第75話 真の暗殺者
クリス様が狙われていることを察した私は、とっさにクリス様を庇うように飛び出した。
私の目の前で、投げつけられたナイフがガキンと結界にぶつかってはじき返される。
「チェリーナ!」
こ、こわ……。
私の結界のリボンとマーニの結界があると分かっていても、飛んでくるナイフは大迫力だ。
「うわっ! おい、やめろっ! なぜナイフなど! 少し脅すだけだと言っただろう!」
なぜか、敵側である筈のクリス様のお兄さんが人一倍驚いている。
うん……、お兄さんには殺す気がなかったことは分かったよ……。
できれば、来る前に仲間内で方針を共有しておいてほしかったけど……。
制止するお兄さんの声が聞こえない筈はないのに、30歳前後の2人組は次々とナイフを投げつけて攻撃し続ける。
手持ちのナイフが全て結界によって阻まれると、今度は鞘から剣をスラリと抜いてこちらに突進してきた。
「キャーッ! こわい!」
すごい形相でこっちに走ってきて怖いよー!
マーニ、ほんとに私たち全員守れるのっ?
「チェリーナおねえちゃん!」
「チェリーナ!」
「チェリーナ!」
そうだ、マーニは出来るだけくっついてろって言ってた!
「みんな、チェリーナにくっついてればだいじょうぶ! マーニが守ってくれる!」
ガキーーーン!
大きく振りかぶって切り付けて来た男の剣が、激しい音を立ててはじき返された。
もう1人の男も続けて切り掛かって来たけど、こちらもガキンと跳ね返されている。
「一体どうなってるんだ!」
「なぜ剣が通らない!?」
切り付けても切り付けても攻撃が結界に阻まれる2人組は、しばらくするとハアハアと肩で大きく息をするようになっていた。
お兄さんとその友達は、あまりの展開に付いていけずに唖然としている。
2人組は攻撃が通じないことに動揺していたけど、ここまでしてしまったからには、もはや途中で逃げ出すことは出来ないようだった。
「くそっ!」
またも剣を振りかぶった男に、やっと我に返ったお兄さんが再度制止の声をかけた。
「止めろと言っているのが聞こえないのかっ! この国の王子に切り掛かるとはどういうつもりだ! クリスティアーノは私の弟だぞ!」
「……さるお方からのご命令です。第3王子を亡き者にせよと」
「なにっ! さるお方とは誰なのだっ!」
2人組はそれには答えず、尚も攻撃を続けようとしていた。
結界にぶつかる衝撃が大きいのか、手がビリビリとしびれるようで、手を握ったり開いたりという動作を繰り返している。
そうだ!
もうちょっと消耗させたら、マーニの結界をといてもらって、私の魔法具でとどめを刺そう!
マーニ、マーニ、聞こえてる?
(聞こえてる)
私が合図したら結界をといてね!
(わかった)
よし!
あとはお兄様とクリス様にも魔法具を渡してと。
私は後ろを向いて、お兄様とクリス様の耳元でコソコソと作戦を伝えた。
「チェリーナがマーニに合図したらけっかいがきえます。そのすきにチェリーナの魔法具でとどめをさします」
「と、とどめ……」
お兄様とクリス様は蒼白な顔をしながらも、何とか頷いてくれた。
マルティーナはお兄様のズボンにしがみついて、声も出せずにガタガタ震えている。
これはとても手伝ってくれとは頼めそうもないな。
「ーーポチッとな! さあっ、かまえてください!」
私はお兄様とクリス様に魔法具を手渡すと、2人組が攻撃の手を休める頃合を見計らいながら心の中でマーニに声をかけた。
マーニ、今だよ!
「おにいさま、クリス様! 今です!」
私は構えた魔法具を空中に投げ放った。
ふぁさっ……。
「うわっ!」
「なんだっ!?」
決まった!
