第82話 料理は難しい
「ぷっ、くくく」
笑い声が聞こえる方に視線を移すと、私たちの会話を聞いていたクリス様たちが私をバカにしてきた。
「ククッ、こう見えても味見は得意なのって、自慢することなのか? 味見くらい誰でも出来るぞ」
「チェリーナ、聞いてるほうが恥ずかしいよ」
お兄様まで一緒になって酷いよ!
馬鹿にしてもらっちゃ困るな!
私はただ味見するだけじゃなくて、もうひと味足りないかとか、あれを入れればもっとおいしくなるとか瞬時にわかるんだから!
もう味見役専門部長と言っていいくらいの働きをするんだからね!
前世のお母さんやお姉ちゃんが新しい料理を試すときは、私の実力がいかんなく発揮されたものだ。
私調べによると、マヨネーズ、チーズ、しょうゆ、バターのどれか、もしくは複数をチョイ足しすると、大体のものは2割増のおいしさになると思って間違いない。
「クリス様、お兄様、それに笑っている他の皆様方も。私が考案した新しい料理はお食べにならないということでよろしいでしょうか? バカにする人には食べさせません!」
「えっ、ちょっと待て。食べるよ」
「ごめんごめん、ちょっとふざけただけだよ」
知らないよ!
慌てて言い訳しても遅いんだから。
「チェリーナ、親睦を深めるいい機会だし、せっかくだからみんなで食べましょうよ。私もおいしい料理には目がないから楽しみだわ」
優しいルイーザがおっとりと私たちを取り成した。
ルイーザは料理自慢のアゴスト伯爵領から来ているから、学院の単調な料理には私と同じくらい物申したいと思ってるのかもしれないね!
ここはぜひともこの料理を成功させて、食堂の新メニューに取り入れてもらわなくては。
「そうね、大勢で食べるほうがきっとおいしいわ! お兄様、今度の休みに厨房を使用する許可を取ってきてください」
3年生のお兄様たち5人は生徒会メンバーだから、私から頼むよりすんなり受け入れてもらえる筈。
使えるコネは使わないとね!
「人使いが荒いな……。わかったけど、今は食堂が忙しい時間帯だから後でね。さあ、注文しようよ」
そして私たちは代わり映えのしない夕食を取りながら、新しい料理や劇の手直しなどの話に花を咲かせた。
忙しくその週を過ごした私たちだったけど、待望の週末がやってきました!
午前中はそわそわしながらも予定していた撮影をこなして、これからみんなでおいしい料理を作って食べることになっている。
「こんにちは! 今日はよろしくお願いしますね!」
私は訪れた厨房の入り口で、みんなを代表して元気よく挨拶をした。
男性陣はクリス様、お兄様、ジュリオ、ファエロ、ガブリエル、アルフォンソの6名、女性陣はカレンデュラ、ルイーザ、ラヴィエータ、そして私の4名、総勢10名の大人数だ。
「おお、これはこれは皆さん、よくいらっしゃいました。頼まれていた材料はここに用意してありますよ」
気さくに出迎えてくれたのは、学院の食堂の料理長だ。
料理長の白髪交じりの髪と髭、そして恰幅の良い体をみていると、フライドチキンを食べたくてしょうがなくなってくる。
まったく罪作りなおじさんだ。
「お休みの日にごめんなさいね」
魔法学院は、身分に関わらず寮生活することが基本になっている。
学費・寮費は完全に無料で、国から支給される運営費と保護者からの寄付金で賄われるのだ。
そうじゃないと、お金の都合がつかなくて、魔力があるのに学院に通えない人が出てきちゃうからね。
平日は朝・昼・晩と3食の食事が用意されるんだけど、学院が休みになる週末の2日は簡単な朝食だけしか用意してもらえない。
前日に注文しておいた人に限り、サンドイッチの用意が可能で、朝食のときに渡してもらえることになっているのだ。
「いいえ。どんな料理が出来上がるのか私も楽しみですよ」
料理人にも休みが必要だから仕方がないし、たまには外食をして好きなものを食べたいから私はいいんだけど……。
外食をする余裕がない人は、週末はサンドイッチばっかりになっちゃうのがちょっとかわいそうだよね。
10人ほどの人数で数百人分の食事を用意するのは大変だろうし、毎日作ってくれる食事には感謝しているけど、やっぱり食堂のメニューにもうちょっとバリエーションがほしいところです!
「とてもおいしいのよ! みんなの期待に応えられるようにがんばるわ! こんなに大勢の人のために料理を作るのは初めてなの!」
「お嬢様がお作りになるのですか?」
「いいえ? 作るのはこのラヴィエータよ? 私は料理をしたことがないもの。私は作り方を教えるのよ」
私は胸を張って料理長にラヴィエータを紹介した。
「こ、こんにちは……」
「ええと……。すみません、少し混乱しています。お嬢様は、作ったことのない料理を、こちらの、ラヴィエータさんにお教えになると……?」
「そうよ! 心配はいらないわ、だって何度も食べたことがあるもの!」
「……」
あれ?
なんだか料理長の元気がなくなったみたい。
どうしたんだろう。
「ラヴィエータさん、よかったら私もお手伝いいたしましょう」
「は、はい! ありがとうございます! よろしくお願いいたします」
なんでか分からないけど、料理長が手伝ってくれる気になったみたいだ。
ラヴィエータ1人じゃ作るの大変だもんね、よかったよかった。
「では、まずはお肉の塊を小さく切ることからはじめましょう。小さく小さく、小指の爪よりも小さく切ってね。それが終わったら次は玉ねぎも同じように小さく刻んで。その次は、にんじんとセロリよ」
ラヴィエータと料理長は頷くと、手際よく食材を切っていく。
「そーーーれっ! そーーーれっ! その調子よ! どんどん行きましょう! ハイーハイッ!」
「チェリーナ、うるさいよ。あんまりうるさくすると2人が指を切ってしまうよ」
気が付くとみんなが呆れた目で私を見ている。
えーっ、私は応援をがんばってるだけなのにひどい!
応援されたら実力以上のパワーを出せるって知らないのかな。
「ゴホン。えーと、それが終わったら今度はにんにくを潰して、大鍋に入れたたっぷりのオリーブオイルで炒めるの。香りが出たらさっき切った材料を入れて炒めてね。まずは野菜から投入よ!」
野菜をざざっと大鍋に入れると、中からジャージャーといい音が聞こえて来る。
おおーおいしそうな匂いだな、いい感じいい感じ!
お次はと。
「野菜に火が通ったら一旦取り出して、残った油で今度は塩コショウで下味をつけたお肉を炒めてね。それからお肉の上に赤ワインをかけるの。そうそう、そんな感じよ。次にさっき炒めた野菜を鍋に戻して、ざく切りの完熟トマトをたくさん入れて煮込むの。仕上げに塩こしょうで味を調えればソースの方は完成よ」
「……マルチェリーナ様、トマトの皮が剥けて来ました。このままでは食べたときに口当たりがよくないのではないでしょうか? 取り除きますか?」
え、トマトの皮って剥けるの?
お母さんが作るときはトマト缶を使っていたからか、そんな作業はなかったけどな。
よくわからないけど、良きに計らってください!
「あなたにお任せするわ! さあ次は小麦粉を練るわよ! 適当に練って、適当な太さに切ったらいいと思うわ!」
「……」
「チェリーナ、そんな説明じゃ作れないんじゃないかしら? どれくらいの小麦粉に対してどれくらいの水の量なの?」
カレンデュラから私のざっくりした説明に指摘が入ってしまった。
えーっ、そんなこと聞かれてもわからないよ!




