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第88話 しどろもどろの言い訳


マーニが去った後に残されたお弁当の中身を見ると、メインのステーキだけ完食して、ごはんや付け合せには手が付けられていなかった。


前にもこういう食べ方をしてたから、最初からステーキだけ単品で出してみたりもしたんだけど、そうすると「ごはんも食べたかった」とか言い出すんだよね……。


本当に手がかかる、わがまま狐だ。


「行っちゃいましたね」


「何だったんだろうな?」


私はかがんで箱を拾い上げると、お父様と一緒に屋敷の中へと入っていった。


足を一歩踏み入れたところで玄関ホールをぐるりと見回してみたけど、私が王都に行ってから何も変わっていないようだ。

懐かしさが胸いっぱいにこみ上げてくる。


おお、夢にまで見た我が故郷よ!

私はついに帰ってきた!


2週間ぶりだな。


「マルチェリーナ様、お帰りなさいませ」


「ただいま、セバスチャン。体の具合はどう?」


セバスチャンもこの頃めっきり年をとり、体のあちこちが痛むようになった。


数年前に、そろそろ引退を考えてはどうかとお父様から話があったんだけど、セバスチャンは体が動く限りは働いていたいと言ってこれを固辞した。


長年仕えてくれているお礼にこれからの生活の面倒は見るから、お金の心配はする必要ないと言ったんだけど、せめてお兄様が結婚して、生まれてくる跡継ぎの顔を見るまでは続けたいのだそうだ。


そこで、少しでもセバスチャンの体が楽になるようにと、ミント味の携帯用回復薬をあげてみたら、痛みにも効くし気分がスッキリすると言ってだいぶ気に入ってくれた。


クリス様には不評だったけど、ミント味の回復薬は今ではセバスチャン用として有効活用されているのだ。


「ええ、おかげさまでこの通り元気です」


「よかったわ。回復薬がなくなったら遠慮せず言ってね。これ、マーニの食べ残しなんだけど、家畜のエサにでもしてくれる?」


私は、回収してきたお弁当の箱をセバスチャンに手渡した。


「承知いたしました。奥様は居間にいらっしゃいますよ」


「ありがとう」


教えられた居間に行ってみると、そこにはソファに座ってハンカチに刺繍をしているお母様がいた。

相変わらず綺麗なお母様が、日の差す窓辺のソファで刺繍をしている姿は一枚の絵のようだ。


私も刺繍は習ったことがあるけど、大の苦手なんだよね……。

針がぶすぶす指に突き刺さって危険だし、布は血まみれになるし、何が楽しいのかまったくわからなかったわ。


「お母様!」


「まあ、チェリーナ。やっぱりもう帰ってきたのね。こうなるんじゃないかと思っていたわ」


お母様は私の顔を見ると苦笑を浮かべたけれど、言いつけを破って帰ってきたことを怒ってはいないようだ。


「えへへ。帰ってきちゃいました」


「15歳にもなるというのに、いつまでも甘えん坊のままで困ったわね」


口では困ったと言いつつも、微笑みを浮かべるお母様はちょっと嬉しそうにも見える。

私がお母様の隣にぴったりくっついて腰を下ろすと、お母様は手早く裁縫道具を片付けた。


「ヴァイオラ、チェリーナがなにやら画期的なことを思いついたそうなんだよ。それをアルベルティーニ商会で研究するとかなんとか言っていたな。その用事で帰ってきたそうだ」


「まあ、そうなの」


「俺たちに大儲けさせてくれるそうだぞ。チェリーナには商才まであるらしい、はっはっは!」


お父様はそう言って、私たちが座っているソファの肘掛部分に腰を下ろした。

お父様、そんなところに座ったらソファが壊れてしまいそうで心配です……。


「あらすごいわ、チェリーナ」


「えへへ」


いやあ、私に商才まであったとは知らなかったな!


