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第77話 待望のお客様


うちで一晩を過ごしたアドリアーノ殿下一行は、翌朝早く王都へと出発することになった。

第1王子、第2王子が帰るとあっては私たちものんびり寝ていられる筈もなく、眠い目をこすってこうしてお見送りの列に並んでいる。


昨日、もし今回のことが公になったらどうなっていたかということを懇々と諭されたファビアーノ殿下とその友達は、いまは借りてきた猫のように大人しく従順だ。


「プリマヴェーラ辺境伯、世話になった。クリスティアーノのことをよろしく頼むよ」


「はっ」


お父様は恭しく頭を下げた。


「クリスティアーノ、もういつ王都へ戻っても危険はないのだ。帰りたくなったらいつでも帰って来い」


「いいえ、私は望んでここにいるのですから」


「そうか……、頑張れよ。元気でな」


「はい。兄上も、お元気で」


アドリアーノ殿下は頷くとひらりと馬に跨り、一行を引き連れて屋敷を後にした。

この先どうなるのか分からないけど、みんなが納得できるような、いい方向に話が進むといいね。




アドリアーノ殿下一行を見送った数時間後、今度は神官たちが玄関先に現れ、青ざめた顔で暇を告げてきた。

すでに各々の手荷物をまとめて出立の準備を万端に整えている。


「プリマヴェーラ辺境伯様、私どもは急用を思い出しましたので、これにて失礼致します」


こちらがエッとあっけにとられている間に、神官たちは返事も待たずに逃げるように屋敷を出て行った。


「なぜあんなに急いで帰ったんだ?」


お父様が不思議がっているけど、揃って青い顔をして急に帰るって言い出すなんて、私も理由が気になるよ。


神殿に連れて行かれたらどうしようとか、どれだけ居座るつもりなのかとか、さんざん気を揉んだというのに拍子抜けだ。


(暗殺者の方が一段落したからな。神官の方も追い払ってやったぞ。王家からも神殿からも守るという約束だっただろう。ここにいたら呪いを受けるという悪夢を見せてやっただけなのに、あっさり出て行くとは不甲斐ない奴らだったな)


おおー、マーニ!

すごい、おりこう!

やれば出来る子!


「おとうさま! マーニが、ここにいたら呪われるというあくむを見せておいはらったそうです!」


「そうなのか。マーニ、助かったよ。ありがとな。くくくっ、それにしても、ありがたい護符とやらはこんな時に使うんじゃないのかよ。やっぱりチェリーナの言った通り大嘘だったんだな」


「あーっ、そうですね!」


見るからにインチキくさかったけど、やっぱりインチキだった!

私の目はごまかせないんだからね!


それにしても、暗殺者からも神殿からも守ってもらえたし、マーニと契約して大正解だったなあ。


(そうだろうとも。一仕事終えて腹が減ったぞ、ステーキを寄越せ)


はいはい。

たんと召し上がれ!

マーニ様、この調子でこれからもよろしくお願いします!




居間に戻った私たちが、これでやっとのんびりできるとくつろいでいる時にセバスチャンがやって来た。


「皆様、お客様がお見えでございます」


えっ……、またお客さん……?

入れ代わり立ち代わりの来客で、ゆっくりする暇がないよ……。

心なしか、みんなの顔もうんざりしている気がする。


「また客か……。今度は誰なんだ」


「フィオーレ伯爵領からお越しになられた、絵師のボッティ様がご到着です」


「わあっ!」


お父様とマーニを描いてくれる絵師だ!

今度はちゃんとお招きしていたお客さんだね。


私が玄関に向かって走り出すと、マルティーナも私につられて付いてきた。


「いらっしゃいませ! こっちですよ、どうぞ!」

「おきゃくさんだ! おきゃくさんだ! おじさんだれー?」


玄関ホールのソファで待っていたボッティさんは、人のよさそうな顔立ちの小太りな男の人だった。


「おや、可愛らしいお嬢さんたち。こんにちは」


ボッティさんは、にこりと微笑みながら立ち上がった。


「こんにちは! しんじゅうの絵をかいてくれるんでしょう? きのうね、マーニがね、だいかつやくしたの!」


「ティーナたちをまもって、わるものをやっつけたんだよ!」


「ええっ、そうなのかい?」


ボッティさんは興味津々の様子で私たちの話を聞いてくれる。


「そうなの! みんなでブランコで遊ぼうとしてたら、林の中からわるものが出てきてーーー」


「チェリーナ。そんなところにいないで居間で話そうよ」


私たちが遅かったせいか、お兄様とクリス様も玄関ホールに顔を出した。


「おお! これは美しいお坊ちゃんたちだ! 今の話といい、創作意欲を掻き立てられる! そうだ、今の話をモチーフに……、うん……、うん……」


美形なお兄様とクリス様に刺激を受けて何事かを思いついたらしいボッティさんは、そのまま考え込んで動かなくなってしまった。


「チェリーナ、チェレス、どうしたの? お客様をご案内してさしあげて?」


今度はお母様とサリヴァンナ先生まで迎えに出てきた。


「これはこれは辺境伯夫人! そうだっ! 神獣と女神と天使をモチーフにして、先ほどの話を絵で表現いたしましょう! それにしてもお美しいご婦人方とお子様方だ! 実に創作意欲を掻き立てられます!」


