第8話 討伐隊の出発
騎士たちが馬を引き、正面玄関前へと集まってきた。
執事に事情を知らされたらしいお母様も、青い顔で見送りに出てきた。
「皆、今から魔法具の説明を行う。よく聞いてくれ! この変な緑色のマントは、こうやって裏返して羽織ると姿が見えなくなる。そして、この透明な線の網は、敵に向かって投げるそうだ。チェリーナ、使い方を見せてくれるか?」
「はい! おまかせください! おとうさま、その緑色はへんな色なのではなく、森や土の色にまぎれるようにあえてその色なのです」
私は迷彩柄の特性を説明しながら投網を一つ手に取ると、何か的になるものはないかと周りを見回した。
バチ。
クリス様と目が合う。
私は頷くと、投網を構えて空中で網が広がるように、フリスビーを投げる要領で下から上へと斜めに放り投げた。
「こうやって、まんなかの太いなわをもって、したからうえへ、ななめに投げてください!」
バサリ。
……決まったっ!
「うわっ! な、なんだよ! 絡まって抜け出せないぞ!」
「そうでしょう、そうでしょう! だいせいこうです!」
私は両手を腰にあてて得意の絶頂にいた。
シーン……
あれ、おかしいな?
みんな、遠慮しないで褒めてくれてもいいんですよ?
一同は、投網に絡め取られたクリス様を唖然とした様子で見ている。
「マルチェリーナ・プリマヴェーラ! あなたは、なんということをするのです! クリスティアーノ殿下に対して、何と無礼なことを!」
お母様が青ざめた顔で私を叱りつけた。
えっ、でもクリス様は俺が的になるって目配せしてくれたし。
「クリス様は、自分をまとにしろとーーー」
「言ってないぞ!」
クリス様が私の言葉をさえぎる。
えー、そうだったんですかあ?
それならあのタイミングでこっち見ないでくださいよー。
「待て待て。揉めてる時間はないぞ。その話は俺達が戻ってきてからだ。とにかく、皆使い方は分かったな? それじゃ、人数分あるから一枚ずつ持っていってくれ」
騎士たちはぞろぞろと品物を受け取りにきた。
「チェリーナ、らっぷは一つだけなのか? 怪我人が大勢出る可能性もあるし、念のためもっと持参したい。もう少し小さめな方が包帯代わりに巻きやすいんだが、できるか?」
おお、確かに30センチくらいの幅だと巻き辛いですね。
1/2に縮小してみます。
多すぎるかもしれないけど、一応人数分出すことにしよう。
「ポチッとな! ーーおとうさま、これくらいでいかがでしょうか?」
「ああ、こっちの方が巻きやすそうだ。皆、これには傷の治癒効果が付与されている。チェリーナの病気の痕もこれで治ったんだ。傷に巻きつけて使え」
へえ、と感心したような声があちこちから上がった。
「お嬢、助かるぜ!」
「お嬢、ありがとな!」
「マルチェリーナ様、ありがとうございます」
通りすがりにうちの騎士たちが口々にお礼を言ってくれた。
ちなみに騎士とはいっても、うちは辺境なので、冒険者あがりや傭兵あがりのいかついおっちゃん達がゴロゴロいます。
「よし、用意はいいな。ヴァイオラ、後のことは頼んだぞ」
「はい。どうか、ご無事でお帰りくださいませ。チェレスのことをお願いします」
まだ10歳のお兄様が同行することに、お母様は不安の色を隠せなかったけど、それでもお父様が決めたことに文句は言わなかった。
そんなお母様の顔を見て、お父様は安心させるようにニカッと笑った。
「もちろんだ。ーーーそれでは出発する!」
「「「「「おおー!」」」」」
ドドドドドドドドドド……
30頭の馬は次々に走り出し、あっという間に門を出て姿が見えなくなってしまった。
私はいてもたってもいられず、思わず後を追って走り出した。
「チェリーナ!」
後ろからお母様の呼ぶ声が聞こえたけど、それを振り切って門のところまで懸命に走ると、遠くに走り去る騎士たちの姿が見えた。
お願い、カレンデュラを助けて!
そして、みんな無事に帰ってきて!
「おい」
声をかけられて振り向くと、白金の髪をぼさぼさに乱したクリス様が立っていた。
どうやらクリス様付きの護衛騎士に網から救出されたようだ。
「クリス様……」
「あのジルベルトとかいう医者がお前を探してるぞ。御者の手当てをするから、スグニナオールがほしいと言っていた。先に診療所にいってるって」
スグニナオール?
なんだっけ……、あ、ラップのことか。
「……そうでした、ぎょしゃのかたが、おけがをされてーーー」
フィオーレ伯爵家の御者が、地面に横たわって血を流している姿が脳裏に蘇った。
刃物で切り付けられて、かなりの深手を負っているように見えた。
無抵抗の御者に対し、情け容赦なく切り掛かるような野蛮な男達に、カレンデュラは捕まってしまった。
もしこのまま盗賊に逃げられてしまったら、カレンデュラはどうなるの……?
お父様とお兄様が助けてくれると信じているけど、不安は募るばかりだった。
「ほら」
私の不安そうな様子を見かねたのか、クリス様が手を差し出してくれた。
私はおとなしくその手を掴み、クリス様に手を引かれてトボトボと屋敷へと戻っていった。
玄関前で私を待っていてくれたお母様は、私の背をやさしくさすって慰めてくれる。
「チェリーナ。カレンデュラはきっとお父様が助けてくださるわ。私たちは神様に祈りましょう」
「はい……。そのまえに、ジルベルト先生にラップをとどけてきます」
ジルベルト先生は、普段はこの屋敷に隣接した診療所で診察をしている。
男爵家の三男であるジルベルト先生は、跡を継げる領地もないため医者として身を立てようとしていた。
もともとは王都で高名な医者の弟子をしていたのだが、お父様がこの辺境伯領にも医者が必要だと言って、ツテを使ってスカウトしてきたのだ。
うちの領のような辺境に自ら来てくれる医者はなかなかいない。
診療所兼住居を無料で貸し出す上、辺境伯家の主治医としての報酬を支払うこと、領民を診察する場合の診察料も無税にする等、破格の条件でやっと見つけてきた医者だ。
まだ若い先生だが腕がよく、優しい性格で子どもからお年寄りまで幅広く人気がある。
「マルチェリーナ様、よろしければ私がお届けいたします」
私が診療所の方向を見ていると、執事のセバスチャンが声をかけてきた。
セバスチャンは、私の祖父である先代辺境伯の時代からプリマヴェーラ辺境伯家に仕えている執事だ。
もうおじいちゃんだけど、ピンと背筋を伸ばしてしゃきしゃきと仕事をこなし、まだまだ現役でがんばってくれている。
「ーーーポチッとな。セバスチャン、おねがいね」
「はい、かしこまりました」
セバスチャンは微笑んでラップを受け取った。
「二つ出したから、ひとつはジルベルト先生やチェリーナがいないときのためにとっておいて。いつでも出せるから、えんりょしないでつかってね」
「それはありがとうございます。皆喜びます」
セバスチャンの腰痛にも効くといいけど、どうかな。
一礼して立ち去るセバスチャンの背中を見送っていると、お母様がポツリと言葉を漏らした。
「フィオーレ伯爵に、急をお知らせしなければならないわ……」