わがまま坊ちゃまからは開放されたし、久々にお父様とお母様を独占できるし、今日はいい日だな。

今度帰ってくるときも、お兄様に内緒でこっそり帰ってこようっと!





しばらくして、昼食の用意が出来たとセバスチャンが呼びに来た。

3人で楽しくおしゃべりをしながら昼食を取っていると、ドヤドヤと荒々しい足音が近づいてきて、急に食堂のドアがバンと開け放たれた。


「チェリーナ! やっぱりここにいたんだね!」


ドアを開け放ったのはお兄様だ。

え……、なんで来たの……?


「何事だ、騒々しい。なんだ、チェレスも帰ってきたのか。クリスティアーノ殿下まで」


ええーっ、せっかくのんびり出来ると思ったのに、どうして2人揃って帰ってくるかな!?


「お前……、なぜ俺に一言もなく勝手に帰省したんだ?」


えっ、勝手にって何!?

クリス様の許可なんて別に必要ないし!


「ちょっと実家に帰るだけなのに、クリス様の許可が必要なのですか?」


「お前とアルフォンソのことが学院で噂になっている。2人だけで旅に出る計画を立てていたと」


ふえっ!?


「なな、なぜそんな話に?」


「今朝僕が食堂へ向かっている時に、偶然噂話が耳に入ったんだよ。人目もはばからず、廊下で大声で話していたそうじゃないか。婚約者のいる身で、男と2人きりで旅に出る話をしていたら噂になるのも当然だよ!」


「お、おとこって。アルフォンソですよ!?」


なんでそんな不倫相手と愛の逃避行みたいな話になってるの!?

まさか廊下での立ち話を聞いてる人がいたなんて、思ってもみなかった……。


「まあっ! 1人なのかと思ったら、アルフォンソと2人きりで帰ってきていたの?」


「……それはいかんな、チェリーナ……」


お父様まで!

さっきアルフォンソと一緒だったときは、そんなこと一言も言ってなかったのに!


ムムムとお父様を恨めしげに見ると、サッと目を逸らされた。

やっぱりお父様も、いま言われるまで悪いことだと気付いてなかったんじゃない!


「俺たちはお前たちがただの幼馴染だと分かっている。だが、お前たちのことを知らないものが聞いたら、眉を顰めるのも無理はないぞ」


「だからこうして慌てて追いかけてきたんだよ。2人旅ではなく、4人での旅だったのだと説明するためにね。まったく世話の焼ける妹だよ!」


め、面目次第もございません……。


「お前の考えが足りないのは想定内だったが、アルフォンソまでとは思わなかったな」


クリス様が腕を組んで渋い顔をする。


「いいえ……、アルフォンソは、クリス様の許可がなければ連れて行けないと言っていました……。私が、許可をいただくのを忘れてしまったんです……」


どうやら私は言い逃れできそうもない。

せめて、無実のアルフォンソがとばっちりで怒られる羽目になるのだけは阻止しないと……。


「チェリーナ……。あなた達はもう、子どもではないのよ。大人として振舞わなければいけないわ」


お母様がそう言ってたしなめるけど、でも……、でも……、アルフォンソとは小さい頃からずっと友達なのに……。

これからもずっと友達でいたいのに、大人になったからって友達でいちゃいけないの……?


「チェリーナ、納得できないみたいね。あなたはまだまだ子どもっぽいところがあるから、クリスティアーノ殿下はずいぶん大目に見てくださっているのよ」


「大目に……」


えーっ、気のせいじゃない?

現に怒って追いかけて来てますけど?


「例えばお母様が、お母様の幼馴染の男性と2人だけで旅をしたと聞いたら、お父様はどう思うかしら?」


「なにっ!? ヴァイオラ、幼馴染の男とは誰なんだ! いったいいつの話だ!」


いままでなるべく気配を消していたお父様は、急に身を乗り出してテーブルをバンと叩いた。


いや、たとえ話ってわかるでしょ……。

どんだけお母様のことが大好きなんだか。


ここまで来ると、若干呆れるよね……。





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