第9話 画期的な連絡方法
そうだ。
フィオーレ伯爵家の人たちはまだ何も知らないんだ。
早く知らせてあげないと!
「早駆けが得意な騎士は誰だったかしら……」
「おかあさま! ミケーレは馬がとくいです!」
私は、ちょうど傍にいた16歳の従騎士、ミケーレを推薦した。
ミケーレは私が時間を忘れて野原を駆け回ってると、馬で私を回収しにきてくれる気のいいお兄ちゃんだ。
「でも、ミケーレはまだ従騎士だし、一人で行かせては危険じゃないかしら。ここが襲われる可能性も考えなければならないし、二人は行かせられないわ」
襲われる可能性もあるのか。
やっぱり、みんなを守れるような武器が必要なんだよね……。
せっかく便利な魔法があるのに、使いこなせない自分がもどかしい。
これから毎日練習しないとな。
「奥様! 私は一人で大丈夫です! 馬には自信がありますので、私が向かいましょう!」
まだ若いミケーレは討伐隊に加われず、歯がゆい思いをしていたらしく、張り切って立候補してきた。
「そこまでいうのなら……、でも気をつけるのよ。道中何があるか分からないわ」
「ミケーレにもミエナインとラップを出してあげる! ポチッとな! はい、これを着ていけばおそわれないんじゃないかな? ミケーレ、がんばってね!」
「マルチェリーナ様、ありがとうございます!」
ミケーレは大事そうに品物を受け取って胸に抱くと、ぺこりと一礼した。
うんうん、いいんだよ。
私に騎士の誓いをするときはもっといいものあげるからね、早く一人前の騎士になってね!
「それじゃあ、急いで手紙を書くから、ミケーレは馬の準備をしててちょうだい」
「はい!」
ミケーレはあっという間に厩の方へ走り去って行った。
馬だけじゃなくて、本人の足も速いんだよね。
それにしても、遠くにいる人と連絡取る方法って早馬以外に何かないのかな?
ここからフィオーレ伯爵家の屋敷は近いほうだけど、それでも馬車で4時間はかかる。
早馬なら半分くらいの時間で着けるのかな?
着いたとしても2時間か……。
ああ!
何か画期的なアイデアーーー、カモン!
「おい。お前はさっきから一人でなに百面相してるんだよ。しかめっ面だと、ブスがますますブスに見えるぞ」
ツーン。
無視無視!
私は忙しいんだから。
「おい、返事しろ」
「チェリーナは今いそがしいのです。かっきてきなれんらく方法がないかと考えているのです」
「連絡方法か……、確かに早馬でも時間がかかるよな。鳥みたいに空をひとっ飛びできればな」
ーーーーん!?
空を飛ぶ。
それは確かに早い。
実際に、王都とプリマヴェーラ辺境伯領間の連絡には鷹を飛ばしている。
でも、鷹は決まった区間しか往復できない。
フィオーレ伯爵家まで飛べる鷹は、うちにはいないのだ。
魔法で何か出せないかな。
でも飛行機は難しすぎるし、ヘリコプターも難しいよ……。
そうだっ!
タケトンボ型の国民的乗り物なら簡単だ!
よーし、早速ペンタブを出して描いてみよう!
薄い板状のプロペラに、ぶすっと芯を突き刺すだけだもんね。
フリーハンドで若干線がガタガタだけど、気にしない!
あとは吸盤をくっつけて、空を自由にどこまでも飛べるイメージで~。
わはは、楽勝楽勝。
「できたっ! せーの、ポチッとな!」
カラン……。
「うお。なんか変なものが落ちてきたぞ。なんだこれは?」
クリス様が地面からタケトンボを拾い上げて、まじまじと眺め回している。
「空を飛べるどうぐです」
「空を!? こんな木っ端のようなものでどうやって?」
むっ。
失礼だな。
それ、木じゃなくて竹ですからー!
「かえしてください!」
クリス様の手から奪い返すと、私は頭にぺたっと装着した。
……どうやって動かすんだろ?
とりあえず、念じてみるか。
アイ キャン フラーイ!
ブブブブブブブブ!
おお、回った!
またもや大成功かあ、自分の才能が怖いわー。
ブチブチッ!
いだだだだだだ!
