第83話 見本と実食
「わからないわ……。パンを作るくらいの水でいいんじゃないかしら?」
「お嬢様、パンにはバターや塩やイーストなどを入れますが、小麦粉と水のみでよろしいでしょうか?」
そ、そんな込み入ったこと聞かれても!
「……わからないわ」
困ったな……。
「……」
ラヴィエータと料理長の手が止まってしまった。
ソースはすごくいい感じで順調だったのに、なんてことだ。
「ううーん……。そうだわ! 見本を食べてもらえばいいのよ!」
私は早々に自力で解決することを諦め、ペンタブ魔法に頼ることにした。
包丁で切るなら、きしめんみたいな平べったいタイプがいいよね。
名前はなんだったかな?
たしか、タリラリラーとかパッパラパーみたいな名前だった気がするけど……。
「ーーポチッとな! さあどうぞ、食べてみて! これが完成形なのよ」
私はパスタが入った箱の蓋を開けると、ずいっと2人の前に差し出した。
「えっ、いったいどこから出てっ? えっ、既にそこに出来上がったものがあるのに、また同じものを作るのですか?」
私の魔法を初めて見た料理長が目を白黒させている。
「細かいことは気にしないで! それより是非食べてみてちょうだい! フォークを回して、ぐるぐる巻きつけると食べやすいわ」
料理長はコクコクと頷くと、小皿とフォークを用意してそれぞれの皿に取り分けた。
「こ、これはっ!」
「マルチェリーナ様、とてもおいしいです!」
料理長はソースのかかっていない部分のパスタをしげしげと見つめている。
「少し黄色っぽい色をしていますね。卵が入っているのではないでしょうか。バターの味は感じられませんし、膨らんでいないのでイーストも不要ですね。卵と水と塩で作ってみましょう」
パスタに卵って入ってるのかなあ?
よくわからないけど、とりあえず今はすぐ食べるから腐ることもないし入ってても問題ないよね。
「ええ、お願いね! あっ、たくさんのお湯で茹でるから、今のうちにお湯を沸かしておくといいと思うわ」
よかったー、なんとかなりそうだ!
「それは今まで見たことがないおべんとーだね。僕も一口食べてみたいな」
お兄様が出来上がりのパスタを見て食べたそうにしている。
「俺も食べる」
「あら、じゃあ私も」
「私も」
今作ってるんだから、ちょっとくらい待ってほしいな!
「だめよ、せっかく作ってるのだから出来上がるまで待ってちょうだい」
「でも、比較対象がなければ、今作ってるものが成功したかどうかわからないじゃないか。一口ずつ食べるくらいなら、お腹がいっぱいになってしまうこともないよ」
ぐぐぐ……。
お兄様は相変わらず口が達者なんだから!
もう、わかったよ。
「一口だけですよ! たくさん食べないでください」
仕方がないから私も食べるよ!
どれどれ……、うん、美味しい!
「うまいな」
「美味しい」
「本当、おいしいわ。チェリーナ、これは何という料理なの?」
カレンデュラが尋ねる。
「それは、今作ってるものが出来上がったときに発表するわ! もうちょっと待っていてね」
「そうなの? わかったわ」
バーンと発表するからね!
それにしても、ちょっとだけ食べたらお腹がすいてきたよ。
今作ってるのも早く出来あがらないかなあ。
「お嬢様、こんな感じでいかがでしょうか?」
黙々と作業を進めていた料理長が、茹でる前の平麺を見せて来た。
おおー、いいじゃない!
大成功の予感がするな!
「これでいいわ! 早く茹でましょう。茹であがったら水気を切って、さっき作ったお肉のソースをかけて、上に粉チーズをたっぷりかけて食べるのよ」
「はい。承知しました」
料理長はニコリと笑顔を見せて、沸かしておいたお湯の中に平麺を投入していった。
あ、塩入れるの忘れた。
でもまあ、今回はこれでいっか。
平麺がぷかぷかと浮いてきた頃合いを見計らって、料理長はザルを使って器用にすくいあげた。
わー、なんだかラーメン屋さんみたい!
