第81話 食べたい物
パヴァロ君はみんなの申し出に感激したように目を潤ませた。
「みんな、ありがとう! クリスティアーノ殿下、マルチェリーナさん、私たちも微力ながら劇のお手伝いをさせていただきます。よろしくお願いいたします」
ほっ、ちゃんと私たちの劇のお手伝いってことは分かってくれてたんだね!
「パヴァロ君、みんな! どうもありがとう。素晴らしい劇になるように力をあわせてがんばりましょうね! ーーパヴァロ君、あなたの歌にはさすがの私も完敗よ。あなたは私に、上には上がいるということを教えてくれたわ……」
「マルチェリーナさん……。あなたの作曲の才能は本物だと僕は思います!」
やっぱり分かる人には分かってしまうようです、隠し切れない私の才能が!
「パヴァロ君……!」
「マルチェリーナさん……!」
私たちはガッチリと固く握手を交わした。
「……なんでいい勝負だったみたいになってるんだ?」
「パヴァロ君の歌と自分の歌が僅差だったと思えるなんて、我が妹ながら恐ろしいよ……」
ふふふ、なんて言われても気にしないよ。
天才とは、時として周りに理解されないものだから……!
「おい、そろそろ食堂へ行こう。腹が減ったぞ」
クリス様に促されて気付いたけど、いつの間にかもう日が落ちそうになっていた。
授業が終わって放課後になってから撮影を始めるので、1日に撮影できる時間はせいぜい2時間程しかない。
その間にリハーサルを終えて本番をやるとなると、犠牲になるのはおやつの時間だ。
「そうですね、私もお腹がペコペコです」
おやつを食べながらじゃ台詞を言えないから仕方がないんだけど、育ち盛りの私たちにはおやつは重要な問題だ。
今度からは小腹が満たされるドリンクくらいは用意したほうがいいだろう。
私は、ココアがいいかバナナオレがいいかと考えながら、パーティ客が描いてある布を小さな巾着型のアイテム袋に回収していった。
「あ、あの……、マルチェリーナ様、少しお時間よろしいでしょうか……」
名前を呼ばれて振り向くと、ラヴィエータが沈んだ表情で立っていた。
なんだか顔色が悪いけど、おなかが空いて気絶しそうなのかな……?
「私のことはチェリーナと呼んでと言っているのに。ラヴィエータ、おなかは空いていないかしら? さあ、食堂へ向かいながら話しましょ!」
「いえっ! 私のようなものがみなさまと一緒に歩くだなんてとんでもないことです! 私は、この役をご辞退させていただけないかと、お願いに……」
な、なんだってー!
ヒロイン不在の乙女ゲームなんて聞いたことないよ!
「何を言うの? ラヴィエータがいなければこの劇は成り立たないわ。あなたの役は、この劇の出来を左右すると言っても過言ではないほど重要な役なのよ」
「だからこそです! 国王陛下や大貴族の皆様方のお目に触れるような劇で、このような大役を務めるなど私にはとても無理です!」
えーっ、そうなの?
みんなのモチベーションアップに繋がると思ったのに、まさかプレッシャーに感じる人がいるなんて……。
「そんなこと気にする必要はないのよ。観客はイモやカボチャとでも思えばいいわ」
私は舞台で緊張しないコツを伝授した。
発表会のときなんかは、よくこれで乗り切ったものです。
「思えないよ」
「そんな風に思えるのはお前くらいだ」
「チェリーナ、他に例えようはなかったの……?」
ああ、もう外野がうるさいな!
「わ、私のようなものが国王陛下をイモだなどと! 恐ろしいことです!」
ラヴィエータは顔色をなくしてブルブル震えている。
今いない人をそんなに怖がらなくても……。
「ただ立っていればいいんじゃないか? 台詞を覚えさせられるなんて御免だから、俺はそうしてる……」
ぬぼーっと覇気のない顔で、後ろ向きなアドバイスをするのはガブリエルだ。
きっと夕べもろくに寝ないで研究してたに違いないと思わせる不健康さを醸しだしている。
このガブリエルの出演交渉も大変だったんだよね……。
なかなかウンと言ってくれなくて、出演料としてスマホ型通信機を2台譲るということでどうにか出演してもらえることになったのだ。
でもさ、ガブリエルはともかく、ラヴィエータにはちゃんと台詞を言ってもらわないと困るよ!
