第74話 招かざる客、再び
マルティーノおじさまはまるで暗示にかかってしまったように、うつろにアクアーリオの言葉を繰り返した。
お父様は、そんなマルティーノおじさまとアクアーリオの顔を交互に見て、どうしたものかと困り果てた顔をしている。
マルティーノおじさまの気持ちを考えてるんでしょうけど、オロオロしてる場合じゃないよ!
早く助けてあげて!
「もちろんですとも」
「……その護符はいくらだ?」
いままで親切面をしていたアクアーリオの口元が、獲物を捕えたとばかりにニヤリと弧を描いた。
「私どもは営利目的ではありませんので、お値打ち価格でご提供しております。誰もが欲しがるこのありがたい護符が、今ならなんと! たったのーー」
「待て! 我が領でそのような商売を勝手に行うことを禁止する! 今回は目を瞑るが、またこのようなことをしたことが分かったら、即刻出て行ってもらうからそのつもりでいるように!」
値段を言う前に思わせぶりに間を取ったアクアーリオを、お父様はすんでのところで遮った。
「えっ!? そ、そんな! 私どもはただ救いを求める人々を助けたいだけなのです。それに、これを禁止されてしまっては王都へ帰ることもできません。旅には多額の費用がかかるのです!」
「さっきは神殿から路銀を預かってきていると言っていたではないか。それに旅とは言っても、こうやって貴族の屋敷を転々としているのなら宿代や食費がかかるわけでもない。とにかく、我が領を出るまでは商売は禁止だ。文句があるのなら、今すぐ出て行ってもらっても構わない」
「プリマヴェーラ辺境伯様!」
神官たちは必死に食い下がっているが、お父様はそれ以上話をする気がないらしく、マルティーノおじさまの腕を掴むと踵を返して立ち去った。
そして、ガクリと肩を落とす神官たちを残して、見物人たちもそれぞれの仕事へと戻っていった。
「みんな、今日は裏庭で遊ぼうか……」
「そうですね……」
なんとなく、前庭で遊ぶ雰囲気じゃなくなったよね……。
私たちはお兄様の提案通り裏庭の一角に場所を移した。
裏庭の中央にある東屋を通り越して更に奥へ行くと、お父様が木にロープを渡して作ってくれたブランコがあるのだ。
ここは屋敷から少し距離があるから、私たち以外は誰も来ない遊び場になっている。
「それにしても、あの手口には騙される者がいるのもうなずけるな。俺も先に話を聞いていなければ信じたかもしれない」
「人の魂なんて目に見えませんからね。あの護符で本当に救われたのかなんて確認のしようがないし、考えた人は頭がいいなあ」
クリス様とお兄様は、詐欺師の鮮やかな手口に感心しきりの様子だ。
どこの世界にも悪いことを考えつく人っているんだね。
でも、もし本当にアクアーリオに人の魂が見えるなら、詐欺師容疑は冤罪ってことになるのかな?
うーん……?
いやでも、別に罪人として捕らえたり、罰を与えてるわけじゃないから冤罪じゃないよね。
うん、気にしなくてよし!
「チェリーナおねえちゃん、さっきの人たちヘンなこといってたよねー? ティーナのおかあさんはおそらにいるから、ここにはいないよねー?」
……やっぱり詐欺師は罪に問われるべきだ!
こんな小さな子どもの心をかき乱すようなこと言わないでほしいよ、まったく!
(おい、来るぞ)
ん?
マーニの声が聞こえる?
来るって、神官たちならとっくに着いてますけど。
兵舎でちゃっかり昼食を食べた上に、勝手に路上販売をして荒稼ぎしようとしてましたよ……。
(何を言っている。敵が来ると言っているんだぞ。ここにいるのは危険だ。ふざけてないで早く家に入れ)
どこからか現れたマーニが、あっという間に私の体を駆け上がって肩にちょこんと乗った。
なぜか非難がましい目で私を見ている。
「ふざけてるって何が? あの人たちならきけんはないだろうって、おとうさまが……」
(言うことを聞け! 早くしろッ!)