「出来ました。この量だと全員分には足りないと思いますので、大皿に盛って取り分けてお食べいただく形式でよろしいでしょうか? その間に次を茹でます」
なるほど、次の麺を茹でるためにお湯をキープしてたのか。
「ええ、それでいいわ!」
料理長は頷くと、手早く大皿に麺を盛って、その上にたっぷりのソースと粉チーズをかけた。
「それではみなさん、早速いただきましょう。これは、わがボロニア魔法学院の名物料理、ボロニア風パスタです!」
じゃん!
お馴染みのボロネーゼパスタです!
いやあ、今回は麺から手作りしたから苦労したよ。
「えっ、名物料理!? 初めて作りましたが……」
料理長を筆頭に、全員が一様に驚いた顔をしている。
「そうよ、これからみんなで盛り上げて名物料理にするのよ! さあっ、食べましょう!」
「初めて作ったものが名物料理なのか。お前の妹の頭の中はどうなっているんだよ……」
クリス様が呆れたようにお兄様に耳打ちしている。
「クリス様、3年後にはあなたの妻の頭の中はどうなっているんだと言われることになるのをお忘れなく」
お兄様がピシャリと言い返す。
あの、聞えてますけど!?
「わかっている。望むところだ」
「さすが、好き好んでチェリーナを妻に迎える人は心構えが違いますね」
なにその『物好きですね』みたいな言い方!
本当に失礼しちゃう。
「お兄様は妹をバカにした罪によりおかわりなしッ! うーん、おいしーい! みんな、いっぱい食べてね!」
「えっ、僕もおかわりするよ。うん、美味しい。さっき食べたのとは少し違うけど、これはこれで美味しいよ」
「そうね、さっきのはシコシコとした食感だったけれど、これはモチモチとした弾力があって、こっちも美味しいわ。ソースも先に食べたものは濃厚で、これは少しさっぱりしているわね」
ルイーザ、すごい……。
乾麺と生麺、トマト缶と生のトマトの違いがちょっと食べただけで分かったようだ。
「さっき食べたものは、長期保存が出来るように加工されたパスタを使用しているのよ。生のパスタを乾燥させると長期間保存が出来るの」
「あの、お嬢様。この麺、パスタという名前でしたか? このパスタは長期間保存が出来るようになるのでしょうか? ソースはともかく、このパスタを作る手間を考えますと、とても名物料理に出来るほどの量を作れるとは思えないのです」
そう言われてみると、確かに数百人分の生麺を用意するなんて大変すぎるな。
生だから作り置きするのも限界があるし……。
1日限定30食にするとか?
「乾燥させれば2年くらいは保存出来る筈だけど、加工の仕方が分からないわ。長期保存するなら卵は腐ると思うから、小麦粉と水と塩で練って、それから外に干すのかしら……。研究する必要があるわね。これでは1000周年記念パーティには間に合わないわ……」
「せっかくの新しい料理なのに、残念ね……」
「うーん……、そうだわ! 切る手間を省いて板状のまま茹でて、深皿の中にソース、パスタ、ソース、パスタ、ソースと重ねていって、一番上にとろけるチーズをたっぷり乗せてからオーブンで焼き色を付けるのはどうかしら? これなら一度にたくさん作れるわ」
ラザニアなら見た目もパーティメニューにぴったりだ。
「あら、それもおいしそうね。そうだわ、アゴスト領の料理もパーティメニューに入れられないかしら? 魚介のトマトスープや、白身魚のバジルチーズ焼き、子牛のカツレツなんかは華やかでパーティにぴったりよ」
ルイーザは料理自慢のアゴスト領の郷土料理が懐かしいようだ。
「ああ、どれも俺の好物ばかりだ」
突如口を挟んできたジュリオは、嬉しそうにルイーザに向かってほほ笑んでいる。
えっ、別にジュリオの好物だからって提案したんじゃないんじゃないの……?
自分のためだと思えるなんて、ジュリオって幸せな性格してるよね。
チェリーナが思い出せなかったパスタの名前
タリラリラー → タリアテッレ
パッパラパー → パッパルデッレ




