第78話 断罪の時
「マルチェリーナ・プリマヴェーラ! お前との婚約を破棄する!」
ーーああ、ついにこの時が来てしまった。
美しい紫色の目で私を冷たく見据えるのは、クリスティアーノ・ディ・フォルトゥーナ殿下。
私の婚約者だ。
光陰矢のごとしとはよく言われるが、過ぎてみれば月日が経つのは本当に早いと実感する。
私が8歳、クリスティアーノ殿下が10歳の時に婚約をしてから、早7年の時が流れ、私たちは今15歳と17歳になっていた。
私が15歳でクリスティアーノ殿下が17歳。
それは、乙女ゲーム『ウィール オブ フォーチュン ~回り始めた運命の輪~』がスタートする年齢でもあった。
クリスティアーノ殿下が私に婚約破棄を告げたこの場では、王立ボロニア魔法学院の創立1000周年記念パーティが盛大に執り行われていた。
華やかに着飾った人々で溢れ返ったパーティ会場は、今年は1000周年という区切りの年とあって、学院の卒業生である国王陛下や貴族たちが大勢招待されている。
そんなそうそうたる顔ぶれの中で起こってしまった大スキャンダルだ。
私たちの上には、否応なく無遠慮な視線が降り注がれた。
ーークリスティアーノ殿下……。
貴族社会においては、夫婦または婚約者がいるものは、このような大きなパーティへはパートナーと共に出席することが基本となっている。
私はクリスティアーノ殿下がエスコートしてくれるものと信じてぎりぎりまで待っていたけれど、殿下が私を迎えに来ることはついになかった。
そして、1人パーティ会場へやってきた私の目に飛び込んできたのは、クリスティアーノ殿下と仲睦まじげに微笑みあうラヴィエータ・エベラの姿だった。
「何とか言ったらどうなんだ!」
苛立たしげに言い放つクリスティアーノ殿下の少し後ろには、今も怯えたような様子のラヴィエータが立っている。
ウィール オブ フォーチュンのヒロインそのままの、きらめく金色の髪にヘーゼル色の目をした、庇護欲をそそる儚げな美少女だ。
私が魔法学院に入学してすぐ、ゲームの筋書き通りにクリスティアーノ殿下とラヴィエータは出会ってしまった。
お互いの姿を一目見ただけで2人が恋に落ちたのだということは、その場に居合わせたものなら誰でも分かっただろう。
ーー私を見る目とは大違いだったもの……。
運命の相手に出会うというのはこういうことだったのだ。
「……理由を……、お聞かせいただけますでしょうか」
私は、眉を吊り上げるクリスティアーノ殿下に手が震えそうになるのを懸命にこらえながら、婚約破棄の理由を尋ねた。
このような衆人環視の中で婚約を破棄されるということは、貴族令嬢としては致命的なことだ。
私と結婚をしたいと言ってくれる奇特な男性が現れることは、この先もうないだろう。
「何を白々しいことを! 自分の胸に手を当てて考えるがいい!」
「……いいえ、私には婚約を破棄される理由など、何も思い当たりませんわ」
「このラヴィエータ・エベラに対して働いた悪事の数々を知らぬと言うつもりか!」
悪事とは聞き捨てならない。
そんなことをした覚えは私にはないのだから。
ここで弁明しなければ、全て私のせいにされてしまう。
私はクリスティアーノ殿下の剣幕に気圧されそうになりながらも、なけなしの勇気をかき集めた。
「存じ上げませんわ。いったいどのような証拠があってそのようなことをおっしゃるのですか?」
「フン! 大人しく婚約破棄を受け入れていれば、皆の前で罪を暴くことだけは許してやったものを。そこまでシラを切るのならこちらにも考えがある!」
クリスティアーノ殿下はサッと手を上げて合図を送った。
その合図を受け、人ごみの中から、宰相のバルトラ侯爵の長男であるファエロ・バルトラ、騎士団長のベルティーニ伯爵の次男であるジュリオ・ベルティーニ、王宮魔術師長のガルコス公爵の長男であるガブリエル・ガルコス、そして私の兄であるチェレスティーノ・プリマヴェーラが前に進み出た。
金褐色の髪に金色の目をしたファエロは、その金色の目をキラリと光らせ懐から紙を取り出すと、まるで罪人に対するような厳しさで私が犯したとされる罪状を読み上げた。
「罪状は次の通りです。まずはラヴィエータに対する根も葉もない中傷から始まり、自分の取り巻きに命じて彼女を孤立させています。さらにはラヴィエータの持ち物をボロボロに破壊するばかりか、制服や寮のベッドまでもズタズタに切り裂いている。あげくは、階段から突き落として大怪我をさせようと企て、実際に自ら手を下しています」
亜麻色の髪に緑色の目をしたジュリオは、罪状を聞いて憤慨したようにかかとを鳴らして私の方へ一歩踏み出した。
ジュリオの隣に立つ黒髪に濃い青い目のガブリエルは、けだるげにチラリとこちらを一瞥する。
そして、クリスティアーノ殿下の友人たちの中でも一際背の高い赤毛に青い目のお兄様はというと、私と目を合わせることなく無言で腕を組むばかりだった。
ああ、お兄様!
