第73話 詐欺師の手口
お父様は私たちが駆け寄る音に気が付くと、くるりと後ろを振り向いた。
「確かに来たな。……しかし、押しの強さには閉口するにしろ、とても殺意があるとは思えないが……」
そうだよね、詐欺師には見えても人殺しには見えない。
たとえあの人たちに殺意があったところで、襲い掛かったとたんお父様に返り討ちにされるだけだろうし。
「でもお父様、ああ見えて実はすごい魔法使いだという可能性もありますよ」
「プリマヴェーラ辺境伯以上の魔法使いがいるわけないだろう。辺境伯は、魔法学院始まって以来の最大魔力を誇る最強の魔法使いなんだぞ」
ええっ!
クリス様の言葉に、お兄様も私もビックリして目を見開いた。
お父様が王国で一番強いと言われているのはもちろん知っていたけど、魔法学院始まって以来の強さだったの!?
創立何年か知らないけど、ここ何百年で一番強いってこと?
いま現在一番強い時点ですごいのに、さらに上を行くとはすご過ぎです、お父様!
「おとうさま、すごーい!」
「お父様、すごいです!」
私とお兄様は大興奮して、両側からお父様に飛びつくようにしがみついた。
「ははは」
お父様は、そんな私たちの頭に笑いながら大きな手のひらをポンと乗せた。
もうー、水臭いんだからー!
お父様のことなのに他の人から聞くなんてさ、早く言ってよね!
やっぱり私たちのお父様は、王国一の自慢のお父様だ!
「お父様! 僕が大きくなったらお父様みたいに強くなれますか?」
お兄様はキラキラした目でお父様を見上げている。
「もちろんなれるさ。成長期がくれば、あっという間に魔力が増えるぞ。お父様は、11歳頃からどんどん背が伸び始めて、それと同時に魔力も増え出した。魔法学院に通う頃にはもうその辺の大人と同じくらいになっていたな。まあ、魔法学院に入ってからもまだ背が伸び続けて、最終的にはこの大きさになったんだけどな」
ええー、たった4年で大人と同じ大きさになるなんてすごいなあ。
「11歳ならもうすぐです! 僕ももうすぐお父様みたいに大きくなれるんですね!」
いや……、それはどうかな……。
お兄様、自分がお母様似だって自覚がないのかな?
「ははは、もちろんだ」
ええ……、むしろお父様に似てる要素がないくらいなのに……。
金髪碧眼で美人なところもお母様にそっくりだし。
「……まあ、夢を持つのは自由だしな……」
ボソリと小声でつぶやいたクリス様の意見に、私も心の中で賛同します……。
夢を持つのはいいことだよ……。
「ずっと家の中にいるのも退屈だろう。今日からは庭に出て遊んでもいいぞ。あの神官たちは兵舎の方でよく見張らせておくし、あの様子では力ずくで殺しに来るようなことはないだろうからな」
やったあ!
ちょうど退屈してたんですよ!
「わあっ! クリス様、おにいさま、さっそくあそびに行きましょう!」
「チェリーナ、今は休憩時間だよ。まだ授業が残ってるから遊べないよ」
そう言えばそうでした……。
「勉強が終わったら庭で遊ぼう。俺も外の空気を吸いたい」
「はい!」
あっ、そうだ。
その前に、お父様が騙されないように、詐欺師の手口を説明しておかないと!
「おとうさま! あの人たちはこれから、せんぞのれいが悲しんでいるとか、これから悪いことがおこるとか、不安をあおるようなことを言い出すかもしれません。そうなったら、自分たちがいのれば救われるとか、おふだやら、つぼやら、ありがたい水やらを買えば救われると言うでしょう。でもそれは、ぜんぶウソですからだまされてはダメですよ。こうがくなお金を要求するための手口なんです」
「ええっ! チェリーナ、また夢を見たのか? 今度はずいぶん具体的な夢なんだな。分かりやすくて助かるが」
お父様は前回の夢との違いに驚いているけど、本当は前回も今回も夢じゃないんですよね……。
毎度のことですが、ごめんなさい……。
「そんな嘘をつくなんて酷いな!」
「聖職者のやることか!」
お兄様とクリス様も詐欺師の手口に憤慨している。
ほんとみんな、騙されないように気を付けてね!
そういえば、またマーニの姿が見えないな。
暗殺者はもう着いちゃってるのに、どこに行ってるんだろう。
私を守ってくれるって言ってたのにさ。
ちゃんと約束を守らない狐には、もうステーキなんて出してあげないんだからね!
午前中の勉強と昼食を終えた私たちは、午後の勉強を始める前に1時間程外で遊ぶことを許された。
私たちが外へ出たくてうずうずしていたから、お父様がサリヴァンナ先生に頼んでくれたのだ。
私たち3人は、マルティーナも連れて正面玄関から前庭に出た。
裏庭よりこっちの方が人がたくさんいて楽しいからね!
「あれは何だろう?」
「人だかりが出来ているな」
前を歩いているお兄様とクリス様が何かに気付いたようだった。
「えっ、どこですか?」
「どこどこー?」
「ほら、あそこだよ。兵舎の前」
お兄様が指さす方を見ると、確かに人だかりが出来ている。
「行ってみよう」
急ぎ足で兵舎に向かったクリス様たちの後を追って、私とマルティーナも手を繋いで走り出した。
「さあさあ、みなさん! 寄ってらっしゃい、見てらっしゃい! ここにある護符は、王都のルナピエナ神殿の大司教が一枚一枚祈りを込めた、ありがたい護符です。確かな効き目であることは私が保証いたしましょう。通常であれば、はるばる王都まで出向き、ルナピエナ神殿で長い行列に並ばなければ手に入れることができません。それが! 今ならなんと! 破格の値段で今すぐ手に入れることができるのです!」
「「「できるのです!」」」
おおおおおおー。
……ちょっとちょっと。
おおーじゃないよ、おおーじゃ。
うちの騎士たち、こんな騙されやすくて大丈夫なんだろうか。
神官が護符のたたき売りしてるなんて怪しすぎるでしょうが。
「……お前の言った通りになってるな……」
「チェリーナ、すごいよ……」
クリス様もお兄様も呆然としてないで、被害者が出ないようにどうにかしてよ。
どうしよう、私みたいな子どもがこんなの嘘だよって言っても信じてもらえなさそうだな。
アクアーリオたちの方が口のうまさは数段上だし……。
「これは何の騒ぎだ」
お父様の声だ!
声が聞こえた方を見ると、人だかりの中でも頭一つ分以上背の高いお父様とマルティーノおじさまの顔が見えた。
「おお、プリマヴェーラ辺境伯様! ただいま我がルナピエナ神殿のありがたい護符の話をしていたところです。こちらは、大司教自ら一枚一枚に祈りを込めた確かな効き目の護符なのです。例えば、大切な先祖や、先立ってしまった愛する方の魂を慰めーー」
アクアーリオはそこでいったん言葉を切った。
どうやら、先立ってしまった愛する方、という言葉にマルティーノおじさまが反応したことを目ざとく見つけてしまったようだった。
「失礼ですが、愛する方を失くされたのではありませんか?」
「な、何故それを……」
アクアーリオは何もかもわかっているとでも言いたげなしたり顔で頷いた。
お父様、マルティーノおじさまが今にも詐欺師の罠にかかりそうだよ!
「あなたの傍に悲しむ魂が漂っているのが見えます。ですが、このありがたい護符があれば、その迷える魂はたちどころに救われることでしょう」
「ニーナの魂が悲しんでいる……? その護符で……救われる……」




