグリーンピースと……。
「チェリーナ?」
はっ、晩ごはんのメニューを考えるのに没頭しすぎた!
「すみません、夕食は何にしようかと考えていました。ええと、お弁当の中身は、何となくパッと頭に思い浮かぶのですが……、どうやってというのは上手く説明できません」
「お前、よく昼食を食べながら夕食の事を考えられるな。まあ、それはいいが……、いちごを使った甘いものは、他にも何かあるのか?」
クリス様、またいちご食べたいのか。
ほんと好きだよね。
んー、じゃあ、いちごのパフェとか?
シンプルにいちごに練乳かけたのでも満足しそうだけど、見た目はパフェの方がテンションがあがりそうだ。
今回迷惑をかけてしまったお詫びに、今日はいちごのパフェを進呈するとしますか。
「ええ、ありますよ。食後に食べましょう! きっと気に入っていただけると思います」
「あるのか!」
クリス様、めっちゃ嬉しそうですね。
いつも無愛想なのに、ニコニコと顔をほころばせている。
そんなに喜ぶなら、今度からはたまに新作を出してあげてもいいかな。
「ーーポチッとな! さあどうぞ。これはいちごのパフェという食べ物ですよ」
お弁当を食べ終えた私は、ペンタブに高さのある四角い箱を描いて、初披露のいちごのパフェを出して見せた。
今回は使い捨てのお弁当容器と違って、ガラスの器に入ったいちごパフェです。
見た目も味のうちだからね!
上のふたを開けると、カットされたいちごが、花びらのように美しく盛り付けられているのが見える。
美味しそう……、じゅるり……。
「こ、これは! いちごがこんなに……」
クリス様はいちごのパフェの華やかさに、ぱあっと顔を輝かせた。
よかったね、クリス様。
さて、食べよう……、あれ?
箱の中にジャストサイズでパフェが入っているから、上から器に手が届かなくて取り出せない……。
これは要改善だな、次からは横から開けられるようにしないと。
「クリス様、上から取り出しにくいので、箱の横の部分をビリッと破いた方がいいかもしれません」
「ああ、そうするか」
2人してビリッと箱を破くと、中に入っていたパフェ用のスプーンがカランと倒れて来た。
「器まで美しいな……。それに、このスプーンも見たことがない形だ」
まあね!
味も美味しいよ!
「クリス様、いつまでも眺めていると、中のアイスクリームが溶けてしまいますよ」
カップに入ったアイスクリームは前にも出したことがあるけど、パフェに入ってることは知らないだろうから一応教えといてあげるね。
「アイスクリームが入っているのか。いちごに、白いクリームに、アイスクリーム……、それにいちごのジャムも入っているな……」
いちごジャムじゃなくて、果肉感を残した甘さ控えめのいちごソースだけどね。
どうでもいいけど、早く食べなよ!
クリス様は散々眺めまわした後、やっと一口目をぱくりと口に入れた。
ああ、うん。
美味しかったんだね、見て分かったよ。
それからクリス様は一心不乱にいちごのパフェを食べ尽くすと、夕方また来ると言って満足げに自分の部屋へ戻って行った。
そしてやっと1人になれた私は、満腹になったお腹をさすりつつ、ドレスのままベッドにごろんと横になる。
もうおなかいっぱいだよ……、ちょっとだけ昼寝しよ……かな……、ぐう。
ハッと気が付いて時計を見ると、もうそろそろ4時になろうかという時間だった。
どうやら2時間以上寝てしまったらしい。
昼寝をし過ぎたら夜眠れなくなるし、それに食べてすぐに寝たら太るんだよね……。
お年頃の乙女としては気になるところだ。
ちょっと散歩でもしてカロリーを消費するかな。
私はそう思い立って部屋を出ると、寮の玄関口の方から話し声が聞こえてくることに気が付いた。
「ーーーなのよ!」
誰の声かな?
知ってる人だったら一緒に散歩に行こうって誘ってみようっと。
「私、そんなつもりじゃ……」
「そんなつもりじゃないですって!? いまさら言い逃れをしようだなんて、どこまでずうずうしいのかしら!」
んっ!?
なんか、揉めてる感じ!?
いったい誰が……、私が玄関扉の影に隠れてこそっと外の様子を伺うと、買い物帰りらしいラヴィエータと、数人の女子生徒がいるのが見えた。
知らない顔だけど、大勢でラヴィエータを責めるなんてよくないな!
ここは私がラヴィエータに加勢しないと!
「みなさん、どうかなさいまして?」
「マ、マルチェリーナ様っ! いいえ、どうも致しませんわ。少し話をしていただけです。話は終わりましたので、私たちはこれで失礼いたしますわ」
私の方は知らない人たちだったけど、向こうは私のことを知っているようだ。
揉めてるのかと思ったけど、話をしてるだけだったの?
私が首を傾げているうちに、女子生徒たちはささっと寮の中に入って行ってしまった。
「ラヴィエータ、何かあったの?」
ラヴィエータの怯えた顔を見ると、ただ話をしていたようにはとても見えない。
「いっ、いいえ……」
「ここでは話しにくいわね。私の部屋に行きましょう。さあ」
そう言って促すと、ラヴィエータはこくんと頷いて、素直に私の後に付いて来た。
そして、部屋に入ってパタンと扉を閉めると、ラヴィエータは堰を切ったようにすすり泣き始めた。
「ラヴィエータ……、何があったのか話してくれるわね?」