私がこんな状況になっているというのに、血の繋がった妹を助けてはくださらないのですか?
あんなに仲の良い兄弟だった私たちが、いつの間にこうなってしまったのだろう。
「待ってください! わたくしには身に覚えがございませんわ! いまファエロ様がおっしゃったことはどれも情況証拠にすらならず、わたくしがしたことだと断定する決定的な証拠とはとても言えませんわ」
「往生際の悪いやつめ。それでは、望みどおり決定的な証拠を出そうではないか。目撃者、前へ!」
クリスティアーノ殿下に促されておずおずと一歩前へ歩み出たのは、カレンデュラ・フィオーレとルイーザ・アゴストだった。
「カレン……、ルイーザ……」
親友だと思っていた二人のまさかの裏切りに、私は言葉をなくした。
カレンデュラはプリマヴェーラ辺境伯領と隣接するフィオーレ伯爵領で産まれ、父親同士も親友であるため、私たちは赤ん坊の頃からの幼馴染だ。
ルイーザも、私たちが8歳の時にアゴスト伯爵領で出会って以来文通を続け、私がポルトの町へ遊びに行くときには必ず顔を出していた友人だ。
船の遭難事故の生き残りを見つけ出したことや、1年前にルイーザの妹が重い病気に罹った時に回復薬や治癒薬を届けたことで、ルイーザはいつもこちらが気恥ずかしくなるほど私に感謝してくれていた。
そんな二人がいったいどうして……。
「両者、目撃証言を」
「は、はい……。私、見ました。マルチェリーナ様が階段の上から、ラヴィエータさんを突き落とすところをッ!」
オレンジ色の巻き毛を揺らし、新緑色の目にいっぱいに涙をためたカレンデュラが証言した。
「そんな!」
「私も見ました……」
さらりとした茶色の髪で隠れて表情は見えないが、ルイーザは俯いたままおずおずと証言をした。
「そんなこと、ありえないわ!」
私は本当にラヴィエータを突き落としてなどいない。
なのになぜ、カレンデュラとルイーザがこんな証言を?
「ジュリオ、チェレスティーノ。マルチェリーナを捕えろ!」
「はっ」
私は両腕をジュリオとお兄様に掴まれ、クリスティアーノ殿下の前へ引き出された。
手荒に押し出され、顔にかかった長い髪が私の鼻先をくすぐる。
「階段から突き落とすなど、一歩間違えれば死んでいてもおかしくはなかった。殺人を犯そうとするような女と結婚などするわけにはいかない。この女を、地下牢へ連れて行け!」
「そ、そんな……ッ! クリスティ……、ふあー……のっ、ふあ……っ、ふぁっ……、ぶあっくしょーーーい!」
あ……、あれ?
ちょっとだけツバが飛んじゃったかもしれないな。
今日から再開しました。
今後は週3回位を目標に更新していきたいと思います。
よろしくお願いいたします!




