第80話 スタア誕生
「むう。お兄様には芸術が分からないんですね! お父様ならきっと分かってくれます!」
私はそのことを証明すべく、真新しい制服のポケットからスマホ型通信機をサッと取り出した。
「あーあー……、おとうさまー! おとうさまー! こちらチェリーナ隊員です、どーぞー!」
『ーーああ、チェリーナか。今度はどうしたんだ? お前、こんなにしょっちゅう連絡してきて、ちゃんと勉強してるのか?』
耳に当てた通信機を通してお父様の声が聞こえてくる。
失礼しちゃうな、ちゃんと勉強してますよ!
そんなことより!
「お父様、聞いてください! ハァアア アッハッハッハッハッハッハッハッハ~~~~!」
『うわッ!?』
あれ?
なんかゴトッて音がしたけど、もしかして通信機落としました?
お兄様は私の手からひったくるように通信機を奪うと、お父様に話しかけた。
「父上、耳は大丈夫ですか? チェリーナがみんなの前で歌うと言いだして困っているのです。父上からも止めてください」
『び、びっくりした……。その歌は心臓に悪いぞ。やめるように言っておいてくれ。それより、石畳の上に通信機を落としてしまったが大丈夫かな?』
私の歌が心臓に悪いってなに!?
お父様の心臓は剛毛で守られてるんだから、まったくもって安全ですよ!
「石畳の上ですか……。今度うちに帰るときまで何とかもってくれるといいですが……。もし壊れてしまったら、母上の通信機で知らせてください。暇を見つけて届けに行きます」
『ああ、そうしよう。じゃあ、俺は仕事に戻るぞ。お前たちも頑張れよ』
「はい。失礼します」
ああっ、お兄様が勝手に切った!
「お兄様、私もお父様と話したかったのにひどい!」
「父上には仕事があるんだからあんまり邪魔しちゃダメだよ」
ハァン!?
じゃあお兄様が話さなければよかったじゃない!
自分はたっぷり話したくせにー!
それにお兄様は通信機を使用するときの作法も守っていない。
これはビシッと言ってやらないと。
「お兄様、通信機で話すときは、最後に"どーぞー!"って言う決まりですよ!」
見た目はスマホにそっくりだけど、この通信機は通話しか出来ない。
しかも、通信機を持っている人同士であれば、電話番号も何もなしで名前を呼びかけるだけで繋がるから、機能的にはトランシーバーに近いのだ。
「だって言う必要がないじゃないか。なんで言わないといけないの?」
お兄様はシレッとした顔で言い返す。
「お約束だからですよ!」
「約束って、誰との? 僕は約束なんてしてないし」
もう、お兄様は本当にわからずやだ!
いいもん、私は"どーぞー!"って言って、ちゃんとした使い方するもんね!
「もういいです!」
「チェリーナ、話が逸れすぎよ。地下牢へ連れて行かれるところから撮り直さなくていいの? みんな待っているし、それに早くしないと今日予定していたところまで撮り終わらないわ」
「あっ、そうね!」
カレンデュラはしっかりしてるな!
今日はたくさんのエキストラが必要なシーンだから、クリス様や私たちのクラスメイトが撮影に協力してくれている。
在校生は制服でパーティに出席する予定なので、私たちは授業が終わってそのまま撮影できるんだけど、着飾ったパーティ客のエキストラを用意するのは一苦労だ。
そこで、パーティ客は私が描いた絵でカバーすることにした。
ボッティさんのおかげで、幼い頃はりんごも満足に描けなかった私が、いまや人物を描けるまでに上達したのです!
大きな布に男女1人ずつ描いて、あとはどんどんコピーして衣装の色を変えるだけだから準備は割と簡単だった。
生徒達の間に遠目にチラ見えする程度なら、同じポーズの絵でも十分にごまかせる。
よしっ、これ以上みなさんをお待たせしてはいけないね!
もうひとふんばりしましょう!