突然の痛みに顔をしかめていると、私の頭頂部の髪の毛を数本引きちぎったタケトンボが、ブーンと空高く舞い上がっていくのが見えた。
「ーー確かに飛んでったな! で、あれで何が出来るんだ?」
クリス様は無邪気な笑顔で、呆然とする私にタケトンボの用途を尋ねてきた。
くッ!
本体を運べてないんだから、失敗なんだけど、だけど、だけど……、失敗なんていいたくないっ!
「もしかして、あれで手紙を運ぶのか?」
!!!
「そうっ! そのとおりです! よくぞみやぶりましたわね、さすがはクリス様ですわ。ほーーーほほほっ!」
そうですよ、人間が重すぎるなら手紙を運べばいいじゃない。
最初からそう思ってました!
よし、用途が決まれば後は改良だね。
プロペラ部分に届け先を書けば運んでくれるかもしれない。
そうだ、お母様にもう一通手紙を書いてもらって、フィオーレ伯爵家へ飛ばしてみよう!
上手くいけば馬よりずっと早く着く。
私は張り切ってお母様の元へと駆け出した。
私がお父様の執務室に入ると、お母様はすでに手紙を書き終え、封蝋にプリマヴェーラ家の刻印を押しているところだった。
「おかあさま、もう一つうてがみを書いてください! チェリーナの魔法ではこべるかもしれません!」
「ええっ、魔法で? もう一通書くのはいいけれど、まずはこの手紙をミケーレに渡してきてちょうだい」
「はい、わかりました!」
私はお母様から手紙を受け取ると、玄関前で待っているミケーレに手紙を渡すべく、玄関ホールをバタバタと走り抜けた。
「おい! お前はあちこち走り回りすぎだ!」
後ろからクリス様の声がかかる。
別についてこなくていいんですけど。
勝手についてきて文句言わないでください。
「ミケーレーーー! てがみもってきたー!」
「ありがとうございます! では、行って参ります!」
ミケーレは手紙を受け取って懐へしまうと、ひらりと馬に飛び乗った。
「ミケーレ、がんばってーーー!」
あっという間に駆け出したミケーレの背に大声で声援を送ると、ミケーレは片手をあげて応えてくれた。
ええと、お母様が手紙を書いている間にタケトンボの改良をしないと!
はあ、忙しい。
まずは絵本を使って、線をまっすぐに引きなおす。
それからプロペラの部分に、「フィオーレ伯爵家行き」と書き込んだ。
あれ、でもこれじゃ行ったら戻って来れないかな。
そうは言っても、もう書き込めるスペースがないよ。
そうだ、絵を拡大すれば余白が増えるな。
私は絵を200%拡大すると、余白に「配達が完了したら自動で戻ってくる」と書き加えた。
吸盤はいらないから、代わりに輪っかに変えて、手紙を丸めて差し込めるようにしよう。
「チェリーナ、書けたわよ。魔法でどうやって運ぶの?」
お母様が手紙を手に玄関前に出てきた。
「ーーーポチッとな! おかあさま、このわの中にてがみを丸めてとおしてください。」
お母様は言われたとおりに手紙を筒状に丸めて、輪に通した。
「チェリーナ、これでは落ちてしまわないかしら?」
そうですよね。
飛ばす前からいかにも滑り落ちそうに見えますもんね。
「おかあさま、ひもでグルグル巻きにしてみますか?」
「紐を使うなら、筒の中に紐をたらして、出てきた両端を結べばいいわ。ちょっとまっててね」
なるほど!
お母様、頭いい!
お母様は細い紐を持って戻ってくると、手早く手紙を輪にくくり付けてくれた。
「さあ、これで大丈夫でしょう」
「ありがとうございます! では、飛ばしてみます! フィオーレはくしゃくけまでとんでけー!!」
私が空に向かってぽいっとタケトンボを投げ上げると、タケトンボはブーンと音を立ててそのまま空のかなたへ消えていった。
「……おかあさま。あちらはフィオーレはくしゃくけの方向でしょうか?」
「……ええ、方角は合っているわ」
だけど、ただ「フィオーレ伯爵家行き」って書いただけで本当に着けるのかな?
はっ!
もしかして「カレンデュラ行き」って書いたら、カレンデュラのところへも届く?
例えば目立つ赤い布とかをくくりつけて飛ばせば、お父様たちがカレンデュラを見つける手助けになるかもしれない!