「やったあ! とったどーーーーー!」
お兄様とクリス様も次々に魔法具を投げ放つ。
「くそっ! なんなんだこれは!」
「うっ、動けない!」
何とか抜け出そうともがくうちに足が絡まった敵は、どさりと地面に倒れ込んで芋虫のようになっている。
「フハハハハハハ! そうでしょうとも! もがけばもがくほど、どんどんからまりますよ!」
すごいよ、トアミン!
やっぱりキミは魚を取るよりも、賊を絡め取るのが似合う魔法具だよ!
戦いに役立つすごい何かを常に考えていた甲斐があったよね!
おっと、私が高笑いしている間に、地面に落ちている剣やナイフはお兄様とクリス様がすかさず回収してくれたみたいだ。
これで危険はなんとか免れただろう。
さて、次は。
「おとうさまー! おとうさまー!」
私は屋敷に向かって大声をあげてお父様を呼んだ。
……ここは裏庭の外れだから、屋敷の中にいるとさすがに聞こえないかあ。
(俺が呼んで来てやる。もう危険はないと思うが、一応みんなで手を繋いで待ってろ。お前のリボンが守ってくれる)
へえ、私の結界のリボンって結構広範囲に効くんだね!
神獣のお墨付きなら安心だ。
「ありがとう、マーニ!」
お礼を言ったときには、もうマーニの姿は消えていた。
「マーニがおとうさまを呼んできてくれます。チェリーナと手をつないでまっていろと言っていました。チェリーナのリボンが守ってくれます」
「へえー、すごいなあ」
「おにいさまもお一つどうですか? きっとにあいますよ!」
お兄様の綺麗な金色の髪に映えそうな青なんかいいと思うな。
似合いすぎて美少女に間違われるかもしれないけど。
「えっ、僕に……? あっ、そうか。シャツの首元に結べばいいんだね! ありがとう、チェリーナ!」
あ、そっち?
思ってたのとちょっと違うけど、それはそれで似合いそうだ。
「もしもの時のために、みんなで付けましょう!」
ドドドドドドドド!
ん?
すごい地響き……、地震かな?
「大丈夫かーーーっ! おのれ、賊ども! 死にたい奴からかかってこい!」
「子どもを狙うとは許せん!」
お父様とマルティーノおじさまか……。
すんごい怒ってるね。
「おーい、おとうさまー! マルティーノおじさまー! みんな無事ですよー!」
私は手をブンブン振ってお父様たちに合図を送った。
あんなところから火魔法を放って、うっかりクリス様のお兄さんを丸焼きにしちゃったら大問題だからね。
あれ?
お父様たちの後ろにも、こっちに向かって走ってくる人がいる。
うちの騎士たちかな?
そんなに大勢で来なくても、もうほとんど解決してるのに。
「お前たち、怪我はないかっ!?」
息せき切って駆けつけたお父様は、私たちに尋ねた。
「はい、だいじょうぶですよ! もうやっつけました!」
「こいつらか……」
お父様とマルティーノおじさまは、地面に転がっている2人組に視線を移した。
「貴様ら、どこの者だ! こんなことをしでかして、ただで帰れると思うなよ……」
ド迫力ですごむお父様に、2人組の後ろにいたクリス様のお兄さん達がブルブルと震えだした。
「ひいっ……、ど、どうするんだよ? 俺たちも同罪になるのか?」
「こんなことになるなんて聞いてないぞ!」
「お、俺だってっ……! 殺す気だったなんて知らなかったんだよ!」
お兄さん達が拘束されていなかったためか、お父様とマルティーノおじさまはお兄さん達3人に殺気を向けて一歩踏み出した。
殺気を向けられた3人は今にも気絶しそうだ。
「「「ひいいいいい!」」」
3人は情けない声をあげて、その場にへたり込んでしまった。
その時、お父様の後ろから走ってきていた騎士らしき人たちの中から声がかかった。
「プリマヴェーラ辺境伯。この場は私に任せてもらえないだろうか」