「みなさん、お待たせしてごめんなさい! さあ、続きを撮りましょう」
アルフォンソは私の言葉に頷くと、カメラを持って急ぎ足でその場から離れた。
監督兼カメラマンは大忙しだ。
アルフォンソはカメラを覗き込んで位置を確認し終えると、大声でみんなに指示を出した。
「チェリーナ、クリス様、他のみんなも立ち位置に戻って! では、クリス様、『この女を、地下牢へ連れて行け』の所からお願いします! 3、2、1、スタート!」
「階段から突き落とすなど、一歩間違えれば死んでいてもおかしくはなかった。殺人を犯そうとするような女と結婚などするわけにはいかない。この女を、地下牢へ連れて行け!」
「そ、そんな……ッ! クリスティアーノ殿下! どうか信じてください、私は無実なのです! ああーっ!」
私は精一杯に無実を訴えながら、お兄様とジュリオに両腕を掴まれたまま引き摺られるようにして退場した。
よしよし、今日も絶好調だね!
そして、その場に残ったクリス様とラヴィエータのシーンを滞りなく撮り終え、今日の撮影は終了となった。
「あっ、あのっ! マルチェリーナ・プリマヴェーラさん!」
名前を呼ばれて振り向くと、そこには巨漢の男子生徒が顔を赤らめて立っていた。
大きな体とは不釣り合いな幼い顔立ちの、くりっとした黒い目が特徴的な同じクラスの男の子だ。
ん?
これはもしや……告白ですか?
撮影を見守っていた延長で、かなりの人がこっちを見てるけど……。
幼い顔立ちに似合わず意外と大胆なんだな。
「パヴァロ君、どうしたの?」
いいよいいよ、言いたいことはわかってるから。
さあどうぞ、どこからでも告白してね!
「さ、さっきの! 歌! ぼぼぼ、僕は、とてもいいと思いました! やはり劇には歌が必要不可欠です! 歌を入れることで感動は二倍にも三倍にもなることでしょう。あの歌の旋律は素晴らしかったけど、少しだけこうしてみてはいかがでしょうか。ーーハァアア アッハッハッハッハッハッハッハッハー!」
ビリビリビリビリビリ!
その巨体から放たれる深い声はビリビリと空気を揺るがし、まるで美しい楽器の音色のようにその場に響き渡った。
私が歌った歌と同じ旋律の筈なのに、パヴァロ君の歌は受ける印象がまったく違っている。
私はパヴァロ君の声量と美しい声に衝撃を受けると同時に、もっと彼の歌を聞いてみたくなった。
「……す……、すごい! パヴァロ君すごいわ! こういう歌もあるんだけど、どうかしら? んんっ。ララララララーララーーー、ララララララララーラーラー、ラーラーラーラーーーーラララララーララーラー」
「マルチェリーナさん、素晴らしいですよ! ーーララララララーララーーー、ララララララララ~ラ~ラ~、ラ~ラ~ラ~ラ~~~~ラララララ~ララ~ラ~~~」
やはり私が軽く口ずさんだのとはまるでレベルが違う!
私はうっとりとパヴァロ君の歌に聞き入った。
気が付けば、ホウというため息があちらこちらから漏れ聞こえてくる。
「いいな……」
「いいですね……」
クリス様とお兄様もパヴァロ君の声の素晴らしさに感動を覚えたようだ。
パヴァロ君の歌が終わると、その場にいた生徒たちから一斉に割れるような拍手が巻き起こった。
「やっぱり歌を入れましょう! パヴァロ君の歌があれば、私たちの作品がより良いものになることは間違いありません!」
「そうだな……。俺もいいと思う」
「彼に歌ってもらうという事なら僕も賛成だな。チェリーナが歌わなければ問題ないよ」
私たちがウンウンと頷き合っていると、周りにいた生徒たちから次々に立候補の声があがった。
「あの! 私、バイオリンをたしなんでおります! ぜひパヴァロ君のお手伝いをさせてください!」
「僕はピアノが得意です!」
「私はフルートを!」
あ、あれ?
我も我もとすごい熱気だけど、私たちの劇のお手伝いじゃなくて、みんなパヴァロ君のお手伝いなの?
まあ、私は目立ちたがり屋じゃないから、パヴァロ君にスポットライトが当たっても気にしないけどさ……。
ほんとにぜんぜん気にしてないけど……、……劇は?