さらなる美形の登場にボッティさんは大興奮だ。


えっと……。

描いてもらうのはお父様とマーニの予定なんだけどな。


「あらっ……、お伝えしてなかったかしら? 描いていただきたいのは、わたくしの主人と神獣なんですのよ」


「ええっ!? 神獣のことは伺いましたが……、私はてっきり……」


どうやらお母様は、お父様のことを描いてほしいと伝え忘れて招待していたようだ。

お母様が訪ねていったら、お母様をモデルに描くのかと思うのも無理はない。


「おい、お前たち。なぜこんなところで話し込んでいるんだ? 居間で話せばいいじゃないか」


そして肩にマーニを乗せたお父様登場……。


「ボッティさん、こちらが主人と神獣のマーニです」


ボッティさんは、はた目にも分かるほど、気の毒なくらい萎れてしまっている。

うん……、美女を描くつもりで意気揚々とやってきたのに、ゴリマッチョが登場したらそうなるよね……、心中お察しいたします。


「……プリマヴェーラ辺境伯様、この度はお招きいただきありがとうございます。絵師のボッティと申します……」


お父様はボッティさんの落胆ぶりの理由が分からず、首を捻りながらも挨拶を返した。


「ああ、君の評判は聞いている。よろしく頼むよ。ーー何かあったのか?」


お父様は小声でお母様に何かあったのかと尋ねている。


「ええ、実は、チェリーナから昨日のマーニの活躍を聞いたらしくて、神獣と女神と天使をモチーフにその場面を表現できたらとひらめいたようなの。女神役が私たちで、天使役が子どもたちということらしいわ。この前訪ねた時に、うっかり何を描いてほしいのか伝え忘れてしまったのよ……」


「ははっ、なんだそんなことか。別に1枚しか描けないわけじゃないだろう。両方描いてもらえばいいじゃないか」


「おおっ! プリマヴェーラ辺境伯様! あなた様は芸術に理解がおありなのですね! このような機会をいただける私はなんと幸運なのでしょう! この絵は私の代表作になる予感がいたします! そうだ、絵に軍神が入るとさらに迫力が増しますね。構図は……」


瞬く間に元気を取り戻したボッティさんは、またも自分の世界に没頭し始めた。

いかにも芸術家という感じの集中力だ。


昨日の出来事が絵になるなんて思ってもみなかったな。

いったいどんな絵が出来上がるのかワクワクしちゃうね!




--


後に、ボッティさんは予言通りに自身の代表作となる”プリマヴェーラの神々”を描き上げた。


縦2メートル、横3メートル程の大きなキャンバスの中央に、木立を背にして佇む女神役のお母様とサリヴァンナ先生、その周りに天使役のクリス様、お兄様、マルティーナ、そして私がいる。

両端には軍神役のお父様とマルティーノおじさまがいて、神獣のマーニが空中を駆けながら結界を放ち、地に伏せる悪者を閉じ込めている絵だ。


ボッティさんはその絵の出来栄えに心から満足して、是非とも展覧会に出品したいとお父様に願い出た。

快く貸し出されたその絵は、見事大賞を射止め、ボッティさんはいまや押しも押されぬ絵画の大家となった。


そして、この絵を描き上げるために数年の月日をプリマヴェーラ家で過ごしたボッティさんのおかげで、私の画力も劇的に上がることになる。


ボッティさんとの出会いは、その後の私の創造魔法に大きな影響を与えることとなった。





【子ども時代・完】




ここまでお読みいただきありがとうございました!

第77話で子ども時代が完結しました。

第78話からは、7年の時が経ち、15歳になったチェリーナが主人公になります。


リフレッシュと準備期間を兼ねまして、しばらくお休みをいただきたいと思っております。

11月上旬に再開予定ですので、是非続きもお読みいただけましたら幸いです。


最後に、ブックマーク、評価、感想をくださった皆様、本当にありがとうございました。

読んでくださる方の存在を励みに後半も頑張りたいと思います!



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