「うひゃっ! きゅうに大きな声を出したらびっくりするよ! なんでおこってるの?」
(おまえ~~~~! いいから、早く! 家に入れ!)
肝心な時に私の傍にいなかったのはマーニなのに、なんでマーニが怒ってるのか意味が分からないんだけど。
怒るのは私の方なんじゃないの!?
「チェリーナ何を一人でブツブツ言ってるの?」
「突然変な声を出して、びっくりするのはこっちだ」
「あはは、うひゃーだって! うひゃ! うひゃ!」
もう、私全然悪くないのに、マーニのせいでお兄様とクリス様からクレームが入ったじゃない!
ザザザザザッ!
マーニが何を怒っているのかと考える間もなく、突然庭の茂みが激しく音を立て、数人の男たちが一斉に飛び出してきた。
(遅かったか……)
「あわわわわ! どどどど、どうぼうーーー!」
えええ、来るってこの人たちの事だったの!?
確かに怪しい!
裏庭から侵入してくるなんて、お客さんじゃないのは確実だ!
「うわあっ!」
「え……、ファビアーノ兄上?」
ええっ、この怪しい人たち、クリス様のお兄さんたちなのっ?
「久しぶりだな、クリスティアーノ」
「そんなことより、なぜこんな所から現れるのですか? 家主に挨拶もせず、いきなり裏庭から侵入するなど無礼ではないですか」
「……フン! 相変わらず生意気な弟だ。人目のないところでお前に話があったのだ」
いや……、人目のないところって言われても。
私もお兄様もマルティーナも思いっきり見てますけど。
この人、ちょっと頭が弱いのかな?
クリス様のお兄さんっていう素性ももうバレてますよ。
(おい、みんな離れずに出来るだけくっついていろ)
え、でもクリス様のお兄さんなんでしょ?
(お前は……、人の頭が弱いのかと疑う前に、自分の頭の出来を心配しろッ! 殺意を持った者が混じってるという警告を忘れたのか!)
ああーーーー!
そういえばそうだった!
いま思い出したよ!
と言うことは、この人たちの中に人殺しがっ!?
クリス様のお兄さんは、金髪に紫色の目をした17~18歳位の勝気そうな顔立ちの男の子で、目の色以外はあまりクリス様に似ていない。
他にはお兄さんと同じ年頃の男の子が2人と、30歳前後の男の人が2人いる。
全部で5人だ。
そういえば、マーニは怪しい男は5人組だって言ってたっけ……。
よく考えたら神官たちは4人だったわ……。
「……話とは?」
「とぼけるな! 王位継承の話に決まっているだろう! お前の存在が、第1王子であるアドリアーノ兄上の立太子を阻んでいることがわからないのか! お前は継承権を放棄し、王位を兄上に譲るという覚書を書け! さもなければーーー」
お兄さんは悪役っぽくフフフと笑った。
「さもなければ?」
クリス様は腕を組んでお兄さんを睨みつけている。
大人しく言うことを聞く気はないようだ。
お兄さんは男の子2人に目配せをした。
目配せされた男の子は、ヤレヤレと言いたげな呆れた顔を隠そうともせず、手を広げながら渋々私の方に近づいてきた。
……なんか、無理やりやらされてる感が前面に出てますよ?
「お前の婚約者が痛い目に遭うことになる!」
は?
なんで私!?
そんなことは兄弟同士で話し合ってくれないかな!
たぶん、身分から言ってお兄さんがこの一行のリーダーなんだよね。
つまり、お兄さんとその友達風の男の子2人には殺意はない筈だ。
私たちが本当に気をつけなければならないのはーーー。
頭を必死に働かせていたその時、私の目の端に、ギラリと光に反射するナイフの刃が飛び込んできた。
「クリス様! あぶないっ!」