「私のような、私のようなって、そんなに自分を卑下してはダメよ! あなたは可愛いんだから、もっと自分に自信を持って! あなたは怯えた顔でいるよりも、笑顔でいるほうがずっと魅力的よ!」
ヒロインになるくらい可愛いんだから自信もちなよ!
それにしても、ラヴィエータはゲームでは天真爛漫で常にニコニコだったのに、どういう経緯でネガティブキャラになったんだろう?
天真爛漫さを武器に、攻略対象を次々と攻略する筈なのに謎だよね……。
「マルチェリーナ様……、あ、ありがとうございます」
ゲームのキャラとは違うけど、顔を赤らめておずおずと控えめな微笑を浮かべるラヴィエータも可愛い!
「いいのよ! さあっ、行きましょう! おなかがいっぱいになれば元気も出るわ!」
「ふふっ、はい!」
私たちが食堂に足を踏み入れると、そこは既に大勢の生徒たちで賑わっていた。
入学当初は、国中の貴族子息・令嬢が集まる魔法学院だけに、どんなおいしいものを用意してくれるのかと期待していたんだけど……。
素材の味が生きているというか、素材そのままというか。
ここでは、分厚い肉を焼いただけ、適当に野菜を切って煮込んだだけ、みたいな豪快かつシンプルな男の料理が基本のようだった。
実は私には、この魔法学院の名前を聞いたときから食べたいものがある。
自分で料理出来ればいいんだけど、料理なんて生まれてこの方したことないし……。
というか、前世でもしたことなかったわ。
お母さんとお姉ちゃんが料理好きだったから、私は味見役だったのだ。
「うーん……」
味見なら私の右に出るものはいないくらいのエキスパートなのにな。
この実力をどこかで生かせないものか。
「チェリーナ、何を唸っているの?」
カレンデュラに尋ねられて、私は食べたい料理のことを言ってみることにした。
「食べたい料理があるのだけど、ここでは食べられそうもなくて。それが残念なのよ」
「あら、どんな料理なの?」
ここでは食べられない料理と聞いて、カレンデュラは期待したように目を輝かせる。
「小麦粉を水で練って細く延ばして茹でたものに、お肉たっぷりのトマトソースを絡めるの。そしてその上からさらに粉チーズをかけるととってもおいしいのよ」
「あら、聞いたことがない料理なのね。でもなんだかおいしそうだわ! それはどこで食べられるの?」
「どこでも食べられないわ……。誰か作ってくれないかしら」
魔法でポチッと出せるとは思うけど、私は魔法学院ではなるべく食べ物を出す魔法は使わないようにしているのだ。
だって、誰かに見られたらあっという間に噂が広がって、下手したら1日3食、全生徒、全教師分の食事を用意しろなんてことにもなりかねない。
学業の傍ら3年間も学食のおばちゃんを勤めるのはいくらなんでも大変すぎるから、そんなやっかいごとを避けるには最初から使わないに限る。
……と、私は気付いてなかったけど、お母様に忠告されたのです。
「あ、あの……。よかったら、私が作りましょうか? 私はつい最近まで自分で料理をしていましたし、料理は好きなんです」
そうだ、ラヴィエータは父親であるエベラ男爵に引き取られるまでは、平民として町で暮らしていたのだ。
きっと料理上手に違いない!
せっかくの申し出なんだし、ここは私たちの中で唯一料理が出来るラヴィエータにお願いしてみよう!
「ラヴィエータ、嬉しいわ! 今度の休みの日に作るのはどうかしら?」
「その料理、俺も食べたい」
「僕も食べるよ」
「俺も」
「俺も」
みんな遠慮がないな!
こんなに大勢の分作れるのかな?
「ラヴィエータ、みんな食べたいみたいなのだけれど……、大丈夫かしら?」
「えっ、ええ。たぶん大丈夫です……」
「私も手伝うわ! こう見えても味見は得意なの!」
ありがとう、ラヴィエータ!
ラヴィエータとは仲良くなれそうだな!
ううん、もう既に親友と言っていいかもしれない!
「あ、味見……。ふふっ、それは助かります」
うん、やっぱり笑った方が可愛いよ!




