第79話 夢と希望を与えたい
恐る恐るつむっていた目を開けると、目の前に私のツバにまみれたクリス様の綺麗なお顔が……!
ま、まずい……。
これは怒られる……。
「はい、カーーーーーット! ダメダメ! ダメだよ、チェリーナ! なんでこんな真剣な場面でそんなおかしなくしゃみをするのさ?」
「えへへ。アルフォンソ、ごめん、ごめん」
10歳頃に風魔法を発動した1歳年上のアルフォンソは、私より一足先に魔法学院に入学している。
私はつい先日魔法学院に入学したばかりの1年生、アルフォンソは2年生、お兄様とクリス様は3年生に進級した。
「おい、アルフォンソより先に俺に謝れ! お前は俺の顔に思いっきりツバを飛ばしたんだぞ!」
「クリス様、ごめんなさい。髪の毛がくすぐったかったんです」
私は慌ててポケットからハンカチを取り出し、クリス様の顔を拭いてあげた。
いつもはサラサラの白金の髪が、心なしかぺしゃんとして見えるよ……。
ツバも滴るいい男になったと思って、広い心でお許しいただければ幸いです。
「またそんな大きなくしゃみをして……、母上が見たらまた小言を言うだろうな。ところでチェリーナ、僕達が両側から腕を掴むなんてちょっとやりすぎじゃない? そばに立ってるだけでも十分なんじゃないかな?」
赤毛の大男に成長したお兄様が文句を言う。
お兄様は、お父様が言ったとおり11歳頃から驚きの成長を遂げ、見る見るうちに大きくなった。
そして、身長が伸び始めるのと時を同じくして火魔法を使えるようになり、金色だった髪はどんどん赤くなっていった。
最終的には、先に発動していた風魔法よりも、火魔法の方がぐんと強くなってしまったのだ。
いやあ、びっくりだよね?
ゲームのチェレスティーノとそっくりに成長しちゃったよ!
美少女のようだったお兄様をここまで変貌させるとは、お父様の遺伝子恐るべし……。
お兄様本人は大きくなれて喜んでいるからいいんだけど、もうすぐ2メートルを超えそうな勢いだ。
まだまだひょろっとした少年体型ではあるけど、お父様みたいにゴリゴリになる日も近いんじゃないかな……。
「そうだよな。それに、ルイーザが裏切り者の役なんて納得いかないよ」
「僕もだよ! カレンが裏切り者役なのは納得いかない!」
お兄様とジュリオがブチブチと続けざまに文句を言ってくる。
驚きの変貌を遂げたお兄様も、ゲームでは婚約者に裏切られる設定だったジュリオも、いまも相変わらずそれぞれの婚約者と仲良くやっている。
それにしても、ルイーザの話に出ていた婚約者のジュリオ君と、ゲームに出てくるジュリオ・ベルティーニが同一人物だったなんて、分かったときには本当にびっくりしたよ!
意外と世間は狭いものだ。
「お兄様、ジュリオ様、そこは妥協できません。台本どおりにお願いします。私は斬り付けられる展開がいいと思ったのに、どうしてもダメだというので幽閉の方で我慢しているんですよ? これ以上の妥協は、作品の品質に関わります。それにカレンとルイーザについては、元々は出演予定がなかったのに無理に役を作ったんですから、文句を言わないでください」
ゲームには登場しないんだからさ。
無理言わないでほしいな。
「作品の品質って……。まさかこれ、誰かに見せる気なの?」
「もちろんです! 学園祭とか、パーティの余興にぴったりですから! そうだ、今月末に行われる創立1000周年記念パーティで上映してみるのはどうでしょう? きっと大評判になりますよ! それなら収録を急がないといけませんね!」
よーし、そうと決まればチケットを作って売りに売りまくるぞー!
もし先生にダメと言われたら寄付金という形にすればいいしね。
それでお金を儲けて、次の作品の制作費に充てることにしよう!
「余興って……。こんなことが親や先生に見つかったら、余興に王子を使うなって叱られそうだけど……」
「でも、せっかくみんなでがんばってるんですから、やっぱり発表の機会がないと!」
みんなのモチベーションに関わるよ!
それに、もしかしたらこれを機に私が女優にスカウトされるかもしれないじゃない?
国中の人気者になるなんて照れるけど、私みんなのためにがんばるし!
「おい。お前があんまり婚約破棄婚約破棄ってうるさいから、仕方なく今回のことに協力してやってるんだ。俺は見世物になるなんて真っ平だぞ」
そうですけど……。
クリス様とお兄様が魔法学院に入学して、ゲームと同じようにジュリオ、ファエロ、ガブリエルと友達になったと聞いた時、やっぱり婚約破棄される前にこっちから婚約破棄した方がいいんじゃないかと思って、クリス様に言ってみたんだよね。
言い終わらないうちに却下されたんだけど。
それから2年経って、今度は私が魔法学院に入学して、ラヴィエータが実在することがわかった時に再度婚約破棄を申し入れた。
そしたらクリス様がブチ切れて、そんなに言うなら婚約破棄の場面を1回芝居で再現すればいいだろうと言い出した。
私が見た夢は、その芝居をしている最中だったということで納得しろってことらしい。
ええー……、そういう問題なのかなあ?
でもあんまりしつこいともっと怒られそうだし、お芝居も面白そうだからやってみることにした。
そしてせっかくだから、女優になりきるためにペンタブ魔法でビデオカメラを作ってみました!
このカメラ、動画と音声を録音できるばかりか、プロジェクターとしても使える優れものなんですよね。
これで録画して壁に映し出せば、あら不思議!
どこでもホームシアターに早変わりです!
「クリス様、見世物だなんて、そんな考え方はよくないですよ。私たちには、国中のみんなに夢と希望を与える使命があるとお考えいただければよろしいかと!」
「……この芝居でどうやって夢と希望を持てるんだよ? お前が婚約破棄されて幽閉される話なんだろ? 絶望しかないじゃないか」
またそんな眉間にしわ寄せちゃってー。
しわが癖になっちゃいますよ?
「最後は国外追放になって他国で平民として暮らすんですよ! どこに希望を見出すかは受け取る側の感性ですから。演者はそういうことは考えなくていいんです。私たちが懸命に演じることこそが人々の感動を呼ぶのです!」
「……」
「それよりクリス様、私の演技はどうでしたか? もっと悲壮な感じがいいですかね? それとも怒った感じ? ーーわたくしには身に覚えがございませんわっ!」
私は台詞を言って、キッとクリス様を見据えた。
「お前、なんでそんなに夢中になってるんだよ……」
「だって、この前クリス様が連れて行ってくれた劇場で上演していた演目がすごく素敵だったから。私、とっても感動しました! あの女優さんみたいに演じられたらいいですよねえ。そうだ、歌劇もいいかも! ちょっとやってみますね、……んんっ。 ハァアア アッハッハッハッハッハッハッハッハ~~~~!」
地下牢に閉じ込められて絶望中の私の独唱なんてどうかな!
「チェリーナ、うるさいよ。首を絞められてるニワトリみたいだ」
お兄様が顔をしかめて苦情を言ってくる。
前から思ってたけど、お兄様って結構ズバズバと毒を吐くよね……。
ニワトリって……、この曲前世で有名なオペラなんですけど?
まったく、芸術が分からない人は話にならないな!




